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EP 06 真実への協奏曲(コンチェルト)04

「私たちとそっくりの人……?」

 話を聞いていたヒナタがポツリと呟く。

「信じられないと思うけれど、僕とサロスは確かに君とヤチヨに似ている彼女らに出会ったんだ」
「まっ、性格とかは流石に違ったけどな」
「そう……なんだ。ちょっと会ってみたいかも……」
「それで……そのアーフィはどんな人だったんですか……?」

 ソフィの発言にフィリアは目を閉ざした。

「……アーフィはその夜、いつもと同じ時間に現れることはなかったんだ」
「えっ……!?」
「ああ。ターナもヨーヤも不思議がっていたんだが、その日はしばらく経ってもアーフィが現れることはなかった。ほぼ毎晩、村にやってきていたから村のやつらも喜んでた」
「でも……それは彼らの作戦だったんだーー」

 自分の不甲斐なさを嘆くように拳を握りこんだフィリア。

「作戦……?」
「俺たちが、村に入るのをアーフィの手下が見ていたみたいでな。その後のやり取りもアーフィには筒抜けだったんだ」
「彼らは狙っていたんだ。僕達が隙を見せるその瞬間を……僕等はその時はそれに気づくことが出来なかったんだ……」

 アーフィの襲撃が久しぶりになかったと喜んだ村の人々はアーフィを倒そうと立ち上がった二人を出来る限りもてなしてくれた。

 出された料理も酒も決して、質も量もお世辞にも良いものではなかったが、サロスたちにとって彼らのその心遣いは嬉しいものだった。
 
 寝床も提供されサロスはそのままいびきをかきつつ眠りにつくが、フィリアは違った。

 ベッドの上で一人、フィリアは考えにふける。
 何故、アーフィの襲撃が今晩なかったのかと……。

 そんなことを考えていると、窓の外からけたたましい音が聞こえてくる。
 音に驚き、窓の外を見たフィリアの目に信じられない光景が映る。

 それは、数十台の巨大な乗り物に乗り込み、まさにこの村に近づこうとしている集団の姿であった。そう、彼らはいつもの襲撃の時間をずらしたのだ。

「大変だ! サロス、起きーー」
「てるよ……来たみてぇだな……」

 そう言って、サロスがゆっくりと起き上がり頭をポリポリとかく。
 こういう切り替えと勘の良さは昔から少しも変わっていないということに微かにフィリアは口元を緩める。

「行こう。サロス」
「あぁ。ずいぶんと待たせてくれたみたいだしな」

 フィリアとサロスはそのまま宿屋を出て、集団が向かってくる方向へと走る。

「ぎゃはっはは!! まさかこんな夜中に奇襲をしかけるとはなぁ」
「あぁ。アーフィ様の考えはわからねぇが、なんかわくわくするなぁ」
「あぁ、きっと村のやつらはいつも以上に怯えた顔で逃げ惑うぜひゃははは」

 品のない会話をしながら、アーフィの手下共は巨大な乗り物を乗りこなし村へと一直線に向かってくる。
 彼らにとっても、こんな真夜中に出かけることは初めてのことであったらしい。

 彼らは、品も学もないがアーフィという一人の人間への忠誠心だけは高かった。
 よく見れば、彼らの体のどこかは緑色の鉱石のようなものへと変化している。

 彼らもまた間もなく命が終わろうとしているマザーの子供たち。

 マザーの慈愛を受けたとしても、日々変化していく自分の体。そして確実に終わりを迎えようとしているその瞬間に彼らは怯える日々を過ごすしかなかった。
 
 しかし、そこに現れたのがアーフィである。
 アーフィは、怯える彼らをまとめ上げ瞬く間にその集団の王となった。
 ただ終わりを待つだけの彼らにつまらない正義や倫理観はない。

 ただ、快楽を享受する。いずれ来る自分の終わりを迎えるまで仲間たちとやりたい放題をする。それが彼らの生きる意味となっていた。

「んぁ? なんか見えねぇか?」
「何が見えるってんだよ? こんな夜中に」
「そうだよ。それより村についたら俺はーー」

 そんな彼らが己の欲望を語ろうとしたその瞬間。
 目の前が、青く、赤く、塗りつぶされる。

 サロスの炎が、フィリアの氷が彼らの、今、正に村へと向かおうとする彼らを巨大な乗り物ごと包み込んだ。

「わりぃ……」
「……すまない……」

 命を奪うということ……それは例え悪党であったとしても二人の心を痛めた。
 しかし、ここで討たねばまたあの村の人たちが、ターナやヨーヤが犠牲になる。
 心を殺し、二人は彼女らとの約束を守る事だけを決めた。

「ひっ……なっ、なんだこいつら!!」
「ばっ、化け物だ!! 化け物が出たっ!!」
「ひっ、ひっ、ひぃー!!!!」

 サロスとフィリア二人の力を見せつけられ、下っ端どものさっきまでの余裕そうな表情が崩れ、恐怖が浮かぶ。
 目の前で、仲間が炎で焼かれたり、氷漬けにされている姿はまさに悪い夢のようであった。

「アーフィはどこだ……?」

 静かな怒りを込めた目で、フィリアが集団の中心を睨むその凄みに、何人かが失神する。しかし、その内の数人は二人を巨大な乗り物で轢き殺そうとブォォンとけたたましい音を鳴らし速度を上げて二人へと直進していく。

「邪魔だな……」

 そう言って、サロスの背後から巨大な腕の一部が現れそのままなぎ倒す。
 
「なななな!!! 何が起きてやがる!!」
「っくそ!! こうなりゃ!!」
「やっ、やるしかねぇよな」

 すっかり怯え切った集団の連中は懐からそれぞれ小さな石を取り出す。
 それは彼らがアーフィに与えられた最終兵器。

 一度だけ、強大な力を与えてくれるというお守りのようなもの。

 その小さな石を一斉に取り出し自分を守って欲しいその一心で握り込んだ。

 しかし、その石は所有者を貪り食う様に暴れ、二人はその光景に目を見開いた。
 
 数日前に見た、あの三人の身に起きた現象とまるで同じ。

 小さな石はその集団を飲み込み。彼らを人の形から化け物の姿へと変貌させる。
 大小形状はそれぞれ異なっているが、全ての者達が人ではなくなっているのは確かであった。

「フィリア……」
「……あぁ」

 二人の腕が元へと戻る。村の入り口での戦いの幕は降ろされたのである。二人は次の行動へと移った。

「……おもしれぇな……」
「はい……?」

 玉座に座り、男がニヤリと笑みを浮かべる。
 その容姿はフィリアとよく似ていた。しかし髪は長く髭も蓄え。その姿はフィリアよりもだいぶ野性的な風貌をしていた。
 
「何が面白いのですか……アーフィ様」
「すぐにわかる……」
「てっ、敵襲!! 敵襲!!!」

 急にその場が騒がしくなり、アーフィと呼ばれた男はゆっくりと注がれた酒を口に含んだ。

「何事だ!?」
「わかりません!! 化け物みたいに強い二人がこちらへ向かって来ています。既に、入り口の部隊は全滅。今、なおこちらへ向かってきてます」
「アーフィ様!!」
「……ナンバー218の報告のやつらだな……ほんとにおもしれぇ。アジトの場所をこんな短時間で割らせるとはな」

 アーフィはゆっくりと玉座から立ち上がり、口元を緩ませた。

「アーフィ様ーー」
「ナンバー115。他のやつらを下がらせておけ。後は、俺がやる」
「しっ、しかしーー」
「久々の楽しそうな喧嘩だ。水差すんじゃんねぇよ……それともなんだ? 俺に逆らうか? あぁん?」

 アーフィの背後から、鋭利な刃を持つ蠢く触手なようなものが現れる。

「いっ、いえ!! すっ、すいません!!」
「……やつらをコロシアムへ誘導しろ。俺がいく」
「わっ、わかりました」
「さて……楽しませてくれよ……日々、退屈していたところだ」

 二人が、アーフィのアジトらしき場所に侵入してからしばらく経った頃。
 サロスが違和感に気づき始めていた。

「……おかしいな……」
「んっ? 何がだい……? サロス」
「いや……このアジトってとこに入ってからどうもどっかに誘導されてる……んな気がするんだ」
「君の勘は当たるからね……」
「そのアーフィってやつの罠にハメられたかもしれねぇな」
「かもしれない……でも、今更引き返す……なんてことはしないだろ……? サロス」
「当たり前だろ」

 二人はそんな会話をしつつ、目の前の道を駆け抜けると先ほどまで妨害してきた人員も徐々徐々に消え、途中からはただただ一本の道になっていった。

 どれほど走ったかわからなくなる頃。二人は開けた場所へとたどり着いた。

「なんだ……この場所……」
「こんなに場所があるなんて……」
「よぉ……侵入者」

 声の方向に二人が顔を向けると、ゆっくりとこちらへ歩いてくる一人の男の姿が目に入った。

「ずいぶんと好き勝手に暴れてくれたようだな……」
「君が……アーフィか……」
「あぁ。俺が、アーフィだ」

 アーフィは、二人をじっと見つめニヤリと笑みを浮かべる。

「たった二人で攻め込んでくるとは……とんだバカがいた……と思っていたが……なるほど俺のように、エルムを使いこなせるのか……納得だな」
「エルム……!? この力がエルムだと言うのか……」
「この力……? 自分の体の一部を変化させ、強大な力を得る。それがエルムの力だ」

 そう言いながら、アーフィは懐からここ数日で二人が見慣れた小さな石を取り出す。
 フィリアは混乱していたアーフィの語るエルムの存在と自分の知るエルムの存在がまるで違うものであるからである。

「お前……それ……」

 サロスが思わず口から零れた言葉に、アーフィはエルムを見ながら言葉を続ける。

「あぁ。俺はあいつらに必ずこのエルムを渡している。自分たちの身にどうにもならないことが起きた時に使え……とな……」
「だが、その石を使ったものたちは皆、化け物の姿に変わっていったぞ。それがお前の狙い……なのか……?」

 フィリアの言葉を聞き、アーフィは少しだけ俯いた。

「そうか……」

 表情は見えないが、それは少し悲しそうに二人には見えた。

「エルムは……その強大な力と同時に強大な意思が宿る……故に所有者を選ぶ」
「所有者……?」
「エルムに所有者と認められれば強大な力を得る……このようにな……」

 そう言って、アーフィは右腕を降ると背後の壁に殴ったような巨大な跡ができる。

「だが……その意思に所有者でないと認められなければその体も心も即座に奪われる」
「それが、あの化け物みたいな姿ってことかよ……」
「……はぁ。なぁお前ら……あんまり、化け物化け物と言ってくれるな。あいつらは俺の大事な……そうだなぁ……家族みたいなもんなんだからよ……」
「ふざけるな!!」

 アーフィの発言に、フィリアが激しい怒りをぶつけた。

「家族であると思っているなら、何故そんな危険なものを渡す!! それに大事に思っているなら何故ターナやヨーヤをーー」
「あいつらの命はいずれ終わる! それは俺とて同じことだ。何も知らないテメェらこそ勝手な事言ってんじゃねぇぞ。村だって『マザーの呪い』が振りかかれば……俺達が襲っても襲わなくてもーー……俺はあいつらが少しでも自分たちの思った通りにやりたいように残りの時間を生きさせてやりてぇんだ!!」

 アーフィは、ゆっくりと自分の右手を見つめる。その右手は既に緑色の鉱石になりつつありほとんど動かせないように見えた。
 マザーの呪い、ぽつりとアーフィが零した言葉は何故か二人の耳に残る。

「でもお前ら……ターナやヨーヤのことを知ってんだな……そうかそうか……じゃあ、悪くねぇかもな……俺の最後の相手にはーーこれもまた運命ってやつか」
「アーフィ! お前! もしかして!! 本当はターナやヨーヤのこと後悔ーー」
「うるせぇな!! ごちゃごちゃと!! 俺に勝ったら全部教えてやるよ!! だが、勝てたラの話だがナ」

 そう言った、アーフィの全身が変化していく。
 しかし、それは今まで見てきた化け物の姿ではなく人の姿を残している状態の異形へと変化していく。

 初めて見るその光景に二人はただただ言葉を失い、息を呑むしかなかった。 



つづく

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