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EP 02 星の詠唱(アリア)02

「あなたはすごく星について詳しいのですね」

 目の前の少女は、嬉しそうな表情を浮かべ。ソフィにそう素直な感想を告げる。

「……そんなこと……ないよ……このくらいみんな知ってるさ……」

 そんな少女の言葉に対してソフィは少しだけ投げやりな気持ちで返事をした。
 伝えた事は自分でなくても話せることばかりで、ここまで話した上でもやはり自分は出しゃばりすぎたなと考え、反省をしていた。

「?」

 そんなソフィの気持ちとは裏腹に目の前の少女は不思議そうな表情でソフィを見つめていた。
 悲観的な考え過ぎる……ソフィが昔から親しい人達に度々注意されることであった。
 大きく首を振り、一度頭をリセットして少女に作り笑顔をソフィが浮かべる。

「いや……何でもないよ。これで君は満足、かな?」
「満足、ですか?」

 満足と自分が発した言葉に少女は不思議そうな表情を浮かべているのを見て、ソフィはまた困ってしまった。
 自分が当たり前に使っている言葉でも目の前の少女にはどうやら簡単には伝わらないことがある。
 それは彼自身、自分が聞く時には度々経験することではあるが、逆に伝わらない場合の解決に関しては方法が良く分からない。必死で代わりになる言葉を探す。

「えーっと、なんて言ったらいいのかな……」
「?」

 いつもならこんな時、ヒナタかアインが自分に助け船を出してくれるのだが、今はソフィ一人しかいない。
 目の前でただ小首を傾げる彼女にソフィはひとりただただあたふたしていた。
 自分の言葉が相手に伝わらない時……どうしたら良いのだろうか……と。

「えーっと、その……君が知りたかった星のことがわかって……その……嬉しい?」

 困った表情を浮かべたまま、真っ直ぐな気持ちだけの返答をソフィは少女に返した。

「嬉しい……はい、嬉しいと、思います」

 その言葉は少女も理解できたのだろう。嬉しそうな笑顔をソフィに向けて返事をした。

「そっか、それなら良かった」

 自分の気持ちが通じたことでソフィはほっと胸を撫でおろした。

「はい、とても、その……嬉しくて満足、しています。これで合っていますか?」
「えっ!? うっ、うん。満足って言葉の使い方について聞いているなら、間違ってないと、思う」

 自分が当たり前に使っている言葉でもその使い方や意味を改めて尋ねられるとどぎまぎしてしまうのだとソフィは少女を通して知ったのだった。

「満足。嬉しい。わかりました」
「……」
  
 不思議な子だなとソフィは思った。
 目の前にいる少女は生まれたばかりの赤ん坊のように怖いくらい純粋で真っすぐで透明だった。
 何色にも色付けされてないが故に不思議な魅力を持っている。そうソフィは感じていた。
 
「あなたはすごいすごいなんですね」
「すごい、、、すごい?」
「はい! すごいです!!」
「……そんな、ことは……ない……」
 
 また否定的な返事を返したことでソフィは、少女から顔を背けた。

「?」
「……」

 ソフィは思い出していた。忘れもしない彼の生き方を見直すきっかけになったあの言葉を。
 天蓋でフィリアと共に天蓋を襲撃してきた謎の人物達と戦い、その戦っている相手の一人に言われたことを……。

 あの頃のソフィは、フィリアやヒナタのために何かをすることが最上の喜びであった。
 物語の中で主君に尽くす、騎士のような生き方にどこか誇りのようなものを感じていた。

 自分の命すらこの二人のためになら、いつだって投げ捨てられる。そんな気持ちすらもあった。

 しかし、ソフィの目の前の相手はそんなソフィの気持ちを真っ向から否定するような言葉を投げつけてきた。
 ……謎の狐の面の男にピスティと呼ばれていた少女だった事を思い出す。
 
『そんな事もわからないで、、命の重さもわからないで、気安く命をかけるなんて言わないで!!』
 
 相手の気迫に圧倒されながらも、ソフィは決して目をそらすことなく目の前の相手と対峙していた。

『っつ!  なら、あなたはわかっているんですか?  命の重さを!!』
『わからない……でも、だからこそ! あたしは、命をかける気もないし、かけられたくもない』
 
 ソフィにはピスティのその言葉がとても無責任のように感じた。
 フィリアとヒナタを守る。そんな決心を持って戦っている自分に対して無責任に戦っているピスティにそんなことを言われるのは納得がいかなかった。

『じゃあ、あなたこそなんでこんな命がけの戦いをしているんですか!!』
 
 そんな無責任な考えの相手がどうして命をかけるような戦いができるのかソフィには理解が出来なかった。

『…… 約束のためよ』
『約束?』
『あたしは、約束を守りたいの』
 
 約束を守る。
 シンプルな理由ではあるがそのために戦うということ……その気持ち自体はソフィにも理解できる。しかし、それ以外に強い想いがなければ、ただの身勝手である、と。

『あなたのその約束がどんなものか知りませんが……こんなやり方は間違ってます!!!』
『わかってるわよ!!!』
『!!!!!』
 
 その彼女の気迫に、わずかではあるがソフィは自分の気持ちへの揺らぎを感じた。
 彼女は口では何の責任も負いたくないと言っているが……違う。
 ピスティは自分以上の覚悟と責任を負ったうえでこの場に立っているのだということを理解してしまった。

『何度やってもダメだった……でも、あたしはこのやり方しか知らない!  何度やっても同じだとしても! それでも、、何度も何度も繰り返して……諦めなければいつかきっとまた笑える日が来る!! あたしはそう信じているの!!!!』
 
 そこまでの覚悟と責任を負ってまで守りたかった彼女の大事な約束とはなんだったのだろうか? 
 ただ、一つ言えること。あの瞬間、ソフィは自分が全てにおいて負けていたということ。
 実力では敵わないことは戦うなかですぐにわかった。が、それならせめて気持ちの上でだけでも負けないと思っていた。
 
 フィリアやヒナタを守りたい。この気持ちだけは誰にも負けない。誰よりも強いと思っていた。
 ……あの瞬間……ピスティの溢れ出す感情と想いに自ら負けを認めざるを得なかった。
 
 そして、ソフィはわからなくなってしまった……。自分の心の中にあったはずのものが見つからなくなった。
 これまで父親の叶わなかった夢を果たすために自警団に入団し、厳しい環境の中で生涯の師と呼べるフィリアと出会い、命尽きるまでフィリアのために生きようと……この人のためなら、すべてをかけてもいいと……そう思ってソフィは生きてきた。
 しかし、自分より強い想いを持つピスティを知り、今までの自分の覚悟ですらとても小さなものであると知った。
 
 その瞬間ソフィの中で築き上げてきたものが音を立てて崩れ、壊れていった。
 
 今のソフィは空っぽだった……。
 信念も、覚悟も、責任もなく。ふらふらとその場に生きているだけの生きた屍だった。
 今の自分はこれまで出会ってきた人たちの優しさや強さに支えられてどうにか生きてこれたのだと途方もない無力感だけが身体を支配している。
 
 あの頃よりソフィは格段に強くなっている。
 しかし、心だけは、気持ちは、昔よりも弱くなっているとソフィは感じていた。
 
 そんな自分が、目の前の少女の言う、すごい人間などということは決してあり得ない。
 だからこそ再びソフィは否定的な意見を口にしてしまう。

「君は、ボクにすごいと言ってくれた。その気持ちはありがとう……嬉しいよ。でも、今、出会ったのがボクじゃなくもっと星に詳しい……そう、先生みたいな人だったなら君は今以上に、もっと満足できたのかもしれないんだ」
 
 そう言って、ソフィは皮肉を込めて自分自身を笑う。
 もしかしたら、彼女も自分にここで出会ってしまった不幸なーー。 

「ワタシは、あなたに教えてもらえて満足、していますよ」 

 そう言って目の前の彼女はソフィに小さく笑いかけた。 

「でも……このくらい、ボクじゃなくても……」
「教えてもらった人があなたじゃなかったとしてワタシは今みたいに満足したのかどうか、それはわかりません。でも、今、ワタシはあなたにこうして会えたことに満足しています。それだけはわかります。それでは、ダメ、ですか?」
 
その言葉にソフィのわだかまりは壊されたような気がした。
  目の前の彼女にとって、自分が考えた他の誰かだったら、ではない……自分が教えた……その事実だけがすべて。
  偶然であったとしても、出会いが素直に嬉しいと思ってくれているという彼女の気持ちまでも否定する事など、ソフィには出来ない……。

  そんな彼女の柔らかい表情にいつの間にかソフィは心がぽかぽかと温まるような感情を抱き始めていた。


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