First memory(Hinata)12
「あの日……サロスとの最後の勝負の時。初めて、僕は彼に勝ちを譲ろうとした。きっと、サロスと僕が組めばヤチヨを救い出すことができるかも知れないとおもっていたから。」
「でも、あなたはそうしなかった。それはきっとヤチヨちゃんのためでしょ?」
「――!?」
「……君には、本当に何もかもお見通しなんだな。僕にはあの時のヤチヨの覚悟を……涙を裏切ることなんてできなかった。僕は、彼女の意思を守りたかった。サロスの提案に本当なら乗りたかった!!いつ出てこられるかわからない天蓋からの帰りを待つなんて……耐えられるはずがなかった!!……でも!!!」
フィリアの声は、ひどく震えていた。とても悩んで、悩み抜いてあの時、答えを出したのだろう。自分の本当の気持ちすら捻じ曲げてヤチヨちゃんの気持ちを優先させた。
それは、とても優しく、そして、とても不器用な考え。
彼は、私以上に不器用かも知れない。
そう思った瞬間、私は、フィリアの方に勢いよく振り向いていた。
「フィリア」
「ヒナタ、頼むから今は顔を――」
「かっこつけないでよ!!!」
こんなボロボロなのに強がるフィリアに対して、内心腹が立っていたのかも知れない。
「えっ……」
「自分だけかっこつけないでよ! 弱いのに強いフリしないでよ!! 私はもうしないから……あなたも認めてよ。本当は弱いってことちゃんと認めてよ」
自分でも何を言っているのかわからなかった。ただ、思わずフィリアの胸に飛び込んで、腕を背中に回して抱きしめた。その体は、とても小さいように感じた。
もう感情を押さえつけることはできなかった。私は、きっとフィリアを抱きしめると同時に弱い自分自身も抱きしめていたのかも知れない。
そんな弱い自分を抱きしめて『大丈夫だよ』と優しく言ってくれる親友はもうここにいないから。
「…………」
フィリアは、何も言わずにそんな弱い私を両手で包んでくれた。そこに言葉はなく、わたしたちは泣いていた。
私たちは似ている。弱さを隠すことなどできない。だって、一人はとても寂しいものだから。
きっとそれは、サロスやヤチヨちゃんも同じ。別々の場所で一人ぼっちでいるはずの二人も抱きしめてあげたかった。それは叶わないこと。今はただ、目の前のフィリアを強く抱きしめる。
それが私にできる唯一のことだった。
みんなで笑い合っていた思い出の場所で、私たち二人はただただ、涙を流し続けた。
どのくらい時間が経ったんだろうか、泣き終えた私達を凄まじい羞恥心が襲う。
思わず二人して勢いよく身体を離し身体を背け、そして丁度、背中合わせになるような位置に座り合う。
「……。恥ずかしいところみせちゃったわね。ごめんなさい」
「いや、僕の方こそ、、、ゴメン」
心を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸をした後、フィリアの方を向いた。
「ねぇ、フィリア」
「なんだい、ヒナタ?」
「私も、私のできる精一杯のことをしようと思うの」
フィリアを見て、そして今も戦っているであろうヤチヨやサロスに負けないように私もある決心を固めていた。
「何をするのかは敢えて、聞かないことにするよ」
「そう言うと思った。あなたは、臆病だものね」
そう言って、意地悪な笑みを浮かべた私を見て、フィリアは小さく笑った。
「あぁ。今の僕に君の考えにどうこういう権利はないからね」
「でも、ね。きっと、私たちの道はいずれ、どこかで重なるわ」
根拠なんてない。でも、きっとまた巡り合う。そんな予感がしている。
「あぁ、僕もそんな気がしている」
もう一つ、今ここで彼に伝えなければいけないことが私にはあった。
「……だからね、今から言うことの答えは、その時に聞かせてちょうだい」
「えっ?」
そして、これが――私が私の弱さを認めたことで踏み出す最初の一歩。
「私、フィリアのことが好きよ。強いところも弱いところも全部、全部含めてあなたが好き」
予想外の言葉にフィリアは今日一番の驚いた表情と、焦りを見せていた。
「いや、ヒナタ。その、気持ちはうれしいんだけど僕は―――」
その先の言葉を言わせないように、、私の唇がフィリアの唇にそっと触れ、吐息と共に離れた。
こんな行動に出るなんて昔の私からは想像もできなかった。でも、きっとフィリアにだからこそこんな大胆なことが出来たのだと思う。
「さっ、帰りましょ!もう、だいぶ遅くなってしまったし」
「ひっ、ヒナタ!!!ちょ、ちょっと待って!!」
慌てる、彼を見て私は笑っていた……気がする。
昔読んだ本に、初めてはレモンのように甘酸っぱいと書いてあったけど、私の初めてはとても塩辛かった。優しい涙の味。これが、例え、最後になってもいい。そう思えた。
だって、私がひそかに憧れていたことは叶ってしまったから。
それは物語に出てくるような素敵なお姫様になることでも、かっこいい王子様と結ばれることでもない。
好きな人との忘れられない思い出を作りたい。
ただ、、、それだけだったから。
次の日、私たちは言葉を交わすことなく修了式を終えた。顔もろくに見なかった気がする。
ただ、最後にフィリアに手紙を渡した。
ただ一言『ありがとう』と書いた手紙。
読んでくれてもくれなくても
どっちでもいい、手紙。
――続く――
作:小泉太良
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