1 終始の瞳
横薙ぎに左腕を払ったその刹那。
僅かに遅れて風を切る音が聞こえてくると共に握り締めた剣が目の前を通り過ぎていく。剣の切っ先が相手に触れ、肌の表層からその奥へと剣が入り込む。骨に当たる衝撃が腕に伝わり、その瞬間、目の前の人物を切り飛ばしていた。
雨のような飛沫を上げて散る鮮血と涙、そして相手の身体が空の青に吸い込まれるように綺麗な弧を描き宙を舞ってゆく。
相手と視線が交差した瞬間、瞳に映りこんできた彼女の表情をみた青年の呼吸は、一瞬、止まった。
――世界の時間が変化したかのように視界に映る全てがゆっくりと動いてゆく。やがて腕の神経へと遅れて伝わってくる、身体を切り裂いた感触。途端、青年の顔から引いていく血の気、下がりゆく体温、冷えゆく身体。
地面へと太陽の涙のように逆光の中で落ちてゆく相手は力なく地に倒れ伏し、息も絶え絶えに天を仰いだ。倒れた人影が、何かを話していた。その言葉を聞いた直後、激しく声をかけ続ける青年の姿がそこにはあった。
だが、その声も空しく、倒れた人影は再びゆっくりと最後に何かを呟いて静かに息を引き取る。
命の灯が消え、肉の塊となった人影を見下ろしているもう一人の青年の瞳からは、光が消えてゆくのだった――
――振り切った剣に映った青に目を奪われ、彼は動きを止め、空を見上げた。
そこに広がる景色が目に焼き付いてゆく。
鈍く光る刀身をゆっくりと鞘に納め、滴る汗を拭い近くの切り株へと腰を落とした。
「ふぅ」
ため息とともに視線は地面へと落ちる。
切り株が地面と繋がり根を張り続けている様子が目に入った。
剣の柄を五本の指でゆっくり強く握りしめ、目を瞑る。
「じいちゃん」
彼の脳裏に浮かび、想いを馳せているその人物の名は
『グラノ・テラフォール』
かつてこの国、シュバルトメイオンの大英雄として数々の戦いで戦果を上げ、この国を救ったとされる人物。そして、このシュレイド・テラフォールの祖父でもあった。
祖父の教えで剣を振るのは彼の幼い頃からの習慣になっている。山奥に住んでいた頃から毎日毎日、同じことを繰り返してきた。今日もその日課は続いている。
余計なことを考えずに済む時間といえば聞こえはいいのかもしれない。だが、今の彼の心には雑念が渦巻いて消えてくれなかった。シュレイドがそれを振り払うかのように頭を振ったその時だった。
彼の背後から声が聞こえてきた。
「あー、やっぱりここにいたー!」
「え? あ、メルティナ。おはよう」
「おはよう。そろそろ入学式典に行く時間だよ!」
「もうそんな時間か?」
「うん、楽しみだね」
「え、そうか?」
「うん、だって、皆で授業っていうのを受けて同じものを目指してこれから毎日過ごすんでしょ! そりゃあ楽しみだよ」
「メルティナは騎士になりたいってわけでもないのに?」
「うーん。いや、ま、それはそうなんだけど、これからここで過ごすことになるんだし、どうせなら楽しんだ方がいいかなって」
「暗い顔しているよりはいいとも言える、のか?」
「そゆこと! あ、ほらほら、急いで!!」
シュレイドに声をかけた少女は幼馴染のメルティナ・ルーンフェル。
幼い頃にとある事情から祖父が連れてきた少女。それからの時を長く長く一緒に過ごしてきている。
学園へはもう一人、ミレディア・エタニスという少女も一緒に連れてこられた。この3人はシュレイドの祖父グラノの元で一緒に寝食を共にして生活していた。
だが、祖父が行方不明になって帰ってこなくなってしばらくしたある日、学園の先生として在籍をしていたマキシマム・ライトという人物に二校ある学園都市のうちの一つ、東部学園都市コスモシュトリカへと3人は連れてこられた。
入学が出来る年齢になるまでは特例として学園内の外れの地域で過ごせるようにしてもらい、この度ようやく3人は入学できる年がきたのである。
「早くいかないとカレン先生に怒られちゃうよ」
「う、それは、ものすごく嫌だな。ちょっと待っててくれ」
軽やかな身のこなしで近くの木の枝にぶら下げた制服の上着を取って無駄のない動きで羽織り、メルティナの元へ向かう。
「ん、どうした? そんなニヤニヤして?」
「制服、似合ってるじゃない♪」
「そうか?」
「じゃーん!! くるくるー」
目の前でくるりと一回転して笑顔を向けるメルティナへ小首を傾げるシュレイド
「どうしたんだ? 突然回転したりなんかして?」
「ッ!? むー!! むー!!! さっきの私の台詞を思い出してよ!」
「え? んん??……ああー、な、なるほど、でも、ええ? 急いでるんじゃないのか……?」
「急いでいても!! これは大事な事だよ!!」
「……はぁ……えーと、お前もせ、制服、似合ってるぞぉ……これで合ってる、のか?」
「本当にそう思ってるのかが気になる言い方だけど今回は許してあげる!! にしても、かわいいデザインだよね! この制服っ♪ ふふっ」
「メルティナ、時間……」
「あ、ほら、いこっ! 急がないとね! シュレイド!」
そういって先に走り出す姿に距離を離されながら呆然とするシュレイドに向けてメルティナは振り向いて、大きな声で叫んだ。
「早く来ないとおいてっちゃうよー!! んもうシュレイドが察し悪いおかげでギリギリだよー」
「え、なにそれ、すんごい理不尽なんだけど……アイツ、わかってて言ってるんじゃないだろうな?」
なんとも腑に落ちないしかめっ面をしたシュレイドは、メルティナを追いかけてげんなりとした様子で走っていくのだった。
続く
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