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72 食と長髪と推し
今回の事件はリオルグ事変として、学園の歴史の中でも教師が引き起こした事件として汚点の一つに数えられることとなっていく。
未だにそれらの恐怖から夜も眠れぬ生徒や自主的な退学意思を表明する者も中には出てきているが、そもそも能力的、身体的に難があると国から判断された生徒以外は基本的に自らこの学園を去ることは出来ない。
西部学園都市ディナカメオスの生徒会でも教師達への疑心暗鬼の意見が届けられ、学園の在り方そのものに問題提起をするような生徒の声が日増しに大きくなっていた。
未だ学園内での混乱が冷めやらぬ中、食堂の片隅ではテーブルに山のように置かれた料理が次々と平らげられていく。
「はむはむはむっ!!! もぐもぐもぐっ」
巨大な青いリボンの少女は凄まじい勢いで食事を平らげていく。
「いつ見ても凄い、ですね。ショコリー先輩の食欲」
リリアがぽかんと口を開けながらその様子を眺めていた。そして、そのリリアを多くの者の視線が集めている。
「沢山、消費した分は、補わないと、身体がもぐもぐ、もたないあむあむ、もの」
「その小さな身体のどこに入っているか本当に謎です」
ショコリーはもごもごとしながら口の中にある食材をゴクンと呑み込んだ。
「でも、リリア。貴女も大食漢になる素質があるし、私と同じような身体のはずよ」
「ええ~そんな素質いりません。拒否します。体質だけほしいぃ」
「……半分は冗談、半分本気」
「は、半分?」
「ふぅ、ごちそうさま。ん~? 今日はこのくらいで大丈夫かしら」
手をにぎにぎしてショコリーは何かを確かめるようにしている。
「とんでもない量食べてましたけど、なんで見た目に現れないのか不思議、、、というかうらやましいです」
凄まじい量を平らげたはずなのにショコリーの身体はスラリとしていた。腹部に目を凝らすが本当に胃に入っているのだろうかというほどに見た目に影響がない。
リリアが涙目で溜息を吐くとなぜか周りが騒めき出す。ショコリーはその圧迫感に思わず当人に声を掛けた。
「リリア」
「はい?」
「あなたさっきからずっと周りから見られてない?」
視線にはずっと気付いていたのだろう。リリアはバツが悪そうな表情でショコリーに耳打ちする。
「え、ああ、はぁ。実は以前の食堂での出来事から少しずつ増えてるんです。その、なんか応援してくれているのは嬉しいんですけど、いつのまにか凄い数になっていますよね」
「敵意は、、、いや寧ろこれは圧倒的な好意ね。貴女の歌。よかったもの」
「あ、ありがとうございます」
ショコリーが周りに視線をやると何人かとバチバチと視線がぶつかった。
「つまり、あいつらは貴女の信者という事ね。何人か私を睨んでる奴すらいるわ」
「せめてファンっていってあげてほしいというか、ってかショコリー先輩を睨むのは確かにやめてほしいかも」
「その視線が全て狂信者のそれに見えるわ。……そうか、貴方がいつ歌うか分からないから見張ってるという可能性もあるか」
「いつ歌うか?」
「あれから貴女、歌ったりは?」
「人前では全く、、、校舎裏で練習したりすることはありますけど」
「間違いなくそのせいね。ま、今はいいわ」
ショコリーは僅かに悩むような素振りをするが、即座に気にすることをやめたようでリリアに向き直った。
「リリア。で、突然だけど、今日は放課後に時間はあるかしら?」
「え? まぁ特に予定はないですけど」
「なら付き合って」
ざわざわっと周囲がざわめく。
周りのやつらの捉え方はそのほとんどが歪んでいるのであろう事は想像に容易く、ひそひそとした話し声が聞こえる。
「付き合う?」
「武器屋に行きたいのよ」
「ぶ、武器屋???」
「杖剣を新調したいんだけど、あなたはいい店を知ってる?」
ショコリーは先日の事件の時に使い物にならなかった杖剣を買い替えようとしていた。
身体も十分に回復しており、今日買いに行こうと決めていた。しかし、剣を作る武器屋が少ない事は知っているのでリリアに聞いてみる事にした。
リリアは普段は武器屋になどいくことはない為、正直に答える。
「いえ、私は武器のことはあまり、ごめんなさい」
「そう、まぁ一緒に探してもらえると……ん?」
その時、食堂に来たウェルジアが二人の傍を通りかかる。腰に帯剣している姿を横目で見てショコリーは声を掛けた。
「ん? 丁度いいわ、そこのあなた」
「あ、ウェルジアくん、こ、こんにちは」
「あら、リリア、知り合い?」
二人の声掛け、会話をよそにウェルジアはそのまま無言で素通りしてスタスタと近くのテーブル歩いていき腰かけた。
その手には自分の食事らしく大きなパンを抱えている。
「あぁ~、やっぱり……」
「はぁ?? 何なのアイツ、このショコリー様の声が聞こえてないっての?」
ショコリーが無視するように過ぎ去ったウェルジアの態度にテーブルを叩いて立ち上がる。
それと同時に周りの席でもショコリーと同様のタイミングで立ち上がる者達が居た。
「リリアちゃんに声を掛けられて無視だとぉ、ふざけんなよ」
「その席は全員が暗黙の了解で近寄らないようにしていたリリアさんの真後ろのテーブルだぞ!?」
一触即発とはまさにこのことだった。周囲にショコリーをはじめ、数名の者達の怒気が満ちていく。
「あわわ、ショコリー先輩落ち着いて、ウェルジアくんは元々こういう感じで、、、」
「知り合いなんでしょ? 挨拶を無視するとかどういう神経しているのよ」
「ええと、知り合いというか、先日同じ班で戦ってただけといいますか、クラスメイトというか」
「なら尚更ダメじゃない。この距離で聞こえていないわけないでしょ」
「それは、まぁ」
ショコリーはズカズカと席に着いたウェルジアに近づき、リリアはその背中を慌てて追っていく。
そこから一定の距離を空けて、生徒達がウェルジア達3人を取り囲むように集まっていた。
ただ、リリアの近くにはなぜか近づいてこない為に歪な楕円の囲い込みになっていた。
その様子は当事者たち以外からは非常に異様な光景として見られていた。
ショコリーが、腰に手を当て席に座ったウェルジアの後頭部を見上げる。
座っても尚ショコリーよりも大きなウェルジアはじっと手に持ったパンを見つめている。
どうやら焼きたてのようでパンからは湯気が微かに立ち上っている。
「ショコリー先輩!?」
「ちょっとあんた!!」
「いただきます」とウェルジアは手を合わせると、もそもそとパンを食べ始める。
「うまい」
ショコリーを無視するようにもしゃもしゃとパンを食べている。表情には見えないが、リリアにはとても美味しそうな顔をしているように見えた。
「ショコリー先輩、やっぱり食事の邪魔をするのは……」
リリアが制止しようとした次の瞬間にはショコリーのぐーぱんがウェルジアの後頭部に突き刺さった。
クリーンヒットしたゴツンッという音が派手に食堂に響き渡る。
ウェルジアの頭は前後に大きくぐわんと揺れた後にくったりと俯いた。
「ショコリー先輩ィイイイイイ」
リリアは青ざめた顔で叫んだ。ウェルジアはとても強い男の子だ。こんな粗相をしては、もしかしたらショコリーが痛い目を見るかもしれないと慌てふためいた。
咄嗟に慌ててショコリーとウェルジアの間に身体を滑り込ませる。
「ショコリー先輩、危ない!!」
だが、ウェルジアは微動だにしない。だが、手に持って食べていたパンは地に落ちている。ウェルジアはパンを拾うとゆっくりと振り返った。
「あ、れ?」
振り向いたウェルジアとリリアの視線が結びつく。
「ピンクの髪の、、、? お前は、、、たしか、、、誰だ」
振り返ったウェルジアは怒っているように見える。当たり前である。パンにかぶりつこうとした瞬間に後頭部に拳が飛んできたのだ。
食らいたかったのはパンであってパンチではない。
だが、もしかしてまだ名前すらも覚えられてないの? となるような反応についついリリアもなぜかムカッとしてしまう。
「リ・リ・ア!!!! 何度も一緒に授業受けてるのにいい加減覚えてくれてもいいでしょーーーー!!!」
「お前、どういうつもりだ?」
「え?」
「人の食事中に攻撃してくるとは、覚悟は出来ているんだろうな」
「え、ちょっとまって、ちょっとまって!!! 違う!違うの!! なんか勘違いしてないぃいい?」
ウェルジアが椅子から立ち上がるとリリアとショコリーがその影に覆われるほど大きい。
「ひぃぃ!? えと、そのぉ」
直前だけ噛みつくような勢いだったリリアがシュンと小さくなりかけた所でショコリーがずずいっと前に出てくる。
ウェルジアをなめるようにアアンといった様子で首を捻じり見上げる。身長差でショコリーの首の角度がおかしい事になっていた。
「ちょっとあんた!!!」
「なんだチビ」
「…………」
リリアには目に見えない稲妻が周囲に走るのを見た、気がした。
「なにこれ、何この感じ嫌な予感がする」
ショコリーの背中に異様な空気を感じ取りリリアは冷や汗を流す。コロコロと状況の変わる目の前の出来事に本来の目的を忘れているショコリーの肩はわなわなと震えていた。
「先輩に対しての口の利き方がなってないわねアンタ」
「先輩?」
ウェルジアが怪訝な表情をしてショコリーを見つめた。
「学園にはお前のような子供でも入れるんだな」
その言葉にショコリーのわなわなと耐えていた震えが止まった。目が笑っていないのがリリアには空気で分かる。
「かっちーん。アンタ本当に人の神経逆なでするのが好きなのね」
ショコリーがウェルジアの胸倉を掴もうと腕を伸ばした。
「ショコリー先輩!! 食堂で暴力は!!」
リリアは叫んだ!!が時すでに遅し。
むんずと掴んだ胸倉を支えにしてショコリーが背伸びをしてプルプルと震えている。
「と、とどか、にゅうううううう」
必死に胸倉を掴み、捻り上げようとするが、どうにか掴むのでいっぱいいっぱいなショコリーが視界に入る。
「か、かわいい」
思わずその必死さに呟いたリリアはハッとなる!!
「じゃなくて!! 先輩!! 聞きたいことがあったんじゃないんですか!?」
その言葉にようやくショコリーは胸倉を掴む手を離した。
「ち、はぁはぁ、今日はこのくらいにしてやるわ。そうだったわ。で、アンタ」
心底うんざりした顔でウェルジアは二人を見る。
「なんだ。俺に用があるならさっさと済ませてくれ」
「剣を売ってる武器屋を知ってる? あんた剣を使っているんでしょ? どこの店で買ったの?」
「……」
ウェルジアはじっとショコリーとリリアを見る。
「剣が要るのか?」
「ええ」
「私は、、、悩み中、、、かな?」
ショコリーは即答し、リリアは今回の件で持つだけ持っておこうかなというように考えていたようだ。
「……そうか……」
とだけ言うとウェルジアは椅子に座りパンをかじり始めた。
「「…………」」
もぐもぐとパンを食べるウェルジアの背中を見つめる二人はゆっくりと顔を合わせた。リリアは首を傾げてさぁ?とばかりに手を広げて硬直した。
「あはは」
「は??」
二人に何の説明もなくウェルジアはもぐもぐと食べ進めていた。ウェルジアは食べ終わるまで待っていろと言うつもりだったようだ。
が、当然全く伝わっておらず、ショコリーのぐーぱんがもう一度振り下ろされるのにさほど時間はかからなかった
そして、この一連のやり取りを見ていたリリアの追っかけたちはそれぞれ悔し涙でそれぞれのテーブルを濡らしていた。
ウェルジアがその追っかけたちになぜだか目の敵にされ出したのも、実はこの日が始まりだったという。
続く
作 新野創
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