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Fourth memory 17

「それはそうよ……だって……正直、冗談の一つでも言わなきゃ、今にも暴れだしちゃいそうなくらいには動揺、してるわ」
「えっ? 本当?」
「なーんてね、うーそ」

 真剣な顔をしたかと思うとぺろりと舌を出してはにかむヒナタにあたしはへなへなと脱力してテーブルに突っ伏した。

「もー! これ以上、茶化さないでよ」
「ごめんごめん」
「まったく……」

 顔を上げるとヒナタが、楽しそうにおどけて笑っている。
 こんなヒナタを見るの随分、久しぶりな気がする……。

「でも、今、ヤチヨが言ったことが本当ならここにいるヤチヨは、さっきまで私が話していたヤチヨでもあるし、そうでもない……何十年の歳月を積み重ねて、お祖母ちゃんみたいなヤチヨってことよね?」

 ヒナタが突然そんな突拍子もない事を口にした。そんな事、あたしは考えたこともなかった。

 けど、確かに過ごした年月だけを数えたら凄い事になっている気がする。

「お、お祖母ちゃんって……いや、まぁ、言い方はひっかかるけど、まっ、そういうことになるの、かなぁ?」
「……あのね、ヤチヨ。私、思うんだけど……」
 
 ヒナタがマグカップを置き、あたしに真面目な表情を向ける。

「なぁに?」
「一つ、聞きたいことがあるの」

 あたしもその表情に気を引き締め直して答える。

「うん、今はどんなバカげたことを言ったとしても、僅かでもヒントになるような意見が欲しいの」
「ねぇ、ヤチヨは、どうしたらそれを解決できるって思ってる?」

 引き締め直したはずの表情が崩れてしまう。

「だーかーら、それがわかるんならこんなに悩んでないよー。ただ、その……何かが足りない……気はしてるんだ。あと、一歩、その足りていない何かが分かれば解決できる! いや……出来たらいいなぁとは思ってるんだけどぉ……」

 あたしのそんな情けない、返答を聞いてヒナタが口に手を当てて何か思考するように一度目を瞑った。
「ヒナタ?」
「なるほどね……」

 そう呟くとヒナタは目を開けてあたしを見つめる。あたしもヒナタを見つめ返した。

「何がなるほどなのよ~?」
「ヤチヨ……いい、今から言う事に根拠なんかないわよ」
「何? もったいぶってないでーー」
「ヤチヨが言う……その、足りない何か。ヤチヨは既に持っているんじゃないかと私は思うの」
「んっ? それってどういうこと?」
 
 予想外のヒナタの発言に、あたしは思わず体をのりだした。

 ヒナタはそんなあたしを宥め、再びホットミルクを口に入れ、ゆっくりと噛みしめるように話し始めた。

「ヤチヨの話を聞いていて思ったんだけどね」
「うん……」
「……多分……そのアカネさんって人は、今のサロスを救うことが出来ない未来を変える手段があると確信しているんじゃないかって思うの」
「えっ!? じゃあなんーー」
「ヤチヨ。話は最後まで聞いて。でも、何かしらの理由で、ヤチヨに直接その方法を伝えることができない」

 あたしは口の渇きを潤すようにミルクを口にそっと含んだ。

「だから、ヤチヨにヒントになるそのサロスのピアスを手渡した。それ以外に何か他に必要なものがあるとするなら、それはきっと、ヤチヨが既に持っている何か……そんな気がするのよ」
 

 ヒナタの話を聞きながら、ミルクをコクリと喉を鳴らして流し込みながら考えるが思い当たる事は浮かばない。

「そんなこと言われても……あたしは他には何もーー」
「……きっと、その大事な何かにヤチヨが気づいていないだけ……もしくは……忘れてしまってるいるのかも……」
「わす、れる……?」
 
 ヒナタのその言葉にあたしの中で何かが引っかかった気がした。

 ただ、記憶に靄がかかっているみたいにちゃんと思い出せない。

 こう、喉のすぐ傍まで来ているのに言葉に出来るほど明確ではないあの感じ。

「その顔は何か心当たりがあるのね?」
「うん、でも……思い出せないの……どうしよう!! ヒナタ!!」 

 思い出せず、思わず椅子から立ち上がりヒナタに縋りつく。

「落ち着いて、落ち着いて、ゆっくりと思い出すのよ、アカネさん以外の人には何かもらったりとかそう言う事はなかった?」
「アカネさん以外の人に……もらった、もの……??」
 
 ゆっくりと記憶をさかのぼる、そこで、ひとつの出来事を思い出した。

 あの日、あたしが天蓋に入る時、フィリアがくれた、お守り……

 あたしは首から下げていた古びた小さなお守りを取り出しヒナタに見せる。

「これ! これはどうかなっ?」
「それは?」
「これはね。昔、あたしが天蓋に入るときに、フィリアがくれたの、お守りにだって」

 今の今まで忘れていた存在。

 いつの間にか身に着けている事が当たり前のようになり、肌身離さずつけ続けていたから。いつの間にかこのお守りが特別なものだということを忘れていた。

「フィリアが!? ……ねぇ、それ少し借りてもいい?」
「うっ、うん! はい」

 ヒナタにお守りを手渡すと、お守りが淡く青い光を帯び、それに呼応するようにサロスのピアスも赤い光を放つ。


「なに、この光」
「!?ねぇ、お守りの中に何か入ってるみたい……ヤチヨ。その、中身を、出してもいいかしら?」
「う、うん」

 ヒナタがお守りの口に結わえられている紐を恐る恐る解き、入っていた中身を取り出した。

 お守りの中から出て来たのは少しの劣化もなく汚れ一つない音符のような飾りに星がついたものだった。

「……ピアスに、共鳴するように光ってる? ヤチヨ、これって」
「わかんない……今まではこんなこと一度も……」
 
 ピアスを通して誰かが何かをあたしに伝えようとしている。

 これは……何?

 目の前に映像のように、ある光景があたしの前に映し出される。

 そこに映るのは、あたしと、サロス、フィリア、そしてヒナタ……。

 あたしたち四人だった。良くは見えないけどあたしたちはそこにいて……。

 みんな笑っている? これはなに? いつの私達?

 疑問は尽きないが、場面は次々に変わっていく。早すぎてちゃんと見ることはできないけれど……。

 そこには、少し大人びたソフィもいて……と隣にいるのは誰?

 わからないことだらけだけど、一つだけわかったことがある。

 そこに映るサロスとフィリアはそれぞれあのピアスとお守りを身に着けていた。

 もしかしてお守りって、フィリアが持っているべきもの、ちゃんと返さなきゃいけない物なんじゃないだろうか?

 この光景を信じていいのかはわからない……ただ、これからの手がかりにするには充分な情報だった。

「ヤチヨ? ねぇ? 大丈夫? ヤチヨ?」
「……」
「大丈夫……なのよね……良かった急に止まったみたいに動かなくなっちゃてーーヤチヨ?」
「そっか、そうだったんだ……」
「ヤチヨ?」
「ありがとう、フィリア。これをあたしに渡しておいてくれて……きっとこれで、二人をーー」
「待って! ヤチヨ!!」 

 立ち上がり一目散に走り出そうとした、あたしの右手をヒナタの左手が力強くつかんだ。

 振りほどこうと思えば、簡単に振りほどけるはずのその手を見つめ、視線をヒナタの顔へと移す。

「何が起きたの? なんてそんなことはもう聞かないけど……行くのよね?」
 
 心配そうな表情を浮かべ、ヒナタがあたしに尋ねた。

「うん」

 ヒナタの顔を見ず、前を向いて頷く。

「……また、辛い思いをするかもしれないわ。それでも行くのね」

 あたしの覚悟を問うようにヒナタは静かに呟く。
 
 そうかも知れない……ただお守りの中身が光ったくらいで。今度こそは上手くいくはず……なんてそんな保証はどこにもないから。

 もしかしたら、今よりもっと悪いことになる可能性だってある……。


 でもーー!!!

「うん。大丈夫。今度は絶対に」
 
 あたしは、振り返り、ヒナタを安心させるため、笑顔を浮かべ、根拠のない自信を自信満々に言い放った。

「……次は必ず上手くいく、確証はないけど、そんな予感がしたの」
「ヤチヨーー」
「でもあたしがもう一度こうして戦えるのは」
 
 そのままヒナタを抱きしめる。ヒナタは、えっと驚いた声を上げた。

「ヤチヨ!?」
「ヒナタがいたから」
「えっ!?」
「もうひとりじゃない。あたしは、一人じゃないって気づけたから」
 
 一人で戦っているわけじゃない。

 離れていてもどこかで、こうしてそばにいてくれる……。

 いつも隣にフィリアがいたサロスのように、あたしの隣にもヒナタがいてくれていたんだ。

「ヒナタがいてくれれば、きっと今度は上手くいく、あたし一人じゃできないこともヒナタと二人ならなんだってできる! それだけは自信を持って言えるから!!!」
「……ふふふ」
「ヒナタ? どうしたの?」
「なんだか、今のヤチヨってサロスみたいだなって」
「あっ……確かに!!」

 サロスが、口癖のようにいつも言っていたこと。

 フィリアと二人でならなんでもできる。

 今ならわかる、あの言葉はサロスの強がりじゃなく、サロスが本心から思っていたこと。

 だから、サロスは信じられたんだ……フィリアを、そして、自分自信の事を。

 信じられる誰かがいる、その事実がこんなにも自分に力を与えてくれる。

 あたしが今まで感じていた不安は、ヒナタによって胸の中から跡形もなく、かき消されていた。

「だからね、ヒナタもあたしを信じて!! あたしといれば、何でもできるって!! 絶対上手くいくって!!」

 それは、あたしの本心からの言葉。
 ヒナタにだから言えるあたしの何よりの力になる魔法のような言葉。

 その言葉を心の奥にしまい込みながら、淡く光るサロスのピアスとお守りから出てきた星型の飾りを強く胸元で両手で握りしめ、祈りを込めた。



続く
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