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EP08 幸せへの交響曲(シンフォニー)3

「太陽の申シ子は……既ニこチらノ手ノ中ニ落ちタ……残るハ月ノ申シ子だったガ……まさカそチらかラ、現れテくれるとハな……」

 ONE【ワン】となったサロスの横から人を真似たように張り付いた笑みを浮かべサロス以上に人外じみた雰囲気をまとった存在が現れる。

「ゼロ……? 何をしているお前にはやるべきことがーー」

 ソフィ達と対峙しているONE【ワン】の傍にいた謎の存在は瞬時にシュバルツの背後へと現れる。

 シュバルツは振り返ることもなく、目だけでその存在を確認する。

「言っタはずダ……人間。貴様ハ世界ノ中心トなる【柱】トなる……その時まデ俺ト貴様ハ協力者。そノためニこれマでチカラを貸しテきタ……だガもはヤ守護者を得ている今ノ状況でハ必要あるまい……今後ハ一切俺ニ指図するナ……」
「……ゼロ……天の腕輪の力で、こいつらのエルムをーー」
「無理だナ……」
「そうか……」

 その答えは想定済みだったのだろう。
 短く返答するとゼロへの関心はなくなったようにシュバルツは目を閉じた。
 
 対照的にゼロは今のコニス。そして、フィリアを見て興味深そうに満足げな表情を浮かべる。
 自分にないものをそれぞれ持つ二人。
 それが何なのかゼロは知りたいという欲が溢れており、それを知る瞬間を喜んでいるように見えた。

「ヤつらハ【覚醒】しーー」
「【特異点】となったか……」
「最早貴様の言う……ガラクタ人形トヤツラハ異ナル……ンッ……」

 ゼロは、自身に起きた変化に気付くがそこに動揺の色はない。
 シュバルツはその様子を見て、一つ大きく息を吐いた。

「時間切れか……」
「……ドウヤラ特異点トハナレナカッタヨウダ……」
「出来損ないのSC-06以下の存在のまま終わるとは……実に残念だ。ゼロ」

 ゼロは、自身の腕から天の腕輪を外しシュバルツへと投げ渡す。
 シュバルツは見もせずにそれを受け取る。
 それがこの二人の共犯者として最後の作業であった。

「柱トナルニハソノ天ノ腕輪ハ必要ナモノダ……暴走ヲ始メタ俺ニハモウ不要ナイモノダ……腕輪ノチカラモモウ俺ガ使ウコトハデキナイ……デキルノハ……」

 ゼロの変化し、原型を留めていない鋭利な刃物のようになった腕がシュバルツの首元付近に突き立てられる。

「……」
「貴様ノ首ヲコノ場デ切リ落トスクライダ……」

 守護者【ガーディアン】となったサロスが反応できないほどの攻撃。
 いや、本来の守護者【ガーディアン】とサロスは異なっていた。
 
 守護者【ガーディアン】と呼ばれる存在は、その名前の通り。
 新たに柱となるものを守る存在である。

 今のようなゼロの反応にも、即座に反応し、対象を排除するために動くものである。
 しかし、守護者であるサロスはその場でフィリアたちを睨んだまま微動だにしない。

 後、もう少し。あと少しで自分は世界のすべてを司るジャスティスケールを手に入れることができる。しかし、シュバルツの考えていた計画は徐々に破綻し始めていた。
 そう、ゼロの変化によって。

「安心シロ……今ハ貴様ノ首ニナド興味ハナイ……」
「……失せろ……もう、貴様との利害関係は終わっている。SC-06が特異点へと至っていて本当に良かったぞ」

 ゼロは、シュバルツに背を向ける。
 今まで隣にいたゼロ。協力者であった時にはその強さが頼もしかった。

 しかしこうして改めて牙を向けられた今、その凶暴さを痛感した。

 マザーが唯一忌避をし、その存在をなかったものにしようとした存在。
 独自に進化をし続け、他の個体とはまったく異なる存在となったゼロ。

「……多少狂ったものの想定内か……ジャスティスケールを手に入れる。それさえできれば問題は何一つない……」

 遥か遠く、離れた高みで事の行方を今はただシュバルツは静観していた。

「月ノ申シ子ヨ……次ハ貴様ノ番ダ」

 再び、フィリアたちの前にゼロが対峙する。
 今までのゼロと見た目は大きく変わることはないが、ところどころその体が緑色の結晶になりつつあった。

「月ノ申シ子?」

 ゼロは、じっとフィリアを見つめる。
 その後、ゆっくりとヒナタ、ヤチヨ、ソフィ、そしてコニスを見つめ大声を上げる。
 
「ンー? ハハ、ハハハ、ソウカ、ソウカ、申シ子ハオ前デハナカッタノカ!! 紛イ物デ、アレバ、オ前ノ使ッテイルソノエルムノチカラハーー」

 フィリアの方を向きゼロは、不気味な笑みを浮かべる。
 それは実に楽しそうだった。
 いや、正しくは楽しそうに見えるだけである。

 喜びや悲しみ怒りなどの感情というものは彼の中から強さと引き換えに失われている。
 笑っているように見えるのは、人が笑顔を作る時にこのような表情をするという知識から来るものでしかない。
 その意味も、理由も彼はわからなくなっていた。

 そのゼロの姿を見てソフィは以前、自分に襲い掛かってきた時のコニスの姿を重ねる。
 彼女が今のゼロの姿になってしまう可能性もあった。
 何か一つでもボタンをかけ違えてしまっていたら……きっとーー。

「ソフィ……サロスは僕に任せてくれないか……」
「えっ!?」
「……サロスは僕達がどうにかしなければいけないんだ」
「……わかりました」

 サロスを救いたい。その気持ちはソフィも同じ事は分かっている。
 しかし、ソフィは目の前のコニスのことを何より気にかけていた事を見抜いたフィリアは彼を気遣ったのだ。
 
 ゼロが現れてからじっとそちらを睨んだまま微動だにしないコニス。
 そんなコニスに対してゼロは以前のような嘲笑を浮かべることなく、その姿をじっと見つめ返している。

「ソフィ……一緒に戦ってくれませんか……?」
「あぁ。もちろんさ」

 コニスが両手を剣に変えると、それに追随するようにソフィも槍を構えた。

「……SC-06……オ前ガ何故、特異点トナッタノカ……マモナク、理解デキソウダ。サァ月ノ申シ子ノチカラ。コノ身デ確カメサセテモラウゾ」

 ゼロも戦闘態勢をとり、二人を見据えた。

 時を同じくしてフィリアがサロス、いまはONE[ワン]となってしまった存在の前に立ちはだかる。
 
「……」
「サロス……これは君が望んだ結末か……?」
「……」
「答えろ! サロス!!」
 
ONE[ワン]は言葉の代わりにヤチヨたちを含めた一同に降り注ぐような広範囲への炎を天へと振り撒いた。
それは、まさに赤い雨。落下しながら海辺で波打つようにうねり、炎は津波のように空から襲いくる。
 フィリアは咄嗟に全体を防ぐのではなく、自身の頭上に白い盾を、ヤチヨたちには大きな鏡のような青白い氷の盾を作り、その攻撃から二人を守ろうとした。

しかし、降り注ぐ炎と熱波によって氷の盾では防ぎきれず一瞬で蒸発してしまう。
 自分の事も省みずヤチヨとヒナタの為にだけ力を注ぎ、なんとか凌ぎ切った頃にはフィリアの身体の所々で肌が焼けてしまっていた。
しかし、そんな火傷の事よりもフィリアの内なる炎は激しく燃え上がっていた。

「……何をしている……」
「……」
「ヒナタと……ヤチヨに対して今何をしたと聞いてるんだ!! 僕は!!! 答えろサロス! どういうつもりだ!!」
 
 それは強い怒り。サロスはフィリアにとって大切な存在。
 しかし、それと変わらない位ヒナタとヤチヨもまた大切な存在なことはサロスなら分かるはずだった。

 自分だけではなくサロスも同じ気持ちであると思っていた。
 サロスと自分のどちらかの身に何かあった時も、この二人だけは守り続けていこうと昔、誓いあっていた相手。

 なのに、目の前でそれを破られた。
 固く誓い合ったその約束は今、この場で破られたのだ。

 その瞬間フィリアにとって、いつもサロスとしていた喧嘩ではなく、ONE[ワン]との命のやり取りへと変わってしまった。 
 勿論、助けるつもりでここへ来た。
 だが、身も心も獣と成り果てたその獣は立ち上がり、赤黒い炎を二の腕辺りまで纏った拳でフィリアへと襲い掛かる姿を見て奥歯を噛んだ。
 
 今目の前にいるのはサロスではない。ONE[ワン]という敵の切り札の一つ、守護者【ガーディアン】なのだ、と認識を改めるしかなかった。

ONE[ワン]の獣のような野生的で凶暴さを伴う拳が届く前に、白い冷気によって作られたサロスの巨人を真似て作られた巨大な右拳が向かってきた対象を殴り飛ばす。

即座に広範囲の攻撃によって二人に危害が及ぶことを恐れたフィリアはヒナタとヤチヨの周りを包むように白い冷気によって二人を半球状に囲み、その前方に青白い薄い壁を作りあげ、それを何層にも重ねた。
見た目は、寒々と凍えるような冷たい印象を受けるがそこに寒さを感じることは一切ない。
二人を守りたいと包み込む彼の優しさそのものであり、それを証明するかのように、ほんのりと中にいる二人には温かさすら感じられていた。

 二人の安全を確認すると、体勢を立て直される前に畳みかけるべく相手を殴り飛ばした方向へとフィリアは駆け出し、鋭い殺意のぶつけ合いは始まった。
相手へと向けて放った白い冷気は、ONE[ワン]の体の一部を凍り付かせる。

それはフィリアの明確な攻撃意思。
だが、それはヒトガタを瞬間的に凍結させたものとは異なる手段だった。

「これで少しは話が出来そうかい……? サロス……」
 
 これがフィリアから最後のサロスへの気遣いになった。
 非情になりきれないその行動。それが彼の弱さでもあり、強さでもある。

 対話を望んで動きを封じるため凍らせた箇所は、ONE[ワン]の全身から吹き出した炎で一瞬で溶かされシューという水分の蒸発する音が言葉でなく、明確な歩み寄りへの拒絶を表していた。
 フィリアの表情から笑顔がそこで完全に消えた。

「……そうか。もう、僕らは話し合うことすら出来ないんだね……」
 
 ぽつりと呟くと自身の両腕を肩まで青白い冷気による氷でまとわせ、ONE[ワン]へと肉薄する。
 先ほどのように、巨大な拳を作り上げ吹っ飛ばし続ければ、どこかで相手が疲弊し、話せる機会も訪れるかもしれない、と。
 そんな淡い期待もONE[ワン]の反応からフィリアの中から消え失せてしまった。
 
 例え姿が変わり、その心が失われていようとも……彼にとって目の前の存在がサロスであったならばそれが変わることはなかったはずだった。
 僅かでもサロスとしての心が残っていてくれていると、そう信じていた。

 しかし今、目の前にいるのはもうサロスではないただ闘争を求める獣【ONE】でしかないと理解してしまった。
 彼の心はもうここにないのだと。
 本来であればゼロの心喰の力程度の影響で彼の心が死ぬことなどはありえなかった。
 しかし、自分は人間ではないのだと。エルムであるのだということ。

 その事実によって彼の中で生まれてしまった自分の存在への小さな諦観。
 
 自分が人間ではないと知った時、フィリアはヒナタは……ヤチヨが離れてしまうのではないかという恐怖がサロスの心を支配してしまった。
 強靭な精神を持っているように見える彼の唯一の綻び、弱点。
 その繋がりを突かれ、自分自身を失ってしまった。
 
 心がどこにあるのか……それは誰にも分からない。
 ただ、この今の瞬間に限ってはサロスの魂は肉体から既に失われているようだった。
 皮肉にもこうして全力でぶつかり続けてきた二人が親友としてではなく、これまでに戦ったどの相手よりも強い好敵手の存在にお互い高揚している様子にヤチヨもヒナタも気が気ではない気持ちで遠くから叫び続けていた。
 
「サロス! 止めて!! あなたが私たちと戦う理由なんてないのよ!」
「サロス!! あたし、会いにきたんだよ!! サロスと離れたくなくて会いにーー」

 氷の壁の中、必死に二人がサロスとフィリアに大声で呼びかける。
 しかし、激しい殴り合いを続ける二人にはその声は届かない。

 その声はしっかりと響いている。音として、届いているはずだった。
 しかし、その心には何も響いていない。伝わっていない。
 まるでそこにはサロスなどという人物は存在していなかったかのように。

 激しい殴り合いの中で、漏れ溢れたONE[ワン]の全身から吹き出す赤黒い炎が風に乗って、二人を守る氷の壁に少量でも当たればべったりと血のように張り付き穴を開けるようにその壁を溶かす。
 しかし、幾重にも折り重ねられた壁は溶かされる度に青さを増し、氷の壁が何度も形成される。

 これは無意識に行われ、目の前のフィリアは目の前の相手との殴り合いに集中していた。
 
 発露した不思議な力の制御訓練をする際、サロスのように爆発させる形で力を放つことは苦手としていたが、ある一定の力の放出を固定させることには才があった。
 
 特定の場所に力の塊を固定させ、壁を含む障害物を生成し、それを利用した攻撃方法で攻め込む。
 それがフィリアの、フィリアだけにしか出来ない最大の力の使い方。
 
 氷の壁を貫通し、二人に襲いかかったONE[ワン]の赤黒い炎は凄まじい熱気が肌を焼かんと焔を巻く。
 かつて二人を助けるように橙色の炎のサークルを作り、優しく包みこんでくれていたあの温かさはない。それは同時に優しく笑う彼の存在が消えてしまったことと同義であった。
 
 ヤチヨの心は折れかけていた。
 目の前にいるサロスがいるのに、それはもうサロスではない何かだと受け入れ始めてしまっている自分。
 事実に打ちのめされ、ヤチヨは声を上げることをやめ目に涙を浮かべ座り込んでしまう。
 即座にヒナタが両手を置いて檄を飛ばす。

「諦めちゃダメよ。呼びかけ続けなきゃ! そうでしょ!!」
「……ヒナタ……」
「きっと、私の声も、フィリアの声すらも今のサロスには届かないと思う……でも、ヤチヨの声なら、サロスのことを一番大事に思っているヤチヨの声ならきっと届くから!! だからーー!!」

 二人を守り続けているその氷の壁にフィリアが叩きつけられて氷の破片が飛び散り煌々と炎を反射し、そのまま水蒸気となり霧散する。

「フィリア!!」
「大丈夫、大丈夫よヤチヨ。フィリアなら大丈夫」
 
 フィリアの方を振り返ることもなく、ヒナタはじっとヤチヨを見つめていた。
 一瞬気を失ったが、氷の壁を蹴って飛び出すとONE[ワン]へと青い冷気をまとった強烈な一撃を放つ。
 それは、これまでで一番力の籠った左の拳による一撃であった。
 
 ヤチヨとヒナタの二人を危険に晒したこと。
 その行為にフィリアは怒りを覚えていた。
 相手がサロスでも許せない事だが、サロスではないという事がその怒りに拍車をかけていく。
 
 ONE[ワン]はフィリアの痛烈な一撃に後方へと吹っ飛ばされていく。

「フィリア……私はずっと信じているから……あなたのことを」
 
 後方に吹き飛ばされた相手に向けて拳での乱打、連打を浴びせかける。
 その拳自体には何も施されてはいない。
 生の拳。その一撃一撃を訴えかけるように打ち込んでいく。

 言葉など不要だった。
 もう今や殴り合うことでしか、僅かな繋がりを保つ方法はないようにも見えた。

 
 あたしが一瞬取り乱しそうになったところをヒナタが、肩を抱いて落ち着かせてくれた。
 
 すごいな……ヒナタは……あたしは、不安で不安で仕方ないのに……。
  
 今も落ち着いたあたしに背を向けてまっすぐに、目をそらすことなくサロスだった獣の方へと呼びかけている。

 なんでだろう……? フィリアには攻撃してるけど、あたしたちを直接襲ってくることがない…………あたしたちのことがわかるの? 

 覚えているの? それともーー。

 ……もう……止めてサロスーー。
 
 激しい殴り合いの最中、あたしの声が届いたのかサロスだった獣は頭を抑えてのたうち回る。
 その様子を見てフィリアは手を止め大きく呼吸を繰り返していた。

 守られていた壁から私は飛び出してサロスだった獣に近づいていく。
 
「サロス!!!」
「ヤチヨ!! ダメ!! 危険よ!!」

 周りに飛び散った炎の残骸など気にもせず、まっすぐにサロスの方へと駆け出していく。
 もうこれ以上見ていられなかった。
 遠くから言葉をかけ続けているだけでは耐えられなかった。
 
 もっと近くでサロスを感じたかった。

 だって、あたしはーー。




つづく

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