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EP07 表と裏の対舞曲(コントルダンス)05

「結論から言うわ……目の前のコニス……彼女は人じゃない」

 その謎の女の発言に、その場にいるすべての人間にどよめきが起きる。

「何を言っているんですか!? コニスは、どこからどう見てもかわいいおんーー」
「ソフィ、この人の言っていることは間違っていません」
「えっ……コニーー」
「すべて……思い出しましたので」

 コニスのその発言にソフィは言葉を失う。
 同時にヒナタ以外の二人も言い返すこともなくただ黙っていた。
 そんな二人にヒナタは思わず疑問をぶつける。

「フィリア、それにヤチヨもどうして何も言わないの? そんなことあるわけないってーー」
「……ヒナタ、少し前までの僕だったなら……きっと僕も君のように今の彼女の発言を否定していたと思う……ただ……」

 ヤチヨは両腕で自分の身体を抱きかかえるようにギュッと力を込める。
 そして、絞り出すように言葉を吐き出す。しかし、その声は微かに震えていた。

「さっき二人って……もう一人は……ッ、そんなはずない! サロスとは小さい頃から出会って、昔からずっとずっとーー」

『ちょっと動くなよ、ヤチヨ』
『えっ!?』
『うし! これで良し』
『えっ、これ、サロス……』
『んな薄着じゃ風邪……ひくだろ……やる』
『うん。ありがと』
『くしゅん』
『もー……サロスこそそんな薄着じゃ風邪ひくよ』
『おっ、俺はだいじょうーーはっくしゅん!!』
『もー……バカだなぁ……』

 そんな些細な出来事は何度もあった。
 優しくないのに優しいそんなサロスをたくさん見てきた。
 だからこそヤチヨの目には大粒の涙が溢れる。

「バカで、ガサツで……でも優しい……そんなサロスという人をあたしは知ってる!」
「……けど、言わずとも心当たりがある目をしているよ。それを否定したいがために自分の知る思い出を強い言葉にして出した。違うかい? 紛れもなくサロス……彼は人じゃない」

 どこか威圧するような謎の女の雰囲気に、ヤチヨは思わず怯んでしまった。

 サロスは人ではない……その発言に対してフィリアには納得せざるを得ない理由があった。
 あの不思議な力を使った時に起きた自分とサロスの圧倒的な違い。

 氷の力を連続で使い続けると動けなくなるほどの疲労が自分にはあったのにサロスは何事もなかったように力を使い続けていたこと。

 体力の問題であるというなら、自分とサロスにそこまでの差があるとは思えない。
 現に通常の疲労感は同じ……なんならフィリア自身の方が少なかったとさえ思っている。

 だが、あの不思議な力の行使だけで考えるなら圧倒的な差が自分とサロスの間にはある。

 力を使える範囲に関しても使用時間に関しても、フィリアはサロスには敵わない【壁】のようなものを感じていたのだ。

『フィリア』
『えっ!?』
『お前、そこ怪我してんじゃねぇか……』
『あぁ……この程度かすりきーー』
『かすり傷かも知れないけど、そのまま放っておけば大変なことになるかも知れないんだぞってな』
『それはーー』
『そう。お前がいつも俺に言ってる事じゃねぇか。まっ、大方ヒナタの受け売りなんだろうけどよ。俺だけじゃねぇよ、お前だって自分のこととなるとすーぐないがしろにしちまうじゃねぇか。自分を大切に、はお前だって一緒だろ?』
『そうだね。ありがとう……サロス』
『おう』

 だとしても、記憶が思い出がそれを否定する。
 時にぶつかることはあっても、絆を深めてきたのだ。

 お互いを知り、そして高め、時に支え合ってきた。
 そんな自分の信じてきたサロスこそが真実だと、彼は間違いなく人であると、自分の親友であると思い込みたい衝動に駆られてしまう。

 涙を拭い。ヤチヨがみんなの方を向く。
 
 先ほどは思わず声を荒げてしまったが、ヤチヨには謎の女性の言うサロスが人間ではないという事柄へのフィリアとは違った理由で思いあたることが胸に引っ掛かっていた。
 
 見過ごせないけれど、目を向けずにはいられないあの情報。
 小さく呼吸を整え、それを皆にも伝えるように呟くような小さな声で話し始める。

「あのね……サロスから、聞いたことがあるの……サロスとアカネさんは本当の親子じゃないって……」
「えっ……!?」
「子供のころに僕もそんなことを聞いた気がする……でも、それはーー」
「あたしも……あたしだって、サロスとアカネさんは本当の親子だと思ってる……でもね、アカネさんから聞いたの……サロスは自分の子供じゃなくて拾った子だって……だから」
「えっ……拾ったって……」
「そこに関しては、ボクが……いや、ぼくが話そう」

 そう言って、ゆっくりとそのまますーっと音もなく移動し、ヤチヨたちへと謎の女が近づいてくる。

「自己紹介がまだ、だったね。ぼくは……あー……いいか。この世界ではイアードって名乗っていた」

 聞いたことのない名前。
 ただ名前を知る事で見えてくるものも確かにある。
 彼女はきっと悪い存在じゃないと誰もが思った。

「この世界……では?」

 当然の疑問をソフィがぶつける。

「ぼくたちにとって、名前というものは君たちの考えるものよりも意味をもたない。同じ存在をただ識別するための番号、記号のようなものだ……」
「ちがうよ!!」
 
 今まで黙っていたヤチヨがイアードと名乗った女性の発言を強く否定する。
 先ほどまでどこか気圧されていた彼女とは別人のような目をしていた。
 その表情を見て、イアードは少し表情を緩める。

「名前はね……大好きな人が初めて自分にくれる大切な贈り物なんだよ」
「そうだね……ヤチヨ、君たちにとってはそうかも知れないが、ぼくたちにとってはーー」
「あなたも! イアードという名前を呼ばれて、嬉しかったことはない?」
「……嬉しい……か」

 イアードの脳裏に、消し去った思い出が点々と昨日のことのようによみがえっていく。
 アカネとナール達と……過ごした日々。
 それは長い時間を過ごしてきた彼女にとっては何でもない光景……だった。

 そう、思っていたはずだった……【ベレスとしての役割】だけをただ果たす中で描かれたほんの一ページ……。
 人ではない自分のやるべきこと……。
 あの頃のアカネやナール達と過ごすことは彼女にとっては少しの息抜きの時間、のつもりだった。

 その息抜き程度の短い時間がこんなにも特別なものになるなんて、思いもしなかった。
 今やそんな自分はベレスですらない。
 その役割を失った自分だからこそこうして動ける、そう思ったからここにきた。

 では……? 何故……? 役割を終えたのであればそのまま存在として消えてなくなればよかっただけなのに。

 サロスがいなくなったこの現状を見て行動を起こしている自分に自身でも驚いている。

 何故、まだ存在していてこのような姿をさらしているのか……これは未練の一つの形なのかもしれない。
 置き忘れている何かを、見つけ出したいのだ。
 それは人が持つものと同じ、それこそが感情なのかもしれないと自嘲気味にイアードは笑う。

「実に人らしい感情ではあるが……ある。君の言うようにぼくにも、それこそ夢のような……君たちの世界の古のことばでは泡沫の夢と言うらしいが……でも正にその言葉のように綺麗で儚い……その短い瞬間が嬉しいと感じることはあったよ。ヤチヨ」

 何もないはずの胸の辺りにイアードは手をあてる。その場所がほのかに暖かいような気がした。

「……ふふ、未だにぼく自身【心】を感じるとは信じられない気持ちではあるが、これも、また嬉しい、ということなのだろうね。そうか……ぼくですらほのかに【心】を感じるのだからサロスとコニスが【心】を持つこと……それも必然だね。そう、思いたいとぼくが願っていた事ではある」
「こころ……ですか……?」
「そうだよ。コニス、こころだ。君とそしてサロス……君たちは元々はエルムだったんだからね」

 その発言に再びざわついた空気が走る。

「コニスがエルム……って……!! そんなはずありません!! あなたの言うことはーー」
「ソフィ……落ち着くんだ……」
「フィリア……さん?」
「……僕だって、目の前の彼女の発言を否定したい気持ちは一緒だ。今まで一緒に過ごしてきた親友を今、道具だと言われているようなものだから……」

 フィリアのこぶしは静かにプルプルと震えていた。それは必死で怒りを抑えているように見えた。

「君たち【人】の気持ちは今はすべて無視をする形で話を続けさせてもらう。そもそも本当のエルムとは何なのか……君たちは知らないだろう……?」
「本当のエルム……?」
「そうだ。エルム……君たちの認識では主に道具のことを指しているようだが……それは違う、エルムとは、願いの結果だ……」
「願いの結果……?」
「人は望み、求める存在だ……それが悪いとも良いともぼくは思わない……コニス、君のいた世界とこの世界は元々はひとつだった……そう……かつて世界は一つしかなかったんだ」

 その言葉に誰も何も言う事ができなかった。
 世界が一つだったそんな壮大な話が理由ではない。

 今まで一緒に過ごしてきたサロスが人間ではないという事にだ。
 それを完全に否定出来ずにこの場に立ち尽くしている自分たちが腹立たしかった。

 そんな事はありえないと口に出して理由づけて言えない事に歯噛みする。

 ヤチヨはアカネの言っていた言葉によって、ヒナタは医学的観点から、そしてフィリアは一緒に戦った時の違和感から。

 そしてヒナタも一つの出来事を思い出していた。

『ヒナタ……ありがとな』
『えっ? 何が……?』
『ヤチヨとずっと一緒にいてくれて』
『当たり前でしょ。ヤチヨは私の親友なんだから』
『そうか……ならさ、これからもずっとずっとヤチヨのそばにいてやってくれよ』
『当たり前じゃない。どうしたの……あなた、何か変よ?』
『あぁ。かもな。でもよ。ヒナタ、お前には言っておきたかったんだ。ありがとう、ってな』

 あの時は特に気にもしなかった。
 しかし、あの時から既にサロスは自分がこうなることを予見していたのではないかと今なら考えられる。
 理由はない。でも、サロスは昔からこういった危機感知能力のような勘が鋭かったのをヒナタは知っている。

 またヤチヨのそばを離れるかもしれないからわざわざ自分にそんなことを言ったのではないかとヒナタは今になって思えてきてならない。

 自分たちの知らない、サロスすらも知り得ない可能性のある空白の時間。
 その時間がある限り、彼を人だと存在する証明の手立てはない。
 どこで生まれたのか、サロス自身も知らないのだから。

 ソフィだって、コニスが人間ではないことに対して否定したかった。
 しかし当の本人であるコニスもそれを肯定している。
 で、あるならば自分はどうすれば良いのかわからない。

「……だから、なに……?」

 静寂の時間の中でぽつりとヤチヨが呟く。

「サロスはサロスでしょ? 人だとかエルムだとか……そんなこと……サロスは、あたしの……あたしが好きなサロスはサロスしかいないもん!!」

 感情をただ爆発させただけの言葉。
 しかし、その言葉と涙を見てイアードは確信した。
 
 自分がこの場所に現れて良かった、と。

「……少し長くなるけど聞いて欲しい。いや、君たちは知らなければならない。大いなる存在とこの世界の秘密についてーー」

「っくそ……」
「どうした? 太陽の申し子……これデ終わりカ……」

 サロスの猛攻に対して、ゼロは涼しい顔をしていた。
 額に汗をかき、焦った表情をサロスが見せる。

 脱ぎ捨てられた外套には点々と血の跡がついていた。
 体も既にボロボロであり、戦い始めてから長い時間が経っていた。

 サロスの放つ炎の揺らめきも不安定なものであり、剣のように一部を変化させた腕もだいぶ傷ついていた。

 そんな二人の戦いをシュバルツは少し離れた場所で見ていた。

「なんで……なんで……攻撃がきかねぇんだ……」
「その答えヲ教えてやろう……それハお前が長きに渡り【心】を持ち、エルムでも人でもない……空っぽな存在になりつつあるからダ……」
「はっ? 俺が……人じゃない、エルムで……? え、は? 何言ってーー」

 一瞬の隙ではあったがそれでゼロにとっては充分である。
 サロスの腹部に拳をめりこます。サロスを覆い守っていた炎が消える。

「うごっ……」
「呆気ないナ……お前ガ人のような【心】を持たずに太陽の申し子のままであったナラもう少し楽しめたのだろうナ……」
「何……言って……」
「お前ノその焔は……貴様ハ新しく手に入れた力だと思っているのだろうガ……違う……それはお前ガ本来生み出された瞬間から持っていたモノだ……」
「なん……だと……」
「太陽と月……この世界ガ二つに別れた時ニ生まれた大いなる意思ガそれぞれの世界ニ作り出した存在。太陽の申し子……そして月の申し子……限りなく純粋なエルム……その二つをな……」

 サロスの腹部へとめりこませた拳からゆっくりと心喰を侵入させていく。
 心喰は抵抗されることもなく、するするとサロスの中へと入っていく。
 それは、サロスの心に隙が生まれている何よりの証拠であった。

「俺は……人間……じゃない……」
「そんな事実ハどうでも良いことダ……お前ハ……鍵の一つダ……天蓋を、秤を手に入れるためノ……そう、鍵だったはずだ……何故、そんなお前ガ、そして片割れのコニスが【心】を持っている……?」
「ここ……ろ……?」
「お前たちハ……俺……オレと同じはずダ……ならば何故【心】を持っている……?」

 心喰がサロスの中心へと入り込もうと、ぐんぐんと周りを喰い破りながら進んでいく。
 その痛みにサロスの意識は飛びかけていた。

「……みんな……悪い……ごめん、お……れ」

 その言葉を最後にサロスの意識は完全に途切れる、
 同時に、ゼロの心喰がサロスの【心】の奥底へと到達する。
 鋭い牙のようなものを覗かせ、その内部へと噛みつこうとしたその瞬間。

 心喰はその体を焔によって焼かれる。
 ゼロの額からつぅーっとその血が流れ滴る。
 そして、その様子を見てゼロの顔には怪しげな笑みが浮かぶ。

「そうだ……それで良い……それガ本来ノ姿というわけだナ……」
「……やれやれ……この小僧の中ニ入り込んでくるとはな……まずハ褒めてやる……この儂ヲ表へと引き釣り出したことに対しては……ナ……」

 すっとサロスが顔を上げるその表情は、サロスのものではなかった。
 見た目やその姿はサロスそのものではあるのだが、中身が違う……。
 その表情にさきほどまでの少年らしさや明るさはない。

 あるのは、ただ冷酷に目の前の敵に対して敵意を向けるその感情だけであった。

「出て来たナ……焔龍(えんりゅう)……」
「儂のことヲ知っているとは……小僧……何者だ……?」
「何者……カ……何者でもないサ……今は、まだ、ナ!!!」

 両腕を刃物に変え、そのままサロスであった存在へと切りかかる。
 焔龍と呼ばれた存在は、その身に炎を吹き上がらせそのまま盾のようなものを作り出すとその刃を受け止める。

 しかし、その受け止めた盾にピシリと亀裂が入る。
 焔龍はその様子に少しだけ驚いた表情を浮かべた。

「なんだ……その力は……ただノ結晶化ではないナ……」
「結晶化か……その認識デいてくれるのなら案外早く喰えるかも、ナ……」

 ゼロが刃物からハンマーのような鈍器へとその姿を変え、そのまま炎の盾を破壊する。

「姿ヲ変えるエルム……だと……!?」
「休む暇など与えないゾ!!」

 瞬時にその両腕を鈍器から銃器へと変える。
 そのまま焔龍に向けて高速で弾を射出しつづける。

 隙間のない弾幕に対して焔龍は、全身から炎を起こし全身を包むように向かってくる弾を燃やし尽くす。
 しかし、炎の壁が消えたその瞬間。

 目の前にはゼロの姿があった。
 ゼロは両腕を大剣のような巨大な剣に変え、そのまま振り下ろす。
 焔龍もいつものように腕の一部を剣に変え受け止めようとするが呆気なくその刃は叩き折られた。

「!?」
「案外大したことハなさそうだナ……最凶ノ焔龍という存在モ……」
「……戯ケガ……」

 折られた剣先から業炎が吹き出し、ゼロの全身を包み込む。

「ぜ、ゼロ!!」

 傍観することしかしていなかったシュバルツが思わず声をあげた。
 噴き上げられた業炎は、いつまでもいつまでも消えることなくゼロのその身を焼き続ける。

「……何者でもないものヨ……中々楽しい余興だったゾ……」
「……あぁ……終わらせるのハ残念ダ……」

 その瞬間、業火からゼロが飛び出し巨大な鋏のようなものでサロスのその首を撥ねた。
 がそれは炎で形作られた人型で火の粉が宙へと巻き上がる。

「フ、後ろカァ……!!」

 ゼロが背後を向いた瞬間に襲い来る業炎をひらりと避ける。
 焔龍を包んでいた炎が一点に集中しその背後で燃え上がり、火柱を作り上げている。

「あれを避けるか。少しハ本気を出さねばならないようだナ……」

 その火柱がサロスの体を包み込むと巨大化し赤い巨人の姿になった後、更に巨大な炎の龍の姿へと変貌する。

「姿ヲ変えようが結果は同じダ……お前では、オレには勝てない」

 
 その圧倒的な姿を見たとしても、ゼロは臆することなく笑みを浮かべる。
 
 それはまるでこの先の自分の勝利を確信しているかのようだった。


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