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109 カレッツの思惑

「ふふふ、どうやら遂に僕の出番がやってきたようデスネ!!」

 生徒会室内にて会議が行われている時間。いつもエナリアが座る席にまんまると太った人影があった。
 これ見よがしに偉そうに手を組み怪しげな笑みを浮かべて生徒会の面々を見回している。

 生徒会の面々がまばらな拍手を送る。本来は双校祭に向けて現生徒会が行うべき事はそこまで多くない。
 それもそのはずで毎年同じことの繰り返ししかしていない為、何か新しい事を提案するような生徒会がこれまでほとんど居なかったからだ。
 エナリア派閥も生徒会の座を奪取した後の双校祭では例年と同じようにするしかなかった。

 その全てはイウェストという最も影響力のある戦いの直前であることが原因だった。
 しかし、この国の在り方を変えようとしているエナリアはイウェストの中止が決まっているこの年が学園内の様々な行事改革のチャンスであると考えた。

 その改革の矢面に立つべく選出された人物が今、ドカッと椅子に座り込んでいる男。そう、カレッツ・ロイマンだった。

「双校祭、商家の生まれである僕にとって最大のアッピィルイベントゥ!! 今の時代、戦闘力だけが必要な能力というわけではないッ!!……」

 瞬間アイギスとスカーレットの視線が突き刺さりカレッツはそちらから視線を逸らしながら続ける。

「かもしれない!!」

「うんうん、カレッツ君はどんな事をするつもりなのか気になっていたのよねぇ。ぱちぱちぱち」

 エルがカレッツをニッコリと盛り上げていく。その応援にカレッツの内に滾るものが生まれていた。
 元々が商人の家柄であるがゆえだろうか、学園祭の運営に関しては昨年においてもカレッツの存在は実に頼もしく意外なほどにその手腕は高かった。

 しかし、昨年までの学園祭は主にイウェストへの対策に注力する為の企画ばかりが双校祭では催され、どうしても楽し気な空気を生み出すには至らず、毎年のように殺伐とした空気しか作れなかった。
 目下、数年間のイウェストにおいて東部は西部から勝利をもぎ取れないでいたからだ。

 しかし、今年はそのイウェストがない。エナリアの要請でカレッツは双校祭の在り方そのものを変えてしまおうと考え、準備した双校祭の改革案を発表する事になった。

「今回の双校祭は完全なる自由!! 今年度にある学園内での大きなイベントはこの双校祭と、新年度直前の僻地遠征のみ!!」

 生徒会の面々はいつもと違い真面目なカレッツに徐々に不安を抱き始める。確かにやる時はやる男だと理解はしているが、主導権を握っている状況で欲を出さないような男ではないというある種の別の信頼も同時にあった。

「つまり、これまでの双校祭には存在しなかった全く新しい試みをする絶好の機会であると僕は考えました!!」

 うんうんとエルが楽し気に頷いているがいつにも増して真面目だ。真面目過ぎて不安。という空気がエナリアとエル以外の生徒会の面々から徐々に流れ始める。

「今ここに! この不肖カレッツ!! 双校祭の責任者として、幾つかの歴史を変えるような提案をいたしますゆえどうか皆様の賛同とご助力を!!」

 一同はゴクリと喉を鳴らす。この場にいる全員がカレッツを信じていた……ようとしていた。
 そんな想いを切り裂くようにカレッツの指が全員の視界の集まる位置にビッと一本掲げられる。

「ひとぉーつ!! ミス東部学園都市コスモシュトリカの開催!!」

 途端に大きくガタンと音が鳴り、アイギスが立ち上がりざまに椅子を後ろへ吹っ飛ばして、食ってかかろうとするもカレッツはアイギスの行動を予測していたように即座に手でそれを制した。

 いつとは明らかに異なる態度でアイギスへと不敵に微笑みかける。

「チッチッチ、アイギスきゅん。今はこの場の責任者である僕のタァン。発言は全て終わってからにしたくれたまえ」

 エナリアの頷きに気付きアイギスはグギギと歯噛みしながら我慢した。

「ぐぐ、こいつ今年は特に調子に乗ってやがる。後で覚えてろクソが」

 フフンと鼻を鳴らしてカレッツは続けた。

「何も僕だって双校祭を私利私欲だけに利用しようという訳ではあ~りません」

「だけって言ったぞコイツ!! つまり存在してんだろ!! 初っ端からいきなり明らかに私利私欲まみれ確定じゃねェか!! オイ!」

 アイギスは抗議するが今日のカレッツには言い知れぬ威圧感と冷静さがあった。何が彼をそうさせているのかこの場に居る誰も理解は出来ない。

 カレッツのお腹は椅子と机の間で隙間なく挟まっており彼の笑いにより動く身体はテーブルをカタカタカタカタ揺らす。

「ふふふ、静粛にアイギスきゅん。僕はただ商家であるロイマン家で育った僕の真の力を皆に見せつけたいだけです」

「それが私利私欲じゃないならなんだってんだよクソが」

 ギリギリと歯ぎしりをしながらもアイギスは後ろに吹っ飛ばした椅子をいそいそと元の場所に戻して荒々しく座り込む。カレッツはニヤリと笑みを浮かべる。

「そして、ふたーつ!! 東部学園都市!! 班対抗バトルロイヤルの開催」

 またしてもアイギスが机からガタリと身を乗り出そうとしたが、今度は主題を聞いた途端にコロッと態度が変わってキラキラとした瞳をカレッツに向けてニコニコしていた。

「なんだそれ!! 楽しそうな響きだな!!!! バトルロイヤル!!!」

 カレッツはしてやったりというように更にニヤリとほくそ笑む。

「そう、アイギスきゅんのような脳き……エホン。いえ、戦闘力を高めたい人達の為のお楽しみイベント!! これは従来の双校祭で行われていた闘技会を進化、発展させたものです」

「カレッツ!! テメェ今脳筋って言おうとしただろ!!!」

 失言により再びアイギスの機嫌が山の天候のように変わり、慌てて訂正して次の話題へと機転を利かせて話を流した。

「いいえ! 気のせいです!! 続けます」

 ガレオンとスカーレットは二つ目のイベントにはアイギスと同じく興味を示していたようで話を聞こうとするように頷いた。

「これまで闘技会はただのトーナメント形式のスポーツに近い個人競技でした……双校祭がイウェスト直前という事もあり、有力な生徒が怪我をしないような配慮は元々ありましたが。それでも東部としては双校祭のこの闘技会だけは珍しく血の気の多いイベントとして歴史あるイベントにはなっているので出来れば無くしたくはありませんでした。そこで……」

「ちょっと待て」

 そこでガレオンが静止に入る

「しかし、国からの戦闘イベントが中止になっているってのに、学園祭だからとそんなことしてそもそも大丈夫なのか?」

 今日のカレッツは無敵。ガレオン相手でもお構いなしにその言葉を遮ってしまう。

「チッチッチ、ガレオンきゅん。今は責任者である僕のターン。発言は全て聞いてからにしてください」

 その言い知れぬ迫力(?)にガレオンもひとまず話を聞く体勢となる。

「お、すまん」

 カレッツは制服のネクタイを整え直してニッと歯を見せて笑う。

「戦闘行為があるイベント自体は僕も怖いから可能な限りやりたくない。が、しかァし! アイギスきゅんのように力と力をぶつけ合いたい。そんな闘技会を楽しみにしていた生徒も決して少なくはない。僕はそんな想いにも応えたい」

「さっきからちょいちょい挟んでるそのきゅんっていう呼び方やめろ」

「あ、はい。ごめんなさい」

 流石に調子に乗りすぎたかアイギスの視線が怖いので素直に返事をする。
 だが、今日のカレッツはこの程度では止まらなかった。企画に自信たっぷりなカレッツは大きく腹を突き出し、声高らかに宣言する。

「そこで生徒同士の単純な戦闘力だけを競うのではなくて、知力も必要となるような形。総合的にゴールを目指し、様々なトラブルが発生する行軍を想定した障害物競争形式のグループイベントを提案します。勿論、最終的には戦闘する事になるけど、それは一番最後。残った者達が最後に行うだけにして、その際に武器にも制限をかければ問題ないかと考えました!!」

 ほぉーという声が生徒会室に響く。カレッツの説得力ある説明に全員が歓迎ムードになってきていた。

「へぇー、グループで総合力を競うようなイベントにする訳ねぇ。なるほどぉ。確かにそれなら連携を取る為の訓練にもなるし、集団行動をする意識が協力する中で自然と養われる。戦闘が苦手な生徒にも活躍のチャンスが生まれたりもする。うん、とってもいいと思うわ」

 エルが身体を静かにくねらせながら艶めかしげな瞳で頷いた。
 ふくよかな胸部が揺れ動く様を凝視しながらカッコつける今日のカレッツには誰もツッコまなかった。

「そういうことですエルちゃん、凄いでしょ、キリッ」

 声に出してまでいい所を見せたいらしいカレッツは更なるドヤ顔で続けていく。当然ながら鼻の下は伸びている。

「エルちゃんの言う通り。エナリア会長がいう東部学園都市の連携力を高める事にも結果的には繋げられるものと自負しております。キリッキリッ」

 チラリとエナリアに視線をやると彼女は笑みを浮かべる。その辺りのカレッツへの手腕への信頼はあるらしく、特にエナリアからも反論などはないようだった。

「そして、3つ目はこれまでとは異なる商業区画の使い方です。多くの体験型イベント店舗の設置」

 ここでエナリアを含めて全員が首を傾げる。カレッツの提案の意図が全員読めず今日一番の疑問を含む空気が生徒会室に漂っていた。

 会議の内容を書き記していたメルティナも一度顔を上げてカレッツの話に興味深げに耳を傾ける。

「先ほども言ったように今の時代は戦闘力だけあっても将来が成り立ちません。ここが騎士を目指す為の学園とはいえど、昨今ではこの学園から正規の騎士になっていく人も年々減っていると聞き及んでおります」

 ここで話が最もチンプンカンプンで理解できていないスカーレットが発言する。

「確かにそれは1つの事実だろうが、この話とどんな関係が?」

 待ってましたとばかり立てた人差し指を左右に高速で振った。

「チッチッチ、スカーレットちゃん。今は僕のターン。発言は全て聞いてからにしてください」

「うっ、すまん。そうだな、まずは聞かないとだな」

 今日のカレッツには説得力があり、あのスカーレットすらも気圧されて押し黙る。

「そこで、今のうちから様々な職業体験をしておくことで、将来の選択肢を増やし、騎士としてだけではなく、他の形で国に貢献できるような人材の育成の為のきっかけを作る。という元々の双校祭にあった店などの出し物を絡めた新しい試みです」

 カレッツの国の将来を遠く見据えた視野の広い発言に対して、流石のエナリアでさえも目を丸くした。

「特にこの時期のみですが、外からの人の流入も活発になります。その中で様々な職業の者達に対し、学園から仕事の体験要請をしておきます。これは双方にとってメリットがある事です」

 徐々にその意図が見えてきた話に場の空気が大きく変わる。

「カレッツさん凄い」

 メルティナの言葉に全員が同意した。カレッツに対して敬意の眼差しが集まる。

「はっきり言って僕のように戦闘には不向きな生徒も今の学園には多い。ですが、騎士を目指す意思がある者もいれば、学園生活の中で騎士は自分には難しいかもしれないけど別の形でどうにか国の役に立ちたいと考える者も一定数いるはずです」

 カレッツの話は熱を帯びてその想いが伝播していく。

「ということはこれまでとは違う経験や、今の国を支えている人々との交流を双校祭ですることで、その気持ちがより強くなる生徒も出てくるでしょう。騎士以外の他の形で国を支える事ができると分かれば、国としていい人材を学園が騎士以外にも輩出ができるようになるような未来が来るかもしれません」

「大きな戦争が起きなくなっている平和な今の時代だからこそ、先を見た視点で双校祭を改革するという訳ですわね。素晴らしいですわカレッツ」

 エナリアからも賞賛の言葉が飛び出す。カレッツは隠すことなくガッツポーズをしながら話を続ける。

「生徒達の中で希望者には期間限定で自分で店を出してもらったり、一度やってみたかったという事が出来るよう催しを実際にしてもらう事でミニマムな中での社会性も今のうちに一緒に身に着けてしまおうという魂胆です」

「で、本音は?」

 アイギスの質問がするりと静かに耳に入り込む。
 流れ良く話していたカレッツは油断していた。自分のここまで展開した領域に全員を引きずり込めているといつのまにか錯覚していた。

「僕が商人になった時のパイプとより多くの女の子達と出会える僕のチャンスが増えるようにですかね!!」

 アイギスからの質問に素直に答えてしまうカレッツはどこまでも欲望に忠実な男だった。

「あ」

「やっぱり私利私欲じゃねぇか」

 そこでガレオンがカレッツにとって気づかれたくない場所にメスを入れてしまう。

「なぁ、後の2つは説明にも理が適っていて分かったんだが、最初のにはどんな意図が?」

 ガレオンが首を傾げて唸る。ここまでほぼ理想通りに事を運んできたカレッツの眉間に皺が寄る。
 
 一気に室温が上昇し、湿気を感じ始める室内。

「……」

 カレッツは押し黙る。どうやら後半2つの案により、うやむやのままに通してしまおうと考えていたようで脂汗が額を流れる。

「確かにガレオンの言う通り残りの2つには裏の意図がキチンとある事が分かるし、特に私も反論はない。だが……」

 スカーレットの言葉をカレッツは遮る。

「ん、んん、あー、あーこれは嘆かわしい。皆さん、先が見えていませんねぇ、ええ、みえていませんとも」

 口元が引くついているが、幸いここまでの話から全員が聞く体勢に入ってくれてはいる。

「なに?」

 カレッツはこの空気が完全に消えないうちにどうにかしようと饒舌に語る。

「ミスコンの開催によって少なくとも男子生徒の8割、いや、9割の生徒を一致団結させることができます」

 短くも長くもない微妙な間が流れる中でスカーレットが口を開く。

「それも来年以降のイウェストに向けての布石になる、と?」

 カレッツは脂汗ダラダラでほくそ笑む。

「ええ、更に言えばそこで注目されたアイドル的な生徒を班戦闘時の要(キーロル)に据える事で男子生徒の戦闘力は跳ねあがる計算です」

 カレッツは右の拳を胸元で力強く握りこむ。ここまできたらもう力技で押し通すしかない。
 思考はこれまでの学園生活の中で一番と言っていいほどに回転している。この機会を逃せば双校祭にミスコンを浸透させるチャンスは二度とこない。

 カレッツはそんな情熱を注いで叫ぶ。過去一で回転させていた思考は全く役に立っていなかった。

「女の子を守るために男子全員が戦闘力アップ!!」

 アイギスが耳を指でほじりながらツッコんでくる。

「いやいや、あまりにも都合がよすぎねェか??」

 グギギとカレッツは内心で焦るが、やはり悟られないように真摯な表情を崩さずに装う。

「……都合がよすぎるのは世の常ですよアイギスきゅ、、、ちゃん」

 大丈夫。自分はまだ冷静だ。カレッツはアイギスへのこれまでのミスへ改善を加えながら話を進める。

「少々真面目な話をするならば、騎士を本気で目指していない者であってもこの方法なら少なくとも同じ場所で戦っているという状況下において、手を抜くことをしなくなる確率は上がります。男ってそういう所が絶対あります」

「お前だけじゃねぇのかそれ?」

 アイギスはやはり懐疑的な眼差しを向ける。がここで思わぬ援軍が現れる。予想だにしない展開にカレッツも驚く。

「うふふ、確かに面白い方法よねぇ。それでも生徒達の意思が統一しやすくなるならば一理はあるのかもしれないわ。そういうことなら、そちらの準備は私が手伝ってもいいわよ、カレッツ君」

 突然のエルの発言にどよめく生徒会の面々の姿があった。

「え、エル!? 本気で言ってんのか??」

 アイギスが珍しく口をあんぐりと開けて思考停止している。

「ミスコン。いいじゃない。私も出てみようかしら? いっそみんな出ればいいと思うわよ」

 カレッツは水を得た魚ばりにピチピチ、もといブルンブルンした。
 椅子と机の間でみっちみちの状態で動いて大きな長机が再び大きくガタガタと揺れる。
 メルティナがあっと呟いた途端にノートに書いている議事録の字がミミズのようにぐにゃぐにゃなってしまっていた。

「いえもう、それはぜひぜひ!!」

 エルは補足するように続ける。

「私達、現生徒会は一年以上この座に付いているのにまだ求心力というのが学園内でも足りていないでしょう? それらを補うのが、異性への欲からくるものであってもなんら問題はないのではないかしら? 寧ろ学生であるが故に取れる、いや、学生でいる間にしか出来ない方法なんじゃないかしら、目的の為には手段を選んでいる場合でもないでしょう? エナリア会長」

 確かにというようにエナリアは考える。方法は確かに突拍子もない事だが学園内の統一方法という点だけを鑑みれば何も武力のみで行う必要はない。

 貴族であるという点により支持されにくいというならば貴族である事ではない別の事により自分への求心力を高めなくてはならないとは思っていた。
 欲しい結果が得られる可能性のあるこれまでにない方法が見つかったならば、せめて推論で判断せず試してみるべきだという事を思い同意の方向へ傾いていく。

「エナリア会長は勿論だけど、スカーレットちゃんも、アイギスちゃんも、メルティナちゃんも、そして私も。それぞれ男子生徒の目を引けるくらいの存在だと思うし、生徒会に対して生徒達からの求心力を高めていくには案外いい方法かもしれないわ。どうせならいっそ男女関係なく参加できるようにしたらどうかしら? そこに出れば女子生徒達にも同じ効果が期待できるかもしれない。カレッツ君の事を素敵だと思う人も現れるかも、ね♪」

 ニッコリ笑って体をくねらせるエルの胸部がふわりと揺れるのを凝視しながらも男性版の事は全く考えていなかったカレッツは血走った眼を大きく見開いた。

「たたた、確かにぃいいい!!!! それは盲点だったよエルちゃぁああん!!!!」

 カレッツの私利私欲全開の大きな声が生徒会室にこだました。


つづく

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