156 ビビフの残り香

「さて、と。お待たせ。さぁ、召し上がれ！」

　食堂のテーブルの上にドンっと勢いよく置かれた器の上にはウェルジアの見た事のない料理が乗せられている。

「これは？」

　深めの器の上部。視界に入るのはこんもりと敷き詰められている何かしらの肉。

「よくぞ聞いてくれました！　この料理は大量に作りやすい料理というコンセプトで作ったものでね。鍋でビビフ肉を煮込んで作るシンプルさが売りで、元々あるレシピを僕なりにアレンジしたもので、短時間でお腹を満たせるよう濃いめの味付けで作ってるものなんだ」

　ウェルジアの鼻先を掠めるように胃袋を刺激する香りが漂っている。

「アレンジっていうのは……」

　そこでウェルジアのお腹の音が唐突にグギュウウと鳴り響く。

「あっ、とりあえずまずはお腹を満たしてもらおうかな！！」

「ああ」

　ウェルジアは静かに器を見つめると小さくその前で手を合わせて呟いた。

「いただきます」

　その姿に嬉しそうな笑みを浮かべて一言。

「どうぞ」

　と返事をした。

　手元に置いてあったスプーンを握り掴むとウェルジアは器を手元に寄せて一口大きくかき込んだ。
　モグッとひと噛みした後、その目がカッと見開かれ途端にものすごい勢いで器を抱えて口の中に流し込んでいく様子となった。

「お、おお。この料理は体裁を気にせず食べて大丈夫とはいえもの凄い食べっぷりだ！　これは嬉しいね」

　ほくほく顔で眺めていた男はものすごい勢いで空となった器に満足気な表情でウェルジアを見下ろしていた。

　ゴトリとその器をテーブルに置いて、ウェルジアは珍しく口の端を吊り上げていたが自分がそんな表情をしているということに気付いていないようだった。

　恍惚の表情でひととき夢見心地だったが次の瞬間にはハッとした表情で忘れて事を悔いるように手を合わせた。

「ごちそうさま」

「どうだったかな？」

「腹が満たされた……感謝する。助かった」

「ふむふむ。具体的な感想をもらうにはまだ信頼度が足りていないようだね」

　料理の感想を無理に貰おうとするでもなく、彼はそそくさと立ち上がって器を戻そうとするウェルジアに向かって声を掛ける。

「容器はそのままでいいよ。片付けはやっておくから」

「そうか」

　ウェルジアはその言葉に甘え、器をテーブルに置きなおした。

「うまかった」

「お粗末様でした。また夜の部でも来てよ、待ってるから」

「……」

　纏う空気には満足感が漂っている。食事中のウェルジアの心中は誰にも推し量れないもののはっきりとした返事の代わりに大きく頷き、食堂を去っていった。

　去ったウェルジアからテーブルの器に視線を戻すと席に二人の生徒が座っている。

「……」

「……」

　微動だにせず二人の女生徒は食い入るようにウェルジアが平らげた器を見つめている。

「「私達もおなじものを」」

　妙に真剣な面持ちで座ったまま、正面を向いて微動だにしない二人は全く同じように背筋をピンと伸ばして座っている。
　まるで神聖な儀式に臨む前のような空気で静かに張り詰めた空間がそこに拡がっていく。

　彼は二人ににっこりと笑いかける。

「昼の部はたったいま終了しました。またのお越しをお待ちしております」

　小さくお辞儀をした彼の目の前で言葉も発さずに椅子からずるりと滑り落ちた二人の生徒はごろりとテーブルの下に横になったまま天井を仰ぎ、白く燃え尽きていた。

「もうすぐ食堂閉まるんで、早めに退室をお願いしますね」

　その言葉に二人の目じりから涙が零れる。

「「くっ、ううぅ」」

　自分たちが敬愛する人物に迷惑など掛けまいと、のそりと立ち上がり。

　しかしその後ろ姿はうなだれ、悔しさを滲ませながら食堂を後にしていく。

「何だったんだろうあの二人？」

　彼は首を大きく傾げると、気持ちを切り替えるように。

「よし、さ、夜の仕込みだ」

　と笑顔になるとそのまま器を抱えて軽やかに調理場へと歩いていったのだった。

つづく

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