Fourth memory 19
光が、視界が段々と晴れていく。目をゆっくりと開けるとそこは、これまでと変わらない始まり。
サロスと出会った、あの場所だった……。
「おい、あんた!! 大丈夫かよ!!」
何度訪れてもこれだけは変わらない、あたしの大好きな人の顔から始まる時間。
あたしの長い長い旅のような時間、そのスタート地点。
何度目かになるサロスとの出会い。
今回も始まりは同じ。
過去のサロスに無事に出会えた。
あたしはその状況だけを確認して、安堵して目を閉じる。
サロスがあたしを心配する声が胸に響いて、聞こえる。
不思議な感覚だ。
体は石のように動かないのに、音だけが全身に染み込むように聞こえてくる。
今、サロスが走ってる。
その息遣いが、心音がサロスの背中を通して聞こえてくる。
そのトクントクンという音がとても心地が良くて……今だけ、この瞬間だけはあたしがしなきゃいけないこと、やらなきゃいけないこと、全部全部忘れて……。
この大きな背中の温もりを感じていた。
その後は今となってはお約束になっている、あたしが考えた嘘だらけのいきさつを話す。
途中でサロスには舌を噛まないという例の癖であたしがピスティという人物だと納得させた。
次の日からは、さっそくサロスをフィリアに負けないように、強くする為の特訓を始めていく。
このサロス強化特訓も、最初に始めたころは、教え方が分からず、どうしていいのかわからなくて時間を無駄にかけてしまい、イラついてしまう時もあった……。
あたしが悪いのに、サロスに強く当たって……不甲斐ない自分に涙した日もあった。
でも、今は違う。
これまでに何度も教えるうちにサロスに対する伝え方や、飲み込んでもらうためのコツも掴んだ。
サロスは、口で説明するよりも、体で、実際に技や避け方を体感してもらう方が覚えが早いんだ。
それがわかってからは、特訓も効率的になったような気がする。
でも……気のせいかな?
あたしは、サロスに教えている間に一つの疑問が浮かんでいた。
何度も何度も繰り返している中で、もちろん、あたしの教え方が上達したせいかも知れないけど、サロス自身の成長するスピードが早まっているような気がしていた……。
それは何度もこういうことを経験していて、それをただ思い出しているようなーー。
ううん、気のせい気のせい。
そう自分にいい聞かせる。
サロスを強くする、今はそれ以外余計なことを考えないようにしよう、そう思うことにした。
ただ、いくら効率化した強化特訓も、全てが上手く行くわけじゃない。
ちょっとしたことでの考えの違いが起こるたびに、何度も何度も話し合って、その結果……ちょっぴり……いや、かなり喧嘩になることもあった。
でも……それが、あたしとサロスだもん!
凹んだ日がなかったわけじゃない。
言い過ぎてしまうことだってたくさんあった。
でも、最終的には和解できる。仲直りができる。
それが、あたしとサロスの関係だった。
天蓋に向かうサロスを救う、それはきっとフィリアやヒナタも救えることに繋がっていくはずだから。
……サロスを救いたい……あたしのその願いは今、それを果たすために当初予定したものよりずっとずっと大きくなっていた。
そして……。
「はぁ!? シスターが育ててたガキどもを引き取りたい!?」
「だめ……かな?」
「ダメ、じゃねぇけどさ……どういうつもりなんだ?」
余裕が出てきたからだろうか? ううん違う。余裕なんかありはしない。
でも、今まで、気にかけていなかったことがもう一つあった。
それは、あたしがアカネさんとサロスと暮らしていた時にそばにいたもう一人の人物。
そう、シスターの存在だ。
シスターは変わらずあたしたちが暮らしていたあの教会にいて、今も変わらずに行方不明になって親と離れてしまった子供たちの面倒を見ている。
サロスとあたしは特訓が早く終わった日には、シスターやその子供たちに会いに行き、できる限りシスターの手伝いもしていたのだが……。
ただ日に日にその身寄りのない子供たちの数は増えていき、あの頃より、年を重ねたシスター一人では正直面倒を見るのが大変そうだった。
……だから、そんなシスターを少しでも楽にしてあげたい。
それが今のあたしでもできる、あたしがヤチヨだったころにお世話になったシスターへの恩返しにもなると思ったから。
恩返しになるという部分だけは伏せたまま、あたし自身の気持ちをそのままサロスへと伝える。
「なる、ほどな……。お前の気持ちはわかった」
「どう、かな?」
「……俺たちだけの時間が今より少なくなるってことは、今以上に、大変なことになる……それはわかってるんだよな?」
「うん……」
「俺たちの目的、ヤチヨを救うこと。そのために、俺たちは今こうして頑張ってる、そのことも忘れてないよな……?」
「うん」
「子供たちを引き取った結果、ヤチヨは救えませんでした。そんな結末は絶対に許されない。それも含めて、子供たちを……シスターまで助けるなんて、俺たちは欲張りになるってことなんだぜ」
「……欲張り……そうだね。でも、それは許されない事なのかな?」
サロスが破顔してニッと笑う。
「まさか、ピスティが俺と同じこと考えていたなんてな!」
「えっ!?」
「もし、お前が言わなくても、俺が言ってたと思うぜ。もちろん、シスターがなんて言うかはわからないけどさ……頼んでみようぜ! ピスティ!」
「うっ、うん!」
それはこれまでと明らかに違うことだった。
でも、これまでになかったその展開に期待をせずにはいられない。
ただ、それは同時にサロスの特訓の完了が間に合わなくなるかもしれない危険な賭けでもあった。
でも、あたしは決めたから。
あたしは、何度も繰り返す中で、随分欲張りになってしまった。
でも、それくらいがちょうどいい。
頑張る理由は多い方があたしは、頑張れるから。
あれも、これもと視野が広がるたびに、全部を、全てを救いたいなんて、神様みたいなおこがましい気持ちになってしまう。
もちろん、あたしは神様じゃない。
ただの一人の人間だ。
でも、ただの人間だからこそ、こんなにもわがままを言うんだ。
アカネさんだってきっとこんなあたしのわがままを許してくれるはずだ。
翌日、交渉のためにシスターに会いにいったあたしたちは、二人の気持ちを熱意を精一杯、シスターへと告げた。
シスターはそんなあたしたちの熱意に負けた、と、ある程度成長していてあまり手のかからない子供たちを数人預けてくれた。
ただし、二つ約束事をすることが前提だ。
一つは、子供たちを預けるのは、週に3日だけ、平日は昼過ぎから、休日は、いつでも良いから、迎えにくること。
そして、必ず次の日には教会に連れて帰ってくること
もう一つは、子供たちに何かあれば、どんな小さなことでも自分たちで判断する前に、必ず報告するというものだった。
帰り際、シスターはあたしにいつものように優しく笑いかけてくれた。
そして、さっそく今日預けてくれた子供たちの頭を順番に撫で、最後にシスターはサロスとあたしの頭も撫でて、思いっきり抱きしめてくれた。
子供たちをよろしくねという一言を添えて。
その日は、二人で生活していた時より、ずっと大変で、困難で……でも、とても賑やかな日常の始まりだった。
そんな慌ただしくも新しい時間を過ごして、訓練も欠かさず重ねて。 気が付けばその日、天蓋に潜入する日まで残り三日となっていた。
その日は預かった子供たちと過ごす最後の日でもある。その日も変わらずサロスは子供たちと庭で遊んでいた。
その間、あたしは昼食のスープをかき混ぜる。
「なぁ、ピスティ」
庭で遊んでいたサロスがひょこっとキッチンに顔を出してあたしの名前を呼ぶ。
「なーに? 急ぎの話じゃないなら、ご飯の後、聞くから、今は子供たちを連れてきて、もうすぐできるわよ」
今日のスープは、今まで一番、そう言えるくらいに上手くできた。湯気がもくもく上がり、煮えた野菜がそれぞれの香りを醸しだしていた。
「そういえばなんだけど……ピスティ、お前、その耳につけているピアスってどこで手に入れたんだ?」
「えっ!?」
心臓が止まるくらいに驚いた。
何度も同じ時間を過ごしてきたが、サロスの口からこのピアスについて聞かれた事は初めてだったから。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
「それはーー」
しばし、沈黙の時間が流れる。
「あのねサロス実はーー」
「サロスー!! 次はサロスがおに、だ、よーー?」「俺、腹へったー」
「あたしもー」
あたしとサロスの会話に割り込むように、子供たちが声が集まってきた。
「ごめんなさい……お話、中?」
「ううん、良いのよ」
「よーし! 飯にするから、お前ら手、洗ってこい!!」
「サロスもなー」
「おう、わかってるって!!」
背中越しのサロスにだけ聞こえるように、耳元まで顔を近づける。
「……続きはまた、夜に、ね」
「あぁ、わかった」
「あー!! サロスがお姉ちゃんとちゅーしてる!!」
「えっ!? ちゅーしたのかよ!! サロス!!」
「してねぇよ! 良いから、さっさと手、洗ってろ座ってろお前ら!!!」
……正直、今回は子供たちに助けられた気がする。危なかった。あたしは、また余計なことを言いそうになっていたのだから……。
気が緩んでいた訳じゃない。でも、本当にするりと出そうになった。
サロスは、何か感じたのかも知れない……このピアスに何かを……
ねぇ? ……サロスの中にまだアカネさんはいるよね?
消えてないよね?
ちゃんと……忘れて、ない、よね……?
頬に一筋零れ落ちたぬくもりに気付き、思わず指でその涙に触れる。
おかしいな……? なんで、あたし泣いてるんだろ?
ちょっと……たまねぎ、切りすぎたのかな?
続く
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