【日記超短編】さよならファミレス

 あれはもうファミレスじゃないな、と指をさす。
 崖っぷちに草がもうもうと繁っていて、どこまでなら歩いて大丈夫なのかわからない。草が見ている夢みたいに、建物があって、屋根の上には夜になると光ったあの看板。
 きみに指さされたことにも耐えられず、もげて、屋根を転がって、崖下に消える。それでもまだ窓の大きさや入口の階段の曲がり角や、いろんなところにぼくらが時々夜明かしした、あの場所の面影がある。ちがうのはここがもう国道沿いじゃなく、崖っぷちだということ。
 きみの運転するステーションワゴンのために、夜の町がまっぷたつになってひれ伏した国道は、とっくに消えてしまった。今では世界のもう半分は宇宙に崩れ落ちて、たぶんここが一番端っこになってる。
 過去から切り抜かれてしまった子供みたいにはしゃいで、きみは記念写真を撮りたがった。世界の果てを訪れた記念だよ。ぼくにカメラを渡して、どんどん草の中を進んでいく。きみが踏んだ草は、きみが通り抜けるとすぐに立ち上がってしまう。蝶が紙吹雪のように頭上を飛び回る。階段の前でポーズを決め、玄関を入ろうとして、それはあきらめたみたいだ。それから建物のむこうに回ろうとしたけれど、もうもうと繁る草がきみの頭をすっかり飲み込んで、ひゅっという音をたてた。
 喉を鳴らしたみたいだ。そう思ったせいなのか、ぼくは、もうここで待っていてもしかたないと初めから気づいてしまっている。それでも三十分くらいは筋雲とか野生のニワトリモドキやデンシンバシラモドキを撮って、最後に一枚だけ建物の正面を撮って、崖っぷちに背を向けた。
 あとで見ると不思議とどの写真にもきみは写ってなくて、あの大きなお墓みたいな建物の前には、骸骨みたいにすかすかなステーションワゴンがぽつんと止まってる。ファミレスの思い出が透けてるみたいに見える。
 わかりにくいけど、右側のドアミラーの上に白くともってるわずかな光。それは蝶だよ。

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