Sixth memory (Sophie) 14
その後、念のためにとヒナタさんからボクは半日訓練を休むよう言い渡された。
平気だって言ったのに……ヒナタさんは許してはくれなかった。
自警団の体調不良などに関してやそれに伴う仕事や訓練の可否はヒナタさんの属している自警団の医療部隊、通称パルテノスのメンバーが最終的な判断を下している。
本人が問題ないと言い張ったとしても、パルテノス在籍の者が支障ありと判断した場合は強制的に休息を取る事を余儀なくされる。
そのパルテノスだが、部隊の最高責任者は、アイゴケロスの団長でもあるあのアインさんだ。
彼女は自警団の団長とパルテノスの最高責任者という二つの顔を持つ、正真正銘のすごい人。
そして、そのパルテノスの若き天才と呼ばれており次期、医療チームの最高責任者候補であると言われているのが、ヒナタさんだ。
既にアインさんや一部の団員を除けば、彼女の診察と判断に口を出せる人はいないとさえ言われている。
そんなヒナタさんの下した判断にフィリアさんは苦笑いを浮かべつつ、午後の訓練へと向かっていった。
ボクは今日1日は無理をせず、ゆっくり休むように、と言い渡されたはず、だった。
なのに……。
「まっ、あんたも災難ね。ソフィ」
「えっ、あっ、はい」
ボクは何故か今、ヒナタさん、そして第九団、カルキノス団長ドライさんと、パルテノス内のアインさんのお部屋でコーヒーを飲んでいた。
「ヒナタ、アインは今日来ないの?」
「なーに、ドライ。あなたは、あの女狐がいないと寂しいの?」
「女狐って、その言い方……ヒナタ、あんた本当にアインのこと嫌ってんのねぇ」
「だって」
そう言って、ドライさんがケラケラと笑っている。
ヒナタさんはぷぅと頬を少し膨らませつつ、ドライさんを睨んでいた。
ボクは何故このような場にいるのだろうか。
ズズーッとコーヒーをすする自分の音が聞こえてくる。
午後の訓練への参加を許されなかったボクは特にすることもなく、医務室のベットで眠っていた。
しばらくしてヒナタさんに出かける用事があり医務室を空けるとのことで起こされ、そして何故かそのままボクはヒナタさんにこの場所へと連れて来られていた。
起きたばかりで、少し頭がぼーっとしていたのもあって素直についてきてしまった……。
寝ぼけ眼だったボクは、連れてこられた大きな部屋とふりふりと左手を振って迎えてくれたドライさんの姿を見て一気に目を覚ました。
こうして、現在に至る。
フィアレスの蜜を入れたコーヒーをちびちびと所在なさげにすすり、ボクは右左とキョロキョロ辺りを見回していた。
先ほどから談笑を続けているヒナタさんとドライさん。
女性だけで構成された特殊編成部隊、第九団カルキノス。
実際、自警団員をまとめる際に手を焼くのは女性団員の扱いだ。
彼女たちは、皆、大なり小なりの理由はあれど男性団員たちに舐められている節がある。
だからなのか、皆、そろって負けず嫌いというか、癖が強いと言うか……男勝りな人が多い。
実際、カルキノスとタウロスの間で行われた実践的な合同訓練では、タウロスが勝てはしたものの正直言って、見てる側からは辛勝だった。
その時の方法が武器を使ってはいけない、という条件でさえなければ、間違いなく負けていただろう。
別の機会の合同訓練でたった一度だけドライさんと手合わせをしたことがあった。彼女の剣筋はとにかく早い。
目で追おうとすれば間に合わず、あっという間に勝負を決められる。
団随一とも言える高速剣戟時における優位性が彼女の武器だ。
そして、ドライさんの魅力はその強さだけじゃない。誰が相手でもはっきりと物事を言い渡す、ある意味で男より男らしいその性格にもあった。
よくツヴァイさんと口喧嘩をしている光景も珍しくはなかった。
中世的な顔だちも相まってか、パンツ姿に団員コートを羽織り戦う姿は、絵本に出てくる王子様のようで……にも、関わらず明るくフレンドリーな上に面倒見が良く、団員の誕生日を全員分、ちゃんと覚えているという話だ。
誕生日に、花を贈られ、嬉しさのあまり気絶してそのまま医務室にお姫様だっこで運ばれたなんて話も聞いたことがある。
手合わせの後、こんなボクに対しても礼儀正しく頭を下げ、ありがとうございましたと会釈してくれた姿がはっきりと記憶に残っている。
そんなかっこいい一面とは裏腹に自分の恋の話についてはNGらしく、その話題で慌てふためく可愛らしい姿も目撃されている。
たくさんの魅力の詰まったドライさんは、全女性団員の憧れの存在でもある。
そんな彼女と、ボクは近い距離で席を共にしている。
こんな場面を目撃されてしまったらドライさんに憧れているであろう女性隊員達に闇討ちされやしないか不安になってくる。
「ねぇ、ソフィ?」
「はっ、はいっ!!!」
思わず裏返ったボクの声にドライさんがクスクスと笑っていた。
入団試験の時の印象もあってか、ボクは彼女に少し苦手意識を持っていた。
「あんた、もしかして緊張してる?」
「えっ? あっ、いえ!!!」
「アッハハ、大丈夫よ。うちの子たちも、あんたみたいな可愛い子なら、いつでも、大歓迎だから」
「えっ? えぇぇぇ!!!」
「アインのところが嫌になったら、あたしんとこ来な。可愛い団服用意しておくからさ」
「えっ、あっ、あのー!!!」
「ハッハハ。冗談。冗談よ。本気にしないでね」
「はっ……はぁ……」
なんか、最近、ボクこんなんばっかだな。アインさんも、ヒナタさんも、そしてドライさんかぁ……。
女難の相でも出ているのかも知れない。
「ドライ、あんまりソフィをいじめないで」
「ひっ、ヒナタさーー」
「私だけを蚊帳の外にしないで、混ぜてよ」
「ひっ、ヒナタさぁぁぁん!!!」
「うふふ、冗談よ。冗談」
ヒナタさんはそう言って楽しそうに笑っていた。
「……ヒナタ……あんた、なんだかアインに似て来たね……」
「えっ? どこが、私とあの女狐のどこが似てるっていうの?」
「いや、まぁ、いいわ。別にあたしは困んないし」
そう言った後、ドライさんもゆっくりとコーヒーを一口すすった。
「あっ、そうだ。ソフィ、私とフィリアが昔からの知り合いって事は他の人には秘密にしておいてね」
「えっ? あっ、でも……」
ボクの視線を追って、ヒナタさんはドライさんの方を見た。
「んっ? あー大丈夫大丈夫。あたしとアイン、後、脳筋ツヴァイと、ナールは知ってるから」
「そういうこと。感づいてる人はいるかも知れないけど、正式にその関係を話したのは、ソフィを除いたらその4人だけね」
「そう、だったんですね」
「まぁ、あたしらはフィリアとはナールを通じて昔からの付き合いだし、隠し通せるはずないけどね」
ん? ナールさん? どうしてそこで、団長の名前が出てくるんだ?
「あの、どうしてナール団長とフィリアさんが?」
「え、あれ、聞いてないの? フィリアとナールが兄弟ってこと」
「えっ? えええええええええええええええええええええええええーっ!!!」
ガタリと立ち上がる音が鳴った。
ここ最近で1番大きな声で驚いたかも知れない。
ナール団長と、フィリアさんが兄弟!?
「……幻滅した? フィリアのこと」
「えっ? 幻滅??」
ドライさんのそんなどこか冷たい言い方に続くように、ヒナタさんが淡々と言葉を続ける。
「……フィリアはソフィと同じように訓練所にいたけど、スタートラインは既に皆とは違っていたという見方が出来る。第0団リブラの団長ナールの弟、特定の団には属さずに団長たちをまとめていた通称総団長と呼ばれていた男の息子という、定められたようなエリート街道。だからこそフィリアは一目置かれるように当然のようになれた。そうは思わない?」
「ボク……は……」
ボクは、ぎゅっと拳を握り込んだ。
「いいえ。フィリアさんがどんな境遇でいるのであれ、彼は彼です。たしかに、スタートラインはボクとは違ったかもしれません。けど、今のフィリアさんが今のフィリアさんとしてここに居るのは彼自身が努力して、頑張った結果として辿り着いたのだと思います! だから、ボクはーー」
「だそうよ! 良かったわねフィリア」
ヒナタさんの声にゆっくりと扉の方からフィリアさんが姿を現した。
「ふぃ、フィリアさん!? なんで!!」
「その、すまない……ソフィ、君を試すようなことをして……」
言いながら、フィリアさんがゆっくりとボク達の方へと歩いてくる。
「だから言ったでしょフィリア。ソフィなら、きっと今までの人たちのようにあなたの正体を知っても、あなたへの気持ちは変わらないって」
「それは、なんとなく。でもーー」
「信頼のある人への隠し事は、あの子が一番嫌っていたことでしょ?」
フィリアさんがピクリと反応した。誰かの事だろうか?
「ずるいな……君は……彼女を引き合いに出されたらそれ以上、僕は何も言えないじゃないか……」
フィリアさんのこんな表情、初めて見た………困ったような様子ではあるけれど少しはにかんだ小さな子供のような表情だ。
「でも、そうだね……ソフィ、実は君にずっと隠していたことがあるんだ……」
フィリアさんは、いつもの表情に戻ると何か覚悟を決めたのかボクの目をしっかりと見据えていた。
その眼の奥には、何か凄まじい決意のようなものを感じた。
「……これはまだ先の話になるのだけれど……」
フィリアさんが真剣な表情でボクの方を真っ直ぐ見つめていた。
「なん、でしょうか?」
「君の力を僕の、僕たちの願いのために貸してくれないか?」
「ボクの力?」
「ドライ……」
「良いんじゃない? 大体そんなのあたしらにいちいち確認を取るものじゃないでしょ」
「……ありがとう」
そう言って、フィリアさんはゆっくりと自分の左の袖を捲っていく。
そこには、団長クラスのみが持っているはずの腕輪がそこにつけられていた。
「これ……えっ!?」
「何から、話せば良いのかな? 上手く話せるかはわからないし、長くなるかも知れないけど聞いてくれるかい?」
「……はっ、はい……」
それから、フィリアさんはボクに昔、自分の人生を大きく変えた大切な人に出会った時のこと。
その時、一緒に過ごしていたもう一人の親友と喧嘩別れをしてしまったこと。
学院を辞めて、自警団員になったこと。
フィリアさんが団員になったのはその人生を変えてくれた人と約束をしたからだということ。
そして、その人を守るために、自警団として動くためにナール団長が以前何かの目的のために立ち上げてまま稼働していない、活動内容は一切不明の幻の第0団リブラを復活させ、その団長になるつもりでいることなどをフィリアさんはボクに時間をかけて話してくれた。
「………一つ聞いても良いですか?」
「……何かな?」
フィリアさんの話を聞いて、彼が団長になり、団を立ち上げたい理由は理解できた。
ただ、それは、自分のためでなく、その天蓋にいったという人のためであって……
どうして、彼はそこまでその人を大事に思えるのだろう……。
アイン団長が言っていた、それが好き、だからということなのだろうか?
「どうして、フィリアさんはそこまでして、その人に……天蓋に……約束に固執しているんですか?」
「そうだね……確かに僕のその人に対する想いは少し行き過ぎているのかも知れない……」
フィリアさんは、低くそして重みのある声でそう言葉を零した。
「でも、だとしても、誰に何と言われても、僕やヒナタにとって、今の選人……その人はとても大切な人なんだ。僕は彼女と約束をした。選人としての役割を終えて天蓋から出てくるその日まで待っていると……だから、彼女が役割を終えて出てくるその日まで……」
ヒナタさんはマグカップをぎゅっと握りしめたまま足元に視線を落とし呟く。
「そう。私たちは、天蓋を絶対に守り通さないといけないの……だって、そこにあの子がいるんだもの」
二人のその言葉には、強い決意が込められていた。
フィリアさんは確かに、ボクとは違って何もかもを持って生まれてきたのかもしれない。
でも、フィリアさんはその恵まれた境遇に甘えることなく、ボクには想像もできない挫折や苦労をたくさんしてきたと思う。
彼の発言からは口だけの連中のような驕りは一切感じない。
今の天蓋の選人……その人はフィリアさんやヒナタさんにとっては自分達の全てをかけても守りたい存在?
それは、本当に純粋な願いであり、同時に怖いくらい真っすぐで純粋な気持ち。
でも、そんなフィリアさんの姿にボクが憧れていた自警団員というものを眩しいほどに感じていた。
それは、家族のためといつもヘトヘトになっていた父さんの姿にも重なった。
明日も仕事があるのに、ボクが話し始めると父さんは嫌な顔一つせずに、ボクの話を楽しそうに聞いてくれた。
決して面白い話ではない。平凡で普通の子供のする話。
母さんにもう寝なさいと優しく叱られても、ボクはずっとずっと父さんと話していたかった。
ベッドの中に入っても、父さんのベッドに潜り込んで……。
仕方ないわね。なんて、母さんも呆れながらも父さんと同じようにボクの話を聞いてくれて。
やがて、話し疲れてボクは寝てしまって……。
父さんは、ボクたち家族を守るために。そして、母さんも父さんとは別の方法でボクを、家族を守ってくれていた。
フィリアさんも、ヒナタさんもそんな2人に近い、その人を守りたいという強い想いを感じていた。
けど、まだボクにはわからない。本当に大事なものを守るという気持ちを2人は既に持っている。
眩しすぎるほどの二人の姿が、ボクの瞳に、心に、焼き付いていった。
つづく
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