Eighth memory 11 (Conis)
辿り着いた場所、マザーのいる揺り籠。
その日はいつもと雰囲気が違っていました。奥に近づけば近づくほど、命が終わり結晶となってしまったみんなの姿がありました。
マザーの近くにいた皆は、これまですやすやと眠っているようなふわふわ気持ちよさそうなお顔をしていたはずでした。
でも、ここへ来るときに見たみんなはとても怯えたような怖がっているようなぶるぶるしたお顔をしていました。
きっと怖かったのでしょう。辛かったのでしょう……もしかしたら痛かったのかも知れません。
でも、そんな時みんなにはマザーがいてくれた……これまではいてくれたはずだったのです。もし、ヌルさんの言ってたことが本当だとするならーー。
「おいっ、エスシー……」
「はっ、はい。なんでしょうか?」
今まで黙っていたオービーが突然口を開きました。
ワタシは少しだけ驚きましたが、どうにか返事をすることはできました。
「この先、何があったとしてもお前はあの日俺と見た星のようであれ……」
「えっ? ……どういうことですか? オービー?」
「……良いから。今ここで約束しろ。お前は、これから先何があっても俯かず、空に浮かぶ星のように輝いていろ。いいな? エスシー」
「……」
「返事はしなくていいし。意味がわからなくてもいい。ただ、お前がそれを忘れなきゃそれでいい」
そう言うと、またオービーはお口を閉ざしてただ前へと歩いていってしまいました。
その言葉を聞いたのはワタシは初めてではありませんでした。
シーエイチと最後に話した時、シーエイチもワタシに似たようなことを言ったからです。
『エスシーは嘘をつかないで生きてね。自分に嘘をつかずに真っ直ぐ、どこまでもまっすぐに、ね。そうしたら、あなたはいつまでも輝いていられるから』
ワタシはあの時何も考えずにただ『はい』とだけシーエイチに返事をしました。
でも、それからすぐにシーエイチとは会えなくなってしまいました。
だからワタシは、ここでまた「はい」と返事をしてしまったら、もう、オービーとは二度と会えなくなる。そんな予感がしてしまったのです。
だからこそ、オービーのその約束に答えることは出来ませんでした。黙っていました。
無言のまま、ワタシたちは歩き続け、ようやくマザーのいる最深部へとたどり着きました。
ただ、そんなワタシたちの目に真っ先に飛び込んできたのはマザーから伸びる触手のようなものに身体を捕らえれ、ぐったりとしていたヌルさんでした。
「エス……シー……オー……ビー逃げーー」
言い終わるより先にオービーが、槍に変えたエルムで触手のようなものを切り落とし、落ちてきたヌルさんをワタシが受け止めました。
「ざまぁねぇな……って、笑ってやりてぇが……そんな余裕はなさそうだな」
ワタシたちの目の前には、数十、数百の全身が緑色の結晶になりながらも左右にゆらゆらと揺れながらゆっくりと進んでくるみんなのような存在がいました。
「エスシー……お前は、ナンバーヌルを連れて逃げろ。ここは俺がーー」
「勝手なことをされては困るのですよ、出来損ないの人形」
聞きなれない声がしたと思い、ワタシとオービーがその声のした方を向くと高い所からワタシたちを見下ろしている誰かがいました。
「誰だ? てめぇは!!」
オービーが大声でその人物へ大声をあげます。ワタシは受け止めたヌルさんが特に大きな怪我をしていないことにほっとしていました。
しかし、相当体力を使ったようには見えました。こんなに浅く息をしながらぐったりとしているヌルさんをワタシは初めて見ました。
「そうですね……ワイズとでも名乗っておきましょうか……」
ワイズ……その言葉にワタシは聞きおぼえがありました。
本好きなあの彼女がワタシに読み聞かせてくれたお話の悪い悪い人のお名前です。
頭は良いのですが、お姫様や王様に意地悪ばかりするとても、イヤイヤな人でした。
「……はっ、ワイズだと? どこぞの話で聞いた極悪人の野郎の名前じゃねぇか?」
「ふむ……確かにワイズが行なったことはあなた方のような下等な存在には悪ではありますが、私は彼はとても聡明で正しい行いをしたと考えます。そう、その偉大なる彼のその名を語る資格が私にはある。そう、神に近しきこの私にはね」
そのワイズと名乗った人が指をパチンと鳴らすと、緑色の結晶に全身を包まれたみんながワタシたちの方へと向かってきました。
「なっ!? てめぇがみんなをーー」
「調律者であるこの私が、人形を操るなど、最早造作もないのですよ」
「コンダクター?」
「そう、そして、その証こそがこの腕輪、そう、遂に遂に私は極致へと至ったのです」
そう言ってその人が見せつけてきた腕輪にワタシの胸がキュッと締め付けられるような感覚を覚えました。
そして、それはワタシだけでなくオービーも同じだったようです。
「人形であるあなたたちを生かすも殺すもこの調律者である私の意のままなのですよ」
「ふざけたこと言ってんじゃーー」
「……止まれ」
ワイズと名乗った人にオービーが槍を大きく振り上げ向かっていこうと走り出しましたが、その足が突然止まりました。
「なっ、なんでーー」
「あなたのような出来の悪い人形には口で説明するよりも、実際に体験していただいた方がよろしいかと思いましてねぇ……」
「やめ……やめろ」
オービーがワイズへ向けていた槍をワタシとナールさんへと向けます。その腕はフルフルと震えて抵抗しようとしているのが分かりました。
「オービー!!」
「っくそ!! なんで、体が、体が動かねぇ!!」
「ここまで来たこと、だけは褒めてあげましょう……しかし、人形は人形らしくワタシが手を出すまで大人しくしていれば良いのですよ……」
オービーが駆け出し、槍を振り回しながらワタシ達の方へと向かって来ます。
「せめて、その身を持って少しは楽しませてください……そう、出来損ないの人形が命をかけて戦う最後のショー!! その終幕を!!」
「ちっくしょ!!! 避けろ!! エスシー!!」
「えっ!?」
ワタシはヌルさんを抱え、その攻撃を避けようとしましたが足が動いてはくれませんでした。
「……ふぅ……がっかりですね。そちらの小さいのは武器すら生み出せなかったのか。正真正銘の本物のお人形さんだとは……しかたありません。せめて、その可愛らしいお顔をぐちゃぐちゃの粉々にして、この私をわくわくさせてください」
「エスシー!! 頼む!!! 逃げてくれ!!!!」
オービーの槍がワタシとヌルさんの前に迫ります。オービーの辛い顔がワタシの目に映ります。
もう、誰一人としてこんなお顔をしてほしくはないのに……本好きな彼女も、シーエイチもオービーですら、ワタシは……失ってしまうのでしょうか……。
『抜ケ……』
それは、ワタシの脳内に響く小さなささやき。
「……クラ・イ……オフェン……」
ワタシが呟いた瞬間。ワタシの両腕の短刀がオービーの槍だけを粉々に砕きました。
「……大丈夫ですか? オービー」
「……エスシー……お前、意思があるのか?」
「はい……しっかりと」
そう話し続けている間に、ワタシの左腕がゆっくりゆっくりと持ち上がり、オービーへとその短剣が向いていきます。
「どういうことだ? 小さいのは確かに武器の反応は無かった。ふふ、逆転劇か。それもまた一興。お前のその腕の短剣で自ら目の前のその大きな人形を……」
ワイズの言葉はワタシの体をとても強い力で動かそうとしている、そんな感覚を感じました。しかし、それに抗えないかどうかはまったく別の話でした。
少しの重さは感じても、ワタシの身体はワタシのままでした。
じりじりと持ち上げられそうになっている自分の左腕を自分の意思で降ろしました。
その瞬間、先ほどからこれ見よがしに見せつけていたワイズの腕輪がパリンと真っ二つに割れて砕け散ったのです。
「ば、バカな!! 腕輪が!! 私の天秤を動かす鍵が!!! 神への道がァ」
「……当リマえダ……紛イものガ、本モノに敵ウはずガなイ」
そう言って、緑色の結晶になってふらふら歩いていたみんなの中から、ワイズとまったく同じ腕輪をつけた人影が邪悪な笑みを浮かべ現れました。
半身が侵食されたワタシよりも大きく、オービーより少し小さな人。
そして、その顔にはワタシもオービーも見覚えがありました。
ワタシたち以外でマザーと自分から接触しようとぜず離れた存在。
マザーが唯一、愛してあげられなかったと嘆いていた存在。
ナンバーを与えられながらも、そのナンバーを捨て、揺り籠の周辺から忽然と姿を消した存在。
そう、ロストナンバーと呼ばれたその存在が、私達の前に姿を現したのでした。
つづく
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