92 蒼い瞳との出会い
歩いている途中、微かに視線を感じて辺りを見回した。誰かが付近にいる気配はないようだけど。
近い距離ではないみたいだな、確かに誰かに見られているような感覚が背中を刺してくる。
この距離感だと50M(メーム)以上は離れている、かな。
ただ、敵意は感じない、その相手を目視する必要があるほどの事でもない。
そう、思って、再び歩き出した直後だった。
背後にそびえ立つ校舎の上からなぜか突然大きな悲鳴が耳をつんざくように届く。
「きゃああああああああああああああ」
瞬時に振り返り視線を声のした方へと目を向けると目立つ髪色の女生徒が小さく見えた。
「ん?? ぅえ、あれ、人かよ!!??」
目を細めると屋上から落下しているらしい人影が目に入り、俺は反射的に地面を蹴っていた。
「おい、嘘だろ!? ちょっとまて!? なんで」
全力で地を蹴り出して、駆けた。
なんであんなところから飛び降りてるのかに理解が追い付かない。
けど今はそれどころじゃない。
地面へと落下する直前、無事に間に合った。
かなりの距離があったが、久しぶりに本気で駆けたからか、動揺からか、息が上がっているのを感じる。
腕を伸ばして滑り込んで身体ごと受け止めて衝撃を殺すように一瞬脱力した後、全力で身体を滑り込ませるようにして抱き抱えていた。
ぽすっと、自分の腕の中に収まる身体はあの高さから落下してきたにも関わらず思いのほか軽い。
仄かにいい香りが鼻先を掠めて不思議な気持ちが込み上げる。
「ん??ん?? あ、あれ? なんともない??」
落ちてきた彼女はゆっくりと瞑っていた眼を見開いた。
「あっぶね、えーと。君、大丈夫?? なんか凄い所から落ちてきたみたいだけど」
その時だった。目が合った瞬間、脳裏に焼き付く綺麗な眼。思わず目を奪われ、時が止まるようにさえ感じられた。
ピンク色の髪の中に青い髪が僅かに混ざって揺れ、俺の腕をくすぐっている。
まるで心の中を見透かしてくるように透き通った蒼い瞳を前に我に返った俺は思わず思い切り目を逸して、ぶっきらぼうに話しかけてしまった。
「……けが、ありません、か?」
腕の中で微動だにしなかった女の子は、突如として真っ赤に顔を染めてガタガタと腕の中で揺れ始めた。
ちょっと揺れすぎじゃないか? 大丈夫なのか?
「え、え、え、何これなにこれ、何この体勢!? 抱きかかえられてる!? ふあああ何この状況!! ちょっと待って心の準備が、、、出来て、ない、はああああ、ぷしゅー」
頭から湯気が立ち昇る様子が見えるようだった。もしかしたら俺のせいでどこか悪い所でもぶつけてしまったのかもしれない。
心配になったが、こういう時になんていえばいいか、よく分からない。
普段、メルティナやミレディアとは一緒にいるけど、知らない女の子とここまで近い距離感で密着する事はこれまでにはない。
見知らぬ感覚がむず痒く不愛想な表情で振舞ってしまう。
彼女の呼吸が首元に優しくかかり心臓が高鳴っているのが自分でも分かる。
これは、緊張している、っていうのか? 俺が? なんで??
「え、えーと」
ふと彼女を改めて見ると目線が大きく泳いでいる。
なんというか、とても落ち着きのないように見える。
もしかしたら今の落下の衝撃でどこかぶつけたのかもしれない。
「ん、んーんんんとねええええ」
「あの、どっか悪い所でもぶつけたのか? 悪い、受け止め方がよくなかったかも」
と言うと彼女は目を強く瞑り、唇をそっとすぼめている。なんだ? これは何をしているんだ?
「ふぁ、あのぉ、こういう時は優しくちゅーするのがいいらしいよ、んー」
こういう時は優しく、ちゅー?? まて、ちゅーってなんだ? ちゅーするのがいいってどういうことだ?
じいちゃんにもそんな話は聞いたことがない。わからない、考えろ、考えるんだシュレイド。
一体何をするんだ? 何が正解だ? あーくそ、わかんねぇ。
メルティナがここに居れば、あいつに聞けたのに。
「は、はい??」
答えが浮かばず、素っ頓狂な返事をしてしまう。
「ほら、チャンスチャンス! 今がチャンス」
チャンス? だから何の? 俺の頭の中は大混乱だった。
だから冷静になれってシュレイド、とりあえず彼女には怪我はないようだし、さっと降ろそう。降ろしてしまおう。
うん、そうだ、それがいい。そうしよう。
鼓動が少しずつ高鳴っていく。
俺は彼女を抱えたまま勢いよく立ち上がる。
「……よっと」
「あ、あのシュレイド君、なにを?」
「元気そうだし、大丈夫みたいだな」
無難な言葉を選んで降ろそうとするが腕の中の女の子はジタバタと暴れる。
「ああああ、だいじょうぶじゃないー!! まだふらふらするーおろさないでー」
そこで今更になって先ほどの彼女が発した言葉の違和感に気付く、俺は、この子の事を全く知らない。
なのに、どうして?
聞いてみるか?
「あれ? えーと、そういえばなんで俺の名前?」
でも、きっと、多分、いつも通りのはずなんだ。これまでと同じだ。間違いない。
途端に脳内が冷静になっていく自分が居る事に気付いた。
彼女は動揺していた。それが何に対しての反応なのかは分からない。けれどやはりその答えは予想と寸分変わらない答えだった。
「あ、ああ~その、えーと、英雄の孫なんでしょ? 騒がれてるし有名だから知っているっていうか」
やっぱり、そうか。そうだよな。
彼女も同じ、シュレイドだとはみていないんだ。
英雄の孫としての存在で見ている側の人間、なんだよな。
そりゃ、そうだよな。
「あ…そういうこと…か。じゃ、俺もういくから。降ろすよ」
そういうと彼女は真剣な表情で俺を腕の中から見上げる。
「ま、ままま、待って!!」
「えと、まだなにか?」
「えーと、その、あの、、、付き合ってください!!!」
どこか身体でも痛めたんだろうか? どこか痛くて歩けないのかもしれない。もしそうなら、俺の受け止め方にも原因があったとは言える。
こういう時は、確か救護室、いや医療室だったかな? 名前は忘れたけどとりあえず怪我の治療が出来る所だ。今は名称なんてどっちでもいいか。
「……はぁ、どこまで付き合えばいいんだ。医療室?」
ひとまず聞いてみると彼女は一瞬呆然とした表情を浮かべ、直後に頭を抱えたかと思うと途端にニヘラニヘラした顔で笑い出した。
さっきからなんだこの子?? コロコロと表情が変わる面白い子ではあるな。
「え、あ、今のはそういうことじゃないんだけどぉぉぉ、だけどもぉぉぉ、、、ま、まぁいっか~へへへ」
その様子があまりにも面白く感じられた俺は笑った。
「ふふ、変な奴」
彼女は首をブンブンと上下に高速で動かしながらまた変な動きをすると
「うん、医療室でいいよ!!」
と瞳をキラキラさせて見つめてくる。
しかたない。そこまでは付き合ってやるかな。
彼女と話している間。さっきまで考えていた難しい事、鬱蒼としていた事が頭の中から少しだけ、消えていた。
先ほどから自分に向けられている彼女の綺麗な瞳が、英雄の孫としてのシュレイドじゃなく、真っすぐに、ただのシュレイドを見つめてくれているような、そんな気がしたから。
「はいはい、分かったよ」
そう言って俺は歩き出す。
視線をずっと感じていたが、もう一度そちらを見る事はこの時、出来なかった。
先ほどまでと違い、彼女も何かを喋るでもなく、ただ見つめてくるだけ。
ただ、ゆっくりと二人で歩いていく時間の中で俺の足音だけが聞こえる。
なんだ? コレ……。
先ほどから自分の知らない不思議な感覚が俺の胸の中に灯って脈打っていた。
続く
作 新野創
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