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183 恋慕との決別

 騎士になるのは何のためなのか?
 その問いに対する明確な答えを私は持たない。

 誰も知らない心の内。

 誰もが思っている。ティルス・ラティリアは将来的にこの国を良くしていく為に見聞を広め、様々な身分の人間が集まる世界を見る為に学園へと来たのだろう、と。

 そんな高尚な目的など微塵もありはしないのに。

 
 
 これはそう。ただ、あの日の出来事への罪滅ぼしに過ぎないの。
 
 幼いあの日に出会った『彼』が憧れ、目指したいと願っていたその道。その未来を閉ざしてしまった自分への贖罪。

 ただ、その道を進むことで彼にまた会える事を心のどこかで願っている。

 自分はなんと罪深い人間なのかしら。

 これはただの自分の傲慢だ。我儘以上の何でもない。

 あの頃からずっと忘れられない景色と言葉。

 今でも色褪せない記憶。

『いつか、いつか僕は、君の騎士になるために戻って来る』

 そんな彼の言葉に心が高鳴った。

 自分だけに仕えてくれる騎士。

 彼との未来がきっとあると信じていた。

 けれど、未来への期待は即座に失われてしまった。

 家に届いた報告はその全てを無へと帰すように奪い去ってゆく。
 
 彼の最期。

 他の家族と共に皆殺しにされてしまったというその末路。

 地域奴隷という身分と双爵家である私との身分の差がそのまま大きな溝を生んだ悲劇。

 その命を出した父ティベリウスをこれほどまでに憎んだ日はない。生涯忘れる事など出来ない事。

 相手の名も知らぬまま過ごしていた。

 あの少年へひととき芽生えた恋慕が今もまだ消えずにこの胸の中で燻って消えてくれない。

 どんな場所でも建物の二階の窓から外を見下ろす時にはいつでもあの日の光景が脳裏をよぎる。

「……未練、か」

 ティルスはユーフォルビア家の用意した屋敷の部屋の窓際にあるカーテンをぎゅっと掴み、外の景色を遮断するように閉めきった。

 叶うならば。もう一度会いたい。何度そう思っただろう。

 けれど、それが叶う事は決してない。

 彼はもう、この世にいない人物なのですから。

 だから、良い機会だったのかもしれません。こうして双爵家の双璧を成すユーフォルビア家へと赴き、今の国を変える為の行動をとること。

 懺悔の形としては申し分ない。立場を得ていつの日かこの国の身分の壁をなくすこと。それが何よりも彼の想いに報いることができる。

 私が双爵家の血筋である以上はいずれ同じような立場になることは運命であるし必然。それが早いか遅いかの違いでしかない。

 だからせめて誰かが自分と同じ思いをしなくて済むように。

 この国の在り方を変える事。

 今の国を変えるためにユーフォルビア家と共に王族メイオン家からこの国を治める役割をもらい受けるというのは、一番の近道なのかもしれない。

 師プーラートンには何と言われるだろうか。

 今の自分が出来る事は家の名を使う事で可能となる様々な手段。

 子供の頃にはまるで分らなかった自分が持つ大きな力。

 双爵家であるということの意味をようやく理解し始めていた。

 学園にいる皆と協力して国を変えようと行動するよりも早く、全ての問題に着手が出来てしまう。

 自分の嫌う生まれ、血筋、役割を駆使して生きる事の利を把握、理解して自嘲気味に笑った。
 表情はさほど動いても居ない。不愛想な私の顔。
 ミラサフィスの刀身に映り込む自身の顔があまりにも険しくて笑えて来る。
 当の昔に自分の立場は理解はしていたはずが納得できていないのだということが事が一目で分かる。

 途中で何かを投げだすという事は最も私の嫌悪する行為。
 それを私は今、迷いながらも選択しようとしている。

 騎士を目指す理由も意味もない私には、その道を拒む理由がなくなり始めてしまっている。

 ラティリア家である自分には既に決められた将来があり、自分が置かれている立場を理解せざるをえない年齢になった。

 双爵家として国内の状況が変われば国を統べる事すらも可能な地位にいる自分。
 彼の夢を追い騎士を目指す学園の生徒として強くなろうとしてきた自分。

 自身の気持ちはどうあれ、どちらが正しい選択なのかなど決めるべくもない。

 それほどまでに双爵家であるという事が双肩にかかる人生が軽くはない事を知っている。知っているがゆえに失われる自由もまた見えてしまう。

 ユーフォルビア家とは異なり、ラティリア家の血筋である子は今のところ自分一人。早々に世継ぎを残していかねばならぬ立場であるということも拍車をかけてくる。

 国の事を想えば出来る限り早く多くの人々の期待に応える人生を歩まねばならない。

 分かっている。分かっているのにどうして決めきれないのか。

「……誰かとお付き合いをするって、一体、どんな感じなのかしらね。一度だけでも、してみたかったわね」

 これから先、自分は自分の意思で自由な恋愛など一生出来はしないだろう。

 自身の行動は常に国の為、誰かの為であり、そこに自己を介在できるはずもない。

 今さらながら自分の置かれている身分の息苦しさを感じる。

 だから、さっさと役割だけに徹してしまえばいいんだ。
 
 と言い聞かせるようにベッドに横になり目を瞑った。

 その日は、なかなか眠りにつくことが出来なかった。

 ようやく睡魔に導かれ意識が混濁していく中で聞こえてきたのは私の声だった。

 ああ、そうか夢にまで見るなんて。

 私は本当に。

『いつも聞くけど、本当に騎士になるつもりなの?』

 あの頃のツンツンとした偉そうな自分の物言いに辟易する。どうしてこんな言い方しか出来なかったのか。

『もちろん』

 ニカっと笑顔で大きく頷く少年の表情が眩しい。あの頃の面影はこんなにも残っているのに、覚えているのに。

 もう、会えない。

『多分だけど、君、才能ないよ?』

 酷い女だ。最低だ。可能性を閉ざすように放たれる一言。確かに彼の当時には才能を感じなかったのは事実かもしれない。けれど、まだ子供だ。
 そして自分も同じ。何かで推し測れるようなものは何一つない。根拠を持たない言葉の刃を自分が相手に向けている事に赤面して目を逸らしたくなる。

『うん、知ってる』

 彼は真っすぐにそう答えた。私の言葉を否定せずに受け入れた。才能がない事を理解しているとそう答えたのだ。
 今だから分かる。そんなことが可能なのだろうか。無理だと、出来ないと言われたことをやり続ける事が。
 あの当時の少年は自分の才能を見限っていた、なのにそれでも諦めずに棒を握りしめて振り続けていたことがどれほど凄い事なのか。

 結果なんて誰にも分からない。分かるはずもないのに。

 才能なんて一言で片づけた私の言葉。

 今ならとても分かる。その言葉に胸が締め付けられそうになる。

 私はそんな彼の道を、閉ざしたんだ。

 彼は私と出会わなければ。あの時、私が、彼に声なんて掛けなければ彼の未来は今もこの国のどこかにあったかもしれない。

 騎士になった彼の姿に想いを馳せる。どうしても、どうしてもその姿を想像できない。

 その未来が消えてしまっていることを、知っているから。
 
『な、ならどうしてそんなに楽しそうに一生懸命できるの?』

 単純で素朴な私の疑問。当時の私は学ぶべきことを詰め込まれ、やるべきことで1日の大半を埋められ、本当に何もかもが苦しかった。
 双爵家なんて存在の意味も分からないし、どうして自分はこんなにも自由に生きられないのか、まるで理解できなかった。

『出来ないことがいっぱい見つかるのが今は楽しいんだ』
『楽しい? 出来ないことが?』
『うん』

 信じられなかった。

 彼はそれでも楽しいと答えた。

 眩しかった。

 そうか、私はそんな姿に心を奪われたんだ。

 私は自分の置かれた状況を肯定したかったのだろう。

『出来る事がいっぱいになったら楽しくなくなるかもしれないよ?』

 なんて意地悪なんだろうか。

 私は本当にどうしようもない人間だ。

 彼はそんな意地悪な私の言葉を聞いてキョトンと目を丸くした。彼は嫌味というものを誰にも言われたことがないのかもしれない。

 もしくは誰かの悪意を悪意として受け取らない純粋な人なのかもしれない。

『そうなの? 君こそ、どうしてこんなに沢山の事を知ってたり、出来るのに楽しくないの?』
『……私は』

 どうして。

 どうして、私は楽しくなかったのだろう。

 では、今の私は楽しいのだろうか?

 楽しいかと問われれば、楽しいと言える事に気付く。

 生徒会のメンバー達との日々も、学園で出来た知り合い、友人との日々はかけがえのないものだ。

 その日々を楽しいと思えるかと問われれば楽しいと答えられる。

『あ、でも、こないだは楽しそうだったね』
『え?』
『ほら、虫取りした時』
『あ、あれはその、えと、まぁまぁだった、わ』

 彼に教わって初めてやった虫取り。

 そんな日もあった。

 何でも上手くこなせる自分がなかなか掴まえられなくて思い通りにいかなかった。

 悔しくて、悔しくて、でもそれが、楽しかった。

 工夫して、考えて、やってみる。

 その繰り返し。

『あ、やった、つ、掴まえたわ!!』
『うぁー、おめでとう!!』
『…あ…こ、こんなの、余裕なんだから!』

 あの頃の自分も彼と同じ気持ちを共有できていたのだと今になり気付く。 こうして俯瞰して夢で見ているからそう思うのかもしれない。

 学園でもうまくいかない事は沢山あるし、それを仲間達とクリアしていく事は楽しい事だ。

 そうか、挑戦する事が楽しいのかもしれない。

 こんなにも時間が経ってようやく腑に落ちた。

 この歳になって彼のあの頃の気持ちがようやく理解できるなんて思っても見なかった。

 挑戦、か。


『妹は虫が苦手だから、いつも一人でやってたし、僕も楽しかったけど』
『そ、そうなん、だ。う、ふふ』

 いつぶりか分からないような心からの笑顔に自然と頬が綻ぶ。

『やっぱり、君は笑っていた方が可愛いよ!!』
『え、あ、あり、がと』

 そして初めて男の子に言われたドキリと胸が跳ねる言葉。
 何故だか嬉しくて、胸がいっぱいで、どうしていいか分からず俯いた。

 当時、表情がないと家の中で散々言われていた私。

 そんな幼い頃の私に沢山の経験をくれた『彼』との時間はかけがえのないものだったのだと今でも強く実感する。


 もう2度と会えないあの頃の彼。その彼に一番近くいられるのは、私が挑戦をしている時なのかもしれない。

 だとしたら、私は……。



「ほ、本当ですか? ティルス様」
「はい、ユーフォルビア家、ゼルフィー様との婚約という話、お受けさせて頂いても良いかもしれないと考えております」

 
 叶わない未来はもう捨てなくては。

 そろそろちゃんと前を向かなければいけない時が来ている。

 この緊急遠征は私にそれを気付かせてくれるためにもあった運命なのかもしれない。

 学園の皆には悪いとは思う。一度、学園には戻って説明はしなければならないだろう。

 皆、理解してくれるだろうか。

 でも、これでよかったんだ。これで。

 叶えられる未来へ向かおうとする姿をこそ、貴方には見ていて欲しいから。



 だから、さようなら。

 名前も知らない、私の初恋の人。


 

 

  つづく

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