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Sixth memory (Sophie) 05

「初めて、私のところに来た時もそうだったの」

 そう言って、親が子供にお話を読んで聞かせる時のような優しい目をしてアインさんはボクに話し始めた。

「その話、もう少し詳しく聞かせていただけますか!!」

 アインさんは、一瞬だけ目を細めて小さく笑ったような気がした。
 彼女は、きっとボクがこの話にノってくるとわかってわざと聞こえるように溢したに違いない。
 アインさんが、ボクにソファに座るように促してくれる。
 もしかしたら、長い話になるのかもしれない。
 ボクは静かにソファに座り、両手を両膝の上に置いて聞く姿勢をとった。

「天蓋を守りたいから強くなりたいってね……土下座までしてきたんだから、もー、あの時はびっくりしちゃったわ」

 そう言いつつ、きっと驚く素振りなんて一切見せていなかったんだろうなと心の中で思う。
 でも、あのフィリアさんが土下座してまで……。

 一体、天蓋には何があると言うんだろう……。

「そう、だったんですね」

「でも、そういう勢いのある子は嫌いじゃないから、あなたと同じ質問をしたの。そしたら」

「そしたら?」

 アインさんは、笑みを押さえ込んでいるように見えた。
 そんなにおかしな回答をしたのだろうか?

「さっきのあなたのような答えを返してきたの。今の自分はとにかく弱い。何の力もないし、何も知らない。だから、力が欲しいって。まぁ、鬼気迫るという点ではフィリアの方がすごい剣幕だった訳だけど」

「フィリアさんが……」

 意外な答えだった。だって、フィリアさんは力も想いの強さだって、ボクじゃかなわないほどにしっかりと、なんというか大きな芯のようなものが昔からある人だと思っていたから。
 そんなフィリアさんが、弱いなんて……そんなことはボクにはとても思えない。

「今の選人せんにん、彼の友達、なんですって」

「えっ!? 選人せんにんってそれはもう何十年も前にあった制度で今はーー」

「あー……そうよね。そういう風に思うわよね。私も、昔話みたいに思ってた……」

 アインさんがそう言って苦笑いを浮かべる。
 昔、天蓋は災いが起きるたびに、選人せんにんと呼ばれる誰かが入りその災いを納めていたという話はボクも座学では習っていた。
 
 けど、それはあくまでも昔の話で、今は代わりに人形や人をかたどった像を奉納しているだけのはずだ。

「フィリアとこの先も関わっていくなら、この際はっきりと教えてあげるわ。特別よソフィ」

「なっ、何を……ですか?」

「……選人せんにん制度は今も行われている。詳しいことは残念ながら私にもわからないんだけどね」

「……えっ?」

「……冗談なんかじゃなくて、これは事実で現実」

「……ッ」

「どこへ行くつもり?」

 部屋から駆け出そうとしたボクをアインさんが強めの言葉で制する。
 ボクは、彼女に向けるべきではない怒りの矛先をぶつけた。

「こんな、こんなこと許されませんよ! みんなを守るための自警団が人を生贄に捧げているような事を黙認しているなんて! それが事実なら団則自体に大きく反してる!」

「……そうね。あなたの言う通りよソフィ」

「なら、今すぐこの事実を明るみにして、団長会議でーー」

「一番初めにこの団則を作った時に関与している古参は皆、この件を知っている。それでいて知らん顔を決め、さらに居眠りまでしているのが今の自警団よ」

「そんなこと許されるーー」

「そう、許されるはずがない……でも、すぐにはどうすることも出来ない。だから、フィリアは……いいえ、あの二人は、今も必死にもがいているのよ。訳の分からないこの風習をどうにかするために必死になってる」

 アインさんが真面目な表情でぽつりと呟く。
 それ以上はボクが聞いていい話ではないような気がした。
 ただ、もし天蓋に選人《せんにん》としてフィリアさんのお友達が入っているのだとしたら……。

 そう考えると、疑問に思っていたことの点と点がつながり始めた気がした。
 
 フィリアさんがどうしてか天蓋にこだわっているということは、ボク以外にも自警団に知っている人はたくさんいる。
 でも、誰一人としてその理由を知る人はいなかった。

「フィリアさんはどうしてそのお友達のためにそこまで……」

「……約束したんですって、天蓋から出てくるその時までずっと待ってるって……だから、待っている間、自分の手で天蓋を守りたいって」

「そうだったんですね」
 
 フィリアさんのあの真っすぐな想いの裏にはそんな理由があったんだと少し驚いた。
 友人とはいえ、他人のためにそこまで必死になれるフィリアさんはすごく、優しい人なんだな……。

「でも、ちょっと健気過ぎじゃない? いつ、出てくるかわからない。友達をひたすら待ち続けるなんて、少し狂気じみている、そう思わない?」

「えっ? たっ、たしかに、言われてみればそーー」

「だから! 思わずフィリアに聞いちゃったの。それって本当に友達なの、ってね」

 アインさんがボクの方に乗り出すように顔を近づけて笑う。
 ふんわりと彼女の甘い香りが鼻をくすぐったが、それ以上にその先の答えにボクも少しだけ興味が湧いていた。

「フィリアさんは……何て答えたんですか?」

「初恋の人です、って、それだけ答えて後は黙っちゃったわ」

 
 初恋の人……?

 恋について、ボク自身が経験をしていないからよくわからない。
 だから憶測でしかないけれど……フィリアさんはそのお友達のことが誰よりも大好きだったんだろう……。

 その感情は理解できないけど、ボクが父さんや母さんに抱く……家族を大切に思う気持ちともまた違うのものなのだろうか。

「だからね、私、つい、意地悪をしちゃったの」

「意地悪、ですか?」

「知りたい?」
 
 そう言った、アインさんが顔を近づけたまま、僕の方へ笑顔を向ける。

 その表情は、いつもの団長としての威厳に満ちたものではなく、本当に、純粋に好きなものについて語る。

 そう、団員の共通食堂でよく女の子たちが恋バナ? というものをしている時の顔によく似ていた。

 でも、本当に聞いて良いのだろうか? 聞けば、もう後戻りできないような雰囲気もある。
 
 外で鳴いていたはずの鳥の声や木々の騒めきすら耳に入ってこず、まるで、ボクとアインさん以外この世界から消えてしまったかのように静寂に包まれた。

 まさに、時間が止まったようだった。
 
 なぜだろう……? 

 なぜボクは、フィリアさんのことでこんなに頭がいっぱいになっているのだろう。
 昨日までは、一人の団員としか思っていなかった彼を知りたいと思っているのだろう?

「教えてください」
 
 ボクのその言葉に、アインさんが目を丸くして驚く。
 
 どうやら、そのボクの回答は、彼女にとって予想外だったようだ。

 ボクは初めて、そんな彼女の素の表情を見た気がした。

 でも、アインさんはすぐにいつもの調子でにやりと笑い、ボクに話し始めた。

「条件をつけたのよ。一ヶ月間は最低でも私のことだけを考えていなさいってね」

「えっ? それってつまりーー」

「そう、私とフィリアはある時期、お付き合いをしていたの」
 
 今度は、ボクが目を丸くさせて驚きの表情を浮かべる。
 意識はしてなかったが、きっと、口も自然にぽかーんと開けていたと思う。
 
 そして、段々とボクの頬が赤く染まっていく。

「アハハ、ソフィ、あなた本当可愛いわね」

 アインさんはそんなボクの様子を見て、今度は抑えることなく笑みをこぼす。
 わかってはいたけど、ボクは彼女に、アインさんには一生かなわない気がする。

「かっ、かわ、可愛いって!? えっ!? えっ、えー!!!!」

「ハッハハ……でもね、彼ったらそれ以上は、踏み込ませてくれなかったわ。いくら、私が女としての魅力を使って迫っても、ね」 

 アインさんの言葉のひとつひとつが刺激的すぎて、思わず口調がいつもよりも早くなる。
 脳の処理が追いつかず、言葉の呂律が曖昧になる。
 
「そっ、それ以上って、いったいなーー」

「まぁ、単的に言うなら一線は超えてない、もっと言うなら男と女の大人の関係にはさせてくれなかったわ」

「いっ、一線って!? そんな、つまりーー!!」

 ボクのテンションボルテージというか、知識だけの状態の脳が限界処理能力を超え、今までで一番と言うほどに大きな声を上げたと、同時、アインさんの人差し指がボクの唇に触れた。

「それ以上は野暮よ。ソフィ」
 
 そう言って、アインさんがボクにウインクする。

 その瞬間、ぷしゅーという音が頭から聞こえ、力が抜けたようにソファに沈み込んだ。

 まだ、ずっとぷすぷすと何かが焼けたような音が聞こえるような気がする。

 そんなボクをみて、アインさんはひたすら楽しそうに笑っていた。
  
 段々と、落ち着いてきた頃、ふと、とあるうわさを思い出した。
 
 とある団で、団長と団員が恋仲になっているということを。
 
 別に、団員通しの仲での色恋は珍しくはない。

 ボクも何度かそういう現場を見たことがある。

 ……決して、見に行ったわけではない、そう、たまたま見かけただけ、そう、見かけただけなんだ!!


続く


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