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Sixth memory (Sophie) 15

「……今だから言えるけど、あたしたちは……いや、少なくともあたしは馬鹿げてるなって思った。いくら言葉で取り繕っていても一番大事で大切なのは誰だって自分自身のはずなんだ……」
「ドライ……」
「けど、その言葉は嘘じゃなかった……フィリアは天蓋を守るために条件付きとはいえ全力のあたしら相手に勝利を納めて団長の証……エルムの腕輪を勝ち取った」

 天蓋を守る……それがどういうことなのかはさっきの話を聞いていた時からわからない事ばかりだ。
 さっきまでのフィリアさんやヒナタさんの話す真剣な表情を見る限り、きっとボクには、いやボクだけじゃない、自警団の団員や普通の人には知られていない秘密があの天蓋という場所にはあるということだろう。

 それにしても……エルムの腕輪……確かに団長たちがしているのは見たことはあるけど……さっきのドライさんの口ぶりからしてあの腕輪にも何かボク達団員には知られていない秘密があるのかも知れない……。

 それにしても現団長三人を相手に条件付きとはいえ、勝利してしまっているなんて……。

 この人は、どれだけすごい人なのだろうか……。

「ヒナタだってそう、本気で目指したからといって簡単に医療部隊の正式団員になんかなれはしない……正式団員になる為に血の滲むような努力をしたに決まってる」

 そう言って、二人を見つめるドライさんの表情はどこか優しそうな表情を浮かべていた。

 確かにフィリアさんが凄すぎて忘れそうになるが、ヒナタさんだってとんでもなく凄い人だ……史上最年少で医療部隊の正式入団を決め、今やパルテノスではアイン団長の次に実力を兼ね備えている人。

 団内での人気も今やアイン団長やドライ団長に迫る勢いで、憧れの女性団員の一人として名前が挙げられるほどだ。

 ……もしかして、ボクは今、とてつもなく凄い人たちと一緒にいるのではないだろうか。

 ホッチョムーテルの件で麻痺していたが、本来ボクなんかが関われるはずのない人達なんじゃないだろうか。

「あたしは団長になるだとか、自警団の頭になるなんて口だけの連中を山ほど見て来たし、そんなやつらに対して腹がたつことも少なくなかった。あたしら団長の苦労も知らずに……簡単にそんなことを口走る連中にさ……」

「ドライ……さん?」

 ボクのそんな視線に気づいたのか、険しい表情を浮かべていたドライさんの表情が和らいだ。

「っと……ごめんごめ。ん。まっ、最後に決めるのはあんただけど、フィリアたちは本気で声を掛けている。それだけは忘れないでやって欲しいかな」

 ボクは、ゆっくりとフィリアさんの方を向いた。

「フィリアさん、一つだけ聞かせてください。どうしてボクだったんですか?」
「えっ?」
「どうして、ボクを選んだんですか?」
「……ソフィ、前にも言ったかも知れないけど、君には誰よりも努力ができる才能と、何かを守ろうとする強さがある……僕の知る限りその二つを持ち合わせているのは君だけだから」
 
 団長になって、天蓋を守る。
 それはサボりの口実と言われている天蓋の警護を正式な仕事にする……つまり今の自警団の仕組み、体制を変えることでもある。

 普通はこんな大それたことを人前でいう人が成就することはない。
 
 何故なら、実際に正式入団してわかったことだけど自警団は正式入団することがゴールじゃない。

 内部の一端しか見てはいないボクでさえ、想像以上の思惑が入り混じる人間関係がそこにあることは分かっていた。 
 内部の真実を知れば知るほど、自らが変えるのではなく、その組みあがった輪の中に馴染もうと考えてしまうのは当然だ。

 それは仕方のないこと……だって、既に出来上がっている輪の中に入ってしまう方が自分の為を思えば圧倒的に簡単な生き方が出来るから……
 
 ……でも、フィリアさんならきっとやり遂げてしまう。
 自分の弱さを認め、誰かに頼る強さを持っている彼なら……そんな気がする。

「ソフィ、うまく具体的な言葉で伝えられなくてすまない……でも僕はーー」
 
 本当のフィリアさんは、きっと弱いんだ。それはボクも同じ。
 だからこそ弱さを知るボクたちならどんな困難でも乗り越えられる。

 いや、乗り越えていきたい。この人と……フィリアさんと一緒に。
 初めてボクの、ボクだけの強さに気づかせて、生かしてくれた人だから。

「あなたの背中はボクが支えます。だから、フィリアさん、あなたは前だけ見て進んでください!!」
 
 ボクの答えを聞くと、フィリアさんはとてもうれしそうに笑った。
 ドライさんもどこか満足げな表情を浮かべていた。
 そんなボクたちの肩にヒナタさんが手を置いた。

「じゃあ、私はもし2人が倒れた時には起こしてあげる!! そして、よく頑張ったねって褒めてあげる」
 
 そう言ってヒナタさんが胸を張って高らかに宣言し、優しい笑みを浮かべた。

「よしっ! 決めた!! フィリアが団長になるなら、私はヒーラーになるわ」
 
 ヒナタさんの突然の宣言にボクもフィリアさんもそしてドライさんまでも、驚きのあまり空いた口を閉じられなかった。

「ヒーラーって!!? えっ! えー!!!!」
「ヒナタ、あんたそれがどういう意味かわかっていってるのよね?」
「そうだよ。ヒナタ、それはアインの団……パルテノスから独立すると言うことになるんだよ!!」
「フィリアが上を目指すなら、私もそれに付いていく」
 
 ヒナタさんは先ほどまでの茶目っ気やふざけは一切なく。真剣な表情を浮かべていた。

 その雰囲気にボクは、もちろんフィリアさんもドライさんですら、ため息をつくことしか出来なかった。

 正式入団した人間……つまり医師が独立する。
 それは、本来ではあり得ないこと。

 と、いうのも医療部隊の正式入団者。
 ここでは区別するために便宜上医師という名称を使うけれどその医師のほとんどは、その生涯を特定の団には属さずにパルテノスの医療チームとして終えていく。

 その理由として独り立ちをするメリットが限りなくゼロであることだ。
 
 正式団員、つまり医師として認められると時として自警団だけでなく民間の医療スタッフとして招集されることもある。
 いわば、本来の医師と変わらない存在なのだ。

 そして、その先にあるのがヒーラーと呼ばれる医師だ。
 
 ヒーラーはほとんど制度としてのみ存在するもので、目指す人はほとんどいない。

 と、言うのも通常の医師の仕事量に加えて、備品管理やカルテの作成に至るまで全て個人で行ない、他の団や民間への招集も基本的になくなるため、収入も通常の医師より低くなる。
 
 つまり、ほぼ所属する団へのボランティアのようなものになってしまうからである。

 通常、自警団の医師は様々な団や民間の治療を行なうため、団から特別な手当てがもらえる。

 しかし、ヒーラーにはそれが発生しないし、様々な状況に対応しなければならないので、医師以上に知識と実績が必要になるのだ。

 また休みもほとんど取れず、団に付きっ切りになってしまう。
 
 そう、ヒーラーとはそれになることよりもそのなった後のデメリットが多すぎて、そもそもなろうと思う人間がいない……そんな役職である。
 
 長い自警団の歴史上、ヒーラーになったという記録は一人だけ。
 しかも、噂ではこの人のためだけに作られた制度とも言われている。

「……君は、いつからそんなに強情になったんだ……」
「あなたを支える。あの日、私はそう決めたから」
「ヒナタ……」
 
 この二人にはきっとここに至るまでにボクの知らない何か大きな障害があったんだと思う。
 そして、それはきっと二人の中ではまだ続いていて……
 けど、そんな境遇にも負けず今もきっと戦っている。

        強いな二人とも

「……じゃあ、ボクたち三人はフィリア団ってことですね!」
 
 ボクのその言葉に、二人が同時にボクを見る。

「あの、ボク何かおかしなことを―――」
「フィリア団、ねー。まっ、そのネーミングに関しては別として、良いんじゃない。正式な団立ち上げの際には、あたしが見届け人になったげる」
「ドライ……さん」
「そうよ! いいわね!! フィリア団!! 私は気に入ったわ! 今日から、私たち三人はフィリア団よ!!」
「ヒナタ、まだ正式に団が出来たわけじゃーー」
「頑張るぞぉ! おー!!」
「ハッハハ、あんたら面白すぎ。最高よ」
 
 そう言ってドライさんはボクたちを見て大爆笑していたが、ヒナタさんはとても嬉しそうだったし、フィリアさんは苦笑いを浮かべつつもやはりどこか嬉しそうで、ボクは何故か涙が出そうだった。

 でも、あの時ボクはこの雰囲気を壊さないために必死で涙を堪えた。

 今思えばそう、あの日、あの時、あの場所……ボクが安らぎの丘と呼ぶその場所でフィリアさんと出会った瞬間から始まっていたんだ。

 そして、今、この瞬間はまだ終わりではない。
 
 むしろ、ボクはまだ新たな一歩を踏み出したに過ぎないのかも知れない。

 ボクの、ボクだけの、物語の新たな一ページを。



つづく

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