EP 03 激動の小曲(メヌエット)03
「好き、かどうかはわかりませんが、気にはなっている、と思います」
ソフィがどうにか絞り出したその言葉を聞き、ヤチヨとヒナタが前のめりになって完全に話に耳を傾ける姿勢になる。
そんな二人を見て、ソフィはゆっくりと息を吐く。
しかし、話す決意は決めたものの、何を話せば良いのかソフィにはわからなかった。
そもそも誰かに、コニスのことについて話すことになるなんて想像もしていなかったのだ。
「あの……他にボクは何を言えばーー」
「どんなところが気になったの? その子の見た目は可愛いの? それとも綺麗系? 年は? 見た目だけで言うならソフィより? 年上? 年下?」
矢継ぎ早にヒナタが、ソフィへと質問を投げかけてくる。
その様子を見て、傍のヤチヨですら驚きの表情を浮かべる。
普段の姿とは異なる彼女の想像を絶するその勢いにただソフィは困惑の表情を浮かべ、同時にあたふたしていた。
「そっ、そんなにいっぺんに聞かれても困りますよ!!」
ソフィのその一言を聞き、質問攻めの鬼と化していたヒナタの言葉が止まり。
一瞬、考えた後にソフィに笑顔を向けた。
「ソフィ、コーヒーもうなくなるわね」
「はいっ?」
「私、おかわり入れてくるわ!! これからたくさんお話するんですし、飲み物は必要よね」
そう言って、ソフィの返事も聞かずにそれぞれのカップを持ってヒナタがキッチンへと消えて行く。
ソフィは、大きく息を吐き、一時の安息を感じる。
そんなソフィに憐れみを持ったヤチヨが立ち上がり傍に寄ってきて肩に手を置く。
「あぁ、なったヒナタは、中々厄介だよ……ソフィ」
経験者は語る。そんな目をしている。
しかし、ノリノリで彼女を呼んだ貴女がそれを言うんですか? ともソフィは思った。
ヒナタは普段、聞き役に徹することが多く、このような状況ではヤチヨが行なった行為は本来であれば、ヒナタが担っている役割である。
だが、しかし恋バナ、恋愛が絡むとなれば話は変わるのがヒナタだ。
それは学生時代まで遡る。ヒナタは割と早い段階からフィリアに好意を持っていた。
しかし、既にフィリアがヤチヨのことを好きであるという事にも同時に気づいていた。
そう、学生時代のヒナタはそれでもなお、ヤチヨに恋愛相談を持ちかけたのである。
自分は実に嫌な女だとヒナタはその時、激しく自己嫌悪の感情を覚えた。
そして震える声で『私、フィリアのこと好きになっているかも』と口に出した。
しばしの静寂が流れた。
こんな最低の自分に対して、かける言葉すらないのだとヒナタが少し諦めかけていたが。
そんな不安だらけのヒナタに対してのヤチヨの第一声は『嘘っー!! ホントー!!』という嬉しそうな驚きの声だった。
更にその話を詳しく聞こうと身を乗り出したヤチヨを見たその瞬間、ヒナタの中に渦巻いていた薄暗い感情はどこかへ消え去った。
自分ですら、嫌だと思う人間をヤチヨという少女は受け入れてくれた……。
ヒナタは、正直自分の気持ちを隠すのが上手い方ではない。
しかし、それ以上にフィリアもサロスもそしてヤチヨも鈍感なのである。
この様子ではフィリアが自分のことを好きであるということにも気づいていないのだろうと感じたヒナタはその事についてはヤチヨに黙っていた。
ヤチヨと友達になったことで、初めて会った時の脱出劇をきっかけにヒナタはサロスやフィリアとも急速に関係を深めていたからこそ起きた事だろう。
その結果。ヒナタはフィリアに好意を持ったといえる。
クラスでかっこいい人は誰か、という話題に必ず名前があがるフィリア。
フィリアという人物はそんな存在であった。
周りからキャーキャーとうるさく騒ぎ立てられていたフィリアに対して、当時のヒナタは興味を持つことなどなく、好きな本の世界に没頭している方が幸せなはずだった。
しかし、そんな外面だけでなく彼の内面を知ってしまったヒナタのフィリアへの印象は大きく変わることになる。
興味がなかったはずのフィリアに本以上に没頭してしまうという事態にはヒナタも自身の焦りを隠せなかった、
そんなヒナタの話に余計な口も挟まず、ニコニコした笑顔を浮かべ。時折、頷きながらヤチヨは聞いてくれていた。
ヤチヨに恋愛相談をし始めてから何日か経った、ある日のことである。
ヒナタはヤチヨにずっと気になっていた幼馴染であるというフィリアとの関係について聞いてみることにした。
そのヒナタの質問はヤチヨにとって予想外だったのだろう。
ヤチヨはその大きな目をより大きくして驚いた表情を浮かべた。
そしてヒナタは、そのヤチヨの反応を見て答えを聞かずともわかってしまった。
ヤチヨはフィリアに自分のような感情を抱いてはいないということを。
そこに何故だかほっとしてしまった自分に再び嫌悪感を覚えつつ、ヤチヨに念のため確認をとる。
ほぼ、間違いないと思えるが念のためということもある。そんなヒナタの杞憂は当然ながら無意味に終わる。
ヒナタが恋バナをしているから楽しそうな表情を浮かべていたわけではない。
ヤチヨは、友達が楽しそうに自分の友達の話をする。
それが同性だとしても異性だとしても関係はなく、ただそのことが何より嬉しかったのだ。
友達が友達のことを好きでいてくれる。その事実がヤチヨにとってはとても嬉しいことなのである。
誰かを大切に想う。それは、フィリアにしてもヒナタにしてもサロスにしてもそうであって、ヤチヨにとって平等だ。
なので、ヤチヨにとって大切に想う=好き、という認識であり、ヒナタのような恋愛感情は彼女の胸の内にまだ芽生えてはいなかった。
しかし、そんなヤチヨもヒナタの話を通して朧気ながら恋愛感情というものが何なのか、どんなものなのかを学びとっていったといっても過言ではない。
あの日、天蓋でサロスと別れたその時、ヤチヨの中には新しい気持ちが生まれている。
ヤチヨにとって大切な人というのは、やはり今も≪家族≫としての存在というのがとても大きい。
しかし、その時は今までのような家族としてずっと一緒にいたいという気持ちとは違うものを感じていた。
その気持ちがなんなのかもやもやするばかりで、ヤチヨにはわからなかった。
だからヒナタと暮らすようになったある日、ヤチヨは思い切って昔とは反対にヒナタにそのもやもやした気持ちについて相談したのである。
そしてその瞬間、正に今のソフィに向けているものと同じ顔をヒナタは浮かべたのであった。
「厄介というのはどういうーー」
「あの顔のヒナタにあたしが質問攻めをされた時は……解放されたの5時間後だったわ」
そのヤチヨの発言にソフィの顔が青ざめた。
これから5時間近く自分が質問攻めに合う未来をソフィは想像した。
「どうにかなりませんか? ヤチヨさん」
「どうにかって?」
「ですから、そのーーこの後、自警団の仕事もありますし……」
「残念だけど諦めて。恋バナするときのヒナタはあたしでも止めるのは難しいから」
ソフィが、落胆の表情を浮かべる。
ヤチヨもソフィが気の毒ではあるとは思ったが、それ以上に今のヒナタ。
そう、言うなれば暴走ヒナタを敵に回すのはヤチヨにとって勘弁願いたい事態である。
「そっ、そんなぁ……そこをどうにか、お願いします!!」
手を合わせて自分に懇願するソフィに対して、仕方ないという表情でヤチヨは息を吐いた。
「……まぁ、言うだけは言ってあげるわ」
勝機はない。しかし、こんなソフィをヤチヨが放っておくこともまたできなかった。
そんなヤチヨの一言に、ソフィの目に光が灯っていた。
(多分無理だろうけど)
始まる前から、ヤチヨは心の中で敗北宣言を呟いていた。
「おっまたせ~次は、コーヒーでなくて紅茶にしてみたわ~」
そんな二人とは、真逆に人数分のカップに紅茶を入れたヒナタがルンルン気分でキッチンから現れる。
カップから漂う、紅茶の香りはりんごの香りであった。
「あのねヒナターーあれ……この香り……」
そう、それはヤチヨの好きな香りでもあった。
「ヤチヨ、おかわりもあるから、遠慮せず飲んでいいわよ」
そう言いながら、またヒナタは再びキッチンへと消えて行く。
さっきまで頼もしかった目の前の少女は完全に目の前のものしか目に入ってはいなかった・
「わぁ~アップルティーだー!!」
「えっ!? あのヤチヨさん!?」
「ふふふ、ヤチヨはアップルティー好きだものね」
さっきまで、ソフィを気遣っていたヤチヨはどこへ消えたのか?
ヒナタが、新たに入れたアップルティーにヤチヨは目を輝かせ、明らかに他人事になっている。
いや、これもヒナタの作戦なのかも知れない。
ソフィだけでなく、ヤチヨにまで止められてしまえば流石のヒナタも引くしかなくなってしまう。
だから、まずはヤチヨを味方に……いや味方につけずとも無力化する必要があった。
「あっ、あの……」
「アップルティー、ソフィは嫌い?」
「いえ……そうではありませんがーー」
「アップルティーはね、美味しいだけでなくて健康にも美容にも良いの」
「そう……なんですね」
「それにほんのり甘いから、ヤチヨも大好きだし、私も気にいってるの」
そう言いつつ、カップをスプーンでヒナタがゆっくりとかき混ぜながら話す。
ソフィは、そんな何気ない仕草に言いようのない恐怖を感じる。
すべて、ヒナタの掌で転がされている。ソフィは確かにその瞬間そう感じた。
「あっ、あの……ヒナタ……さん?」
「なーに?」
「その……ボクはーー」
「一つ、一つ、聞きましょう。大丈夫よ。そんなに時間はかけないわ」
「ひっ、ひぃー!!!!」
それからは、ヒナタにとっては至福の時間。ソフィにとっては地獄の時間であった。
そしてその中で、ソフィ自身も気づくことがあった。
ヒナタの恋愛への考えは自分にはなく、どちらかと言えばヤチヨに近い。
ヒナタが自警団時代からフィリアのことを愛していると言葉にしていた。
当の、フィリアも照れながらも愛していると返していた。
ソフィはその様子が、自分の両親の姿に重なることが多かった。そんなお互いを愛し合っていた両親を見ているから、ソフィも幼いころからその気持ちや感情は理解できる。
しかし、いざ自分がそんな気持ちになる相手にはソフィは未だ巡り合うことはなかった。
そして、それに限りなく近い気持ちを微かに感じたのがコニスという存在である。
そんなことを考えながら、ソフィはヒナタの止まることなく浴びせられ続けた質問攻めによって、あっという間に時間は過ぎていく。
ソフィが自警団の天蓋の巡回に行かなければならない時間へと差し迫っていた。
他の仕事はもうどうしようもないが、この仕事だけはサボる訳にもいかない。
「あっ、あの……ヒナタさん。ボク、そろそろ自警団にいかないと……朝は結局、顔を出せていませんし、この後は天蓋の巡回もありますから、流石に行かないと隊長の自覚がないと怒られてしまいます」
天蓋の巡回という単語を口にした途端、ヒナタの表情が変わる。口にせずともそれが……天蓋に関する事柄をヒナタが無視することは出来なかった。
「あら……もうそんな時間なのね? ごめんなさい。ソフィ、私、気づかなかったわ」
ヒナタは立ち上がりすっかり飲み終えた自分とソフィのカップを持って流しへと向かった。
「ふぅー……」
「お疲れぇ」
自分のカップを両手で持ちながら、おかわり分のアップルティーを飲みながらヤチヨが小さく呟く。
そんなヤチヨにソフィは苦笑いを浮かべた。
「あんなヒナタさん、初めて……いや、見たことはあったかもなぁ……」
思い返してみれば、自分は参加していなかったが時折、自警団時代ヒナタは、アインとドライを交えてお茶会を開いていたことをソフィは思い出した。
そして、ある日アインに用事のあったソフィがそのお茶会中に部屋を訪れたとき。
恋愛相談中、入る時はノックを忘れずに
の注意書きがあり、ノックを数回した後扉を開けるとドア前にアインが立ち。
ソフィからの内容を話半分で聞いており、話が終わると足早に部屋へと戻っていった。
その時、やたらと白熱して話をしていたドライとヒナタ、そしてすっかり縮こまり困惑した表情を浮かべていた若い男団員。
ソフィは、そんな男団員を気の毒に思っていたが、まさか自分がその立場になるとは思っても見なかった。
「ソフィ、明日は確か自警団お休みなのよね?」
「えっ、えぇ。はい。そうですね」
「じゃあ、明日来たときに続き、聞かせてね」
「えっ!? あし、たぁ、もボク、ここに?」
「ええ、楽しみにしてるわね」
ソフィにはその笑顔が可愛らしいものでなく悪魔のように見えた。
少しだけ重い気持ちを抱えながらソフィは天蓋の巡回の仕事へと出かけていった。
つづく
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