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184 生徒会室の怪異

 全体の通常遠征の帰還から更に少しばかりの時が経ち、ようやくティルスが率いる特別遠征のメンバー達も学園へとたどり着いていた。
 帰還したティルスは先んじてプーラートンの元を訪れていた。

「そうかい」

 プーラートンはティルスから事の顛末を聞き溜息を吐いた。

「お前は、本当にそれでいいんだね」

「はい」

「ならば言える事は何もない」

「……通常ならば学園を途中でやめる事は出来ませんが、おそらく私の立場からすればそれも可能になると考えています」

「それはそうだろうね」

「これほどまでに目をかけて頂いたというのにそのご期待に添えず、申し訳ありません」

 ティルスは深々と頭を下げた。

「よしな。お前は双爵家の血を引く者として国の為に生きることを決めた。ならば私達はお前にとって下々の者さ。お前は頭を下げられ続けなけりゃならん」

 突き放すような言い方だが、これも彼女の優しさの形である事が今のティルスには分かる。彼女は不器用な人間だ。
 急な出来事から突如として告げられた決断。騎士として、剣使いの自分の後継になり得たはずのティルスの意思を最大限汲み取ろうとしてくれている。

 その結果、突き放すような言い方になっているのだろう事は容易に想像できる。

「……ミラサフィスを……お返しいたします」

 ティルスは以前彼女から譲り受けた特級剣というカテゴリに属しているその上等な武器を両手で差し出した。

「……」

 プーラートンは無言でその剣を見つめたまま動かない。

「プーラートン、先生?」

 ティルスが首を傾げて彼女を見つめるが、微動だにしない。

「あの」

「その剣はお前の……いや、失礼。ティルス様の今後の人生の一助となればとお譲りした次第です。返す必要などございません」

 立場をわきまえたその物言いにティルスの胸中に急激に寂しさが込み上げてくる。自分で決めたはずの道。その道を進むという事がどういう事なのかここにきて少しずつ実感を伴ってくる。
 これまで懇意にしていたはずの人物が自分に、いや双爵家という家柄に頭を垂れ、跪く姿に胸が締め付けられる。

 国を支える家の一人として生きるという事の立場の孤独感。昔を思い出してしまう。すれ違う大人が皆、自分に頭を下げて屋敷の中をすれ違っていくあの頃。
 息苦しい日々にまた自分は戻るのだと、ようやく頭で理解し始める。

「ですが」

「ティルス様、後生でございます。どうか、何も言わずお持ちください」

「……ッ、失礼、いたします」

 零れそうになる涙をぐっと堪えて教員棟区画にある部屋を後にした。ティルスにしては珍しくドアを閉める音が激しく鳴り響く。

「プーラートン。やりすぎじゃないのか」

 マキシマムがプーラトンの背中から声を掛けるとプーラートンは涙を流していた。
 それもそのはずだ。誰よりも一番騎士である彼女の将来に期待していたのは他でもない彼女なのだから。

「感傷だよ。だだの、そう、感傷さ。昔の自分と同じ想いを抱いて剣を振っていたこれまでの歩みを含めて、ね」

「……プーラートン」

「一人の個ではなく、国の背中を双爵家として支えようって決めたあの子に騎士を目指し続けろなどという不敬をどの口が言えるものかい」

「……」

 マキシマムも彼女にそれ以上の事は言えず口をつぐんでいた。



「ティルス様!!」

 久しぶりに生徒会室へと戻るとティルスを目にしたサブリナが目に涙を溜めて抱き着こうとするがグッと堪え我慢するように耐えて震えている。
 先に戻っていたへランドからある程度の話は共有されたのだろう。生徒会の全員が自分の目の前に跪く。

 ここでもティルスの胸がズキリと痛む。学園で過ごし自分の理想の為に尽力してくれた者達。
 学園で出来た友人達、勿論、自分の立場は少なからず考慮はしてくれていただろうが、それでも学園の法の中で身分の差はないという決まりに則り親しくしてくれていたのだという彼らの優しさがここにきて痛いほど伝わる。
 彼らは平等に自分と接してくれていたのだということに。

 こんな所でも自分の血筋の呪いにも似たその理不尽な立場を思い知ってしまう。

 この場にいる全員の生殺与奪すらも握れてしまうほどの力。それが自分の生まれた家の持つ力なのだから。

「ごめんなさい。みんな」

 レインが頭を振る。

「いいえ、本来こうあるべきだったという国の中での関係に戻るというだけです。今後は気軽にお会いする事も、こうして話しかける事も叶わぬというただそれだけのことです。我々がティルス様の優しさに甘えて生徒会のメンバーになるべく奮闘し、生徒会となった後も運よく関わらせていただいたに過ぎません。本来ならば関わる事など出来るはずもない身分の差なのですから」

「……」

「報告が遅れました。私、ティルス・ラティリアは、同じ双爵家であるゼルフィー・ユーフォルビア様と婚約し、そう遠くない将来伴侶となり、この国を支える事を決めました。近く、この学園にユーフォルビア家の皆様がお越しになり婚約の儀だけを先に済ませる事となります」

 直接彼女の言葉から告げられた話にへランドが顔を背け、レインが首を垂れる。その横でサブリナの目が潤み続けている。

 婚約の儀というのは、将来を誓い合う約束を国民に周知するための儀式のようなもので本来であれば貴族の婚約の儀は王都などで行う事が通例となっている。
 まだ結婚が出来ない年齢の貴族間においての契約のようなものだ。

 今回、ティルスの強い希望によりゼルフィーが承諾し学園でその義を執り行う事が決まっていた。

 そしてその儀が終わればもう後戻りは出来ない。 学園でも通常の生徒の中途退学であれば認めないだろうが、双爵家の人間となれば話は変わるだろう。そもそも双爵家の令嬢が学園に来るなど誰も考えてもいない事だ。

 おそらく学園に居たという事も含めてその情報も全て抹消される。双爵家としての将来的な汚点となりかねないからだ。

 そしてこれまでに関わった者達はまず間違いなくその話題を出すことを禁じられるだろう。

「ティルスさまぁ」
「サブリナ、ごめんなさい」
「うう」

 ティルスは寂し気な顔のままキョロキョロと視線を泳がせる。生徒会にいべきはずのもう一人の姿が見えない。

「ところで、リヴォニアは?」
「一応、招集はかけたのですが、すみません」
「そう」

 へランドが頭を下げる。これまでも生徒会長としての自分に頭を下げてくれることはあったがその時とはもう違うという事が窺える。
 特に彼には先んじて話を通したこともあって既に自分の意思は伝わっているが故に、ということだろう。

 ティルスはその横で何やら難しい顔をしているヒボンへと視線を投げた。

「うーん、どうして僕がこの場に呼ばれたのか全く分からないんだけど」

 彼はまだここに呼ばれただけで状況は理解しているが頭が付いてきていないという様子で苦笑いのままここまでの様子を眺めていた。だがそれは他の生徒会のメンバーも同じようでなぜヒボンがここにいるのか呼ぶように言われたへランドすらも知らないでいた。

「話は聞きました。困難な状況を指揮し、遠い昔に一の剣アレクサンドロ・モーガンが打ち立てた限界到達地点の更新を成し遂げたと」

「あれは僕の力ではありません。沢山の偶然も重なり味方してくれました。運が良かったとしか言えません」

「その運も、貴方がリーダーとして引き寄せた事には違いありません」

「恐縮です」

「そこで、誰もが成し遂げられなかった偉業を築いたあなたにお願いがあるのです」

「嫌な予感しかありませんが」

「良い予感の間違いでしょう?」

「あー、今のでなんとなくの予想は付きましたし、この場で言うのもなんですがそれを僕はいずれなろうと目指してはいました」

「だからこそ適任であると考えました」

「……」

 ヒボンは頭を抱えるように項垂れる。このような形は全く望んでいなかった。
 ティルスと肩を並べられるような自分を目指す中でいずれは必ずと考えていた事ではある。

 しかし、あまりにも急すぎた。

「ヒボン。私の今の学園での立場を担っていただきたいのです。貴方に西部の生徒会長となっていただきたく思っています」

 ヒボンは勿論のこと、生徒会のメンバーもこれには大声を上げて驚いた。

「「「ええっ!!??」」」
「まさかほんとに予想通りとは……」

「出来ればこれまでの生徒会の皆もヒボンをこれから支えて欲しいと思っております」


 生徒会のメンバー達は困惑していた。確かにティルスが学園を去るのであればどうするのかという事は存在していたが全員の頭の中はそれどころではなかった。

 ティルスは自分が去った後の事も特別遠征から学園へと戻る道中に思案していたのだった。

 しかし簡単な事ではない。ティルスが双爵家であるかどうかに関わらず彼らは彼女のその生き様にこれまでついてきたのだ。

 他の誰かが生徒会長になるというなら自分たちがここにいる意味は無いに等しい。勿論それぞれが騎士を目指すという個の目的はあれどそういう問題でもない。


「……少し、考えさせていただいても?」

 これからの計画が全破綻したヒボンは大いに頭を抱えているようだった。

「僕らも、です。ティルス様」

 レインがそう告げるとティルスはにこやかに返事をする。

「勿論です。婚約の儀が終わるまでには、お願いね」


 


 全員が去った生徒会室の椅子に座り普段は絶対にしないような体勢で机に突っ伏した。今は誰も見ていない。

 自分で色々な事の折り合いを付けたつもりだったが、まだ簡単に割り切れる状況には持っていけないでいる。

「はぁ~」

 誰も聞いたことがないティルスの溜息が部屋に響く。

「アンタもそんなため息つくのね」

 ガタリと椅子から飛び上がるように立ち上がりティルスが辺りをキョロキョロ見回すが周りに人はいない。

「ガチャリ。ここよ」

 ティルスの左背後、部屋の壁の隅に置かれているロッカーがバァンと開け放たれ、大きなリボンがぴょっこりと顔を出すのだった。その顔は白く染められていて静けさの中で異様な表情を醸し出していた。

「ギャアアアアアアア!!」

 ティルスが学園に来てからほとんど一度も叫んだことのない絶叫を生徒会室で上げ、白目を剝き倒れるのだった。

「あら? ティルス? 一体どうし、、、き、気絶してるわ」

 当事者の少女は一人、予想外の事態に冷静になろうと窓際に歩いた。

「はぁ。どういうことなの」

 溜息を吐いてカーテンを開けると外の暗がりに反射するように窓に自分の顔が映し出された。

「ぎゃああああああああああああ!!!! ばけものっ!!!???」

 そこに映っていたのは生徒会のメンバー達が部屋に集まる前に部屋にいたショコリーがどでかいケーキを食べながら眠りこけて顔からケーキにダイブした際の名残だった。

 生徒会室に近づく人の気配にハッと目が覚めた彼女が慌てて見つからないように狭いロッカーにケーキを持ったまま隠れた。
 だが長すぎる話にそこでもまた睡魔に襲われてしまい。先ほど気が付いた時には全身がケーキまみれでそれに気付かぬままロッカーから急に登場した彼女にティルスは絶叫した。

 そして今しがたその自分の姿が窓に映り、ティルスに続いてショコリーは自分の異形と化したその姿に絶叫したのだった。



 つづく


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