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EP 06 真実への協奏曲(コンチェルト)03

 盗賊のような者達の襲撃を受け自分たちの身に起きた不思議な力の発露に対してまだ受け止め切れない二人はそれでも情報を得るために歩みを進める。

 その道中では何も起きることはなかった。
 目に入る景色はこれまでとは別物で自分たちが一体どこにいるのか現段階では検討も付かない。
 
 しばらくの後、二人は小さな集落のような場所へとたどり着く。
 ポツリと幾つかの建造物が立っているがその建築方法などは想像できないものばかりだった。

「村……?」
「のようだね……入ってみよう。サロス」
「あっ、あぁ」

 二人は迷わず目の前の村に入ることにした。休むこともなく歩き続けてきた二人の体力が限界に近かったのも大きな理由であろう。

「どこかに泊まれる……いや、腰を下ろして休める場所があれば……良いんだけど……」

 村に入ってからというもの見たことのない文字と、そこに住んでいる住人たちは二人を見るなり逃げるように距離を取っていく。

 誰にも声を掛けられないでいると突然サロスの方へと誰かが駆けてくる。

「わっわわ! 避けて! 避けてー!!!」

 そのまま突進するように真っ直ぐ駆けてきた少女はそのままサロスにぶつかりそうになるが、避けずに受け止める。

「おいおい、そんなに急いだらあぶねぇーー」
「はい……ごめんなさい。お兄さん……」
「えっ!? そんな……お前……ヤチヨ!? なんでこんなとこ、いや違うな」

 駆けてきた人物。それは、サロスたちの良く知る少女の姿にそっくりの容姿をしていた。だが、雰囲気が違う。
 本物のヤチヨよりも幼く、肌が日焼けしているなど本人ではないというのはよく見れば明確に分かる。

 とはいえ、一目見るだけでは勘違いしてしまうのも無理はない。

「ヨーヤ。大丈夫?」

 少し離れたところから、もう一人の少女が駆けてくるのが見える。

「えっ!? そんな……ヒナタ!!」

 今度はフィリアが駆けてきた人物の姿を見て、思わず大きな声を上げる。
 その声を聞き、少女はびくんと体を強張らせてフィリアを睨みつけた。

「あっ、あの……」
「アーフィ!? また来たのね。ヨーヤから離れて!!」

 ヒナタによく似た少女は、聞き慣れぬ名を呼んだかと思えば、二人を睨み、凄んだ声を上げる。
 どうも二人がヤチヨによく似たこの少女に危害を加えようとしているのではないかと考え威嚇しているようだった。

「ヒナーー」
「違うの!! ターナ。この人はアーフィじゃない。私がただ不注意にぶつかってしまっただけなの」
「えっ!? ターナ?」

 ヨーヤと呼ばれた少女がターナという名であろう少女へ事情を説明すると自分が勘違いしていたことに気づき、ターナは二人に対し頭を下げ謝罪した。

「ごめんなさい……あたし、はやとちりして……」
「いや……誤解が解けたならいいんだ。えーっと……」
「あたしは、ターナ。こっちの子はヨーヤよ」

 そう言ってヒナタによく似たターナという女の子は、はきはきと自分たちのことをサロスたちへと話してくれた。

「なんか……調子狂うな……ヒナタとヤチヨの立場が違うってのは……」
「ヤチヨ……? ヒナタ……?」
「あぁ。すまない。ターナさん。君たち二人が、僕達の良く知る人達にとてもよく似ていてね……でも、その二人の関係性と全然違うから、サロス……彼は混乱しているだけなんだ」
「そう……なのね」

 ターナは、サロスに対してどこか不審なものを見るような視線を向ける。

「……それを言うなら……あなたも」

 ターナが突然、フィリアの方を指さす。

「えっ!? 僕?」
「あなたも……アーフィによく似ているわ」
「アー……フィ? さっき言っていた名前だね」
「そう。あたしたちの街に来ては、暴れて帰っていく迷惑なやつらの頭の名前よ」
「そんなやつらがいるのか。いや……なるほど」

 フィリアは、ターナーの話を聞いて納得できる部分が多々あった。
 こちらへ来ていきなり襲われたこと。そのような連中がいるのであれば、見慣れない自分たちが無防備に歩いていればカモにされるのは至極当然のように思えた。

 腑に落ちた事はもう一つ、この村に入った時、フィリアが感じたこと。
 自分たちを見て逃げていく人々。それは何かに怯えているような視線や空気をまとっていた。

 突然入ってきた見知らぬ自分たちに対して向かってくることはなかったにしろ、敵意の目を向けてくる視線は少なくなかった。

 ターナの言う、アーフィという人物が自分に似ているのであれば村人たちはまたアーフィが来たと思ったのだろう。
 村の人々が敵意の目をフィリアに向けていた事も頷ける理由としては充分なものだった。

「ねぇ……あなた……?」
「んぁ?」
「あなたは、アーフィの仲間……なの?」
「??」

 ヤチヨによく似た少女ヨーヤがサロスを見つめつつフィリアの方を指さす。

「あー……アーフィってやつは知らねぇけど、フィリアなら俺の友達だ」

 そう言うとヨーヤは急にサロスに対して敵意を現す目を向ける。

「タ……ターナは、私が守る!!」
「おいおい。俺達は別にーー」
「私には!! ……私にはターナしかいないから……」

 怯えながらも強い意思を秘めた目にサロスはゆっくりと近づきそのヨーヤの頭に優しく手を乗っける。ビクリと目を強く瞑ったヨーヤの身体が震えている。

 サロスの行動があまりにも予想外過ぎたのか、ヨーヤはゆっくりと瞼を開けてサロスの方を見つめながら目を丸くして驚いた表情を浮かべた。

「そうか……お前にとって、あの子は大事な存在なんだな」
「うっ……うん」

 サロスの問いに、ヨーヤは小さく頷く。

「うっし。わかった。フィリア!!」

 サロスのその声に全てを察したようにフィリアがただ頷く。

「ターナ……そのアーフィという人物はどこにいるんだい?」
「えっ?」
「僕達が、そのアーフィってやつをこらしめてくるよ……」
「そんな無茶よ!! アーフィはすごく強いのよ!! 村の大人たちもみんなーー」
「大丈夫。僕達はすごく強いから、その代わり終わったら少し聞きたいことがあるんだ」

 フィリアが、そっとターナの肩に手を置いた。
 強がってはいるが彼女もまたアーフィと呼ぶ存在のことを話すときに酷く怯えているようだった。

 ヒナタとヤチヨによく似たこの二人を放っておくことなどできるはずがなかった。
 フィリアは自分に似た誰かがヒナタを悲しませているというのは何とも許しがたいことだった。

「でも……」
「必ず。ここへ帰ってくる。だから、そのアーフィがいるところを教えてくれないかな……?」
「……」

 ターナは口を閉ざし、何も言わなくなってしまった。
 そんな、ターナに変わって怯えていたヨーヤがゆっくりと口を開いた。

「……アーフィたちは夜になると、時折この村の物資を奪いにくるの……」
「ヨーヤ!!」
「……ねぇ、ターナ。私、この人たちを信じてみてもいいと思う……」
「えっ!?」
「この人たち……すごく温かい気がするから……」
「それはーー」
「私、この人に頭、撫でられたときにお母さんを思い出したの」
「お母さん……」

 サロスの中で、それは自分の知るヤチヨをヨーヤから感じる要因を更に強める。
 初めてヤチヨにあった時、その時もヤチヨは母親を失い。父に内緒で家をとび出し、迷子になってしまった時に出会ったからである。
 
 このヤチヨによく似た少女は何らかの理由で母親と離れている。
 その一言はサロスの胸がぐっと掴まれたような気持ちになる。

「お前……かあちゃんいないのか……?」
「……アーフィに、お父さんと一緒に捕まってて……」
「そう……か……」

 彼女はヤチヨとは違う。そのアーフィという人物をどうにかできれば彼女はまた家族に会うことが出来るかも知れない……サロスの目に強い意思が宿るのに充分な理由であった。

「ヨーヤ……」
「ターナ、出会ったばかりの僕達を信じてくれというのは難しいかもしれない。でも、僕達は心から君とヨーヤを助けたいと思っている。この気持ちは本当だ……だから、その気持ちだけでもーー」
「わかったわ」

 そう言って、ターナはフィリアに初めて笑顔を浮かべた。

「ターナ……」
「あなたを見ていると、昔のアーフィを見ているみたい」
「昔の……?」
「アーフィは、昔はあたしたちの友達だったの……」
「そう……だったんだね」
「えぇ」

 そう言ったターナはとても寂しそうな表情を浮かべる。
 その表情にフィリアは、ターナに更にヒナタの面影を重ねる。
 フィリアがぐっと拳を固く握る。

 そのアーフィという人物に何があったのかはわからない。
 しかし、今、目の前の少女を悲しませることをしているアーフィをフィリアは許せない。

「もう少しアーフィについて教えてもらえるかい? ターナ」
「えぇ。アーフィは、昔からとても強かった。そして頭も良かったの。そして何より……やさしかったの。あたしにもヨーヤにも……村のみんなにも」
「うん」
「みんなにとってアーフィはヒーローだったわ。あの日……までは……」
「あの日……」

 ターナは口を閉じ。少し言いづらそうな表情を浮かべるが、やがて再び口を開いた。

「えぇ。村の外れに暴れている集団がいるって話を聞いて、アーフィは数名の大人を引き攣れてその集団を退治しに向かったわ……」
「それで……」
「それで……ニ〜三日。アーフィたちは帰ってこなかったの。あたしたちはとても心配したわ。でもね……四日目になって彼は、アーフィだけが帰って来たの」
「一人だけ? 他の人たちはーー」
「ただ、その時のアーフィはあたしたちの知るアーフィじゃなかった!! 目がどこを向いているか分からず、口元が大きく横に避けて笑っているように見えるの!! そして……村で彼の帰りを出迎えたみんなを……」

 そこまで言うと、ターナの体はガタガタと恐怖で震え始めた。

「ターナ……無理はしないで」
「いいえ……伝えないと。あなたたちにはきちんと……アーフィの持つ不思議な石が光ったかと思ったらそのままみんなをバラバラに切り裂いたの……そしてその後……みんなを……みんなを」
「もう大丈夫だ。ターナ」
「でもーー」

 そっとフィリアが、ターナの頭に手を置くと。ターナはフィリアをじっと見つめた。

 不思議な石……その言葉を聞いてフィリアは数日前に襲ってきたごろつきたちのことを思い出していた。

 突然、不思議な石を掲げサロスを襲ったかと思えばその力は暴走し、そのまま自身を貫くと、直後に見たことのない化け物の姿に変貌し、仲間を取り込んだ。

 おそらく、そのアーフィと呼ばれた人物もその不思議な石の力によって変わってしまったのだろうと考えた。
 
「サロス」
「おう。ターナ、ヨーヤ。俺たちはそのアーフィってやつが来るまでここで待たせてもらうぜ」
「正気なの!? アーフィはとんでもなく強いのよ!! 彼を止められる人なんてーー」

 そう言ったターナを黙らせるように、サロスとフィリアは自身の腕をそれぞれ剣と銃に変化させる。

「えっ……!?」
「悪いな。ターナ。俺たちはちょっと普通とはちげぇんだ」
「どうか怯えないで欲しい。この力は誰かを守るための力だから……」

 その姿を見て、ターナの中に僅かな希望が生まれつつあった。
 人の腕がこのような武器になるなど普通ではない。あのアーフィには誰も敵わないと今までは思っていた。

 しかし、目の前の二人はすごい力を持っている。彼らなら、もしかしたら……と。

 ふと、ターナの視線がヨーヤと重なる。そこに言葉は不要であった。

 この二人にとってサロスとフィリアに出会ったのは今日が、というより、先ほどあったばかりだ。にも関わらず、二人はこの二人は信用できる。そしてなんとかしてくれる。
 
 そんな言葉に出来ない期待感が自然と胸の内に湧き上がっていた。



つづく

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