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Fifth memory (Philia) 06
あれから数か月が経った頃だった。
父さんは、相変わらず自警団の仕事が忙しいようで家にあまり帰ってきてはいない。
兄さんも、本人が想定していたよりもずっと早く、自警団へと入団させられることになった。
たまに早く帰ってきては愚痴ばかり溢している。
早く大人になりたいと言っていたはずの兄さんは、最近僕に子供のままでいたかったと反対の事を言ってきた。
まだ自警団には入って間もないから、こうして早く帰れるけれど、そのうちに父さんのように遅くなっていくのが大変だとぶつぶつ言っていた。
そんな兄さんは僕に、遊べる時に思いっきり遊んでおけ、お前もいずれそうなる運命だからと口癖のように言うようになった。
兄さんの言葉は難しかったけど、でも、遊んでおくことは楽しかったから、僕はいつも通りにサロスとヤチヨと遊び続けた。
遊んでいる時間はとても楽しい。
こんな時間が自分に訪れるなんて思いもしていなかったな。
けれど、最近になって、母さんの調子が良くないらしく……ヨウコ先生が代わりに、ご飯を作りに来てくれることが増えた。
母さんは食事を口に出来なくなっていた。
父さんも兄さんも仕事でいない。
そんな時に一人で食べるご飯はすごく嫌だった僕は、ヨウコ先生が作った料理を母さんの部屋で食べる。
そして、その日あった出来事を母さんに話す。
母さんはただ頷いて、時折小さく笑うだけだったけど、それで充分だった。
小さい僕にだってわかるほどに母さんは日に日に弱っていくのが見て取れた。
今では、1日のほとんどをベッドの上で過ごすようになっていた。
その生活がしばらく続いたある日。
その日は晴天だった。
透き通るような青い空を見上げて遊んだ日。
河原を走り回り、大声を上げて笑いながら楽しい時間を過ごした。
太陽が傾き、透き通るような青い空と暗闇の夜との僅かなその隙間の時間。
空一面が茜色に染まりゆく頃、僕は家へと帰り着く。
その日、僕にとって忘れられない出来事が起こってしまう。
「ただいまー……母さん?? あれ? 寝てるのかな」
いつも僕が帰ると小さな声で、「おかえり」と囁くような優しい声が聞こえてくるはずなのに今日はシーンと静まり返っていた。
今日は母さんからの返事はないんだ、と肩を落としていた。
そろそろヨウコ先生が来てくれる時間だし、手を洗って待っていようかな。
そう、思ってリビングの扉を開けた先で僕の目に入ってきた光景は今でも記憶に焼き付いている。
「か、母さん!!」
入ってすぐ、僕は、苦しそうに息をしながら倒れている母さんを見つけた。
すぐさま駆け寄るが混乱して取り乱してしまう。
「母さん!! 母さん!!!」
どうして良いかわからず、僕は、ただ、泣きながら母さんを揺することしかできなかった。
「お邪魔しまーす? フィリア? フィリア、いないの? フィリア?」
「せっ、先生!! 母さんが! 母さんがぁ!!」「!!!!」
力の限り叫ぶその声に、ヨウコ先生は事態を察し、駆け足でリビングへと来てくれた。
「メノウ? メノウ、大丈夫? フィリア、お母さんをベッドまで運ぶから手伝ってもらえる?」
「うっ、うん」
僕とヨウコ先生、二人でどうにか寝室へと母さんを運び、ベッドへと寝かせた。
母さんは相変わらず苦しそうで、荒い息を続けていた。
「……フィリア! ナールとお父さんは?」「多分、いつも通り自警団のお仕事だと思う!」
「そう……悪いんだけど、二人を呼んできて! 出来るだけ急いで!」
「うんっ! わかった」
僕は、ヨウコ先生の言いつけ通り、全速力で自警団へと向かう。
この時ばかりは昼間に全速力で走り回ったことを後悔していた。
息がすぐに上がる、足が思うように動いてくれない。
ぜえぜえと道を進んでいると、ちょうど帰宅途中の兄さんと鉢合わせることが出来た。
「フィリア? どうしたんだ? そんなに慌てて?」
「兄さん!! 母さんが!! ヨウコ先生が出来るだけ急いで知らせてって!!」
「ッッ!? わかった、お前はいい。このまま先に家に戻ってろ。俺が父さんを連れてすぐに戻るから!」
「うっ、うん。わかったよ兄さん!」
僕は一足先に家に戻ると、ヨウコ先生に兄へ事を伝えたと知らせた。
汗も拭かずに兄さんと父さんの帰りを待っていた僕の足元の床に小さな染みが出来て、そして、乾いていった。
まだ二人が帰ってくる気配はない。
「……フィリア、ナールとお父さんは?」
「兄さんが今、自警団にお父さんを呼びに行って……」
「そう……なのね……」
僕とヨウコ先生は、短く会話を済ませ、二人が帰ってくるのをひたすらに待った。
結局、日が暮れて夜が深くなっても、二人は帰っては来なかった。
そして、その日から兄さんが家に帰ってくることはなくなった。
しばらくして僕の様子を見に再び会いに家に帰ってくる日まで、一体何をしていたのかを、僕は、知らない。
「どうして、帰って来ないんだろう……二人とも……母さんが大変、な時に……」
「……フィリア、メノウの、お母さん近くにいてあげて」
「えっ!?……うん……」
ヨウコ先生に言われ、ベッドで眠る母さんのそばへと寄った。
近くに寄ると、今の母さんはただ寝ているんじゃなくて……もう二度と目覚めない状態なんじゃないかという怖さを僕は感じていた。
「かあ、さん?」
震える手で握った母さんの手はとても冷たかった。あんなに、暖かったはずなのに……。
「……フィリア、あのね、もし、何かお母さんに言いたいことがあるなら、ちゃんと今日、言うのよ」
そう言うと、ヨウコ先生は静かに部屋を出て行った。
本当に小さく聞こえる母さんの吐息に涙が止まらず、僕は、そのまま声をあげて泣いた。
泣いて、泣いて、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていた。
「フィリア、フィリア」
母さんの声で目が覚め、寝たきりではあったけど優しく僕の頭を撫でてくれた。
「かあ、さん?」
「フィリア、良く聞いてね……」
母さんの弱々しい声に思わず泣きそうになるが、心配をかけないようにグっと涙をこらえた。
「……嫌だ……」
「フィリア……」
「嫌だよ!! だって、それを聞いたら、母さんは……」
僕は……なんとなくわかっていたんだ。
これが母さんと話せる最後の時間、なんだと……。
「フィリア、これを……」
母さんが、首に下げていたペンダントを僕に手渡す。
「これ……」
「これはね、父さんから母さんがもらった宝物なの……」
それは、母さんが大事にいつも身につけていたものだった。
「たから、もの……」
「そう、これをあなたに。受け取ってくれる? フィリア」
僕の方へと、差し出した手を思わず拒む。
「嫌だ……」
「いつか、これをフィリアが大事に想う人に渡してあげるといいわ。きっと、その人を守ってくれるから……」
嫌だ……。
「母さん!!」
「フィリア、ゴメンね。もっと、あなたやナールと一緒にいたかったけどダメみたい……」
そんなこと言わないで欲しい……母さんともっと一緒にいたい……。
「嫌だ! 母さん!!」
「フィリア、あなたを愛しているわ」
それは、世界で一番悲しい愛しているという言葉だと思った。
「母さん!!」
「フィリア、私の可愛い子。ナールと父さんをよろしくね」
母さんはいつも僕の頭を撫でてくれた。
泣いてる時も嬉しい時も怒っている時だって、そうやって頭を撫でてくれることが幸せだった。
母さんの最後のお願い、それにわかったよと応えたかったはずなのに、言葉が涙に邪魔されて出てこなかった。
「母さん!!」
「幸せになってね……フィリア、あなたたちをいつまでも見守っているわ……」
「かあさーん!!」
その母さんの最後の瞬間。
傍にいたのは僕一人だけだった。
母さんは安らかな笑顔を浮かべたまま、永遠の眠りについた。
続く
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