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178 双爵家ユーフォルビア領

 時は遡り、他の班が学園を出立したのを見送った後、小隊規模でユーフォルビア領へと特殊な遠征機会へと向かったティルス達。

 領土境界線まで彼女らを迎えに来ていたのはユーフォルビア家が誇る独自の騎士団「シードブロッサム」

 彼らは独自の経緯で創設された騎士団である。
 その存在は国の為ではなく、ユーフォルビア家の為だけに働き、仕える騎士達。
 そして、その起源もまた双校制度の起源と同じく謎に包まれている。

 特筆すべきは国からの命であっても彼らに対しては一切の強制力を持たせることが出来ないということだ。

 そうした私設騎士団を独自に保有していることにより双爵家でありながら最も監視の目がある家柄でもある。
 余りにも閉鎖的に他と関わりを持たぬ領地。その裏で何かをしているのではないかと疑う他の貴族も現在では増えている。
 反意を持つ証拠を見つけ出し双爵家の地位を剥奪する機会を常に探られている。というのがユーフォルビア家の今の国での立ち位置だ。

 しかし、かつての大きすぎる功績がそれら不審がる者達の行動を何一つ許さない状況だった。シュバルトメイオンという国と並んで当時の大国であった隣国の存在。
 長く緊張状態だった両国の間で勃発してしまった戦いで劣勢を強いられ、ともすれば滅ぼされかけていたこの国を窮地から救ったのは紛れもなくユーフォルビア家なのだ。

 150年ほど昔に存在した隣国、魔道具大国メガロリガーテ。

 国の領土内にある数々の洞窟で掘り出された見た事もない魔道具を数多く有しており、それらの研究を含めて魔道具技師の育成にも力を入れていた国で、彼らは実用レベルまでその未知の魔道具という存在を一般化し、その使い方を探り当て、生活、そしてシュバルトメイオンとの戦いへと活用し始めたのだ。

 それらの技術力の前に当時のシュバルトメイオンの騎士達は成す術がなかったという。

 誰もが失われたはずの魔法が現代に甦ったのだと恐怖した。魔女と呼ばれていた者達に向かう人々の目がシュバルトメイオンの国内で変わっていったのもこの頃だった。
 魔道具よりも更に強力な力を持つ彼女ら魔女という者達。シュバルトメイオンの国内で過ごしながらも何一つ手助けしないのは何故なのか、彼女らはまさか国の滅びを求めているのでは? などという根も葉もない噂が拡がり当時の魔女らを糾弾する声が相次いだのだ。

 そんな全ての雑音を一蹴してみせたのがユーフォルビア家が誇る私設騎士団である「シードブロッサム騎士団」

 彼らがもしいなければシュバルトメイオンは滅んでいたとも言われている。メガロリガーテが統一国家となっていた未来があった可能性もあり、そんな大国であった国をたった一つの騎士団が相手取り、勝利してみせたという情報は一気に国内を活気づかせた。

 しかし一体どのような方法で彼らがメガロリガーテの軍を退けたのか知るものはいない。
 
 そうした背景もあり当時、劣勢だったシュバルトメイオンも彼らに逆らえば自分達自身も危ういと考えたのだろう。
 かつてのシュバルトメイオン王家はその功績を持ってユーフォルビア家に双爵家という特別な地位を与えた。
 彼らから自分たちの領土への国の不干渉という一領主が国へと申し出るには前代未聞の提示条件すらも全て呑み、彼らを特別に扱い始めたのである。
  
 同じ双爵家であるラティリア家との親交もユーフォルビア家はほぼこれまでになく、国の催しや貴族のパーティなどにも出席をしないことで有名な家柄で、その領地内に入ろうにも許可のない者は瞬時に発見されて追い返されてしまうという事もあり、とにかく閉鎖的で外との交流をしない事が知られている。

 まるで自分達で自分達の存在を封じているような気配すらも感じられる謎の地域がユーフォルビア領の一帯なのである。

 そんな所から学園への依頼でティルスが指名されたとあれば何かあると考えるのは当然のことだった。念のためこの隊の引率にはマキシマムも同行しており、基本的に口は出さないという条件で帯同を許可されている。

「お待ちしておりました。ティルス様。初めてお目にかかります。キリヤ・ヘリプテラムと申します」

 自分達と変わらぬような年齢の者達の集団がティルス達を迎える。初めて見るその景色に微かな潮の香りも漂っている気がする。
 周囲を山と森に囲まれ、海との間に存在すると言われている場所ではあるが実際に森の中で潮の香りを感じるというのはなんとも奇妙な感覚だった。

「お迎えいただきありがとうございます」

 先頭に立つ蒼い髪でこう言っては何だが少しぼんやりとしている雰囲気の青年がチラリとティルスの隣にいたショコリーへと視線を向けた。
 一瞬だったがティルスと当人であるショコリーは気付く。しかしティルスは彼女のトレードマークとなっている大きなリボンが彼の興味を引き、気になったのだろうという認識しかこの時には持たなかった。

 ショコリーは怪訝な表情を崩さないままその青い髪の青年を見つめ続けている。

 案内されている途中、初めて眺めるユーフォルビア家の領地内で過ごす者達の日常風景にティルスは感銘を覚えていた。
 領主の屋敷へと向かう途中では多くの領民が騎士達に笑顔で手を振り、騎士達もそれに笑顔で返すという微笑ましい光景が次々と視界に入る。
 その度に案内の足が止まり、蒼い髪の青年はティルスたちへ頭を垂れて詫びるがティルスは微笑んでそれを見守った。

 領主と民衆たちの間に信頼という絆が確かにあることを感じられてティルスの脳裏には昔の自分が住んでいたラティリア家の領地での出来事がふいに思い出される。

 国の中でその地位に拘り、他を見下すように過ごしていた父の醜い言動。そして、その思想が起こした悲劇の数々。領民たちはいつも恐怖に怯えた表情で怨嗟の目を子供のティルスにすらも向けてきていた気がする。

 国の中での地位は同じはずなのにその違いがこれほどまでに強く感じられる場所を国内で見るのは初めてだった。
 もしあの頃、自分がこの領地のように過ごしている家柄であったならば、と僅かばかりの逡巡の中で唇を噛んだ。

「どうかされましたか?」

 領民に手を振っていた青年キリヤが学園の生徒達の不思議そうな顔に気付き声を掛けてきた。

「ここには、地位による差別がないのですか?」

「差別、とは?」

 心底不思議そうな顔をした青年に自分の質問自体がそもそもおかしいのだとティルスは知り質問の伝え方を変えてみる事にする。

「ここでは騎士の皆様が領民に笑顔で手を振るというのは普通の事なのですか?」

 またしてもキョトンとした顔のまま首を傾げて彼はティルスたち一行へ質問を返した。

「この領の外の皆様は民たちへ挨拶や感謝をしないのですか? 僕達が生きる糧を与えてくれる彼らに敬意を払って接するのは当然のことです」

 彼らもまたユーフォルビア家の領地の外の常識を知らないと見える。それが幸か不幸かは集まる人々の顔を見れば分かる。

 この場所は理想郷だ。国が本当に求めるべき素晴らしい人々の関係性が育まれている事に一行は心底感嘆する。

「素晴らしい環境ですわ」

「ふふ、おかしな人たちですね」

 青年はクスリと年齢よりも若く感じるような表情で可愛らしく微笑む。釣られてティルスたちも自然と肩の力が抜けて笑顔になっていく。

 ただ一人、ショコリーだけはこの領に入ってから未だに静かに考え事をしたままで無言を貫いている。その後方から領内の景色、様子を眺め続けていた。



つづく


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