EP 05 炎と氷の助奏(オブリガード)06
「具合はどう?」
「うん。もう、大丈夫……」
時間は少し遡る。ソフィがコニスを追い、天蓋跡地にたどり着いていた頃。
ヒナタの膝枕からゆっくりとヤチヨが起き上がった。
まだ、少し体調は悪そうだが、顔色も元に戻りヒナタも安堵の表情を浮かべる。
「そう。良かった。でも無理は禁物よ。念のため、診療所に戻って診察をーー」
「ヒナタ」
真剣な表情でヒナタの言葉をヤチヨが遮る。その雰囲気の深刻さにヒナタも言葉を止める。
「……どうしたの?」
「何か、聞こえない?」
「えっ!?」
ヤチヨは、そう言って険しい表情のままヒナタに問いかける。
しかし、ヒナタにはそのヤチヨが気にかけている音は聞こえてはいなかった。
ただ、ヤチヨは昔から他人には聞こえないような声や音を聞いてしまうということが多々ある。
と、ヒナタは昔本人から聞いたことがあった。
いつものヤチヨなら、自分が真面目な顔をしている時には最後まで話をさせてくれる。
そんなヤチヨが自分の話を遮った事によって、ヒナタも今の状況がただ事ではない雰囲気を感じていた。
同時に、ヤチヨの耳に聞こえた異音。その音はどんどん近く、大きくなっていた。
「ヒナタ、ここから離れよ……」
「……わかった。それなら診療所の方へ行きましょう」
注意をしつつ、周りを警戒しながら、二人はその場からゆっくりと離れて行く。
ヤチヨの不思議な予感。その勘が働く時にはいつも何かが起こる。
その言葉だけを頼りに二人は最初は、ゆっくりとやがて早歩きに、そして今は全速力で走っていた。
「はぁ……はぁ……」
「……」
聞こえてくる音も気がかりではあるが、隣で息があがるヒナタを見て普段から自分と共にある程度の運動をしているはずの彼女がここまで疲弊しているなら、ここまでかなりの距離を走っていたことになる。
しかし、それほどの距離を移動したとは到底思えない感覚がある。
先ほどまで二人がいた場所から、ヒナタの診療所までは全力で走ったとしてもここまで息が上がることはない。
……何かがおかしい。
そのことに気づいたヤチヨは無暗に動くのは良くないと肌で感じ始めていた。
「……少し、休もうヒナタ」
「えっ!? でもーー」
「聞こえてたのもだいぶ遠くになってるし、少しくらいなら大丈夫だと思う」
「そっ……そう」
ヒナタはそう言って近くの、木によりかかって大きく息を吐いた。
そしてヤチヨも自分の息がいつもよりもあがっていることに気づく。
ヒナタのためを思って休憩を提案したが、自分自身も予想以上に疲弊していたようだった。
ヤチヨもヒナタの横に腰かける。
隣に座ったヤチヨに向けて、ヒナタがゆっくりと話しかけた。
「……さっき、何を感じたの……?」
「……わからない……でも、何かとてつもなく嫌な……ぞわぞわするような……気持ちの悪い感じだった……」
「それってーー」
「シッ」
一瞬の出来事だった。音もなく、それは突然現れる。
二人が進んできた森の奥から緑色の謎の存在が現れ、目のない瞳でヤチヨとヒナタを探しているような素振りを見せる。
しかし、その姿は人型だったあれとは異なり器用に6本の足を動かし、少しずつヒナタとヤチヨとの距離を縮めている。
咄嗟に茂みに隠れて様子をうかがう。その不気味さに、ヒナタもヤチヨも動けずその場で息を殺す。
しばらくするとゆっくりとその巨大な緑の怪物は別の場所へと移動していった。
「ヤチヨ……あれ……」
「逃げよう……ヒナタ」
「逃げるってどこへ!?」
「とにかく逃げなきゃ!! あれは……嫌な感じがする」
これまで見たことのない真剣でどこか怯えた表情にヒナタもこれ以上何も言わずに、言われるがまま足を前へと動かし、二人は森の中をひたすら進む。
進み続ける中で、ヤチヨとは異なる観点でいつも森とはどこか様子が違うことにヒナタも違和感を生じていたが、今の二人にはそれを気にしている余裕などない。
初めて見る巨大な緑色の怪物を度々見かけつつ、その度にやり過ごし。二人は逃げ続けていた。
昔、学院で警備ロボットからの逃走劇を繰り拡げた時とは比べ物にならない恐怖と緊張感に包まれる。
あの時、心強く、頼もしく自分達を助けてくれた二人はここにはいない。
どのくらいの時間が経った頃であろうか、周囲を見渡していたヒナタが何かを見つける。
「あれ……これって……」
「どうしたの? ヒナタ?」
「ヤチヨ……ここさっきも通ってきたわ……」
「えっ!?」
ヒナタのその発言に、ヤチヨがゆっくりとヒナタが立ち止まった方へと寄っていく。
ヒナタは一つの木を指さし、今、自分たちに起きている状況を共有するためにゆっくりと口を開いた。
「ここを見て。特徴的な木の傷がある。これ、印象的だったから覚えていたの」
ヒナタはこの状況においても、冷静に周りの情報を拾っていた。何がどこでどのように役に立つか分からない事を彼女は誰よりも良く知っている。
誰もが混乱してしまうであろう状況において、非常に冷静だった。
今、彼女は危機的状況において必要な視野を持ち、情報を整理する事が出来る。
それが今のヒナタの強さ。そんなヒナタの言葉をヤチヨは少しも疑うことはない。
「やっぱり……あたしたち……」
「でも、どうして……この森はそんなに迷うような場所でもない。一直線に進めば抜けられるはずなのに……それがどうして……」
ヒナタの話の途中。ヤチヨの頭に激しい頭痛が襲う。
その痛みに耐えられず、その場に思わず座り込んだ。
そんな、彼女に対してヒナタが心配した表情で寄り添う。
「ヤチヨ!! どうしたの!?」
「わかんない……でも……急に頭が……痛い……」
再び様子がおかしくなったヤチヨの表情は再び少しずつ青ざめていった。
その表情を見てヒナタも苦悶の表情を浮かべる。
腰を下ろし木の幹へと背を預けて周囲の様子を見るが原因が分からない。少し距離のある場所でガサガサと木や草の擦れる音が聞こえる。
先ほどから逃げ続けているアレがまた近くにいるのかもしれない。二人の冷や汗が頬を撫で、ぽたりと地面へと落ちる。
いまの静けさの中ではそんな微かな音ですらもハッキリ聞こえ、二人の不安が増々大きくなっていく。。
そして、ヤチヨが信じられないことをヒナタの耳元へと囁いた。
「……ヒナタ、あたしは良いから。ヒナタだけでも逃げて」
「えーー」
「今のあたしがいたら足手まといにしかならない……そんなの嫌だ……」
ヤチヨの真剣な表情にヒナタも言葉を飲み込んでしまいそうになる。
昔のヒナタだったなら、今の彼女の言うとおりにしたかもしれない。
しかし、今のヒナタは、あの頃の彼女と違う。彼女の答えは決まっていた。
「……ぃゃょ」
「ねっ、ヒナタ……早く逃げて。手遅れになるまーー」
「いやよ! ヤチヨが動けないなら、私が貴方をおぶってでも走るわ!!」
ヒナタはヤチヨの話を遮って叫ぶ。その瞳には強い意思が宿っていた。
もう二度とあんな想いはしたくない。
昔、自分の目の前から突然いなくなったヤチヨ。
何も出来なかったあの頃とは違う。
「そんなの……無理だよ!!」
「無理なんかじゃない!!」
「ヒナタ……」
子供みたいな問答を続け感情的になった二人の声に反応したのか、先ほどの音が近づいてくるのが分かる。
見つかってしまったのかもしれない。音が聞こえる範囲から推測すると複数いることが分かる。
今はまだ包囲されていないようだがこのままでは、居場所を特定されるのも時間の問題だろう。
「……ねぇ……お願いだからあたしを置いてーー」
「嫌よ! もう二度と離れない!!」
「でも……このままじゃーー」
ヒナタがヤチヨの左手を自分の右手で強く握りしめる。
握った瞬間。言葉は強くとも実際にはヒナタも震えていることに気づく。
そして、自分の手もまた震えていたことにヤチヨは初めて気づいた。
「あなたがここで終わりを迎えるなら、私も一緒に行くわ。どんなことが起きても、最後までヤチヨと一緒にいる……そう、決めたの」
そう言って、ヒナタがヤチヨに向けて笑みを浮かべる。その笑顔に恐怖や恐れはない。
その笑顔を見て、ヤチヨも彼女へと笑みを返す。
「うん……ありがとう……ヒナタ」
その言葉を聞き、二人は覚悟を決め。キッと強い視線を木々の音の鳴る先へと向ける。
視界に入ったのはゆっくりと二人の死を運んでくるかのように、謎の生物が近づいてきている姿だった。
つづく
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