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EP 06 真実への協奏曲(コンチェルト)09

「……いきなり飛び出していったと思ったら……どういうこと? サロス?」
「どういうって……言われてもなぁーー」
「ヒナタ、ソフィなら大丈夫だ。その……疲れて眠っている、ようなものだろうから」

 ソフィをベッドに寝かしつけた後、二人は先ほどまでの経緯を説明するように言われていた。

「……まぁ、軽く診察しては見たけど特に身体的な問題はなさそうだし……戻ってきたと思ったら気を失っているんだから本当にヒヤっとしたわ」
「わるいわるい。でもよ、ソフィが望んだものは手に入れられたみたいだぜ。あの力は久しぶりにーー」
「サロス!!」

 ヒナタに睨まれ、サロスの口元がグッと固く結ばれる。

「私には理解できないけれど。あなたたちの体に起きている不思議な現象。私はこれに関しては一刻も早く治療しなければならない病状だと思っているの」
「心配しすぎなんだよ。ヒナタはーー」
「心配するに決まっているでしょ!!!」

 ヒナタが大声をあげて立ち上がる。

「あなたたちわかってるの!? 確かにその力に救われたのは事実かも知れないけど、余りにも人間離れしすぎてる。どんな歴史書を読んでも、炎や氷を体から作り出して自由に扱える人なんて普通はいないの!!」
「ヒナタ、少し落ち着いーー」
「落ち着く!? 落ち着けるわけないわ。はっきり言ってあなたたちの体や精神がいつどうなってもおかしくはないわ!! 薬とおんなじ! 強すぎる力には必ず副作用があるはずなのよ!! それがたまたま今は表に出てないだけでーー」

 言葉を話している間に、ヒナタの体がぐらりと傾いた。
 あまりの心配に興奮しすぎて眩暈を起こしてしまったのだろう。
 咄嗟に向かいに座っていたフィリアがその体を抱きとめた。

「……サロス、ヒナタは僕に任せて……君はーー」
「わぁーってる……ヤチヨ、少し外、出ねぇか?」
「……うん」

 サロスはヤチヨを連れて外に、フィリアはヒナタを抱きかかえてヒナタの自室へとそれぞれ向かう。

 外へ出ると、少し曇り気味でその日は夜空で星が見えることはなかった。

「久しぶりだなー。お前と、こうして外でぼんやり空を眺めるの、曇ってっけど」
「……そうだね」
「……ヤチヨ。ここには俺と、お前の二人しかいねぇんだ。全部、言えよ。思ってること」

 そう言った、サロスの腕にヤチヨが遠慮がちに抱き着く。

「あたしね……サロスにまた会えて本当に嬉しかったよ」
「……あぁ」
「もう何年待ったかわからないんだよ」
「……あぁ」
「……どうして、またどっか行っちゃおうって思ってるの?」

 ヤチヨの発言にサロスが驚きの表情を浮かべる。
 そんな発言にヤチヨが苦笑いを浮かべた。

「なんでわかるんだ……? って顔してるけど。わかるよ。だって、サロスとはずっと一緒にいたんだから」
「……」
「ママがいなくなって、アカネさんもいなくなって、あたし自身がいなくなって、サロスがいなくなった……こうして、やっと帰ってきてくれた。なのにどうして……?」
「ヤチヨ……」

 サロスがそっと、ヤチヨが肩に手をのせる。

「さっき、ヒナタが言ってたこと。いつ、俺達の身に何が起きてもおかしくはないって話……あれな。ヒナタやフィリアには黙ってたんだが……」
「あたしには隠せないよ。サロスが何か隠してるのあたしわかるんだからね」
「……お前には、かなわねぇな」

 そう言ってサロスが苦笑いを浮かべる。そしてゆっくりと言葉を吐き出す。

「あの力を手にいれてから……たまに夢を見るんだ」
「……夢……?」
「あぁ。俺はどこだかわからない場所にいて、かあちゃんに似た大きな存在の前が目の前にいるんだ」
「アカネさんに似た大きな存在?」
「そいつは、かあちゃんに似ているけど、かあちゃんじゃない。悪いやつじゃないけど、今は悪いやつになっちまってる」
「うん」

 サロスの話す内容。具体的なようで具体的ではない。
 でも、どこか自分はそれが本当のように感じるその感覚。
 
 その経験をヤチヨは経験したことがあった。
 まだ天蓋にいた頃、自分が自分とよく似た人物と会話をしたことがある。

 ヤチヨは、なんとなくその時の自分に近しい感覚をサロスに感じていた。

「そして、俺はそこで見たことがなかったやつと一緒にいた。その内の一人にはついさっき会った。それが……コニスだ」
「……コニスちゃん……?」
「あぁ。俺もコニスを初めて見た時なんつーか言葉にできなかった。これが何なのかまでは俺にもわからねぇ」

 夢でしか会ったことしかなかった人物。それが目の前に現れた。
 サロスにとってそれは想像以上の衝撃を受けるには十分な出来事だった。

「そこでの俺は、俺じゃない俺な気がしてな。お前やフィリア、ヒナタやみんなのことを思い出そうとしても、どうしても思い出せないんだ……」
「……怖いね」
「あぁ。こえー。お前らのことがどんどん頭から消えて行くような気がして。俺は、俺であるはずなのに俺じゃなくなっていく……」
「うん」
「だから起きたときに、ほっとするんだ。あれが夢で良かったって……でもよぉ……それが日に日にどうしても夢なんかじゃないような気がして……これはいつか本当に起きてしまう事なんじゃないかって」

 サロスの全身が少し震えていることにヤチヨは気づき、サロスをそっと抱きしめる。

「大丈夫だよ、サロス。もしもサロスがあたしやみんなのことを忘れたとしてもあたしが思い出させてあげる。誰もがサロスのことを忘れたとしてもあたしだけはちゃんと覚えているから。サロス自身がもし忘れても、あたしはぜったい、おぼえているから」
「ヤチヨ……」

 ヤチヨの体をサロスがそっと抱き返す。
 互いに互いの温もりが怖いくらいに伝わってくる。
 心臓の音が互いに聞こえている。

 トクントクン

 と、く、ん、と、く、ん

 二人が発する異なる音は誰もが知らない真実の音を含ませている。

 しかし、それに気付ける者はいない。
 

「……あたし、ちゃんと待ってるから。サロスが、何の心残りもなく戻ってくるまで。ちゃんとサロスを待ってるから。おばさんになっても、おばあちゃんになっても、ずっとずっと待ってるから」
「……そこまで待たせやしねぇよ」
「やっぱり……行っちゃうんだ……」
「……それは……悪い……」
「……」

 ヤチヨがそっと離れて右手を差し出す。

「なんだ? 二人でまた誓いでもしたいのか?」
「違うよ。ほら、手出して」

 サロスは少し迷いつつも、手を差し出しギュッと握り合う。

「……ただの約束。ちゃんと戻って来てね」
「あぁ。必ず。必ず戻る」
「ねぇ……」

 ヤチヨが手を離し、今度は大きく拡げてサロスを見つめる。

「あぁ……」

 お互いが寄り添い、向き合い、抱き合う。
 ただ、それは成人した男女のそれではない。
 幼い子供二人がただ安心感を得るためにくっつく行為に近いものだった。

「あったかいね……サロス」
「あぁ。おめぇもあったけぇよ。ヤチヨ……」

 その時間は永遠のように思えた。
 言葉をそれ以上交わすこともなく、それ以上もない。
 ただ、噛みしめるようにお互いの存在を確かめ合う。

 やがて、どちらからということもなく自然と二人の体が離れる。

「……いってらっしゃい」
「行ってくる」

 その言葉を最後にサロスは、自身を炎の巨人の姿に変え天蓋の方へと歩いていく。
 ヤチヨはその姿をただただ見守っていた。

 

 翌朝、サロスが昨晩。一人で出ていったことをヤチヨはみんなに伝えた。
 
 探しにいこうという提案も出たが、ヤチヨは首を横に振る。
 サロスはまた必ず戻ってくるからと。
 その言葉を信じ、全員でサロスの帰りを待つことを決めた。

 しかし、そのサロスがいなくなってから数日経った頃。レムナントが頻繁に現れるようになっていくのだった。

 レムナントによる被害は大きくなっていく。もはやほとんど機能していない自警団に代わり、日々フィリア、コニス、ソフィの三人がその対処に追われていた。
 だが、その物量は日に日に増して対処するのも容易ではなくなっていった。

 レムナントの襲撃増加から、数日が経った頃。

 その日の討伐を終え、三人はヒナタの家を目指し帰路の道を歩いていた。

「ソフィ、コニス。今日もお疲れ様……って違うよね。僕はもう団長でもなんでもないのだから」
「いいえ。ボクはその……嬉しいです。フィリアさんとまたこうして一緒に戦うことが出来て」
「ワタシも、ソフィとフィリアさんと戦うの嬉しいです」
「ボクも二人といることは楽しいよ……こうして戦いが続いている現状は喜ばしいことではないけど……」
「はい……それは確かに……」

 
 突如出現し始めたレムナント。その原因は間違いなくシュバルツであろうとソフィは考えている。だが、増加しているその理由が分からなかった。
 彼は以前、レムナントたちを試作品だと言っていた。

 そうであるならばここ数日で交戦したレムナントたちとの矛盾がソフィの中で生まれていた。
 彼らの完成度はどう見ても以前のそれとは違い良くない。
 辛うじてレムナントであるということを認識はできるが、その姿は人でないものも多々あったからだ。

 あの完璧主義者に見えるシュバルツが自身のポリシーに反するような中途半端な個体を次々に送り続ける理由。

 それがソフィには気がかりでならなかった。

 そんなことを考えていた夜。夕食を食べ終えた頃、ヒナタの家の周りに狼のような獰猛な獣をしたレムナントが現れた。

 いつも通りにすぐさま三人は家を飛び出し、被害が出る前にフィリアが氷漬けにするとそれをコニスの腕の剣とソフィの槍によって手際よく砕いていく。

 それ自体はいつもと同じく、数分で終わった。
 だが、変化はその後に起こった。

「さて、夜中の襲撃で焦りはしたけど問題はなーー」
「コニス!!!」

 急にコニスが、胸を抑えて倒れこんだ。
 その様子にソフィが駆け寄るが何かがおかしい。

「そ、ふぃ……来ちゃダメで、す……」
「何を言っているんだ!! コニス、早くヒナタさんに見てーー」
「そ、ふ、ぃ……はな、れて、くださ、い。ワタ、シ、じゃ、おさえ、られ……うぅぅ!!」

 コニスが苦しみだし、その体がどんどん変化していく。
 それは人の姿ではないまるでレムナントのようになっていく。

「ソフィ、コニス、どうしたんだ……? うっ……」

 突然、フィリアにも全身に何かが走り、胸を抑えて崩れ落ちる。

「フィリアさん!!」
「やめろ! やめてくれ!! 僕は……僕は、そんなことしたくない!!」
「フィリアさん!!!」
「く、くそ!! ううう!! うわぁぁぁぁ!!!」
「フィリア、どうしたの!! フィリア!!!」
 
 フィリアの声を聞きつけ、心配そうな表情でヒナタが家から飛び出してくる。

「ひ、な……ダメ……逃げ……」

 フィリアの全身が、氷に包まれていく。そして、全身を氷が覆われたかと思うと青い人狼のような姿となって氷を割り砕いて現れた。それはまるで昔、図書館の本の中で見た物語に出てくる空想上の存在。

「ハハハ!! 良いゾ。これガ人ノ肉体というものカ……」
「フィリ……ア……」

 その変わり果てた姿にヒナタはショックを受け、その場に倒れこんだ。

「コニ……ス?」

 コニスもまた人と狐を混ぜたような姿になり、口は裂け、化け物のような表情を浮かべる。

「ヨうやク、出られたワ……サぁ、これから楽しみましょソフィ……」
「そんな嘘だ……コニス、コニスーーーーッッ!!!」

 二人の目の前で変貌したコニスとフィリア……時が止まったように視界が反転する。

 この出来事をきっかけに彼らは世界の真実へと更に触れていく事となる。

 誰にもどうする事も出来ないような絶望感。

 そのおぞましい何かが包み込むように二人の心へと手を伸ばし、ゆっくりと首を絞めるかのように握り掴んでゆくのだった。



つづく

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