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Eighth memory 04 (Conis)
「……SC-06君に理解できるかはわからないがその問いに答えてやろう……それはマザーが君たちを愛しているからだ。だからその想いを名前という形で君たち全員に与えている。そこに優劣などない」
「あい、している?」
初めて聞く言葉のはずなのにいつものようになぜなぜではなく、不思議とワタシの胸にするするとその言葉が流れ込んできました。
ワタシはその意味を、理解する必要がないものだと思ったのかもしれません。その言葉に対する興味。それはなぜなぜ? ワタシにまるで湧き起こらなかったのです。
こんなことは初めてでした。いつもなぜなぜという気持ちになるのにその言葉はそうした疑問を口にしようというようには思えませんでした。
それ自体がなぜなぜ? な出来事でしたが上手く言葉にする事が出来そうにはありません。
それに、マザーのぽかぽかぬくぬくふわふわにこにこの理由が、その【あいしている】ということであるならば、全てがワタシの中で納得が出来てしまっていたのです。
「NO-00のいうとおりです、私はあなたたちはもちろん全ての子供たちを愛しています」
マザーはそう言って、ワタシたちだけでなく、マザーのそばで眠るあの子たち、ここにいる全員に向けてにこにこしたお顔を浮かべました。
「……マザーの寛大な愛に感謝するんだな。OB-13君のようなマザーへの反乱因子を持つものは、今すぐにでも切り捨てたいところだがーー」
「その発言は、お前のいう反乱分子である俺をも愛してくれているというマザーに対する裏切りにはならないのか?」
オービーがくしゃにがにこした表情を浮かべます。オービーがこういうお顔をしている時は【ひにく】というものを言っているのだと昔、シーエイチに教えてもらいました。
「口だけは達者だな。失せろ、君にはマザーの愛はそもそも不要なのだろう?」
「あぁ、そうだな。……マザー、そんじゃ俺は行く……」
「OB-13、あなたのこれからが良いものであるように祈っていますよ」
オービーの去り際、マザーがにこにこしたお顔でオービーへと声をかけると、オービーは振り返りそれが心底イヤイヤなようなにがにがしたようなお顔をして、お口を少し下げて小さく呟きました。
「……化け物が……」
オ―ビーが去り際に何と言ったのかワタシにはハッキリ聞き取れませんでしたが、あまり良い言葉を使ってはいないような気がしました。
オービーがどうしてマザーに対してこんなにもイヤイヤなのかはワタシにはわかりません。でも、それがいつからだったかは覚えています。
あれは確か……オービーの腕がキラキラし始めてからだったと思います。
「マザー、ワタシもOB-13を追っても良いですか?」
マザーの足の根元から、よいしょよいしょと降りたワタシのその言葉に、表情こそ変えませんがマザーからの僅かな驚きが生まれるのを感じました。
「構いませんよ。SC-06でも、何故ですか?」
「……ごめんなさい。理由はわかりません。でもマザー、ワタシは今、彼をOB-13を追いたいと思っています。ダメ……でしょうか?」
マザーのもちもちなその場所を離れてでも、ワタシは今、オービーを追いたいと思いました。
どうしてなのか理由はワタシにもわかりません。でも、ワタシの心の奥底からもにょもにょとオービーを追いたいという気持ちが湧き上がっていました。
「……良いですよ。SC-06OB-13のことよろしくお願いしますね」
マザーはワタシににこにこした表情を浮かべて、そう言ってくれました。
「はい!」
ワタシは、マザーのその答えを聞くと傍にいたヌルさんにも話しかけました。
「NO-00ひとつ質問をしていいですか?」
「なんだ? SC-06」
「ワタシが今、OB-13を追いかけたいと思うこの気持ちがマザーのあいしている、と同じ気持ちなのでしょうか……」
「……俺には判断できない事だ……それはこれからSC-06《エスシーシックス》君が、君自身で見つけるべきことなのだろう」
そう言いながらマザーを見上げるヌルさんの表情は見えません。けれど、何故だかとてもぎゅっぎゅっと胸が締め付けられるような空気をワタシは感じていました。
そんなヌルさんの言葉はワタシにはあれあれなぜなぜ? でした。でも不思議とその通りなのではないかと感じました。
「ありがとうございます。いってきます」
そう言ってワタシはヌルさんとマザーに手を振り、揺り籠を後にしました。
「あのSC-06《エスシーシックス》が成長の兆しを見せ始めた。喜ばしいことですね。NO-00」
「……アカネ……」
この場には眠りについたマザーの子供たちを除き、2人になったことでぽつりと零れたNO-00《ナンバーヌル》の一言はその静かな空間にはっきりと響いた。
その声を聞いたマザーはゆっくりとNO-00《ナンバーヌル》の方を向き、NO-00の体から何かが光の粒子となって消え仮面を取り外すと、そこに姿を現したのはナールであった。
そのナールの手には緑色の鉱石が握られていた。ナールはその鉱石と仮面を懐へと仕舞い込むと、ゆっくりとマザーの方へと近づいていった。
ナールはその眼に、目の前の……自分の知るその女性とはまったく異なる見た目の……いや、人ですらないその巨大な姿を見つめる。
唯一、その巨大な何かの顔だけは自分が愛したその人のものであるかのように感じることができた。
ナールはそんなマザーに向かって思わずもう一度「アカネ」と最愛の人の名前を呼んでしまった。
それがトリガーとなったのだろう。目の前の人ならざる巨大な存在は、ナールの知るその人物へと姿を変え、ナールの目の前へと降り立った。
それはナールから見れば、まるで求め続けるアカネがそこにいるかのような光景であった。
「どうしたの? ナール」
先ほどまでマザーだったその存在は、ナールの記憶の中のアカネという存在を完璧に再現して答える。
ナールも彼女の……マザーの【愛】を受けているため、脳が、心が、その望む声や姿や仕草を勝手に模倣して、目の前でそれを再現する。
その結果マザーをその人物だと思い込んでしまう。いわば、強力な幻覚を見せられているような状態にも近い。
今、まさにナール見ている光景は、自身が最も見たいと願った光景でもあった。そしてそれこそがナールへのマザーから与えられる愛なのである。
対象の理想を目の前に完璧にトレースし、その人物として接する。
彼女という存在がマザーと呼ばれる由縁。それは、誰もが本能的に最期は求めてしまう母性を感じさせてくれる存在であることに由来する。
症状の侵攻が進み、もう戻れないと悟った彼女たちのいう子供たちという存在はその偽りの愛を本物として感じてここへと集う。自らの最後に安息を得るために。
それはある意味とても幸せなことなのかもしれない。しかし偽物は偽物。本物ではないのだ。
本物を知っているナールにとって、それがどれほど完璧にアカネという存在を再現できたとしてもそれは偽りの存在でしかない。
どうしてマザーがアカネの顔をしているのか? その答えを知りたくてここに……揺り籠に、マザーの傍に居続けてはいるがその答えが出ることはなかった。
そもそも他の人たちから見て、ナールの目に映るものが見えているのかそれさえもわからないのである。
ナールであるからアカネの顔に見えているのか、それとも誰であれ錯覚を起こす前はマザーの顔はアカネによく似たあの顔が映っているのかは不明であった。
そして、やはりこうしてアカネとしてマザーが自身の目の前に立ったとしても、それはアカネではないと思い、自分の心を締め付け続ける。
目の前にいるマザーに罪はない。彼女はただ、自らが持つ愛でナールがもっとも見たいと思う光景を見せてくれている。
それが、マザーのナールへの……愛し方なのであった。
「いや、なんでもない」
「変な、ナール」
マザーは、真に記憶の中のアカネを再現し続ける事がナール……いやNO-00の望む光景であると信じている。
ナールの望むアカネという人物の声や姿、そして仕草……しかし、それはあくまでもナールが望む過去の思い出によって作られたアカネの姿でしかない。
ナールはそれを理解しているからこそ、小さくため息をついた。偽物であるアカネとこうして会ったとしてもこうなるであろうことはわかっていたはずだった。
満たされているようでいつまでも満たされることのないこの空虚な気持ちに自分がなるであろうことは……。
ナールは、すやすやと眠る他のマザーの子供たちを羨ましいと思った。彼らはもっとも今自分たちが求める母性を持つ誰かと最期の時を過ごして夢の中へと誘われ、そして終わりを迎える事だろう。
それは結局は夢でしかない。自分のように何の疑いも疑問も空しさも感じずにただ目の前に現れたそれぞれの母性の象徴と最後にいられるということ。
そんな夢を見られることは子供たちにとっては唯一の救いとなるのだろう。
「……SC-06の様子を見てくる」
自分の中に生まれた今の空虚な気持ちに耐えられずマザーに対して背を向けた。
それはつい彼らに教えるために口に出してしまった「あいしている」という言葉によってなのかも知れない。そのことに対して酷く後悔してもいた。
目の前の、アカネではない偽りの存在を本物として愛することが出来たならばどれだけ楽であろうか。幸せなことであろうか。
きっと、ナールの愛するアカネもナールが幸せであるならそれすらも許してはくれるであろう。
しかし何より、ナール自身がそうなることを1番望んではいなかった。マザーの中にどれだけアカネを感じたとしてもそれはアカネではないのだから。
「いってらっしゃいナー……」
「それでは、マザー……後程」
ごっこ遊びはお終いとばかりに、彼はナールからNO-00へと戻る。それを感じてかマザー自身も目の前にいたはずのアカネの姿が消え、ナールの目の前には顔だけがアカネに似たあのマザーの姿が目に映った。
「はい、いってらっしゃいNO-00」
それはおそらくさっきのあの瞬間もそこにいたであろう巨大な存在。 先ほどまで完璧にアカネとしか頭では思えなかったその存在をナールはその眼で睥睨し、再び仮面を被る。
『あなたはおひとりでは決して立ち上がることはできない。あなたは誰かに縋らなければ生きてはいけない。そんな弱い人間なのですよ。ナール団長』
シュバルツに言われた事を思い出していた。ナールは一人で自嘲するように笑う。自分は弟のフィリアのように一人で立てるような立派な人間にはなれない。
『こうして今もいなくなった大切な人を心の中で追い求めながら生きている。女々しい男だ俺は』
『アカネを……大事なものを失って、一人で立てなくなってしまった』
そう呟くとナールは懐から、緑色に光る鉱石を取り出し強く握りしめる。
するとその石から次々に光の粒子があふれ出し、眼前に鏡に映った自分とまるでそっくりな人物像を作り出していた。
「お前と俺でようやく、ここに、この場所に立つことが出来るんだ……」
そう言うと目の前のナールと瓜二つの存在は光の粒子となり、ナールはその光の粒子に包みこまれていく。そして粒子の放出が収まったと同時にナールはいつも身に着けている仮面を見に着けた。
その姿からナールを感じることはできない。仮面だけではない。彼の持つエルムが鎧となって見た目からはわからないが彼という存在をすっぽりと包み込んでしまっているのである。
使用者の望む形の道具へと変化する。それがこの世界に来てナールが知ったエルムの本来持つ性質の一つであった。
そして、ナールはこの仮面と鎧をまとい、過去のナールという存在からNO-00という存在へと変わったのであった。
全ては本物のアカネにもう一度会うため……それがこの世界で彼が……ナールが選んだ道であった。
つづく
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