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EP 06 真実への協奏曲(コンチェルト)02

「コニス……さんがいた場所と僕等がいた場所が同じかどうかはわからないけれど……とにかく、話を始めよう……僕等はその見知らぬ場所で気が付いてから、とにかく歩き始めたんだ……」

 フィリアがゆっくりと話し始める。
 
 舞台は、ヒナタの家から殺風景なその場所へと移り変わる。

 サロスとフィリアはあてもなく、ただひたすらに道なき道を歩いていた。

「なぁ、フィリア。ここはどこなんだ?」
「僕が知るはずがないだろう。僕たちは天蓋の中に飛び込んだはずなんだから」
「だよなぁ……」

 そんな他愛も無い会話をもう何度したのかわからない。
 
 サロスとフィリアは、ヤチヨが天蓋に入ってからのあの大きな喧嘩から長い間お互いに接触することはなかった。
 
 だから学生時代以来にこうして隣り合わせになり話している。だが、二人の間にそんなノスタルジーは存在しないようにも思えた。

 まるで昨日も一緒にいたように軽口を言い合う。誰もが懐かしく感じるほどの時間の空白。
 
 天蓋での激動の再会からほどなくしてこのような状況に置かれたが、二人の間にはそんな隔たりはないようにさえ感じられる。

 サロスとフィリアこの二人にとって、時間の流れなど無意味なものなのかもしれない。
 
 例え何年、何十年、会っていなかったとしても再会したときには毎日顔を合わせて、語り合っていたあの頃に戻ることが出来る。

 たとえ一度は敵対していたとしても、それがサロスとフィリアの絆の強さなのかもしれない。

「まだ歩くのかよ……」
「君はさっきから文句しか言わないなぁ……」
「だってよぉ。どこ見ても、なーんも変わらなーー」
「サロス!!!」

 だらだらと話すサロスに、フィリアの鋭い一言が静止をかける。
 その数秒後、野党のようなギラギラとした目をした男たち三人が二人の前に現れる。

「おい! お前ら……見ない顔だな……まぁいい。命が惜しいなら身の回りのもの全部置いていきな」
「へっへへ。大人しく言うことを聞いた方が身のためだぜ」

 へっへへと下卑た笑いをする三人を見て、二人は大きなため息を吐く。

「サロス……僕は今、君から昔借りた絵ばかりの本の中でしか見たことがない状況に頭が痛いよ……現実にあるのか」
「あぁ。俺も、正直マジかよって思ってる」
「ごちゃごちゃ話してねぇで言うことをーー」

 言い終わる前に、二人の飛び蹴りが左右の男たちを蹴り飛ばし吹っ飛ばした。真ん中にいた男は目を真ん丸にして驚いていた。

「なんだこいつら? 弱いぞ」
「どうやら口だけのようだね」

 二人の視線が残された真ん中の男に集中する。
 真ん中の男は、どうして良いかわからずその場に足を縫い付けられたように動くことが出来なかった。

「「あっ兄貴」」

 吹っ飛ばされていた二人の男も、兄貴と呼ばれた男の元へと戻り、怯えた表情を浮かべる。

「ちっちきしょう!! お前ら、つえーのかよ!! 」
「……なぁ、フィリア……」
「言わなくてもわかる……どうやら、その辺のごろつきみたいだ……ここでは自警団としての仕事をする必要はないだろうけれど……」

 フィリアは、腰にぶら下げている剣を抜き、ごろつきどもに向けてその切先を向けた。

「かといって、そのまま放っておくこともできない。僕等ではなく他の人にこのような事をするかもしれないのだから。少し、痛い目を見てもらわないと……」
「あっあっ、兄貴!!」
「どうするんですか!!」
「うっ、うるせぇ!! くそっ! 見てろよ!! 奥の手だ!!」

 そう言って、ごろつきは懐から綺麗な石を取り出したかと思うと、その石が長剣へと変わる。
 その光景を見て、サロスとフィリアは目を丸くして驚いた表情を浮かべる。

「へっ、へへ。どうだ! 俺様はその辺の輩とは違うんだ。この不思議な力があるんだよ」
「何もないところから剣を出した……そんなバカな……なんだあれは」
「フィリア、よくわかんねぇけど。あいつらそんなに強くねぇっぽいし。気にする必要はないぜ」
「おいっ! 赤いツンツン!! これを見ても同じことが言える、かな!!!」

 サロスに向けて、兄貴と呼ばれた男が切先を向けると真っすぐにサロスに向かってその攻撃が飛んでくる。
 とっさに回避行動を取るも、追尾する様に切先が変幻自在に代わり向かっていく。
 
 
「なっ!? なんだこりゃ、くっそ!」

 腰からナイフを引き抜いて攻撃を弾こうとしたが、その切先はナイフの刃を当てているにも関わらず、止めることが出来ずサロスは咄嗟に左腕を犠牲にしつつその剣の一撃を喰らいながら受け止める形となった。

「サロス!!」
「大丈夫!! こんなもんかすり傷だ!!」
「ハハハ!! 次はお前の命を貰うぜぇ!!」
「さっすが! 兄貴!!」
「死体の山から見つけたお宝なだけありますね!!」
「バカ! 余計なことを言うな!!」

 その兄貴の一言にフィリアは静かな怒りを宿していた。

「罪のない人を襲うだけでは飽き足らずに……盗みまで……本当にどうしようもないやつらだな……」
「くっかっかか!! なんとでもいいな!! おらっ! 命が惜しければ今すぐ荷物を……んっ?」

 サロスへと伸びきっていた切先がまるで意思でもあるかのように兄貴と呼ばれた男の方に向けて飛んでいく。
 とっさの行動に反応できなかった兄貴の胸を暴走した剣が貫く。

「かっはっ……」

 しかし、貫かれたはずなのに血などが流れることもなく、その切先が兄貴の体の中へと潜り込んでいく。
 やがて、兄貴は人の姿ではなく、どこか異形の形をした化け物へと変貌していく様子が目に飛び込む。
 それは特定の形を持つものではなく、全身から常に何かが溢れ出している液状の異形。

「なっ、なんだあれは……」
「フィリア、あぶねぇ!!」

 異形な生物となった兄貴は腕のような器官を伸ばし、フィリアを殴りつけるようにして攻撃する。
 
 フィリアはとっさのことに対応が出来ずそのまま激突し吹っ飛ばされるも、長年の経験から身体が咄嗟に致命傷を避けるように受け身を取り。軽傷で済んだ。

「うっうわぁ!!」
「あっ、兄貴が化け物に!!!」

 変わり果てた兄貴の姿を見て、子分二人がその場から逃げようと背を向けた瞬間であった。
 無数の腕のような器官を伸ばし、二人を捕らえたかと思うとそのまま自身の体内へと引き入れやがて子分二人は兄貴の液状の体と一体化する。

「フィリア!!」
「サロス!! あれは不味い!! 捕まったらあの二人のように」
「わかってるよ!! んなこと!!」

 二人は、即座に臨戦態勢をとる。
 だが、二人はこの状況をに対してどうしたら良いかわからない。
 
 相手が人間なら対処の方法もあるが、見た事もない異形に対しての情報が不足しており判断が鈍る。

 先ほどの攻防でサロスは目の前の相手にナイフや剣は通じないことには気付いている。
 フィリアも同じく先ほど吹き飛ばされた時にその不思議な攻撃への対処を考えあぐねている。

 次の攻撃が飛んできた瞬間フィリアはとっさに懐刀を抜き、その腕の勢いを逃がそうとするも空気にでも触れているかのようにするりと透過しまるで手ごたえがない。

 その異様な感覚にフィリアも冷や汗をひとつ流していた。

 その刹那、二人の脳内に声が響き渡る。

『恐れるな……己の力を呼び覚ませ』

 突然、フィリアの前に青い巨人の残像が現れる。

「己の力……」

『……それは既に己が内に存在する』

 同じく、サロスの前にも赤い巨人の残像が現れる。

「どういうことだよ!!」

『太陽と月の申し子よ……我は常に主らと共に……』

 そして二体の巨人は二人の前で光の玉となり、目の前に浮遊している。

「っくそ!! わけわかんねぇこと言いやがって!!」
「サロス!!」
「わかんねぇけど!! わかんねぇけどやるしかねぇだろ!!」

 異形の生物となった、先ほどまで兄貴と呼ばれていた男が目の前まで迫る。
 二人はその光の玉へと、何かを求めるように手を伸ばした。

『少年はよぉ、少しまじめすぎんだ』

 フィリアの脳内に懐かしい声が響く。

『前にも言ったが。心は熱く燃えてていい。が、頭は常に、冷静に、クールにだ。お前はがむしゃらに頑張って強くなるような単純なクソ野郎とは、違うタイプのクソ野郎だ。少年の武器は熱く燃える炎じゃねぇ……水のように……いや氷のような冷静さが武器になるんだよ』

「氷のような冷静さ……」

 その時、胸のペンダントが青く激しい光を放つ。同時に先ほどまでいた青い巨人が氷の獣のような姿になり左腕が冷たくなっていく。

『あんたは単純なのよ』

 サロスの脳内に懐かしい声が響く。

『あんたは余計なことを考すぎてその思考が動きを鈍らせるの。考えずに無鉄砲に動くのも良くないけど……でもね。動き出したらもう余計な思考はいらない。あんたの思う様に心のまま感じるままに、今燃えている炎のように熱く激しく豪快でいなさい。色々今までうるさく色んな事言ったけど、それがあんたの一番の強い武器だし、あんたらしさだとあたしは思う』

「ピスティ……あぁ。そうだな。それが俺らしさだよな!」

 
 その時、両耳のピアスが赤く激しい光を放つ。同時に先ほどまでいた赤い巨人が炎の竜のような姿になり右腕が熱くなっていく。

 二人の腕が変化していく。二人は自身の体の変化に混乱するも、サロスの右腕には巨大な剣がフィリアの左腕は巨大な砲口になっていた。

 夢のような状況だが、二人は即座にこの状況が夢ではないということを理解する。

「なっ、なんだよこれ!?」
「僕達は一体どうしてしまったんだ!!」

『内なる力。それは人とエルムを繋ぐ希望……』

「だぁぁ!! だから、それじゃなんにもわかんねぇつうの!!」
 
 そう言ってサロスが剣となった腕を無意識に振るう。
 すると剣先から炎の斬撃が放たれ、迫っていた液状の異形の生物に直撃し、その動きを止めた。

「へっ!?」
「サロス!! 今、君の腕から!!」
「おっおおお落ち着け」
「わわわ!! その腕を振り回さないでくれ!! 僕の方に炎が飛んで来たらどうするつもりなんだ!!」
「んなこと言われても!! おわああああああ」
「だから振り回さないでくーー」

 フィリアが思わず左手を振った瞬間。その大きな砲口から氷の塊が銃弾のように発射され、その液状の生物に直撃しその体を凍り付かせたかと思えば、次の瞬間にはそのまま砕けて飛び散った。

「なななどうなってやがんだ!!」
「僕等の体に一体何が……」

 二人が動揺している間に変化した腕はやがて元の腕の状態へと戻っていく。
 そこに痛みや違和感もなく、まるで夢を見ていたかのような感覚に二人は陥る。

「元に……戻った……?」

『少年……ビビんじゃねぇぞ。不可思議なもんだが、そいつは確かに少年の力だ。生かすも殺すも少年次第だ。まっ、せいぜい頑張れや』
「……」

 氷の獣がじっとフィリアを見つめている。言葉はない。しかし、何かを訴えていることをフィリアは察した。

 再び目を閉じ、先ほどの自分の姿をイメージすると再びフィリアの左腕が砲口へと変わる。更に右腕も同じような砲口をイメージすると右腕もまた砲口へと変化した。

 ゆっくりと目を開け、自身の両腕が変化していることを確認するとフィリアはもう一度目を閉じる。

 すると、先ほどまでの砲口が両腕から消え、元の人間の腕へと戻った。それを見ていそれを見ていたサロスも同じようにしてみると再び腕は変化する。理屈は分からないが心に思い描く事でそれが再現されているようだった。

「サロス……どうやら何が起きているのかは分からないが僕等はとんでもない力を手にしてしまったみたいだ……」
「あぁ。それはなんとなくわかった」

『《あの人》は僕がこの力を手にすることがわかっていたんだろうか……』
『《アイツ》は俺がこうなるってわかってたのかな……?』

 二人は何故か、力を手にする前、過去に接点がある人物達に言われた何気ない一言を思い出していた。
 今となっては、あの時のその言葉に意味があったのか、なかったのかそれすらもわからない。
 しかし、少なくとも今の二人にはこれ以上ないほどに当てはまった言葉であった。

 
「理由はわからないけど。僕等の腕は、念じると今みたいに武器になるようだ」
「……みたいだな」
「何故そうなったのかの仕組みはわからない……ただ、そうなってしまっている。今はその事実だけを受け止めよう」
「ま、さっき聞こえた声も悪い奴には思えなかったしな……」
「サロスにもやはり聞こえていたんだな」
「お前も聞いたんだなフィリア、さっさとこの状況をどうにかしてヤチヨたちの所に戻ろうぜ」
「ああ、そうだね」

 サロスとフィリアは自分たちの身に何が起きているのかわからないまま。
 
 まるで自分たちの体と心が自分たち以外の何かに変わっていくようなそんな不安と恐怖。しかし同時に不思議と天秤の反対側にあるかのような勇気と希望の両方の感情を二人は心に抱き始めていた。


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