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108 双校祭の誘い

 集団模擬戦闘訓練、通称ギヴング。そして東西模擬戦闘訓練、通称イウェストの間に開催されるその行事。
 イウェスト直前に存在している両学園都市内での大きなイベントの1つが行われる時期が、いつの間にか近づいてきていた。
 
 少しばかり陽気の和らいでくるこの季節、生徒達は模擬戦闘訓練とは一味違った別の緊張感を抱いて学園生活を過ごしていた。

 この年、学園では国から定められている学園内を二分割して行われる集団模擬戦闘ギヴング、東西にある学園都市同士による模擬戦闘訓練であるイウェストの中止が学園の歴史上はじめて通告され、命の危険があるようなイベントが行われることはなくなった。
 代わりに例年以上の大きな盛り上がりを見せようとしている学園内のイベントがあった。
 
 学園の生徒達主体による模擬戦闘訓練ではない中で最大のイベントいわゆる学園祭。双校祭である。

 本来であれば、この双校祭はイウェストに向けて学園内の生徒達の決起会のような位置付けとなっていた。大きな東西がぶつかり合う模擬戦に向け生徒達の協力体制を強化するための懇親的な意味合いが強く結束を高めるために親睦を深める期間として毎年行われている。

 イウェストでは多くの生徒が激しい戦いにより命を落とす事がある。ここまで共に過ごした学友達と笑って過ごせる最後の時間になる可能性もあって学園の生徒達にとっては大切な学園祭であった。

 しかし、今年は例外的にそうした心配が全くない状況に東部学園都市の生徒達は大いに沸き立ち、誰もが浮足立っていた。

「ねぇシュレイド、聞いた? 学園祭ってのがあるんだって! 生徒会でもその話題が出たんだけど楽しみだね」

「なんだそれ?」

「お祭りって言ってたけど? 皆で楽しく盛り上がるイベントなんだって。なんだかワクワクする響きじゃない?」

「お祭りってなんだ?」

 シュレイドは首を傾げる。聞いたこともない単語だった。

「私もよく知らないけど」

 生徒会の会議で話はしているが具体的にあまり具体的な想像が出来ていなかったメルティナも思わずはにかんで舌をぺろりと出した。

「知らないのかよ。それでよく話が出来るな」

 そんな二人をよそに怪我が全快し、絶好調のミレディアが両手を腰に当てて、自慢げに鼻で笑う。

「ふっふーん、二人ともリサーチが甘いなぁ」

「ミレディ?」

「あたしは既に祭りとやらの情報を得ている!! というか昔、孤児院で一回だけ村のお祭りを遠くから眺めたことがあるからなんとなく! とはいえ、行ったことはないんだけどね!!」

 メルティナは目をキラキラさせて、シュレイドはよく分からない顔でとりあえずパチパチと拍手をした。

「ほとんど、本気でやりあおう部の先輩たちに聞いただけなんだけどさ」

「へー」

 シュレイドが気のない返事をする。それもそのはずで三人は大勢の人で一緒に何かをするというような機会を得たのはここ、東部学園都市コスモシュトリカに来てからだったからだ。

 昔から三人とも祭という機会には縁がなかった。学園に来るまで山奥で過ごしていた三人は人里で行われるような祭はおろか、人が大勢いるような賑わう場所にもほとんど行ったことがなかった。
 
「外からこの時期だけ特例で外の人達も学園都市内にお店を出すことが出来たり、学園都市の地域に足を運ぶことが出来るんだって! とにかく普段とは違う色んな事があるみたい」

「お前の説明じゃ全然どういうことかわからないんだけど」

 シュレイドはいまいちピンと来ていなかった。

「いつもより商業区画が更に賑わうってこと? もっと? そんなことあるの?」

 メルティナは想像するが通常時の商業区画ですらびっくりするような人の多さだと思っていて、想像が追い付いてきてくれず目を回して混乱している。

「うん、凄い人の多さになるらしいよ。あたしもよく分からないけど戦闘訓練と違って、すっごい楽しく盛り上がるイベントらしいよ」

「へー」

「アイギス先輩が言うには戦闘系のイベントもあるにはあるらしいけどね」

 シュレイドはわずかにその言葉にピクリと反応するが聞き流すように話を聞いている。

「あ、そういえば生徒会の会議でも今年はイウェストがないんだから東部最強決定戦がやりたいとかアイギスさん言ってた気がする。国から戦闘イベントとかは中止されてるからカレッツさんのアイデアでちょっと形は変わるみたいだけど」

「へー」

 シュレイドは相変わらずよく分からないといった様子で頷いていると背後からスッと突然、腕を絡めとられ密着される。二つの膨らみが腕に感じられて思わず赤面する。
 油断していた訳ではなかったがこの距離になるまで気付けなかったシュレイドは大いに狼狽して珍しく驚いた顔を見せる。

「うわぁあああ、なんだ!?」

 その珍しいシュレイドの声にメルティナとミレディアの二人も驚いて振り向く。

「どうした…」
「の?」

 その様子を見て二人は硬直した。そこにはピンク色の髪に青いメッシュの入った可愛らしい美少女が彼の腕に真っ赤な顔でひしっと抱き着いていた。

「やぁーっと掴まえたぁ! シュレイドく~ん!」

「サ、サリィ!? おまっ」

「ぎゅー、学園って広いからなかなか遭遇出来なくてさみしかったー! ちょー嬉しい~」

 シュレイドとサリィと呼ばれた女の子は傍目からは二人とも赤面している。何を見せられているのだろうかとメルティナとミレディアの二人はジト目でシュレイドを睨んだ。

「シュレイド? 誰?」
「アンタいつのまに……そんな」

 サリィは二人に気付くと、キッと二人を見つめてシュレイドの腕を無意識に強くぎゅっと掴んだ。

「あ、そこの二人ははじめましてだ。私はサリィ! シュレイド君の……こここ、こい、いいびびび、あああ、おおおお、言えない、これはまだ言えないんだけど。……くぅいくじなし!! 私のいくじなじ!! く、でも、まずはおともだちから始めましょうにぃいいりりり、立こうほちゅーのサリィ!! よろしくね」

「あたしはミレディア」
「初めまして、メルティナだよ」

 サリィは余裕があるのかないのか全く分からないような言葉運びで息を上げて唸っている。何か言いたげだったがどうにも言えなかったみたいだった。

((こいびとって言おうとしたよねこの子!!?? 恋人に立候補って!? シュレイドの!?))

 察しのいいメルティナとミレディアだった。

 二人の眉間がぴくりと反応しているのをみてシュレイドは慌ててサリィの手を解く。

「ああぁ~ん、もう終わりなんてやだー」
「頼むから勘弁してくれ、まだ暑いんだから」
「もっといいい、一緒に、あああ、熱くなろ!」
「ちょ、言い方な……」

 軽そうな感じのスキンシップとは裏腹にサリィ表情は強張り、動きもぎこちなく明らかに緊張しているのが丸わかりだった。

 出会ったあの日から度々、サリィはシュレイドの元を訪れていた。
 決して嫌という訳ではなかったものの、来るたびに彼女が緊張している姿に自分も何とも言えない気恥ずかしさを感じてしまってどうにも落ち着かない。
 シュレイドは出来る限りサリィに遭遇しないようさりげなく回避してきたが今日はメルティナとミレディアの二人と一緒に居た為か周囲の警戒が甘く油断していた。

「で、あの、単刀直入に聞きたいんだけど、二人はシュレイド君とどどど、どんな関係なわけぇ?」

 鼻息をフンフンと興奮気味にしながらサリィは二人の全身をまじまじと舐めるように見つめようとした瞬間、碧い瞳に淡い光が宿る。

「おっと、あぶない、ダメダメ、あの力は使っちゃダメなんだって」

 聞こえない位の声で呟きながら頭をブンブンと振ってサリィは一旦二人から視線を切って下を向いた。
 フーっと深呼吸をしてから顔を上げて二人に視線を向き直してビッと二人を指差した。

「で、質問の回答プリーズ!」
「え、幼馴染だけど」

 ミレディアは即座に返答する。

「そ、そう、小さい時から一緒に過ごしてきた……おさななじみ、だよ」

 メルティナは少し言葉に詰まりながら答えた。
 サリィはその言葉にわなわなと震えて、驚愕の表情をしている。

「まじで? 幼馴染? え~~くくく、超羨ましいんだけどぉおおおお」

「羨ましい??」
 
 シュレイドにはその感覚がわからない。何が羨ましいに繋がっているのかの検討が全くつかない。

「私も幼馴染になりたかった――――!!」

 明らかに無茶な事を叫んでいるとそこにもう一人の人影が姿を現す。軽快なステップでシュレイドの後ろからひょっこりと顔を出してくる。

「お前らこんな所で何やってんだぁ? あ、さてはこのフェレーロ様を待ってくれていたりなんかし、、、て、え、あ? ああ!?」

 ピンク色の髪の少女と目が合ってフェレーロは即座に彼女の手を取り三人から引き離して距離を取る。

 小声で慌ててフェレーロはサリィを問い詰める。

「おおおおい、おいおい、待て待て、お前がなんでシュレイドの所にいるんだよ!? 何考えてんだ」

「は、別にあんたには関係ないじゃん」

「いやいやいや、あるだろ。次はどんな命令が来たってんだよ? 剣を使わなくなったあいつにはもう関わる必要ないはずだろ」

「別に何もないって、邪魔しないでくれる~? それにさ、関わる必要ないのはアンタも一緒じゃん? 私はただシュレイド君と双校祭を回りたいだけだもん」

「だもんてお前……」

 二人がこそこそしている様子を怪訝に思いフェレーロに声を掛けた。

「なぁ、フェレーロ、もしかしてサリィと知り合いなのか?」

 少し離れた所から飛んでくる声にフェレーロの肩がビクリと反応する。

「えっ、あ、ああ、いや、その、ま、まぁちょっと」

 サリィはけろりとしてその問いに答える。

「うん、関所からこの学園に来るときにフェレーロも一緒に来ただけだよ」

「おいサリィおまえ!?」

「いや、別に変な事は言ってないじゃん?」

「そりゃそうだけど」

 フェレーロが翻弄されている様子は珍しかった。
 その様子を見てここぞとばかりにミレディアはなんとも悪い顔をした。

「おやおや、フェレーロくぅん? こぉんなにもかんわいい知り合いがいたんだねェ、ふぅん」

 ミレディアがフェレーロに敢えてくん付けなどをしながらニタニタして近づいていく。

「ああん!? なんだその顔は~、ミレディアちゃぁ~ん? 何が言いたいのかなぁ?」

 フェレーロも負けじとちゃん付けで対抗する。

「隅に置けませんなぁダンナ~、ホレホレ」

 フェレーロのわき腹を肘でツンツン小突き始める。

「はぁ!?」

 あの出来事から何度かミレディアとフェレーロの仲立ちをしていたシュレイドは二人の様子に思わず笑みを零していた。

「ハァアア、シュレイド君が笑ってる!! ああ、やっぱりすてき~」

 目をキラキラさせてサリィが恍惚の表情でうっとりした。

「いや、別に笑ってなんかねぇし」

 シュレイドは照れるように顔を伏せる。
 その横から少し不機嫌そうな声が風に乗って静かなトーンで聞こえてくる。
「シュレイド笑ってたよ」
 一瞬ひやりとした空気が漂いシュレイドはゆっくり顔を上げてギギギとその声の方を向く。

「いや、まぁ。ちょっとだけ、二人が仲いいのが嬉しく、て?」
「鼻の下伸ばしてデレデレしちゃってさー、ふーんだ」

 メルティナはプリプリしながらそっぽを向いた。

「シュレイド君、その子にはすっごい素直! なんでぇえ!?」
 
「え、いやそんなことねぇよ」

 再びサリィがシュレイドの腕に絡みついて真っ赤になりながら周りから見ても明らかに慣れてない下手クソな上目遣いで話しかける。
 
「ね!! それよりも!! シュシュシュシュレイド君!! あ、ああ、あああああたしとの約束!! まだ守ってもらってないんだけどぉ~!?」

 声が裏返っている。そんなに緊張するなら、組みつくなんてしなければいいのにとシュレイドは思う。
 更には約束という言葉に心当たりがなく首を傾げてしまう。

「え、約束? なんの? したっけ?」

 サリィは顔を真っ赤にしてふるふると小刻みに震えながら息を吸い込んだ。

「だ、だから、でぇー」

「でぇー?」

「ででぇー」

「ででぇー?」

「デー…」

「デー?」

「でぇ、、おーれーいー!! お礼しあいっこの約束ッ! うにゅあああああたしのいくじなしぃいい」

 サリィは一人で地団太を踏んでいる。

「あぁ、剣の事のお礼、か。そういえばまだちゃんとしてなかったっけ」

 かなり前に彼女を助けた際にアンヘルの小屋を教えてもらったりしたことをおぼろげながら思い出して、あぁと小さく唸る。
 あの時はまだ他の色んな事が整理できておらず考え事を同時にしていた為かすっかりと忘れていた。

「うえええ、シュレイド君忘れてぇたのぉ?」

 見るとサリィはしょぼんと肩を落としてしょげて今にも泣きそうな顔をしている。メルティナがその様子を見てキッとシュレイドへと向き直る。

「シュレイド!!」
「なんだよメルティナ」
「約束は守ってあげなきゃ、ダメ!」

 その剣幕にシュレイドは後ずさった。

「え、いや、そうかもだけど」

 サリィは何故だかその二人のやりとりに焦燥感を覚えた。

「ぐ、くく、シュレイド君!! 今度の双校祭、あたしと開催中に毎日出掛けよ!! お礼、忘れてたお詫びも兼ねて!! それで許してあげる!!」

「え、あ、ああ、わかった。考えとく」

「だめー!? 考えるだけじゃなくて今ここで約束!!」

「まぁ、俺も忘れてたの悪かったし、わかったよ」

「ぃやったぁーーーー」

「メルティナ。これでいいのか?」

「……ちゃんとエスコートしてあげなきゃだめだよ? シュレイド」

「え、あ、ああ」

「わー、たのしみぃー!」

 はしゃいでシュレイドの手を掴んでブンブンと上下させているサリィとそれを見つめるメルティナを遠目に話の流れから置いてけぼりを食らっていた二人が並んで立ちすくんでいた。

 それを見ていたフェレーロはミレディアに呟く。

「なぁ、メルティナちゃんってさ~」

「……まぁ、その、うん、多分……ね」

「そっか、踏み込みづれぇな」

「そう? こればっかりは当事者同士の問題だしあたし達が気にするほどでもないんじゃない?」

「そういうもんなのかねぇ」

 ミレディアはニヤリと笑みを浮かべて感慨深げに呟く。

「にしてもシュレイドに好意を持つ女の子が他にも現れるなんてねぇ、予想外だわ~」

「まぁ、あいつは意味わからん程に良い奴だからな。その良さを知れば俺が女だったら確かに惚れてたかもなァ」

 その発言にミレディアは引いた。

「えっ、いいやつだってのには同意だけど後半は引くんだけど」

「っはは、冗談だっての」

 前半は本音だろうと思ったが、後半どうしても聞き流せず再びミレディアはからかう。

「アニスに言いつけちゃおっかな?」

 フェレーロは瞬間、真顔になった。
 
「そういうのはやめろ、俺に効く」 

「というかさっきの発言は普通に空から聞かれてたと思うけど」

 フェレーロはそれを聞くとゆっくりと静かに空を仰いだかと思うと両手を揃えてがっつりと拝んでいた。

「アニス。お兄ちゃんはとっても調子に乗りましたごめんなさい」

「いっしし、律儀だねぇ、このシスコンお兄ちゃん」

「それはお前も同じだろうよシスコンお姉ちゃん」

 フェレーロが反撃するとミレディアはたじろいだ。

「あーね、それは全く否定できないわ」

「墓穴もいいとこだろ今のはよぉ」

「ぐうの音もでないねぇ」

 そう言いながら二人は互いに笑い合った。



つづく

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