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EP08 幸せへの交響曲(シンフォニー)1

 翌朝、コニスに連れられて一行はサロスを救うため、そしてシュバルツを止める為とある場所へ向かっていた。
「間もなく……揺り籠……です」
 草木ひとつ生えていないまっさらな大地。
 今まで歩いてきた道も平坦なものではあったが明らかに違うものがある。
 
 周りに散らばる、動かなくなった人のようなもの。
 正確には、結晶となってはいるがこの世界の人間だったものたち。

 その表情は怯えていたり、ひきつっているものもあれば安らかな表情をしているものもあった。
 まさに人の死の瞬間といえる誰かの最後が、終わりがそこに無作為に放置されていた。
 そして何より恐ろしいのはその先。
 まだ日の当たる時間であるはずなのに、真っ暗な闇が大きな口を開けているように感じる景色。

 自分たちが向かっているのか、それとも息を吸う様に吸い込まれているのかはわからずその異常な感覚に対して全員が一抹の不安を覚えていた。

「ヒナタ……大丈夫?」
「えぇ、ありがとう。フィリア。ヤチヨ……少し休む……?」
「ううん。大丈夫」

 まとわりつくような重圧感はヒナタとヤチヨに目に見えない疲労感を与えている。
 本来であれば、休むことも考えた方が良いのだがこの周辺から離れなくては安全とはいえない。危険がないと決して断言できない空気があたりを包み込んでいる場所での休息は避けるべきと誰もが分かっていた。
 
 それに休むために離れれば、サロスの救出にその分だけ時間がかかってしまうことになる。
 
 勿論、この場所に彼がいる保障など微塵もないが、できる限り早く見つけなければ、もう二度とサロスに会えなくなる。とヤチヨ、フィリア、ヒナタの三人には不思議とそんな確信があった。

「あの先が……揺り籠です」

 コニスの指さす先、そこは感じていたような大きな口を開けた穴だった。
 どこか天蓋に似ているその姿に4人は息を呑む。
 先ほどまで暗い表情を浮かべたヤチヨが目的の場所を視覚に捉えた途端、我先にと駆け出した。

「ヤチヨ、そんなに急いじゃ危ないわ!!」
「こうしてる間にも、サロスが……サロスを助けるならもっと急がーー」
 
 ヤチヨの視界がぐらりと揺れる。足を踏み外し、その場に倒れそうになったヤチヨをコニスが支えた。
 
「……焦る気持ちはわかります。しかし、ヤチヨさんがいなければ、サロスさんを助けたとしても意味がなくなってしまいます。みんなで、かえるんですよね」
「うっ……うん。ごめん。コニス。後、ありがとう」
「はい。みんなで助けましょう。サロスさんを」

 ヤチヨの無事を確認し、ヒナタがほっと胸を撫でおろす。
 そんなコニスを見て、ソフィは少し嬉しくなっていた。

 コニスはよくわからないと言っていたが、誰かを心配する心がなければ起こせない行動である。
 やはり、彼女は人間である。
 そして、自分が直接話して、触れ合って戦ったサロスも間違いなく一人の人間だと確信している。

 イアードが生み出したエルム。
 聞いた時は衝撃だった。
 確かに、生まれ方だけでいうのなら、間違いなくそうだったのかもしれない。
 
 しかし、今はきっと二人はもう一人の人間であると言えるはずだ。
 人間というの言葉はただの呼称にすぎない。
 感情を持ち、生きる事が出来る存在となった者達を世界の中で一括りに表しているだけの言葉。
 
 一緒に泣き、笑い、時には喧嘩をして怒り、誰かと共感し涙する事が出来る存在。
 こうやって誰かを想って行動をしてきた二人。それぞれが悩み、苦しみながらも生きてきた。
 
 そんな二人を人だと言えないだなんていうルールは人間という呼称そのものにはきっと含まれていない。

 ヤチヨが再び一人で暴走しないように皆で見守りながら、揺り籠の奥へと進んでいく。

「何か、見えてきました……って、これは!!」
 
 暗い一本道を抜けた先。

 その先には遠くにあるはずなのにその存在感を放つ見たことのない山のように大きな天秤。
 そして塔のように大きな何かが眼前でうごめいていた。
 さらに一同の前には、じわりじわりと何かが迫ってきていた。

 シュバルツが作り出した、最低最悪な存在……【ヒトガタ】

「あれはまさか!? ヒトガタ!! なんで!!」 
「今、彼らの相手をしていては間に合わなくなるかもしれません!!」
「……道はボクが作る。ソフィたちは先へ」

 フィリアが前に出て構える。
 その腕に握った小銃には少量の冷気が纏われていた。

 その姿にソフィも自分の剣を抜き、横に並び立った。

「いいえ。フィリアさんだけに任せるわけにはボクもーー」
「いいや。僕には、エルムの力がある……この程度なら問題ないよ」

 昔のソフィであれば、ここでフィリアに反論していただろう。
 だが、その一言を聞きソフィは静かに一歩下がり、ヒナタやヤチヨを守るように剣を構えた。
 その様子に安堵を覚え、フィリアが飛び出そうとした瞬間。
 視界に映った意外な人物にフィリアの動きが止まる。

「であれば、ワタシがお手伝いします」

 ソフィの代わりにコニスがフィリアの横へと並びたつ。

「えっ!?」
「フィリアさん、あなたがエルムの力があるなら問題ないというのなら同じく、力を持っているワタシがいた方が更に安全かと思います!!」
「しかしーー」
「万が一、あなたがいなくなれば、ヒナタさんをまた悲しませることになりますよ」

 ふと、後ろを見る。ソフィに守られるようにそばにいたヒナタと目が合う。

 こくりと無言でコニスがフィリアに合図を送る。
 
 そこでフィリアは改めて冷静になることができた。
 目の前に迫ってきているヒトガタをどうにかすることはできる。
 しかし、それはリスクの高い戦闘行為だ。
 
 ともすれば自分たちの存在、居場所を相手に伝えてしまう可能性もある。
 迅速に対応するには力を合わせたほうがいいのは明白だ。
 
 そんな行為にも関わらず、自分はまた自己犠牲の精神を発揮して、大事な人を悲しませる結果を生むところであったとフィリアは反省をした。

「ありがとう。でも、無理はしないでくれ。コニス」
「はい。フィリアさんも」
 
 フィリアとコニスがお互いに頷き飛び出す。
 ヒトガタが二人に攻撃を放つ前にコニスの両手が緑色の光を放ち、短刀に変化させる。
 しかし、元々白かった彼女の短刀よりはどこか頼りない印象を受ける。
 
 が、そんな不安など必要なかったように、目の前のヒトガタを次々に切り伏せていく。
 コニスによって斬られたヒトガタは声もなくその場に倒れていく。
 その様子にコニスは何かを感じたのか、今までのような悲しい表情を浮かべることなく、むしろ険しい表情を浮かべていた。
 
「僕も負けてはいられないな」
 
 フィリアが目を閉じると、握った二丁の銃が再び冷気を纏う。
 そのまま発砲すると、真っ直ぐにヒトガタへと冷気の弾が襲い掛かる。
 
 その弾に当たったヒトガタは被弾した箇所から徐々に凍り付き、やがて崩壊していく。
 散らばった氷の欠片は地面に落ちることもなく、その場で砕け消えてしまった。
 
「……アーフィ……君たちの忘れ形見使わせてもらうよ……」
 
 フィリアはあの村とアジトで見た惨状を見て、これからの戦いが長期戦になることを想定していた。

 その中でサロスやコニスのようにほぼ無尽蔵で、力を使えるわけではない自分がどう戦えば良いのか……。
 
 その答えはすぐに出た。
 それは限りなく力をセーブし、無駄なく小出しで使うことである。
 自分の腕そのものを変化させるあの大型の筒で戦い続けることは適していない。
 周りを一掃することはできるが敵の戦力を把握できていればこそ効果的な方法でしかなく相手の戦力が測れないうちはできる限り力は節約すべきだった。

 結果的にフィリアは、アーフィのアジトに残っていた大量の銃のエルムから自分に馴染んだ何丁かを拝借してきていた。
 自警団で支給されていたものは既に使い古しており、ボロボロになっていて既に力の媒介として使用するには無理がきていた。

 今のフィリアの腰のホルスターには、弾のない銃が左右合わせて八丁ぶら下がっている。
 何故、わざわざ道具を介するのか……。

 その理由は簡単な事でイメージするのがわかりやすいからである。
 フィリアやコニスの持つ力は具体性があればあるほどその強度を増す。
 それは、フィリアがエルムの力の使い方を研究したことでたどり着いた答え。

 いくら正確に形状や仕組みを理解していても、実物にかなうことはない。
 あくまでも近づけることしかできない。
 で、あるならば氷の力のイメージだけに集中し、後は普段自分が使っている道具をそのまま使う方が自分にとっては良いとフィリアはその答えにたどり着いた。

「コニス、一気に切り抜けよう!!」
「はいっ!!」

 力強いコニスの返事にフィリアは頼もしさを感じる。
 
 フィリアの放つ弾丸は敵を倒すだけでない。
 時にコニスの剣へ着弾したかと思うと、瞬時に氷の力を纏わせ自分の力を合わせて利用させる。
 
 息のあった連携でコニスとフィリアは次々に立ちはだかるヒトガタを倒していく。
 
 その中で、コニスの表情にはどこか怒りに似た感情が生まれているのが垣間見える。あのような表情はこれまでに見たことがなかった。
 正に敵なしといった状況でフィリアは何か違和感を感じ始めていた。

「すごい……やっぱりフィリアさんはすごいや……」

 目にも止まらないほぼ宙を舞う様に、地面に足をつけないことで高速戦闘を続けている二人ではあったが、ソフィにはその姿をしっかりと捉えていた。

 ずっと憧れていた人物のその人間の凄さをソフィは改めて感じる。
 しかし、いつまでも憧れているだけでは意味がない。
 ソフィは、サロスに言われていたことを思い出しフィリアの動きをヤチヨとヒナタの安全を確認しつつその姿を目に焼き付けていた。

『まず見て覚えろ。いや、目だけじゃねぇ、身体に、心に叩きこめ』

 それは、もう一人の自分の師であるサロスの言葉。

 ソフィは来たる最後になるであろう戦いにそなえて、今、このギリギリの最中でフィリアの動きを取り入れ、自分の強さに変えようとしていたのだった。
 ソフィが戦いを学習をしている一方で、フィリアもようやくその違和感の正体に気づくことができた。
 目の前に対峙しているヒトガタ、以前戦ったものと見た目は変わらないが圧倒的に違うものがあった。

 それは中身である。以前のヒトガタはシュバルツによってこの世界の人間を作り変えたものであったが、今ここで戦っているヒトガタ達からは命を感じない。
 
 命というものを模倣し、あるように見せているだけで、命というものを冒涜するような行いのように思えた。

 そんなシュバルツの非人道的な行いに今までこの世界で必死に生きていた仲間たちを想い、コニスは無意識的に怒りを覚えていたのだった。



つづく

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