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EP07 表と裏の対舞曲(コントルダンス)12

「イアードさん……っつ」

 消え去ったイアードを見送ると空白の時間が生まれていく。
 突然語られた自分たちの世界の真実……。

 話の情報量に気持ちの整理ができる人物はこの場にいなかった。
 そんな中でヤチヨは誰よりも早くこの場を出ようと走り出そうとしていた。
 しかし、彼女の手をソフィが掴み止める。

「っ!! ソフィ!?」
「……ヤチヨさん。とりあえず今日は休みませんか……?」
「ソフィーー!!」

 ソフィの提案にヤチヨが反論しようとするが、ソフィが無言で首を振る。

「サロスさんを助けたい……その気持ちはボクも同じです。ただ、こっちに来てからまともにボクたちは休めていません」
「でもサロスはーー」
「この疲労状態でゼロと戦える気が、ボクはしていません」
「……」
「サロスさんを助ける……その前に必ず、シュバルツ……そしてゼロが立ちはだかるはずです」
「……」
「彼らと戦闘することはきっと避けられない。で、あるならボク達は万全の状態で臨むべきです」
「……」
「今日はしっかりと休息を取り、日が登ってから行動しませんか……?」

 ヤチヨも話を聞いている内に頭が冷えたのか、ソフィの提案に首をこくんと縦に振る。
 ヒナタとフィリアは驚きの表情を浮かべていた。

 ソフィが、人の気持ちを組んだうえで自分の意見をはっきりを言い伝えている姿も、ヤチヨが自分の気持ちよりも人の考えを受け入れるその姿も今までの二人からは想像できなかった姿だった。

「……決まりですね。ヒナタさん、コニス、ヤチヨさんは固まって休んでください。フィリアさんとボクは交代で休みましょう」
「わかった」
「待って! ソフィとフィリアだけに負担をかけるわけには私もーー」

 ソフィの提案にヒナタが声をあげて反論をする。
 ここに来た際の疲れは全員平等であり、不平等なその提案にヒナタは納得ができない。

「いいえ。休んでください。ヒナタさんは緊急時のために、常に冷静な判断を必要とします。十分な睡眠は絶対に必要になってきます。それに……レムナントの襲撃に対して対応できるのはボクとフィリアさん……そしてコニスだけですから」
「……」
 
 レムナントの襲撃……確かにその出来事に関して自分は何もできなかった。
 そんな自分が見張りになっても二人は十分に休むことなどできない状況である。
 その程度の事、いつもの自分であれば判断できることだったはずだ。

 ソフィの言うとおり自分は今、冷静に物事を考えられなくなっている。

「ヒナタさん……ヤチヨさんとコニスを頼みます……」
「……わかったわ」
「フィリアさん。交代の順番を決めたいので良いでしょうか?」
「あぁ。かまわないよ」
「では、他のみんなはもう休んでもらって大丈夫です」
「ソフィ……」

 コニスがとぼとぼとソフィの方へと歩いてくる。
 そんなコニスの頭をソフィが優しく撫でる。

「コニスもしっかり休んで。ボクも遅れて休むから……」
「はい。わかりました」

 一同がいた場所。そこからさらに少し奥に進むと小部屋があり。
 そこはかつてアーフィたちが眠っていたと思われる簡素なベッドのある寝室のような場所が存在していた。

 奥に三つ手前に二つの構造になっており、女性、男性で別れるには都合の良いものになっていた。

「最初はボクが見張ります。フィリアさんは先に休んでください」
「すまない。決められた時間になったら起こしにきてくれてかまわない」
「わかりました」

 そう言って、ソフィは先ほどまでいた開けた場所へと戻っていった。

「……眠れない……?」
「うん……」
「サロスのこと……?」

 この幼馴染には隠し事はできないなとヤチヨは、ヒナタの方を向く。

「ねぇ……ヒナタ……?」
「なーに?」
「ヒナタは、フィリアをその……どういう風に愛してるの……?」

 たどたどしく、いつもならヤチヨの口からは聞かない言葉を聞いて、ヒナタはヤチヨの方へと顔を向ける。

「イアードさんに言われたこと……?」
「……あたし、わかんないよ。サロスは大事な大事な家族みたいで……大好きだけど……でも、その……アカネさんの好き、とは違う気はしているの……」
「うん……」
「でも、あたしはその【好き】……しか知らない……だから、教えてヒナタ」
「ワタシも気になります」
「コニスちゃん……?」 
「ごめん。起こしちゃった……?」
「いいえ。ワタシも眠れず……二人の話に耳を傾けていました」

 いつの間にか、真ん中に挟まれたヒナタを左右の二人が顔をそちらへと向けている。
 
「私もね……二人に偉そうに語れるほど愛する……ってことがわかるわけじゃないけど……そうね……」

 ヒナタは一つ息を吐いて話始める。

「ねぇヤチヨ、コニスちゃん……この騒動が終わったら何がしたい……?」
「えっ……?」
「この騒動が終わったら……ですか……?」
「私はね。フィリアと二人でどこかに旅行にいきたいなって思うわ」

 そういって二人にヒナタが笑顔を浮かべる。

「えっ!? 旅行!!」 
「そう。旅行」
「どこへ行くんですか……?」
「それはフィリアと相談してから決めようかな」
「フィリア……と……?」
「そう。二人で決めるの」
「二人……で……?」

 不思議そうな表情を浮かべる二人を見て、ヒナタがくすくすと笑う。

「えぇ。だって、私だけが楽しくてもフィリアだけが楽しくても意味がないもの」
「意味が……ないんですか……?」
「だって二人で行くんだから、二人とも楽しめないとダメだと思わない……?」

 ヒナタがそう言いながら楽しそうな表情を浮かべる。
 ヤチヨも自然と笑みが増え、コニスも言っている意味はわからないが雰囲気に笑顔が増えていく。

「ヤチヨは……?」
「えっ……?」

 突然、自分に話を振られヤチヨが困惑の表情を浮かべる。

「ヤチヨは……サロスと何がしたい……?」
「サロス……と……?」
「そう。二人でも良いし。私たちやソフィを交えてもいいわ」
「急に言われてもーー」
「ワタシはソフィと星を見たいです」
 
 突然コニスが手を上げ、発言をする。

「星……?」
「どうして星を見たいの……? コニスちゃん」
「約束……したからです」
「やく……そく……」

 その言葉にヤチヨの脳裏に記憶が蘇る。
 あの日、サロスと交わした約束。
 形だけでそこに願いの込められていない名ばかりの約束。

 戻って来てから、まともにサロスと話したのはあの日だけかもしれないとヤチヨは思い出した。

「……したい……」
「……」
「あたし、サロスともっと話したい。私が天蓋にいた間の事、サロスが見てきたもの、感じたものを知りたい……それから色んなところに行きたい。みんなとも行きたいけど……サロスとも行きたい!!」
「……そこまで思うなら、ヤチヨはサロスのことが本当に好きだと言えるんじゃないかしら」
「それは……わからない……けど……」
「そう」

 そのヒナタの言葉にヤチヨが首を一度縦に振る。

「ワタシは、ソフィと星を見た後も色んなわくわくするものキラキラするものぽかぽかするものを見てみたいです!」
「コニスちゃんはソフィのことが好きなのね」
「はい!!」

 純粋な目で真っ直ぐに気持ちを伝えるコニスを見て、ヒナタも満足そうな笑みを浮かべる。
 ヤチヨがコニスを見て、少しだけ羨ましそうに瞳を細める。
 自分もはっきりとサロスが好きだと言えればどれほどいいかと考える。

 だが、胸の中に何かがつっかえその気持ちの邪魔をしている。

「……? 好きと愛しているはどう違うのですか……?」
「……それに関しては私もはっきりとわからないわ」
「そうですか……」
「でもね……それで良いんじゃないかと思うの」
「……?」

 不思議そうなコニスを見て、ヒナタが優しい笑みを浮かべる。

「愛するって……きっと、誰にもわからないことなの。わからないけれどそれでも相手の良いところも悪い所もまとめて好きだなぁって言えること。それが私の思う愛する形」
「……わかりました。ソフィといるとぽかぽかします。とてもにこにこの気分になります。でも時々どきどきします。ぎゅっぎゅっって胸が苦しくなります」
「その気持ちを素直にソフィに伝えてあげればいいのよ」
「わかりました。伝えてきます」
「待って」

 ベッドから飛び出そうとしたコニスの手をヒナタが掴み、止める。

「コニスちゃん、愛しているという気持ちはわざわざ言葉にしなくても伝わるものよ」
「そう……なんですか……?」

 コニスが再び小首を傾げる。

「……伝えすぎなくてもダメ。でも、伝えすぎてもダメ。難しいの。愛するって」
「……わかりました」
「でも、その気持ちは常に持ち続けて。そして伝えたい気持ちがあふれ出したその時はそのまま言葉にしてあげてね」
「わかりました」
「……ってことなんだけどーー」

 すっきりとした表情のコニスとは逆に、難しい顔をして固まっているヤチヨの方へとヒナタが向き直る。

「……やっぱりわからない」
「……何が、わからない……?」
「それも……よくわからない」
「ヤチヨさんは、サロスさんを好きではないのですか……?」
「いや……別に……そういうわけじゃーー」
「では、嫌い、なのですか……?」
「そんなはずない!!」

 コニスのその言葉に思わずヤチヨが強く反応する。

「では、好き、ということなのではないのですか……?」
「……」
「コニスちゃんの言う通りよ。ヤチヨあなた難しく考え過ぎよ」
「そう……なのかな……?」
「えぇ。サロスと話したいのよね……?」
「うん」
「サロスのこと知りたいのよね……?」
「うん」

 コニスが天井を見つめながら呟いた。
「もしサロスさんに嫌いだと言われたらどんな気持ちになりますか? 私はソフィにそんなことを言われたら、とっても、かなしいです」

 サロスが自分を拒否する姿なんて想像することすらしたくなかった。

「……それは、やだな」
「それが……【好き】という気持ちの一つなのだとワタシは思います……」

 コニスの一言にヤチヨはハッとする。
 ふわふわした雰囲気を持ちながら、時に真理をつくそのコニスの性格にヒナタも驚きの表情を浮かべる。

「それがヤチヨさんの、ヤチヨさんだけの【好き】の気持ちの形なのではないですか……?」
「……そう……かも」
「なら、それで良いのではないのでしょうか……?」
「話したいなら話せばいい。ヤチヨのしたいことならサロスはきっと……面倒そうな顔はするでしょうけど……きっと聞いてくれるわ」
「話して考えれば良いのではないでしょうか……? 愛するという事がどういうことか知りたいと伝えて、サロスさんと一緒に探したいと言えばいいのではないでしょうか」
「あたしだけの……愛するという……答え……一緒に?」

 サロスは大事な存在。それは、ヤチヨの中で揺るがない。
 アカネとシスターと共に一緒に過ごした【家族の時間】それはヤチヨにとってかけがえのない時間。
 その時間を共有したサロスはヤチヨにとって特別な存在な事に違いはない。

 子供の頃に知り合ったフィリア、初めての女の子の親友となったヒナタ。
 この二人の存在もヤチヨにとってかけがえのない人。

 しかしサロスはその二人とも何かが違う。

 コニスの言葉で分かった。ただ、自分が嫌われることを恐れた。怖かっただけなのかもしれないと。
 一緒に居る事が出来なくなるかもしれない言葉だと理解していた。
 気持ちを伝える事でこれまでの関係がなくなってしまうことが何よりも怖かった。

 傲慢な自分。我儘な自分。

 サロスは昔から沢山の事を自分にしてくれたのに自分は何もしてあげれていない事に気付く。

「……あたし、サロスが好き……バカで真っすぐで……いつも笑ってるサロスが……好き」

 沈んでいたヤチヨの表情にようやく、晴れやかになる。

「ようやく素直になったわね」
「うん。ごめんヒナタ」
「サロスの愛し方……一人で見つけらないならあたしも協力するわ」
「ワタシもですっ!」
「ありがとう。何かあれば頼らせてもらうわね。ヒナタ、コニス」

 ヤチヨのその言葉に二人は、大きく首を縦に振った。

「さて。それじゃあそろそろ寝ましょう。いつまでもおしゃべりをしていたらソフィやフィリアに申し訳ないわ」
「はい」
「そうね」

 もやもやした気持ちが晴れ、一同に心地よい眠りが襲ってくる。

「おやすみ……ヒナタ。コニス」
「おやすみ。ヤチヨ。コニス」
「おやすみ……なさい」

 三人は目を閉じる。それはしばしの休息の時間。
 これからどんな未来が待っているのかはわからない……。
 しかし、少なくともこの時の三人の思い描く未来はとても明るいものだった。




「……なんということだ……」

 ひと際大きな崖の上、その末端に立ったボロボロの姿のナールがその光景を目撃し、言葉を失う。
 目の前にそびえたつ巨大な天秤。

 ジャスティスケールの存在をナールはその目にしっかりと映していた。
 片方の天秤……その皿には既に正気を失ったマザーの姿がありその真逆には目視はできないが何かが乗っていた。
 天秤は、マザーの方へと傾いている。その状況が良くはないとナールは直観で感じていた。

「シュバルツめ……お前の思い通りにはさせない……」
「そんなボロボロの体でまだ強がりを言えますか」

 ナールが後ろを向くと、にやりと邪悪な笑みを浮かべたシュバルツがそこに立っていた。

「シュバルツ……」
「ナール団長……私のレムナントの大群を退けたその実力は流石というべきでしょう……」
「お前に褒められても嬉しくはないな」
「流石……対エルム装甲……エルムの性質にのみ反応しその場に応じて盾にも剣にもなる……エルムを研究し、独自に作り上げた……私のレムナントの副次効果の産物……まさか成果物であるレムナントを圧倒するとは……考えもしませんでした」
「御託は言い……今すぐジャスティスケールを止めろ!! さもなくばーー」

 ナールが腰から、銃を抜く。

「そんなちんけなもので私を倒せると、でも……?」
「いくら貴様でも頭を撃ち抜けば、ひとたまりもないだろ……貴様も知っているだろう。対エルム装甲の人間離れした超加速機構を……その速さであれば、いくらお前の自慢のゼロでも対応はできないのではないか……」
「はっはは……あーはっはははは」

 シュバルツが顔を隠し大声をあげる。

「……何が……おかしい……?」
「いえ……そうですね。ここにゼロはいません。ゼロは腕輪の力を最大限に発揮するための最終段階に入っています。あなたのような小物の相手をしている時間はありません」
「……そうか……で、あればお前をぶちのめすのは簡単、ということだな」

 ナールがシュバルツへと高速で接近し、そのまま飛び掛かる。
 右腕を前に出し、その拳はシュバルツを殴り飛ばせる距離まで迫る。
 しかし、突如としてその拳は受け止めれた。

「なっ!?」

 シュバルツはその驚きのナールの顔を見て再び邪悪な笑みを浮かべる。

「久々の再会はいかがですか……? ナール団長……」
「なっ、何故……何故君がここにいるんだ……サロス君!!!!」

 ナールが見た人物。それは、成長はしているが間違えるはずもない。
 自分の愛する人が精一杯の愛情を込めて育てた宝物……。
 目の光を失い、大きく印象は異なるがサロス本人であった。

「……」
「シュバルツ!! 貴様!! 彼に何をした!!!」
「何をした……ですか……? 彼は、ジャスティスケールを起動するために必要な存在であり、同時に邪魔な人間だったのでゼロに心を喰わせました」
「なっ……なんだと!!」
「……」
「目を覚ませ!! サロス君!! 君の精神は無くなったわけじゃない!! 思い出すんだ!! 君を! 君自身を!! 君の意思で心喰はーー」

 サロスの手から放たれた火球によってナールが吹き飛ばされる。
 吹き飛ばされた先には奈落が広がっていた。

「いい加減おしゃべりが過ぎますよ……」
「……」
「あなたとは長い付き合いではありましたが、あっけないものでしたねナール団長。せめてあの世で愛しの思い人と仲良く……さようなら……ナール」

 ナールのその姿は火球に飲まれ、やがて下へ落下すると同時に見えなくなっていった。



つづく

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