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EP 02 星の詠唱(アリア)03
「ありがとう……ここで君と会えてボク、とても嬉しいよ」
「……? はい! ワタシもあなたに会えてとても嬉しい、です!!」
自身の事をどこかで否定し続けていたソフィにとってそれは心から出た言葉であった。
少女への純粋な感謝の気持ち。
その気持ちがソフィを久しぶりに心から笑顔にさせてくれたのだった。
「……あっ、そうだ! そういえば名前!! 君の名前は?」
話をすることに夢中で、ソフィは少女の名前すら聞いていないことに今更ながら気づく。
普段の彼であれば、話を始める前にまず相手のことを聞いているはずだった。
今日はそれを忘れるほどにこの星の見える丘にいた少女との出会いがソフィを動揺させていたという事のだろう。
そもそも人が来ることのほとんどない場所。
天蓋があった場所からもそう遠くはないこの丘での偶然の出会いがもたらすものを今の二人はまだ知らないでいる。
「名前……ですか?」
ソフィからの問いに少女は小首を傾げた。
名前を聞くことはそんなにおかしなことだろうか? と彼は少し不安になってしまった。
「うっ……うん。そう名前! あっ、ボクは、ソフィ! 君は?」
人の名前を聞く前に、まず自分の名前を名乗る。彼が子供の頃から母親に教えられていた当たり前のことを今の今まで忘れていたことを思い出し、ソフィは少し慌てて自分の名前を少女に伝えた。
「名前……わからないです。ワタシは誰ですか?」
少女は少し困ったような表情を浮かべながら、ソフィにそう伝える。
ソフィは、その返答に少女以上に困った表情を浮かべることしかできなかった。
「えっ!? 名前がわからないの?」
「わからないです。ソフィ、教えてください」
「ええっ!?」
それは少女がふざけて言っているわけではない。
ソフィの性格上、彼をからかって名前を教えてもらうのをはぐらかされたり、偽名を教えられたりと意地悪されたことは何度かあるが、その人たちとは違い、少女のわからないですは本当にわからないことを聞かれたときのものだとソフィは確信していた。
「おっ、教えてくださいって……言われても、どっ、どうしよう……」
星について聞かれた時もソフィは相当困ってしまってはいたが、星に関しては少ないながらも多少の知識があった為、どうにか拙いながらも彼女の期待に応えることは出来た。
しかし、名前と言われたらそうはいかない。
そもそもソフィは目の前の少女とは知り合いでも何でもない。初対面だ。
ソフィがこの短時間で知った少女の事と言えば、星が好きで不思議な雰囲気を持っているということくらい。
少女に少女自身の名前を聞かれたとしても、自分は答えてあげることなど絶対に出来ないのである。
「その……何か、覚えてないかな? 例えば……誰かに普段なんて呼ばれていたとか……」
「呼ばれた……ですか?」
何かきっかけがあれば思い出せるかも知れない。ソフィはその僅かな可能性にかけた。
ソフィに言われ少女も何かを思い出そうと、頭を抱えうーんうーんと悩み始めた。
しばらくソフィもその少女を見守っていた。
どのくらい時間が経ったかどうかはわからないが、少女は変わらずうーんうーんと唸っていた。
ソフィもどうにかしてあげたいとは思ってはいるが、どうしてあげれば良いのかわからず再び悩み続けている少女に改めて声をかけた
「難しい……かな? ……じゃあ、君の好きなものは何?」
名前を思い出すことには直接的な関係はないが、苦しい表情をし続ける彼女をこれ以上見ていられず、別の話題を少女に与えた。
「好き……好きは星です」
さっきの苦しい表情から変わり、ぱぁーっと明るい表情を浮かべ少女の瞳もキラキラと輝きを取り戻した。
その表情を見てソフィも安堵した表情を浮かべた。
やはり彼女には苦しい顔よりも、楽しそうな表情をしている方が良いなとソフィは心から思った。
「そうだったね……星、星かぁ……」
「はいっ! 星です!!」
その表情を見て、ソフィは彼女の名前が何であっても良いと思えた。
名前は大事なことではあるが、自分の名を知らないのであれば今の彼女の嬉しそうな顔より大事なことではないと思えた。
しかし、とはいえ呼ぶ名前がない、というのも不便なことだ。
であるならば、彼女が本当の名前を思い出すまでに仮の名前を付けてあげるのはどうだろうとソフィは思った。
どうせなら、やはり彼女の好きな星にまつわる名前にしてあげようと彼は考えた。
「ごめんね。ボクは君の名前は知らないんだ」
「そう……ですか……」
目の前の表情がまた暗くなってしまう。しかしソフィは更に言葉を続けた。
「うん。だからね、君が本当の名前を思い出すまで、仮の名前をつけようと思うんだ」
「仮の……名前……ですか……?」
「うん。ダメ……かな? どう?」
少女は少しだけ考えた素振りを見せた後、小さく笑った。
「ソフィが考えてくれるなら、ワタシはそれで良いです」
「本当?」
「はい」
少女のその答えにソフィはとても嬉しくなった。
しかし、同時に重要なことを決めなければならないとソフィは思った。
目を閉じ、頭の中で必死にその候補を考えることにした。
「星……黄色……空……」
思いついた言葉をソフィは口に出していく。単純に星に関する言葉を名前にすることはできない。
ならば、自分が昔読んだことのある物語から星に関する名前はなかったかと思い出し始めた。
男性の名前ではなく、女性の名前……をと、ソフィは頭を悩ませた。
「げる……ぶ……」
ぽつりと口に出た言葉。確か、物語の主人公の幼馴染で気立ての良いパン屋の娘の名前をソフィは思い出した。
しかし、その言葉が自分に仮に付けられる名前かと思った目の前の少女の表情は少し曇り気味になった。
「ゲルブ……好きじゃないです。可愛くないです……」
可愛くない。それはシンプルな理由であった。物語の作者には悪いとは思うが女の子の名前としてはネーミングセンスが致命的にないとソフィは常々思っていた。
彼女から笑顔を奪うような名前は良くないとソフィは考え直した。
物語のゲルブという女の子は確かに素晴らしい女性ではあったが、どこか力強い女性であったこともソフィは思い出して、目の前の少女の印象とは異なるものだとソフィは感じて却下する。
「あぁ。ごめんね。じゃあね……星……星……スター……ステラ……」
それは、物語の主人公が恋焦がれる。目の前の彼女に似て朗らかな、不思議な雰囲気を持つ女の子の名前だった。
「ステラ……少し良いです」
「そう……」
「はい」
彼女も気に言っているようだし、仮の名前であるならステラでも良いだろうとソフィは思った。
しかし、自分で言ったもののソフィはあまりこの名前にもしっくりきていなかった。
と、いうのもこの少女の恋は叶うことなく、主人公の目の前で病によって死んでしまうからである。
物語としてはその本をソフィは気に入っているが、悲しい結末を迎えてしまうその少女の名前を目の前の少女につけることに複雑な想いを抱いていた。
とはいえ他の案がするすると浮かぶわけでもなかった。
「そう……じゃあ……ステラはどうーーか」
名前を決めてしまおうとしたその直前、ソフィの頭にとある記憶がよみがえってきた。
それは、子供のころの記憶。
目の前の少女のような女の子が出てくるお話……忘れかけていた物語。
そして、自分が初めて大好きになったお話だった。
母が読み聞かせてくれた古い絵本が唐突に記憶から蘇る。
初めてあったはずなのに、そんな気がしなかったその理由をソフィは思い出しかけていた。
不思議な雰囲気を持ち、誰よりも素敵な笑顔を浮かべる少女。
その本の挿絵が好きで何度も何度も読み返したはずなのに、今は家のどこにもない見つからない本。
これは自分だけが覚えている物語かもしれない。
その本の中に登場する主人公の女の子と、目の前の女の子がソフィの中でそっと重なって見えた。
つづく
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