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111 ミス、婚活
教員棟でカレンとエナリアが椅子に座り、二人を挟んで置いてある机に拡がった資料を眺めている。
「なるほど、ふむ。職業体験……か」
曇り一つない眼鏡の奥の眼はまっすぐエナリアを見据える。視線だけで肩に僅かに力が入ることをエナリアは感じていた。
怪我で退役しているとは聞いているが目の前で鋭く視線を向けられるとエナリアとて身体がすくむ。
まるで首元にナイフでも突きつけられているかのような空気。
勿論、これまでの学園生活で何度もこうして話をしたことはあるし、一年の時は授業も受ける事はあった。
これが元とはいえ九剣騎士であった人物の纏う空気という事だろう。
しかし、これほどの感覚は以前はなかったと記憶しており、エナリアは言葉には出さずとも教師達の間でも何かあったのだろうと推測した。
オースリー以降、ピグマリオンの姿や、同級生のディアレスの姿を見なくなったこともおそらく関係がある。
エナリアが教員棟に来たのは久しぶりではあるが明らかに以前とは趣きが異なる。自身は体験したことはないが、噂に聞く戦時の前線基地のような緊張感だ。
「カレン先生、その、可能でしょうか?」
エナリアは双校祭に関してのみの話題として確認を行う。カサリと紙を机に置く音が聞こえ、カレンはこちらの緊張を汲み取ったのか柔らかい笑みを浮かべる。
「即答は出来ないが、な。おそらくは概ね可能だろう。伝統伝統とぼやきそうな者は一部いるが問題ない。あとは資料にある通りその流れで現在の九剣騎士の講演も行いたいということでいいのか?」
エナリアは佇まいを正してコクリと大きく頷いた。これは一つのチャンスでもある。九剣騎士との面識、コネクションを作るチャンスと言えるからだ。
国の現状をより正確に知るには九剣騎士達の話を聞くのが何よりも重要だ。国を変えようとしているエナリアが自分の持つ貴族としての立場で接したのでは得られない情報もあるだろうと予測している。
「はい、その学園の生徒の多くが未だに目指すその頂にいる方々の話を聴く事でより具体的にそこにいる自分をイメージしていける生徒もいるのではないかと」
当り障りのない回答で本意を濁す。目の前のカレンに本当に隠しきれているかは分からない。いっそ話してしまったほうが楽ではあるのだが元九剣騎士には違いない。
今の国の在り方を覆すという説得力を自分の言葉に乗せるには些かまだ不安が多い。場合によっては反逆罪に処される可能性もある。
カレンは信用できる先生ではあるが、信頼に足るかはまた別の話だった。
「確かに悪くない考えではある。目指すべき目標が早くにハッキリする方がいい事も多いだろう。だが……」
カレンは言い淀む。まだ若いうちに高みを知るという事は時として毒となる情報に変わる事がある。
「逆に自分達では届かないと現実を知る者も現れてはしまいそうだが……」
エナリアもそれは以前から考えていた事だった。しかし、エナリアはここで笑みを浮かべる。
そう、カレッツがある意味でカレンすらも想定していない国の未来を見ていたことが証明され笑いが止まらなかった。
「ええ、ですから商業区画にくる外の方々のお店などで職業体験を行い、同時に国内で働く他の著名な方々にも講演をお願いできればと考えております」
その言葉で、不可解な提案の線がカレンの中でも繋がってくれたようだった。こうした察しのいい相手と話すのは実に楽でいい。
「ほぅ、そういうことか、騎士以外の将来の選択肢を増やすという種を学園にいる時点から作るという訳か。悪くはないアイデアだ、純度の高い騎士だけを輩出するという概念に捉われない学園の未来を見た双校祭のアイデアだエナリア」
「話が早くて助かります。なので交渉事はカレン先生に進めていただけるとスムーズかと思いまして」
カレンは上々といった表情で色よい返事をした。
「……話を通すだけならば可能だ。が、今の九剣騎士にその対応の余裕があるかは分からないぞ。今は……なんでもない」
教員棟の空気から、国でも何かが起きている。ということは想定の範囲内であった。
相手から話題をそちらに流してくれるなら好都合とばかりにエナリアは自然に聞き返す。
「余裕? 何か国内でトラブルでも? そういえばオースリーの後もディアナ様がここへ調査にいらしてましたわね」
「お前達が気にするほどの事ではない」
探りを入れようとしたことは即座に見抜かれているようだった。今の状況ではこれ以上は双校祭での立ち回りをお願いする事にも支障が出てしまうだろうと今は引き下がる。
「そうですか、わかりました」
「……ひとまず講演の件は何とか取り合ってみよう」
「ありがとうございます」
カレンはここで空気を弛緩させてくれていた。エナリアが息の詰まるような思いをして話しているのすらも察したのだろう。
エナリアとしては隠していたつもりではあったが、まだまだ自分よりも場数のある相手の時には注意が必要だと今後の教訓とすることにした。
だが、ある種何かしらの意図をこちらが持っている事を既に察しているというのならばカレンに本心を一手打っておくのもいいかもしれないという考えが頭をよぎる。
「何やらこれまでと違う双校祭にしようとしているようだなエナリア」
エナリアは覚悟を決めて、大きく息を吸い込んで堂々とカレンに向けて発言する。
「はい、これまでの伝統を覆すような何かをするならイウェストがないこの年がチャンスかと思いまして」
「……そうだな。お前自身にも何かしらの悲願があるように思えるが」
まるで自分の会話を誘導してくれているようなカレンの言葉運び。裏がない事を即座に悟り、カレンを信じ、エナリアは口に出すことにした。
「ええ、私はこの国を変えるつもりですの、カレン先生」
察していた事とは違う内容だったのだろうか? それにしても珍しい表情を見れたものだとエナリアも心の中で大いに驚く。学生の一部からは鉄仮面とも揶揄されるその表情に驚きの色を見れたからだ。
「国を変える、ふふ、そうか、また何か困ったことがあれば私の所に来い。エナリア」
その事情も、真意も聞かぬままそうカレンは思考を介さず即答した。
「元九剣騎士であるカレン先生の協力は心強いですわ」
素直にそう答えた、現状でエナリアが頼れる中で最も国に近い存在であるカレンの協力は大きい。
「大したことはない。元九剣騎士とて、ただの人間だ。出来る事は限られる」
その表情の一瞬の翳りをエナリアが見逃すはずはなかった。カレンにも何か自分に対して力を貸そうと言えるだけの何か考えがあるのだろう。
今はどういう思惑があっても構わないとエナリアは心の中で拳を握りこむ。あくまでも今日は双校祭の話だけのつもりでいた為、思わぬ会話の収穫に内心喜んだ。
微かに遠い眼をしたカレンは瞬きをする間にその空気を遮断する。
「カレン先生?」
「エナリア」
「はい?」
「それならば一つ、私からも頼みがあるのだが」
静かに、でも、強い意志の籠った言葉で告げられる。意図は汲み取るには至らない。
だが、ここまでの話の流れがあっての提案であるということだけは分かった。
特にこちらにデメリットはどんな相談でも今のところはないだろうと小さく首を傾げる。
「カレン先生から? なんでしょう?」
「……行う予定のイベントに先生たちの部門というのを作っておいてはもらえないか?」
「先生たちの部門を!?」
今度は珍しくエナリアが驚いた表情を見せる。まさか先生達にも双校祭のあれこれに参加してもらえるという事なのだろうか? と。
確かに双校祭は生徒達だけで行う事も伝統とはなっているが先生達とも一緒に盛り上げるのならそれは確かに学園の歴史上を見ても大きな変化である。
「ああ、何とかしてもらえると助かる」
「まさかカレン先生がミスコンに興味がおありとは驚きました」
「……ん? は? え? ミスコン?」
真顔で眉の辺りがくしゃりと困惑の色に染まる。カレン先生でもこんな顔をすることがあるんだなと今日は発見が多い日だ。
エナリアはカレンの視線を誘導するように山積みの資料の中の一枚を引き抜いて一番上に乗せ直した。
「ええ、その申し出をお受けする事は構いませんが、最初に記載のあるこちらのイベント、ミスター&ミスコンテストにも当然ながら先生の部門を設置するということですわよね?」
渡された資料を読み戻り、一番最初に端的に簡素に、巧妙に書き記されている一文があった。
「学園で貴方にとっての一番カッコイイ&カワイイを、双校祭でみつけ、よう? は?」
カレンは読み上げながらフルフルと身体を震わせた。
「……後ろ二つの企画説明の濃度と説得力がありすぎて完全に頭から抜け落ちていた、ようだな」
エナリアは仲間のアイギスのように悪戯な笑みを浮かべる。元九剣騎士を言いくるめられるチャンスはそうないだろう。
いつも大人びており年相応な表情を浮かべる事が珍しいエナリアではあるが、仲間達との日々で少しずつ彼女も変わっていたのかもしれない。
「ふふ、では、全ての機会に平等に先生達の部門を作りますわね。平等に」
「まて」
「言い出したのはカレン先生なのですから、当然、全ての企画に先生方も出てくださいますわよね?」
「……く」
「ふふふ、先生達とも一緒に双校祭を盛り上げられれば素敵ですもの」
屈託のないエナリアの笑顔にカレンも肩をすくませて脱力した。
「エナリア。お前、少し変わったな」
カレンもそう感じたようだった。
「ええ、そうですわね。生徒会のみんなのおかげではないでしょうか?」
思っている通りの素直な所感を述べた。自覚がある。昔よりも笑う事が増えている最近の日々には自分でも既に気付いている。
「はぁ、他の先生達には私から説明して全ての企画へと参加を促しておく、それでいいな?」
エナリアは口元に人差し指を当てた後、カレンに手を差し伸べる。
「他の先生に全部丸投げで、逃げないでくださいませね。カレン先生。うふふ」
「……ああ」
自分の相談から発展してしまった上に、教師としての立場もある。今回ばかりは言葉を下げるわけにもいかなかった。
これは自分の目的の為でもある。仕方ないと自分に言い聞かせるが苦虫を噛み潰したような表情を抑え込むことが出来ず漏れだし苦笑いを浮かべるカレン。
「まさかカレン先生にまでこんな顔をさせられるなんて、カレッツもなかなかに策士ですわね。まぁ、偶然の流れではありますけれど」
観念したかのようにカレンは珍しく椅子の背もたれにうなだれる。
「わかった。私も全てに参加しようじゃないか。それでいいんだろう? 今回はこちらから頼んだことだからな。私も覚悟を決めよう」
「よろしくお願いいたしますわ。先生、ふふ」
騎士としての先輩である先生達がバトルロイヤル形式に出る事で、学ぶこともあるだろうという考えや教師としての仕事体験などの企画での先生枠を想定し、発言をしたはずだった。
結果的にカレッツが生徒会メンバーの前でしたようにさらっと流すように読み上げただけの企画。ミスコンにも先生部門が作られる事になったのは先ほどの自分からのお願いによるものだ。
こうなってはカレンの性格上、言い逃れなど出来なかった。
「それでは失礼いたします。本日は貴重なお時間を頂戴してありがとうございました」
深々と一礼してエナリアは部屋を出ていった。
「……これは確かに、国を大きく変える種を撒くいい機会なのかもしれん……が、想定外だ」
カレンは椅子から立ち上がり、窓際に向かって歩く。途中、視界に入った身だしなみを整える用に置いてある姿見に移る自分の姿に思わず立ち止まり見つめた後、大きなため息を吐く。
そう、カレンは生まれてこの方、お洒落とやらをしたことがなかった。
服装などは全て機能性重視、状況最適化。
無駄のない完璧な騎士としてあるべき姿。
実家にいた時もほとんどが研究者である家系に囲まれていた為、誰も来ている服など気にせず研究に没頭して、着るものには頓着しなかった。
カレンにとって全くと言っていいほど触れてこなかった未知の世界だ。
「しかし、ミスコンか、どうしたものだろうか……」
これまた面倒な事にカレンの性格上、参加するからには手は抜けない。抜きたくはない。何をするにも本気で全力でやるのがカレン・エストックの生き方だ。
今回は戦いではないのだが、彼女の中で順位、優劣を決めるというならば、全く何も変わらなかった。それは最早ある種の戦いという認識だった。
「講義の相談がてら、ディアナにでも聞いておくか」
カレンは一人、呟いて窓際で再びため息を吐いた。
この時まだ、彼女は知らなかった。
騎士ディアナではない淑女ディアナの本気の雄たけびを浴びることを。
これでもかというくらいに揃えられた衣装の数々を彼女が自分にプレゼントしてくることを。
そして、本気で婚活だと思われてしまうということを。
ディアナに勘違いされたまま進むこの双校祭ミスコン教師(生徒以外)の部への参加に向けたお洒落へのマシンガンアドバイス。
その全てを森羅万象の守護者、カレン・エストックはクソ真面目に受け止めてしまう未来はすぐそこだった。
こうしてもう一つの新たな戦いが、双校祭の裏で繰り広げられようとしていたのだった。
つづく
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