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EP07 表と裏の対舞曲(コントルダンス)03
「ここ……は?」
ソフィが辺りを見回すと、視線の先に浮いて眠っているコニスの姿が目に入る。
「コニス!!」
近寄ろうと駆け寄るが、何らかの力によって弾かれ、遠ざけられてしまう。
「あの子ニ近づこうとしているなら無駄だヨ」
そんなソフィの背後から呆れた表情で人狐が呟く。
「……っつ!!」
かけられた言葉を無視するように何度も何度も体当たりしてコニスの方へと近づこうとするが、その度にソフィは弾かれるように吹き飛ばされる。
「無駄だってのガわからないのカイ?」
「コニス、コニス、コニス!!!」
コニスに触れようと、近づこうと何度も何度もコニスの方へと手を伸ばす。
しかし、その手がコニスを掴むことはできず、ソフィの体はだんだんとボロボロになっていく。
「話を聞いたらどうダイ!! 今のあんたじゃーー」
「ボクは!!」
傷つきながら、必死にコニスに向けて手を伸ばし続ける。
その様子を見ていられず、思わず人狐が動き、その手を掴んで止めた。
「いいから!! 話を聞きナ!!」
「……」
ソフィも自分が冷静さを欠いていたことにようやく気づくことができた。
その場に座り込み、コニスの方を見つめる。
「まず、アタイはなんであんたがここにいるのカ……そこが疑問ではあるけれド……気にしても仕方ない事なんだろうネ……」
「ここは……どこ……なんですか?」
「ここハ……あの子の……心の中サ……今までアタイ以外はここにいるのを見たことがないけどネ……」
「コニスの……心の……中……?」
ソフィはこれまで信じられないような事象を何度も何度も経験している事でその状況をすんなりと受け入れる事が出来た。
「あんたがあの子に近づけない理由……今の冷えた頭でなら見えるんじゃないカイ?」
「コニスに……近づけない……理由……!?」
冷静に目を凝らして見てみると、コニスの周りは薄い膜のようなものに包まれており、その膜を這うように黒い蛇が何匹も蠢いている。
黒い蛇のようなものには目のようなものは見当たらないないはずなのに、こちらをじっと睨んでいるような感覚をソフィは感じ取った。
「あれは……」
「あれが、今のあの子を縛るものサ……あの子ハ、昔あのゼロとかいうやつにすべてを奪われたのサ……」
「ゼロに……すべてを……」
「あぁ。正しくは……【記憶】のすべてをね」
「きお……く……?」
「あぁ。あの黒い生き物は記憶を蝕(しょく)すんダ……何故そんなことをするのかに関してはアタイにもわからない……ただ、だからこそあの子は記憶を、思い出を作ることを拒んでいたんダ……いずれ失うものを手に入れても無意味……だからネ……」
それはコニス自身がそうしていたのか、それともこうして話している目の前の人狐が行っていたのか……きっとその両方ではないのかとソフィは思えた。
コニスはたくさんのなぜ? なに? で知識を……記憶を得ようとしていた。
そんなことをしても、あの黒い生き物に蝕(しょく)されて、無になってしまう。
でも、それでも、彼女はコニスはきっと欲し続けたのだろう。
蝕(しょく)され、既に無くなったはずの記憶は断片となり、コニスの中でいつまでも揺られて漂っていた。
思い出すことはできない……しかし、その時に感じた気持ちだけは黒い生き物に蝕(しょく)されることなくコニスの中に溜まり続けていく。
だからこそ、その温かさを、幸せだった時間を……【覚えていた】
コニスは求め続けていた。温もりを……愛されることを……。
そして同時に黒い生き物はその温もりや愛されることを恐れていた。
だからいずれ恐怖を生み出してしまうであろう【記憶】を奪おうとした。
しかし、記憶を忘れさせるだけで、起こった事実を奪うことまではできない。
記憶として脳に刻まれた記録だけではない何か。
記憶を思い出せなかったとしても、その時に感じた気持ちや感覚は頭で思い出せなかったとしても、それをしっかりと心が【覚えている】
心の在りかだけは誰にも侵されない聖域でそれがたとえ超常的な力でも、神様でさえも何者にも奪う事など出来ない。
「……」
ソフィはゆっくりとコニスの方へと近づき歩いていく。
「おいっ! だからムダだとーー」
「ねぇ……コニス? 覚えてる?」
コニスの周りを這っている黒い生き物が、ソフィを警戒し一点に集まってくる。
しかし、弾き飛ばせるほどの距離に立たずに声を掛けているだけのソフィへは何もできず何度も何度も威嚇するようにぐるぐると回るだけだった。
「ボクたち、出会ったのは星が綺麗な夜だったよね? 空を見上げていた君に、ボクは思わず声をかけてしまった……」
あの日のコニスは自分に似ていた……。
ピスティに言われた言葉によって、今まで信じてきたものがわからなくなり空っぽになっていた自分。
そしてコニスもまた、黒い生き物に今までの記憶を蝕されたあげく、ソフィたちの世界に辿り着いたばかりで何もわからない空っぽの状態だったのだろう。
「あの日、君に星のことを教えて、君に感謝されて……そこでボクはボク自身の存在理由を改めて認識できたんだ……」
コニスを包んでいる膜が、白く光を放つ。
その光を消し去ろうと黒い生き物がコニスの方へと近づいていく。
しかし、その光によって黒い生き物すらもコニスに近づけなくなっていた。
その事態に意思をもっていないように見えた黒い生き物が困惑しているようにソフィは見えた。
行き場を失い膜の中で不規則な動きをすることしかできない。
ソフィは言葉を続ける。
その行動がきっと、コニスを助けることができると信じて。
「ボクは君をもっと知りたくなった、何を思って、何を考えて、何が好きなのか……」
もう一歩踏み出した時。膜の中から黒い生き物が飛び出しソフィの中へと入り込んでいく。
それは、蛇のようにシュルシュルとソフィの体へと侵入し、そのままソフィの記憶を蝕していく。
しかし、ソフィは言葉を続ける。
記憶を蝕されるのは凄まじい頭痛が伴う。立っているだけでもやっとのほどの痛みがソフィを襲っていた。
しかし、そんな痛みなどものともせずに言葉を紡ぐ。
「だから、食べるのが好きで!! 好奇心旺盛で!! 星を見るのが好きなコニスのこと。ボクが守ってみせる!」
ソフィの体が白く光り、ソフィの中にいた黒い生き物がその姿を光に変えて消えて行く。
奪われ、蝕された記憶がソフィの中へと還っていく。
そして、コニスを包んでいる膜へと光り輝く右手を伸ばす。そしてついにその右手がコニスの左手を掴む。
瞬間。コニスの全身が眩い緑色に発光し、コニスの全身から真っ白な光が放たれる。
その光を浴び、コニスの周りを回っていた黒い生き物がすべて消えて行く。
コニスを覆っていた膜が、消え去り彼女の身体が下へと落ちてくる。
ソフィは駆け出し、ゆっくりと落下してくるそのコニスの体を受け止める。
「バカな……エルムが……こんなエルムの輝きなど見たことがナイ……」
それは人狐も初めて見る光景であった。
黒い生き物にすべてを奪われ、戦闘本能によって自我を消された宿主であったコニスと言う存在は一度は完全に消えたはずだった。
それが今、再びコニスは存在している。
その事象を人狐は説明することができない。
何が起きているのかはわからないが、コニスの中にあった自分に力を与えていた戦闘本能ですら今は感じることができない。
戦闘本能がないにも関わらずここに存在できている自身の存在すらも人狐には理解ができないことだった。
≪君だって、そうなんだ。コニスの中にいるけれど。君だってコニスじゃない。君は、君なんでしょ……?≫
その言葉を思い出し、初めて人狐の胸の辺りが熱くなっていく。
「あの小僧のせいかね……アタイがここに……本当に……厄介なやつだね……」
「……どこへ行くの? 君は……?」
コニスを見つめたままソフィが人狐へと尋ねる。
「さぁあね……その子の戦闘本能として存在していたアタイが戦闘本能がなくなったにも関わらず存在している……どこに行けばいいのか……そんなのアタイにもわからないね……ただーー」
そのまま振り向かずに人狐は歩き出した。
「その子やあんたの近くにいてはいけないね。それだけはアタイにもわかる……いてはいけないはずなのに……」
人狐の見つめる先、そこにはいつの間にか入り口ができ、まるで招いているかのように優しい風が吹く。
コニスの心の中の扉。それはコニスが自分の中に残っても良いと言う意思の表れだった。
「はっ……本当にバカな子だね。一つ教えておいてあげるよ小僧……アタイと氷狼の他にも後一体、戦闘本能として具現化した存在がいるね。そいつは焔龍(えんりゅう)……あんたも知るやつの中に眠っているはず……気をつけな……あの爺はアタイなんか目じゃないほど厄介なやつだからネ」
焔龍……それはきっとサロスの中にいるのだとソフィは思った。
サロスと戦っている中、本気でいくと言った彼の中から感じたサロスではない存在が思い出される。
おそらくそれが焔龍なのだと……確信した。
しかし、あのサロスが気持ちで負けるはずはない。対面した時にその心の強さをソフィは知っている。
けれど同時に彼を支えているその強い心の支えが消えてしまった時どうなってしまうのだろうかという恐怖が僅かに芽生えソフィの中に仄かに残るのだった。
『いつまで寝ている気だね……?』
「あなたは……ワタシ……」
『そういうことになるんだろうね……アタイはあんた。あんたはアタイ……そう望んだのはアンタだろね?」
「はい……」
『どうして……?』
人狐からすれば、自分の体や心を奪うかもしれない存在をわざわざ残しておくというコニスの考えは理解できないこと。
「ソフィが……あなたを含めてワタシだと言いました。ワタシも同じです」
『……』
人狐は小さく笑みをこぼす。それは今まで感じたことのない気持ちが生まれた瞬間でもあった。
『大バカ野郎だね……いいさ……バカ二人のために存在する……ちょうどいい理由だね……』
「?」
『あんたが望む限り、アタイはあんたの力になってやるってことだね』
「……はい!」
『本当に……バカな子……だね……」
そう言いつつも、人狐は優しい笑みをコニスへと向けた。
コニスの視界が開けていく。
やがて、夢うつつだった体が現実へと戻っていく。
「……ソフ……ィ?」
ゆっくりと目を開け。視界に入ったソフィを見て小さくコニスがその名前を呼ぶ。
「うん、ソフィ、だよコニス」
「ソフィ……」
二人が見つめ合った状態で二人を包んでいた光が晴れ現実世界へと戻っていく。
「ソフィ! コニス!!」
光を見つめていたヤチヨが二人の姿を見て叫びながら二人の方へと走っていく。
「……ねぇ、コニス」
「なん、ですか?」
しっかりとコニスの目を見つめる。目の前で一番伝えたかった言葉を本人の前で紡ぐために。
「大好き……だよ」
「はい」
その言葉にコニスも応える。彼女にその言葉の本当の意味まではまだわからない。
でも、確かに彼女の胸の中はぽかぽかしていた。
それは、ソフィといる時にしか感じることのない、特別な感情である。
「ふふ……ごめんね。ちょっとだけやすーー」
「ソフィ!!!」
コニスをゆっくりとその場に降ろすと、ソフィは安心したように笑みを浮かべそのまま意識を失ったのだった。