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Fifth memory (Philia) 04

「ごちそうさま……」
「あら? おかわりは、いいの?」

 心配そうな表情を浮かべていた母さんには申し訳ないが、その日の夕飯は不思議な胸の高鳴りのせいで、食事が喉を通りにくかった。

「……なんだ、フィリア? 好きなやつでもできたか?」

 ニヤニヤしながら兄さんはちょっかいをかけてきた。

 僕はその兄さんの言葉で、飲んでいた牛乳を思わず吹き出しそうになって咳き込む

「っっ、ゲホゲホ。ちょっ、にっ、兄さんいきなり、何、言うのさ!!」
「……え、まっ、マジかよ……」
「あら、あららら? フィリア。好きな子、出来たの? 母さんにも教えてよ!」
「……ごっ、ごちそうさま!!」

 僕は、二人の追求から逃げるように食卓を後にし、部屋へと戻った。

 部屋に戻ってしばらくしてから短いノックが二回される。

「フィリア、いるか?」

 続いて、兄さんの声が聞こえ、僕はゆっくりと部屋の扉を開けた。

「……兄さん、何の用?」
「そんな怖い顔するなよ、冗談だったんだからさ。ほんとにそうだと思わなった、ごめんな」

 兄さんはそう言って、お詫びのしるしのクッキーとオレンジジュースを持って、僕の部屋へやってきた。

「……ご飯、食べた後なのに、お菓子食べたら母さんに叱られるよ……」
「大丈夫さ。母さんなら今、父さんと話してて気づきやしないさ」
「え!!! 父さん、帰ってきてるの!!」

 嬉しくなって部屋を出ようとしたけど、兄さんに首根っこを捕まれた。

「……邪魔しちゃダメだ。今、母さんと父さん久々にお酒飲みながら楽しそうに話してる所なんだから」
「……兄さんは良いの? 参加しなくて?」
「お酒の匂いは好きじゃないし……それに、守人【もりびと】の話ならまた今度ゆっくり聞けばいい」

 守人……それは、僕の家系が代々語り継いでいる仕事で、昔は自警団なんて大きな組織ではなく、僕の家族……守人の家系だけで天蓋を守っていた。

 その昔、天蓋に悪ふざけで入った、集団が全員行方不明になった。

 天蓋は、それ自体は大きくはあるけれど、構造はそれほど複雑ではないはずなのに、遺体すら誰一人として見つかることはなかった。

 そして、その事件をきっかけに、しばらく天蓋の近くでは行方不明者が多発し、事態を深刻に考えた僕らのご先祖様の一人が代々守ってきた【エルム】の一部を持って一人、天蓋の奥深くへと入っていった。

 そのご先祖さまはそれ以来、天蓋からは出てこず、消息不明になってしまったが、天蓋周辺の行方不明事件は終わりを告げた。

 それからあの場所を守るようになったらしいと本に書いてあった。

「……兄さん?」
「……いつまでも、ガキ扱いして……俺は、もう少しで大人なんだぞ……」
「兄さん……」
「んっ? あー、悪い悪い、ここに来たのは、そんなつまらない話をするためじゃなくてだなーー」
「?」
「で、誰なんだ?」
「だから、違うってば!!」
「隠すな隠すな!! そっかー、フィリアもついにそういう日が来たかー! それでどんな子だ?」
「もー! だからーー!!」

「待て、そんなに言いたくないなら相手については言わなくて良い。だけどな、フィリア……」

 そう言って兄さんは柔らかく僕に笑いかけた。

「その子のことが本気で好きなら、何が一番その子にとって幸せか、常に考えてやるんだぞ!」

 兄さんに言われたその言葉は、今でも僕の胸に残っている。

 さっきまでふざけていた兄さんが一瞬だけ、真剣に、でも優しい表情で、僕に言ったその言葉は、あの日、ヤチヨを諦めるきっかけになった言葉だったのかも知れない。

 僕は、僕が出したその答えに後悔はない、

 僕は、ヤチヨのことが好きだ。

 だから、ヤチヨにとって、一番幸せな答えを選んだ。

 けど、悔しくないといえば嘘になるのかも知れない。

「フィリア? どうしたの? 今日、元気ないよ? 大丈夫?」
「うん! 大丈夫だよ!!」

 僕は、その日から兄さんの言葉の意味をずっと考えていた。

……ヤチヨの幸せがなんなのかを……。

「なんだよフィリア? 変なものでも食ったのか?」
「もー! サロスじゃないんだから!!」
「どっ、どういうことだよ!! ヤチヨ!!」
「大丈夫だよサロス。心配してくれてありがとね」
「そっか! じゃあ、今日は……何で、勝負する? フィリア」

 その日のサロスはどこかおかしかった。

 なんと言えば良いのかはわからないけど……いつもみたいに勝負する明確な理由もなく、ただ僕と勝負がしたい、そんな様子だった。

 ただ、その理由も、実際に聞いてみれば、実に単純なものだった。

 昨日、孤児院で新しい遊びを教えてもらったサロスはそれで一刻も早く遊びたかった、と、そういう理由だった。

 だったら初めから素直にそう、言えば良かったのに……。

 まぁ、そんな、素直じゃないところがサロスらしいとは思った。

 その日、サロスに教えてもらった【サニーゲーム】をして、僕たちは一日中遊んだ。

 ……そう、その時間だけは、純粋に、楽しい時間だったんだ……。

「またね! フィリア~」
「明日もサニーゲームで勝負だからな!! フィリア!!」
「うんっ! バイバイ!! サロス! ヤチヨ!!」

 僕は、力一杯手を振り、二人に別れを告げ、家路へと急いだ。

 今日あったサニーゲームが楽しかったことを早く、母さんに言いたくてーー。



続く

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