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34 器を持つ者
耳に届く聞き慣れた声の叫びが脳内に響く。シュレイドは飛びそうになった意識を取り戻して大地を強く踏みしめ堪えようとしたが、膝から崩れ落ち立膝を突いた。
「関係ない者はそれ以上エリア内に入るんじゃない!!」
ピグマリオンの怒声にメルティナは歯痒い表情で立ち止まった。どうするべきかの判断ができないのだろう。
シュレイドは初めての痛みに顔を歪めている。これほどの怪我は経験したことがなかった。
「くそっ、なんで、こんな…はぁはぁ、なんなんだよ」
ゼアは手ごたえがあったのか、ゆっくりとシュレイドの方へと向き直った。
「今の俺の剣は君にも届くみたいだ、シュレイド。本気で戦わないのなら次はないよ。けど、流石というべきかな。完璧にタイミングをずらしたはずのあの瞬間、切り裂かれる方向に身体を捻って威力を最大限に抑えたね、やはり君は侮れない。並の生徒なら今ので終わっていただろうに」
シュレイドの身体が動いたのは無意識だった。これまでの訓練の動きを体が覚えており、自然と致命傷を避けていた。戦うという気持ちには向かない状況でも生存本能というものは働くらしい。わずかにボヤける視界と感覚の中、ここまでの攻防で頭にチラついていたあの夕闇の中にいた影と先ほどの剣筋が脳内で合致したことに気が付いた。
「あれ、は、そうか、あれはお前、だったのか…はは、なるほどな。そりゃ、強いわけだ……」
毎晩毎晩、夜更けに近づくと生徒宿舎のバルコニーから見える場所で黙々と剣を振り続けていた人物。淀むことなく、乱れることなく、流れる水の如きその剣技は紛れもなく今のゼアの動きだった。
ザッザッとゆっくりとした足音を鳴らし、ゼアは近付いてくる。
「ここで君に勝って、俺は剣使いとしての自分を更に高めて騎士になる為の道を歩める。君の剣をあの日見たおかげで俺はどれほど強くならなくてはならないのかが分かった。感謝をしているよ。ここでお別れなのが、悲しいけれど。俺は前に進む」
シュレイドは、どうしても剣を抜くことが出来ずにいる。ゼアに対して剣を奮う理由が見つからないからだ。訓練ならば剣戟を交わすそれ自体が理由となる。だが、この場所は戦場だ。こうして出会った以上はどちらかが戦えなくなるまで続く。
「俺は、お前とは、戦えない」
ゼアは微かに目を一度閉じて、開いた。
「……君が、君の意思が戦いを拒もうがこれは国から定められた戦いなんだ。避ける事は出来ない……俺も最初は驚いたよ。そして、恐怖した……一番当たりたくない相手が君だったからだよシュレイド。でも、決まってしまった以上はやるしかない。君か俺のどちらかが騎士への道を断たれるこの戦いを」
「…今からでも遅くない。止めよう。ゼア」
「そしたら、俺の騎士への道は、ここで閉ざされてしまう。それは出来ない」
「そうまでして、そこまでして!! 騎士になんてなる必要、、、本当にあるのかよ!?」
「ある!!!!!」
即座に返すその言葉にその強い瞳に、シュレイドは射抜かれた。
「この国には困っている人達がまだたくさんいるんだ。その人達を俺は守りたい。救いたい。誰もが笑って過ごせる国にしたいんだ」
「そんなの! 騎士じゃなくたって、いいんじゃないのかよ」
「君は、本当に何も知らないんだな」
「何をだ」
「未だに、王都から離れた地域で過ごす者、身分の低い人達が権力という理不尽な力に一方的に虐げられていることを」
シュレイドにはそんなことは知る由もない。当然だ。ずっと山奥で一人も同然で暮らしていたのだから。この国の事は祖父から与えられた書物や伝聞での知識でしか知らないし、ましてや苦しんでいる人なんてシュレイドは自分の目で見たことがなかった。
だから、そう言われても想像することも理解することもできるはずがなかった。
「そんなこと、俺は知らない」
「そうだな、君は英雄の孫だからな。自分や家族や友達、同じ村の誰かがそんな仕打ちを受けるかもしれないなんていう恐怖など、微塵も感じないんだろうな」
「……」
ピグマリオンが僅かに苛立った様子で声を張り上げた。
「お前達! いつまで無駄話をしているのかね。刻一刻と状況が変わり行く戦場でそんな悠長に話す暇などないぞ。これ以上続けるなら……」
ゼアはピグマリオンを一瞥して、シュレイドに向き直ると
「……お喋りはここまでにしようかシュレイド。君が戦いたくなくても、俺は君を切る覚悟は当にできている。俺は俺の目指す道を行く為に、君を切り、先へ進む」
シュレイドへとそう告げた。
「俺は、俺は」
「君が無防備に俺に切られてくれるならそれでいい。騎士になる理由がないのなら、君は怪我で、学園をやめればいいだけだ。 抵抗しなければ二度と戦えないような身体になるだけで済むはずだ」
シュレイドの顔が困惑に染まる。自らに向けられた殺気は本物だ。身体が僅かに震え出す。
(これは、これはなんだ? なんなんだ)
祖父の剣の鞘を握る左手に力が入らない。右腕の肩口からは血が流れ、胸元で切り上げられた傷も熱を帯びてジンジンと痛みを増してきている。
シュレイドは自分を襲うこの感覚の正体がなんなのか分からなかった。ただ、身体は未だに重いまま、その重さに息が詰まり、呼吸が浅く、荒くなっていった。
続く
作 新野創
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