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53 魔に魅せられた剣
しばらく待っていると鎖で縛られた箱を抱えて持ってきた。
テーブルの上に置き、一つずつ丁寧に鎖を外していく。
「これを作っていた時は丁度、学園にきて半年後くらいの時期でね。今から二年くらい前かな。ぼくが家との縁を正式に切られてしまった直後だから、とてもいい精神状態では打てていないんだけど……君の要望を考えれば、この子がもっとも適任だと、思う」
家の縁という言葉にウェルジアの思考はひっかかった。
校舎棟裏でプルーナから聞いていたスミス三兄弟という情報、先ほどのスミスの店で聞いた兄弟は二人という情報、そして、目の前の人物の家の縁を切られたという言葉でウェルジアの中に繋がるものが生まれた。
「……家の縁? お前はもしかして、スミス三兄弟の一人じゃないのか?」
そう呟くと目の前の人物は大きく目をまんまるに見開いていた。
「えっ、よくご存じですね。はい、ぼくの名前はセシリー・スミス。……もっとも今はスミスは名乗れないので、ただのセシリーなんですけどね。ぼくが売れない剣ばかり作る上に、女、だから一人前の鍛冶師になれはしないと」
「……お前、女なのか?」
ウェルジアもその返答に驚きかすかに瞳孔を拡げる。
「見えませんよね、よく言われます。背は高いし、腕に結構な筋肉付いてますし、その、胸は剣を叩くのに邪魔なんで、いつも布と胸当てで押さえてもいますから、みんな勘違いしてますよ」
そう言って軽く俯いたセシリーを見て
「これだけの剣を打てるようになるまで続けているのだろう。性別など関係なく大したものだと思う」
ウェルジアはそう言葉を零した。
本に描かれている図解だけを頼りに文字も読めない中でひたすらに一人で剣を振れるようになる為だけに過ごしてきたウェルジアにはセシリーの凄さが分かる。
剣を持つ時に彼女のその手が目に入った時、その積み重ねを悟るに容易いほどに輝いて見えていた。
女性だったというのには流石に気付けはしなかったが。
「ふふ、優しいですね。ありがとうございます」
「ということは随分と長く学園に居るんだな、少なくとも二、いや三年生という事か」
「ええ、三年生です。でもまだ長い方ではないかと、最上級生は九年生ですからね。まぁ、この店に時折、足を運んでくださる方以外の最上級生というのはほとんど見たことありませんけど……」
この学園では五年生になる時点でほとんどの者が卒業するという事は説明を受けて知っていた……逆に言えばそれまではここで過ごすことになるわけだが、今はこの話題は置いておくことにした。
それ以上在籍するには何か条件があったはずだがそれは今は気にすることでもないとウェルジアは剣が収められている箱へと視線を向ける。
「それで、その剣が俺の要望に適任というのはどういうことだ?」
「はい、ちょっと癖のある子なんですけど、見てもらえればすぐに分かると思います」
箱の蓋を彼女が開けた途端に背筋がピリピリとする感覚が走っていった。
「ぼくの怒りや憎しみ、悲しみの感情が強い時に勢いで作ってしまったので、とても気難しい子になってしまって……悪い子じゃないんですけど」
蓋を開け切るとまるで剣から染み出ているような冷たさが部屋を包んでいく。セシリーは箱から取り出して鞘から剣を引き抜いた。剣にしては珍しく片刃で緩やかに全体が湾曲し、弓なりに滑らかに軽く反り返っている。
剣身は微か光が当たると鈍色に反射し、重暗い輝きを放ってウェルジアの姿を映す。
「こいつは……」
「ええ、偶然できてしまった剣ですが、この子は存在が希少となっている魔道具の類に似た特性を持っています。神話にも出てくる剣で似たようなものがありますが、おそらく魔剣と呼んでも差し支えない剣だと思います。ぼくも本物の魔剣を見たことがないので、あくまでも感覚的な判断ということにはなりますけど」
「……魔剣?」
「はい、ぼくもその時は感情がぐちゃぐちゃだったのでどうしてこれを打てたのかはわからないんですが。でも、ぼくが神剣を打てるかもしれないと思えるきっかけになった剣がこれなんです」
複雑な表情を浮かべてウェルジアに剣を差し出した。
「負の感情が色濃く表れてしまった剣ですが……貴方が人を斬るのが目的というなら、これを置いて他にありません。未だにこれを超える切れ味の剣をぼくは打てていませんから」
ウェルジアは迷うことなく右手を伸ばし剣の柄を握る。
瞬間、脳内に炸裂して鳴り響く自らの叫びに歯を食いしばる。
『とうさぁあああああああああああああああんんんん』
遠いあの日の自分の声が頭の中にこだまして顔をしかめる。
『かぁさあああああああああああああああああんんん』
強く目を瞑り、奥歯を噛み締めて衝動を抑え込む。
「っ……」
「あの、だ、大丈夫ですか?」
ウェルジアの中で時と共にかすかに薄らいでいた感情に再び心は満たされる。
誰も助けてなどくれはしない。
全て自分の力でやらなくてはならない。
両親と貴族に仕えていた騎士たちのまだ温かい血だまりの中、妹を背負って歩いていった日の心。ウェルジアの脳内に響く自らの声が呼び覚ます。
「……ああ、大丈夫だ……決めた。こいつをもらおう」
ウェルジアはセシリーを睨みつけるように告げる。セシリーはその視線に物怖じせず、負けじと強い視線で見返してこう言った。
「わかりました。けど一つ、条件があります」
「なんだ?」
「神話の中では魔剣の使用者には、なにか力の代償が存在していました。もし、これが本当に魔剣のような剣であるとすると、どのような影響があるのか全くわかりません。たまにでいいので自分の状態を知らせに来て欲しいんです。ぼくももう一度この剣のように凄い力ある剣を打ちたい、だから少しでも情報が欲しいんです。いつか神剣にも負けない剣を作れるようになるために」
「……わかった。これで金は足りるか?」
ウェルジアは生徒手帳を差し出す。
「随分と貯めてますね。今年入学したばかりなのにほとんど使ってないみたいですね。これで十分です。ありがとうございます。処理を済ませておきますね。えと、ウェルジアさん」
「たのむ」
そういうと手帳を持って奥へといった。
手元の剣を見つめながら、ウェルジアは思わず剣へと声をかけていた。
「これからお前の力を貸してくれ…………ふ、なるほど、そうか、こういうこと、か」
セシリーが剣に声をかけるという事を自分も今しがた自然と行ってしまったことに思わず苦笑する。
新しい剣を置き、それと同時に自らの腰の剣にも手をかけて取り出す。
剣身は折れ、それでも十分なほどの存在感を放つ剣。ここに来て様々な剣を見て触れたからだろうか。
これまで比較がなかった為に気付かなかった。セシリーには悪いがここにあるどの剣よりもいい剣ではないかとウェルジアは感じた。
これまで物に対してこんな感傷など抱いたことはなかったが、セシリーの影響だろうなとウェルジアは思う。
妹を養うための仕事の最中に森の中にある山小屋の傍で拾った剣だった。一目で立派な剣であることは分かった。
その時点で折れてはいたが、その剣は確かに剣であった。傍に落ちていた鞘と共にそれらをまるで吸い寄せられるかのように手に取り、持ち帰ったのだ。折れた剣身の上半分以上は見つけた場所の付近には見当たらなかった。
最初はあまりにも重すぎて持つことすらも困難だった記憶がある。
「……お前のおかげで俺はここまで剣を振れるようになった」
剣はウェルジアの言葉に答えてはくれない。だが、不思議と言葉は届いているような、そんな気がした。
「……ありがとう」
ウェルジアは一言、出会った時からずっと折れたままの剣に、そう心から告げた。
続く
作 新野創
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