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Seventh memory 15

「納得、できません!!!」
「……これは、決まったことですので……」
「くっ……」
「ナール。総団長であるお父上のように、自警団の一団をまとめ上げ、ここまで立派に零団の団長としての役目を全うしてきたあなたは素晴らしいとは思います……しかし、これは私達がどうこうできる問題ではありません……」
「シュバルツ!!!!」
「……ならば選人を見つけ出すことが出来る力を持つ邪魔な私を自警団から遠ざけますか? ただ、これは大いなる意思が選んだこと……私を遠ざけたところで何も変わらない……」
「黙れ!!!!」
「……はぁ、少し、頭を冷やした方が良い。あなたは、今やこの自警団にある一つの団を束ねる一人の団長なのですから……」

 アカネが次の選人であると発覚したその日、ナールは天蓋関連の最高責任者であり自警団に力を貸してくれる人間の中で最も重要かつ知識のあった研究者。シュバルツの元へと赴いていた。
 彼が居なくては今の自警団は選人を見つけ出すことは不可能だった。その方法までは不明だがシュバルツは確かに選人となった者を見事に見つけ出すことが出来ていた。


 どうにかして今回の決定を覆せないかと言うナールの望みは叶えられることはなく、その答えは彼に無情な現実を突きつけた。

 その後、当時自警団の総団長であった彼の父に自警団に入ってはじめての頼みを申し出た。

 その内容は、自身が所持する第零団リブラに天蓋に関する内容の全ての事柄について一任させて欲しいと言うものだった。

 ナールの父はしばし悩んだ後、団としてではなく私情で深い関与をしないことを条件にナールからの要求を飲んだ。

 以降、ナールは選人であるアカネがその日までに居なくならないよう監視という名目でアカネのそばにギリギリまで居続けるための大義名分を得たのであった。

 ある日ナールが、久方ぶりにアカネの元を訪れるといつもと様子が違っていた。

「アカネ……あの子は?」

 ナールはサロスと遊ぶ見慣れない女の子を見て、眉をしかめた。

「ヤチヨちゃんのこと……? サロスが拾って来ちゃったの……そうだ、ナール悪いんだけど彼女のご両親にここにいるってーー」
「ヤチヨ……か。珍しい名前だから覚えている。なるほど、そうか。だとするとあの子の母親は行方不明者のうちの一人だな……」
「えっ……」

 第零団、その主な活動は天蓋に関することについての調査、報告、究明でありその全てを任されているナールは天蓋があるこの地域付近において、度々発生している行方不明者の名前、顔、家族構成などを全て頭に叩きこんでいた。


 それも全て他の団長、特に彼の父と同期である自警団の古株の老人たちに舐められないようにする為と、何よりアカネのそばにいるためであった。
 ナールは寝る間も惜しんで天蓋について自警団が知る情報の全てを頭に入れたのであった。

 
 ヤチヨに関してもそうだ、彼が眉をしかめたのも行方不明者のリストの一覧にあった彼女の母親の項目に記載があった絵の少女の特徴と一致していたからであった……またその名前もこの地域には珍しいヤチヨという名であったことも大きいであろう。
 存命しているはずの彼女の父親からの捜索願も自警団に届いていないため捜索していたわけでもないが、偶然にもその少女にここで出会ったことにナールは眉をしかめたのである。
 

「最近では珍しいことじゃない……そんな子供、僕は嫌というほどに保護してきた……」
「そう……なのね……」

 自分とは違う反応を見せたナールにアカネは少しだけ残念な気持ちになった。
 ナールの仕事は理解はしているが、昔の……アカネの知るナールであればそんな言葉は思ってはいたとしても口にはしなかっただろうに……年月はアカネも変えてしまったが、ナール自身をも変えてしまったのかもしれない。

「彼女の父親は……既にあの子の育児をほぼ、放棄している……捜索願が出されていないのがその証拠だろう。」
「そん、な……」
「辛いかもだが……これが、現実だ……」

 ナールにとってはもう慣れてしまったありふれた事実ではあったが、自分のその発言にアカネが酷くショックを受けているのを肌で感じていた。


 最初こそは、ナール自身も責任を放棄した者達に怒りを覚えることもあった。が、その人たちから、もし君が自分の最も愛する人を突然奪われて残ったのがその人にそっくりな子供だけだったらお前もこうなる。

と1人の男に言われた事で、自身も共感を持ってしまうに至った。


 ……もし仮にアカネとの子供を授かっていたら、アカネが急にいなくなった時の自分はきっと彼らと同じようになる。そう思えてから放心した彼らに活を入れることも励ましの言葉をかけることもナールはできなくなっていった。

「……そう、ありがとう。悪いわね、こんな遅くに呼び出して」
「そう思うのなら、こんな時間に呼び出すのは――」
「ありがとね。ナール」

 その笑顔にナールは吐き出そうとした言葉を飲み込んだ。けっきょくいつもそうだ。
 何があったとしてもアカネのその言葉と笑顔を向けられてしまえば何事も許してしまう……。
 ナールはそのことについてアインからそれを『惚れた弱み』だと言われていた。
 反論はできなかった。彼にとってアカネは唯一残された自身の肉親である弟の存在ほどに大切なものになっていた。

「……彼女の父親には俺から伝えておく。伝えられれば……だけど……」

 アカネに遮られ伝えられなかった内容。
 
 そう、先ほどヤチヨの捜索願を出していないという父親の居所についても自警団は追っていた。
 彼の妻、つまりヤチヨの母がいなくなった翌日からその行方が掴めなくなっていたからだ。


 娘が生きるための最低限の食料や生活に必要なものを渡しに現れる事がある情報だけで、それ以外の情報がこの時には一切なかった。だが、ひとまずここにいるというならヤチヨという少女は安心だろう。とナールは思う。

「よろしくね。ナール」
「おやすみ。アカネ」
「おやすみなさい」

 去り際、サロスとヤチヨに引っ張られ笑顔を向けながら家に戻っていくアカネの顔を見てナールは胸が苦しくなった。
 幸せそうな彼女の姿をいつまでも見守っていたい。そう心から願っていた。


 しかし、もう時間がないことがわかっていた。

 選人として選ばれてしまったアカネに残された時間はほとんどもう残されてはいなかった。 
 しかし、結果的にアカネを選人として天蓋の中へと連れていくことはなかった。

 彼女は選人に選ばれていたと同時に、身体に異変を生じていたからであった。
 そして、そちらの事態のほうが先にアカネに訪れる事となる。


 間もなくアカネの体調は著しく悪化し、外出することもままならなくなってしまった。
 サロスやヤチヨ、シスターはもちろんのことナールも皆、アカネの事が心配でたまらなかった。

 しかし、自警団側としては弱っていくアカネの代わりに新たな選人をどうにかして見つけなくてはならないという問題が出た事で、大慌てとなっていた。

 そうした忙しさの中で天蓋の全てを一任されていたナールはアカネに接触できる機会が徐々に減っていったのだった。
 
 そして、遂にその日は訪れる。

 アカネは自身の最後の日をなんとなく察していた。ヤチヨにサロスのことを託し、その最後の時をサロスと共に月夜を見ながら過ごしていた。

「寝ちゃった……のね……」

 アカネの横でその腕にしっかりと抱き着き泣きつかれて眠ってしまったサロスを見て、アカネはまた泣きそうになった。

「ゴメンね……サロス……ごめんなさい……ナール」

 今までの自分の人生を振り返るとどうしてもアカネには後悔が二つあった。

 一つはサロスのこと。出来るならば一人前になるまでそばでその成長を見守っていたかった。
 自分の本当の子供ではない。けれどあの日、自分の隣に突然現れた小さなかけがえのないこの命……。
 ベレスが自分に託してくれた大切な存在……当時はただそれだけの認識でしかなかった。


 しかし、サロスと月日を共に過ごす内にアカネにとってサロスはなくてはならない存在になっていた。

 アカネの中に様々なサロスと過ごした思い出が走馬灯のように駆け巡っていく。
 母という存在を知らなかった自分、そんな自分を一人の母にしてくれたサロス。
 アカネは感謝しかなかった。不幸中の幸いと言うべきか今のサロスにはヤチヨという存在がいてくれる。

 ひとりぼっちにしなくて済む事だけが救いだった。

 彼女ならきっと自分がいなくなったサロスの寂しさや悲しさを埋めてくれるだろう……。
 すぐには無理かもしれない、でもいずれ必ず彼女も……アカネはそう確信していた。

 だからこそーー。

 アカネは左手の薬指にはめた指輪を見つめ、もう一つの後悔であるナールの顔を思い浮かべる。
 
 サロス以上に心配な存在。サロスにはヤチヨがいて、シスターだっている。
 サロスがそれに気づいてくれさえすれば、彼はひとりぼっちじゃない……。

 では、ナールはどうだろうか……彼にもアインやツヴァイ、ドライ……仲間はいるはずだ……。


 でも、きっと自分がいなくなってしまえばナールはきっとそれに気づかずに深い深い闇へと落ちて行ってしまうだろう……。

 
 可能であるなら、彼にも幸せになって欲しい……笑っていて欲しいとアカネは願う。
 そしてその未来に自分も共にいたかったとまた一つ涙を零した。

 自分はきっと今夜、消えてしまう。それはもうアカネはどこかでわかっていた。うっすらと差し込む月の光の中で自分が今まで見ていた左手の指先が緑色の鉱石へと変わっていく。

 あっという間だった幸せな時間。

 どうして、こんなに大事なものたちを手放さなければならないのだろう……。

 神様なんて信じてはいなかったが、もしいるのだとしたらそれはきっと自分には意地悪な存在だろうとアカネは思っていた。

 そんなことを考えていたからだろうか、それとも彼女を忘れなかったからだろうか……アカネの耳にもう聞こえるはずのない彼女の声が聞こえた。

「あーかね」

 信じられないと驚いた表情を浮かべてアカネは声のした方へと振り向いた。

 そこにはあの頃と変わらないベレスが宙に浮いていた。

「えっ……ベレス!?」
「おやおや、あたしのことまーだ覚えててくれたんだ」

 ベレスのその一言にアカネは、小さく笑った。

「今の今まで忘れてたわよ」
「いっしっしっ、意地悪だねぇ。アカネは」

 その笑顔は、子供のころのままで本当に何も変わってはいなかった。



つづく

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