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172 ルミニアのうた
視界に入ったその男の表情をウェルジアは知っていた。かつて自分もしたことがある顔。自らの不甲斐なさ、力の無さを呪うようなその表情。
後悔、苦悶、苦痛、絶望の入り混じった姿。
大切なものを助けられなかったあの日が脳裏をチラついてくる。剣から伝わる彼の人生が決して軽くはない。あの頃の自分と同じ感情だ。
「チッ」
九剣騎士に至った男の生き方になど興味はない、ないはずだった。それでも目の前の男がもうこの世にいない事だけはこれまでの情報の断片から分かる。
「お前は、ただ、弱かっただけだ。もっと力があれば、もっと強ければ」
僅かに男の手がピクリと痙攣したように動いたことをウェルジアは見逃さなかった。
まるで昔の自分に言葉を投げかけるようにウェルジアは剣をゼナワルドに向けた。
生きているうちにこの男に会ってみたかった。そんな想いすらもが胸の内に芽生えていた。
「おらあああ!!!!!」
リリアの歌の不思議な力に再び立ち上がったフェリシアの放つ攻撃をかわし続ける妖しい女は踊るように楽しそうにリリアの様子を見続けたまま笑い続ける。
「うふふふ、観客が舞台に上がるのはルール違反なのだけど、彼女の歌が生み出す力は物語の外をも巻き込むということかしら」
「っっ」
ミリーと対峙したまま歌い続けるリリアの瞳から涙が零れ続ける。
「どうして、どうして」
誰かにこれほどの怒りを覚えたのは初めてだった。九剣騎士ミリーの心に歌を通して触れる度にズキズキと痛みが走る。
「なんで、なんでこんな」
「リリアあぶねぇ!!」
ミリーの短剣での攻撃がリリアへと迫りフェリシアがリリアを守るように割り込んでくる。そのままフェリシアがミリーとの交戦を開始した。
「くっ、ミリー様は武闘派じゃなかったはずだろ!? それでもここまで強いのかよ」
情報だけならフェリシアは持っていた。だが、その情報と実力が噛み合わない。
決して慢心していた訳ではないが武闘派でない九剣騎士ならば既に自分の実力なら超えていると思っていたからだ。遠征に来てからというもの同世代のスカーレットに負け、こうして目の前の九剣騎士の力を目の当たりにして何度も自分の至らなさを知るばかりだった。
「……いや、そりゃ当たり前か。生半可な努力で九剣騎士なんかにゃ至れねぇもんだよな……」
ミリーの動き自体は決して早くはない、速度だけならばフェリシアのほうが遥かに速い。にも関わらず決定打が入らない。
それも全て独自の対処法でフェリシアもこのような戦法で相手をされるのは初めてで先手を打っているつもりがいつの間にか後手に回されている。
彼女の逸話は幾つか聞いたことがあった。九剣騎士へと推挙されたのは無血で反乱を鎮めた戦い。彼女は誰一人傷つけることなくその反乱を一人で鎮圧し九剣騎士となったのだ。
たった一人で、そんなバカなことがとフェリシアも思った過去があるが今ならそれが事実であったのだろうと信じられる。
それほどに彼女の立ち回りには隙が無い。それだけに彼女がこうしてここにいるという事実と彼女が既に死人であるという話に信じ切れない想いが膨れ上がる。
これが事実だとしたら今、国の九剣騎士は二人が欠けているということになるがその情報は学園には来ていない。嫌な胸騒ぎをフェリシアは覚え始めていた。
だが、このままではその事実確認すらできないまま闇の中へと葬り去られる可能性もある。それだけは絶対にするわけにはいかない。
「何て芸当だ、あーしの踏み込み位置を読んで先にそこに入り込んできやがる」
先ほどから無駄のない動きで相手の攻撃を最小化するように立ち回るミリーの動きに気付いていても対処方法が思い浮かばない。それもそのはずで相手はこちらの動きの初動を見てから動いている。
どうするのかが分かっているかのように、力を込めて攻撃に移るべく意識した軸となる踏み込み足を封じる位置に動いてくるのだ。
「やりにくいったらねぇ、とんでもねぇ練度だ」
体力の回復したフェリシアがミリーと交戦に入った直後、リリアの視線はすかさずあの女へと向いていた。
人をこんな気持ちで睨みつけた事が過去にたった一度あった事が脳裏をよぎる。あれは大好きな母の歌を侮辱した人間に向けた眼。
だが、今はその時以上の何かがリリアの中を支配している。流れ込む感情に翻弄されるようにただただ怒りが込み上げてくる。
誰かの気持ちを土足で踏みにじっている人がいるなんて信じたくなかった。
昂る感覚と共にリリアのお団子の髪留めがバツンと弾け飛び、ファサリとそのまとめ束ねていた長い髪が広がる。
「ふふ、いい眼ねぇ、ゾクゾクしちゃう」
「ふざけないで!! 早くこんなことはやめさせてあげて!!」
「なら、止めればいいじゃない。貴女の歌で」
ニタリと心底楽しそうな女の表情に怒りが沸々と込み上げる。
「こんなにも待ち望む私に貴女の力を浴びせて頂戴よ! 先ほど私の頬を切り裂いたようにねぇ!」
リリアは眉間に皺を寄せて相手を睨むと視線を切って、ウェルジアとフェリシアが戦っている方へと向き直る。
「あらぁ? なぜ私から背を向けるのかしら?」
リリアはゼナワルドとミリーに向けて大きく息を吸い込んで歌い始めた。
『アネル リア、ヴィラン ソレア ヴェラン
ミラエ ヴィ、ロレア ミリン サル ヴォラ
ミラ ロリン、リアエ シラン ソリン
ヴィラエ ナリン、ソラエン ヴィラ ノレイン』
歌が洞窟へ響き渡るとゼナワルドとミリーの瞳からじわりと零れるものがあった。それを見た女は眼を大きく見開いた。
「素晴らしいわねぇ。これほどとは、まさか死人の感情にも届く歌だなんて、感動のステージねぇ」
歌を通してリリアの脳裏には二人の重ねた日々が断片的に流れ込んでくるかのようだった。その日々はとても暖かく、お互いがお互いを想う心に満ち溢れていた。どうしてそのような事が起きているのかは分からない。こんなことは初めての事でリリアもただ今は想いのままに歌う事しか出来ない。
対して女の肌はそのリリアの歌でどんどん焼け爛れるように崩れていく。
『リラエ ヴォラ、ヴィラン ノラエ セラ
ネラエ フィラ、ソリン ニ ソリン
ヴィラン タリル、ソラ ニラ ロヴィン
エララ ヴェラ、ミラン ソラ ナリン』
目の前の二人の為に捧げる歌。神話の中にある愛の物語を元に作られた歌だった。
国同士が敵対し、二度と会えなくなった騎士とお姫様が織り成した物語。最後に会った時に約束した。
『命の終わりが来たら二人で天国で一緒になろう、と』
そんな悲恋の物語。
その必死の歌にゼナワルドとミリーが聞き入るように遂に動きを止めた。
「まさか、この私の下した傀儡への命令をすらも制止できるなんて、ああ、はぁ」
焼け爛れていく肌をなぞり、その痛みすらも快感であるかのように恍惚な表情のまま歌を味わう女が呟く。
「まさかとは思うけど、この子が歌っているのはルミニア語? へぇ、失われたはずの言語を用いていることも何か関係しているのかしらねぇ」
なおも歌い続けるリリアの表情が曇りはじめる。二人の心へと触れ過ぎたのかよろよろとふらつき始めていた。
『ナラエ ヴィリン、モラエ リナ ナレン
ヴィラエ ナエル、ティラ リアエ ザレン
セラエ ソラ、ヴィラエ ソリン ネリア
シラ ナエラ、ヴィラエ ソラ エリン』
それでもリリアは二人を視界に収めたまま頭に浮かぶ言葉のままに歌い通ける。動かなくなった二人の様子が少しずつ変わっていく。
『ヴィラエ サリン、ソラ リラ ミラン
ノラ ソラ、ヴィラン ネラ セラン
リラエ モラ、ヴィラ ネリア ナリン
ミラエ ソラ、ヴィラエ リナ セラン』
更に歌い続ける中で大きな変化が起き始める。二人の瞳へと光が小さく灯る。
「ゼナ、ワルド?」
「ミ、リー」
「!!??」
九剣騎士二人が声を発して会話をしたその瞬間に女の表情は激変した。
「まって、待ちなさい!! 何その力は、さすがにそんな力は知らない、聞いたことない!? 二人はあの時、死んだ。もう死んだはずなのよ。なのにどうして話しているのよ」
呪いのように死に縛られていた二人がそれぞれの生の意思で動いているようだった。そのことに女は取り乱し始める。
「さっきから私達に声を届け続けてくれてたのは、あなたよね?」
「君は、一体、俺達は」
二人へとにっこりと笑いかけたリリアの身体は次の瞬間に傾いた。
「リリア!!」
叫ぶフェリシアよりも早く飛び出す影。
「チッ」
ウェルジアは咄嗟に倒れるリリアを抱きとめた。その小さな身体で彼女が何をしたのかは分からない。
ただ、分かる事は何かしらの奇跡を自分たちは目の当たりにしているのだ。
彼女は女の与えた絶望の物語を否定した。
その様子を見つめる九剣騎士だった二人もまるで自分達に起きた事を全て自覚しているように、認識しているように、お互い見つめ合った。
「ミリー、俺は」
「うん」
「……お前の事を、愛している。ずっと、昔から」
「知ってる。いつ言ってくれるか、待ってたんだから。私も、愛してるよ。ゼナワルド」
涙の零れるミリーの瞳、それを優しく見つめるゼナワルド。
彼らは胸元で指を絡ませるように手を繋ぐとリリアを見つめたままお互いに頷いて結んだ手を離した。
そして、自らの胸へとそれぞれの武器を突き立てた。
「ああ」
涙でぐしゃぐしゃになったリリアが手を伸ばすも二人はそのまま抱き合うように崩れ落ちる。
「お願い」
「頼む」
二人のその懇願にリリアは最後の力を振り絞って二人へと歌の終わりを捧げた。
『ナラエ ヴィリン、モラエ リナ ナレン
ヴィラエ ナエル、ティラ リアエ ザレン
セラエ ソラ、ヴィラエ ソリン ネリア
シラ ナエラ、ヴィラエ ソラ エリン』
二人の身体が光に溶けるようにして粒子のようにキラキラと洞窟内を明るく照らしてゆく。二人は肩を寄せ合いそのまま座り込んで最後にもう一度指を絡めてお互いの手を繋いだ。
あの時、届かなかったその手を。今度は決して離さないように。
その様子を女が先ほどとは違って絶望の表情で見つめたまま硬直していた。
「こんな結末は認められない。認められないわ。この二人の絶望の物語は私だけが永遠に語り継いでいくはずだったのよ。なんてことをしてくれたの。私の大事な、大事なコレクションが……ああ、あああああああああ」
ウェルジア達には見向きもせず頭を抱えて髪を振り乱しながらズブズブと明るい部屋とは対照的な暗い影の中へと叫びながら飲み込まれるように消えていったのだった。
「「ありがとう」」
最後に二人は小さくリリアに感謝を告げると光の中へとスゥーっと溶けるようにして一緒に消えていった。
どうしてリリアは彼らの思い出を感じ取れたのか、何もかもが分からないまま。二人の様子を見守り終えると大粒の涙で泣き腫らした瞳のままウェルジアの胸に抱かれ、リリアは眠りへとつき寝息を立てるのだった。
つづく
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