76 リリア剣を持つ
「うう~ん」
リリアはテーブルに並べられた3本の剣を見つめたまま腕を組んで、目をしかめて悩んでいる。
「どう?」
横にいるプルーナがチラリと困り顔のリリアに声を掛けると首を捻りながらうんうん唸り続けている。
「なに? まだ悩んでるの?」
とショコリーもちょこちょこと歩いてプルーナと反対側に立ちリリアを挟んで並び立つ。
「候補はここまで絞れたんですけど」
そう言ってリリアは目を凝らして3本の剣をじっと吟味している。
セシリーがクスクスと笑いながらカウンターからその様子に声を掛ける。
「あとは実際に持ってみるのがいいと思いますよ。みんなドキドキしてます。緊張しているのはリリアさんだけじゃないんですから」
セシリーが優しく微笑んで剣達の様子を伝えてくれる。
女性陣の様子を遠巻きに眺めていたウェルジアは視線を置いてある折れた剣へと今一度向ける。
「グラノ・テラフォールの剣」
セシリーに預けていたその剣が直せないという事に落胆していたウェルジアはそのまま窓の外へと視線を移す。
流れる雲の隙間に見える青空は、この剣を拾ったあの日と変わらない。
この剣の持ち主が判明し、目の前でプーラートンの剣技を見て、強さへの憧れ。という大きな感情がウェルジアの胸に去来する。
あのプーラートンですら一目置いているという国の英雄、グラノ・テラフォールとは一体どのような人物であったのか。
ここのところグラノの剣技の記された本はプルーナのおかげで文字も少しずつ読めるようになっていた。
学園に来るまでは感覚だけでやっていた動きにそれぞれ情報が加わり、その高度な考え方に再度感銘を受けている。
想像もつかないその存在の大きさは日に日に膨れているのを感じていた。
どれほどの剣技の腕前だったのだろう?
他人を気にする余裕などこれまでなかったウェルジアも学園で過ごすうちに、こうした時間が確実に増えていた。
それを良しとするかどうかはさておき、その変化はこれまでの彼の日常にはなかったものだ。
英雄に思いを馳せていると後ろから「ウェルジアくん」そうリリアに呼ばれた。
振り向くと三本の剣を抱えるように持ったリリアが問いかけてきた。
「ど、どれがいいと思う?」
「知らん」
「えっ」
ウェルジアはさも興味なさそうにリリアのほうを向くこともなく即答した。
リリアは硬直し、眺めていたショコリー、セシリーにも伝播した。
プルーナは変化がよく判別できない。
「「「「…………」」」」
沈黙が流れる。こうした空気を顧みずに言葉を発したのはショコリーだった。
「アンタ、呆れるを通り越して凄いわ」
「そんなものは自分で決める事だろう」
悪びれた様子もなくそう言い放つ。
見るとリリアの身体がふるふるして瞳はゆらゆらとしている。
それを見たセシリーが慌ててウェルジアに声を上げる。
「ウェルジアさん!! 相談は大事なんですよ!!」
「何がどう大事だというんだ?」
ウェルジアという人間は誰かに相談という物をほとんどしたことがなく生きてきた。
必要があれば分からない事を聞く程度の事はしてきたが、全て判断は自分で下している。
誰かの意見に左右されて決定を覆したことはほとんどない。
正確には誰かに頼る事など出来なかったのだ。彼にとってその相手は既に 幼い時期から存在しなかった。
対してリリアはいつも母親に色んなことを相談していた。どうすれば歌は上手になるのか、踊れるのか。
常に身近な人に分からない事は相談するのが当たり前だったリリアはウェルジアのそっけない対応に思わず涙がこぼれてスンスンと泣き出してしまう。
「わたしも、剣の事を知りたい」
プルーナも真顔でそう言った。彼女もウェルジアと同じく相談を誰かにするということを行わずに生きてきていた。
ただ、この瞬間に関しては彼女が自然と場のバランスを取ろうとして、リリアにもウェルジアにも配慮して発言をしていた。
それぞれの過去を知らないショコリーはプルーナのフォローにぐっと心の中で親指立てていた。
「誰かの視点による意見や情報がある事は重要だわ。自分の知識、経験だけでの判断では最適な答えが出ない場合もある。問題が起きた時にその問題にこれまでに既に直面したことがあったりする人の意見はそれだけで解決の糸口が見つかる事もある」
そう言いつつショコリーは自嘲するように自分にもその言葉を向けて話していた。
「リリアは剣は持ったことが一度もないと言ってる。少し教えてあげて? アンタが良いと思う基準」
「ええ、そうです! 剣をずっと使ってきたウェルジアさんの基準、ボクも知りたいです!」
セシリーもキラキラした瞳をウェルジアに向けてくる。
リリアを見ると同じように期待した眼差しでウェルジアを見つめてきていた。
彼はため息をついて諦めたようにリリアに話しかける。
「俺が様々な剣を持ったのは少し前にスミスの店に行った時が初めてだ。俺にだって未だによくわからん」
それを聞いてシュンとするリリア。おそらくリリアが聞きたいのはそう言う回答ではないのだろうことは流石にウェルジアでも分かってはいた。
ただ、誰かに頼られるという経験の乏しい彼は、どうしていいのかよくわからずにどうしてもぶっきらぼうになってしまう。
少しの逡巡の後、あくまでも自分の感覚だがと言わんばかりに再び軽くため息を吐いた後。
「……手の平で剣の持ち手をギュッとした時にグッと良い感触があって、スッと構えられてハッと心揺れる剣を選べ」
リリアを真っすぐ正面に見据えてそう言った。
プルーナはなるほど。と本当にわかったのか分からないが、頷いている。
ショコリーは目が点になり、リボンが大きく揺らりと揺れた。
セシリーはその独特な感性に手を叩いて、腹を抱えて吹き出すのを耐えている。
リリアは袖で涙を拭って、答えてくれたウェルジアを見つめ返したかと思うと……
「全っ然わかんない!!!!!!」
今度はリリアが即答した。
そういえば似たような事があったなと記憶が刺激される。
今はウェルジアは学園で過ごしている。遠く離れている村の病院で過ごす妹は目が見えず身体も不自由だ。
その妹に対して自分が見たものを教えたりしていた時の事を思い出す。いい匂いがするねと背負っていた妹が背中から耳元でささやく。
二人が通りかかった野原に一面咲いていたのは綺麗な花だった。何の花かはウェルジアには勿論分からない。
「もしかしてお花さんが咲いてるの? ねぇ、どんなお花さんが咲いてるのおにいちゃん?」
「……ええ、と、まぁるくて、花びらがブワァっとついてて、フワッて広がって、風が吹くとギュイン、グワン? と揺れてて。空と同じような色したすごく、綺麗な花」
「おにいちゃん。全然わかんないよ」
「……ごめんよ。リニア」
その時にほっぺをぷくりとしていた妹の事を思い出してウェルジアが僅かにフフッと柔らかく笑う。
「アンタ……」「ウェルジア……」「ウェルジアさん……」「ウェルジア君……」
「「「「わ、笑ってる!!!????」」」」
仏頂面 無愛想 不機嫌な表情しかここまでほぼ見たことがない面々が口をあんぐりとあける。
プルーナに関してはウェルジアと同じようなタイプだ。そんな彼女も、確かに会った時から字を教えたりする時も含め、これまでにウェルジアの表情の変化をほとんど見たことはなかった。
珍しく彼女も驚いた顔をしている。
「ウェルジア君って笑えるんだ」
学園に来て最もウェルジアを見る機会の多かったリリアは目を真ん丸にした後、ニヘラァと左右にクネクネして破顔しながら近づいていく。
「へぇ~ウェルジア君ってぇ~、笑うと可愛いんだぁ~!!」
他の三人もコクコクコクと首を振った。
「チ、さっさと剣を選べ」
ウェルジアは瞬時に眉間に皺を寄せて窓の外に顔を伏せる。少しからかいすぎたようでリリアは少し反省して、それを実践してみる事にした。
「と、とりあえず、ウェルジア君のアドバイスを試してみるね!」
リリアは三本の剣の内、一本を両手で掴んで持ち上げる。この中では一番武骨でしっかりとした剣だ。
「抱えるだけだと分からなかったけど、手だけで持つとすっごく重い」
「慣れてない人が持つと結構な重量ありますからね」
「つ、つっちゃいそう」
プルプルと腕が小刻みに震える。セシリーがその様子をじっと見て何かを考えている。
その後も順番に残りの二本の剣を持ちあげては置き、持ち上げては置きをしばらく繰り返すリリア。
「ううーん、ギュッ、グッ、スッ。ギュッ、グッ、スッ。ギュッ、グッ、スッ」
「リリア。なんか全部重そう?」
プルーナがどれを持っても震えているリリアを見て首を傾げた。
「どれも持ち上げるだけで結構きついぃいい」
「……ねぇ店主。非力なこの子が扱えるような軽い剣はないの?」
ショコリーは思わず苦笑いしながら訪ねる。
「う~ん。この三本は相当軽い部類なんですけど、、、あっ」
セシリーはポンと手を打って何かを思い出した様に工房へと入っていった。
続く
作 新野創
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