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EP07 表と裏の対舞曲(コントルダンス)04

「……」
「んっ? どうした!? ゼロ!! 何故、そんな血まみれに!! まさか私の知らない間に襲撃がーー」

 ゼロの部屋へと入ったシュバルツが見たもの。

 それは部屋の窓の近くで頭から血を流しているゼロの姿。
 最強であるゼロが負傷するほどの存在がいるのではという焦燥。

 そんな相手が近くにいるのであれば、シュバルツにとってこれ以上ないほどに恐ろしいことであった。

 しかし、そんなシュバルツの考えを否定するようにゼロが口を開く。

「……違うナ……これハ……俺ノ心喰(こころぐい)ヲ打ち破られた……代償ダろう……」
「心喰……?」
「心ヲ喰らうのハ、何モ利だけがあるわけではナイ……俺ニとってノ不都合な事もあるトいうことダ……」
「どういうことだ……?」
「俺ノ心喰は、相手ノ精神へ忍ばせ……その記憶ヲ……思い出ヲ喰らい……個ヲ奪う……個ヲ奪われた者ハ我を失い、存在ヲ失う……後は空虚ナ存在にすることデ、そいつらニ自分の都合ノ良い役割ヲ与えることガ出来るようにナル。お前ノ持つ調律者(コンダクター)力によってナ……」

 心を喰らうには隙間がいる。
 ゼロは以前、そのようなことを言っていたことをシュバルツは思い出した。
 あの時は完全には理解していなかったがようやく府に落ちた。

「なるほど……理解はした。しかし、それとお前の言う代償とは……どう結びつくんだ……?」
「心喰ハ……一度入り込んだ対象から常ニその心ヲ喰らい続ける……だが……その心喰ガ消滅した時……俺にそのダメージガかえってくる……それが、心喰ノ代償だ……」
「なるほど……遥か昔にほろんだ国の文明の一つである……呪詛返し……のようなものか……」
「良くわからんガ……多分似たようなモノだろう……だが、これまでニそんなことは一度モ起きた事がない」

 強い力には必ずそれ相応のメリット、デメリットがある。
 目の前の化け物のようなゼロに対してシュバルツは少しばかり親近感を感じつつあった。

 自身の腕に身に着けている天の腕輪をじっと見つめる。

 この腕輪の力にもきっと何らかの代償があるに違いない。
 しかし、そんなことは目的の為には些細なことだ。
 
 どんな代償であれ、自分がその代償を受けることはない。
 そのためにゼロ……という存在の行動を掌握しているのだから。

 シュバルツが、ゼロの身を案じたのは決して人間らしい他者を労わる気持ちの現れなどではない。
 自分の目的のために、ここでゼロが使えなくなるのは大きな損害になってしまうからに他ならない。

「しかし……」

 話を終え、ゼロの口角が上がる。

「何故……笑っている……ゼロ……?」
「……面白い……面白いゾ……SC-06《エスシーシックス》……もっとダ、もっと俺ヲ楽しませろ……」

 そんな二人に近づくように足音が近づいてくる。

「誰だ!?」

 シュバルツが足音のする方へと振り向くと、一人の男が外套を纏ったまま歩いてきた。

「……ほう……わざわざそちらカラこちらの懐ニ飛び込んでくるとはナ……面白い……ほぉ、今のお前ハ隙間だらけノようダ……喰わせてもらうゾ……太陽ノ子よ……」

 ゼロが、戦闘体制を取り同時に戦闘体制を男も取る。その瞬間。月の光が彼の赤髪を照らし出していた。

「んっ……ここ……は……」
「あまり動かないで」

 眩しさに目を細めつつソフィがベッドから起き上がろうとしたタイミングで、ヒナタの鋭いペンが視界を横切る。

 自身も肩に包帯を巻いているにも関わらずヒナタは語気を強めソフィを制した。

 気を失ってからすぐ後。駆け付けたフィリアに運ばれ、ヒナタの診療所へとソフィは担ぎ込まれていた。

「外傷は大したことはないみたいだけど……かなり疲労しているみたいね……今日、一日は少なくとも安静にしていないとダメ……」
「ヒナタさん!! コニスは、コニスは今どこにーー」
「心配しなくても大丈夫さ。ソフィ」

 柔らかな笑みを浮かべながら、フィリアが部屋へと入ってくる。
 ソフィに視線を向けた後、机で何かを書いているヒナタへと声をかけた。

「ヒナタ……僕としては、君にも休んでいて欲しいと思うんだが……」
「えぇ。休むわ。ただ、ソフィのカルテだけはしっかり残しておかないとーー」
「だめだ」

 そう言ってヒナタからカルテをフィリアが取り上げる。
 ヒナタも立ち上がり片腕で、フィリアからカルテを取り返そうと手を伸ばす。

「意地悪しないでフィリア!」
「意地悪なんかじゃない……僕のせいなのはわかっているけど……君も怪我をしているんだ……医者としてソフィが心配なのはわかる……でも僕はーー」

 そんな言葉を吐き出し続けるフィリアの口をヒナタは唇で塞ぐ。
 フィリアは突然の出来事に思わず、カルテをその場に落としてしまう。

 口づけをされること……その行為自体はフィリアにとって驚くべきことはない。
 ただ、このような状況でされるとは思ってもおらず完全な不意打ちをくらってしまった形になった。

 ヒナタは小さく笑みを浮かべると姿勢を屈め、そのまま取り落としたカルテを拾う。
 フィリアは小さくため息をつき、ヒナタを机に座らせまいと自身が椅子に座った。

「ねぇ……フィリア……お願いよ。本当に【これだけ】だから」
「君の【これだけ】は信用ならないからね……」
「もー……じゃあ……ちゃんとお願いをーー」
「あんたたちところかまわずいちゃついてるんじゃないわよ……」

 いつの間にか、呆れた表情を浮かべたヤチヨと不思議そうな表情をしてヤチヨの隣にちょこんと立っているコニスがその場に立っていた。

「やっ、ヤチヨ!? いっ、いったいいつから!?」
「いちゃつきに関して言うなら、最初から……フィリアが診療室に入ってヒナタからカルテを取り上げた所から一部始終……」
「もー……声をかけないなんて、ヤチヨも意地悪ね」
「何が、意地悪ね……よヒナタ。あんたたちコニスちゃんやソフィがいるんだからそういうのは二人きりの時にーー」
「そういうのってのは……どういうの? ヤチヨ」
「だっ、だから……その……」

 ヤチヨの顔が徐々に赤みを増していく、ある程度真っ赤になったところでフィリアが静止の言葉をかけた。

「ヒナタ、からかうのはその辺で終わり。コニスちゃん、だったね」
「はい」
「ソフィも起きたところだ、顔見せてあげてくれないか?」
「わかりました」

 コニスはそう言うと、ぽてぽてと室内に歩き進み、奥にあるソフィの眠っていたベッドへと近づいた。

「ソフィ……大丈夫ですか?」
「コニス。良かった君が無事で」

 ソフィはいつものコニスの顔を見て、ほっと胸を撫でおろす。
 コニスはそのままソフィの近くへとさらに寄る。

「声……聞こえました……」
「声?」
「はい。ソフィの声が……聞こえたら、ワタシはポカポカしたんです」
「コニス……あの子は?」
「……わかりません……声は……消えてしまいました……」

 コニスが、そっと胸に手をあてる。

 自分の中から、少し前までは聞こえていた内なる声。
 その声がコニスの中から突然消えてしまった。

「彼女は……いなくなったってこと……?」
「わかりません。でも……そうなの、かも知れません……」
「そう、か……」

 コニスがソフィの手を取り、目を見つめた。

「ソフィ……ワタシ、またソフィに会えて嬉しいです」
「コニス……うん。ボクもだよ」

 握ったコニスの手をそっとソフィが握り返す。
 そのまま見つめ合い、少しずつ二人の顔が近づいていく。

「何……呑気に恋愛模様を繰り広げてるのかなぁキミたちは?」

 見知らぬ声に、全員がその声の方へと振り向く。
 窓の向こう。何もないはずのその場所に宙に浮いているように存在していたのは見知らぬ一人の女であった。

「誰だ!!」
「いっしっしっ、そんな怖い顔をするなよ。フィリア、さっきまでヒナタとのやり取りを見られてヤチヨにからかわれそうになっていた君の顔はとてもかわいらしかったよ」
「なっ!? なんで、僕たちの名前を……!?」
「それにソフィ、そしてまさかあんたがもう一つの鍵だったなんてね……SC-06《エスシーシックス》……いや、今はコニス……だったね。いい名前だ」
「なっ……!!」
「ワタシのことも知っているのですね」

 おちゃけた雰囲気を醸しだしてはいるが、全員の警戒心がさらに高まる。
 目の前に突然現れた謎の女。
 
 この女は何もかも知り過ぎている。

「本当は……ベレスの役割は……あの子に全部預けて……ボクは舞台裏に引っ込もうと思っていたのだけれど……どうやらそうも言ってられない状況になっちゃったからねぇ……危険な賭けをしてまでここに来た、というわけさ」
「何を言っているんだ……あなたはいったいーー」
「なんでもかんでも真実をすぐに求めるその性格は悪くない。けどね……フィリア、まずは最後までボクの話を聞いてくれないか……? いつでもボクを倒せるようにと準備している氷狼の力は抑えてさ」

 フィリアはその発言に衝撃を受ける。
 まだ、目には何も力を発現させずその気だけを練っていたはずなのに目の前の女はそれすらも見抜いていた。
 それだけでフィリアの目の前の女への警戒度はまたひとつ上がっていく。

「まぁ……フィリアだけじゃないね……コニス……今の君はあの時のような戦う力を今は使えないはずだよ……」
「えっ!?」
「……」
「あの狐は……君に迷惑だからと今はなりを潜めている。警戒はしているみたいではあるけどボクに対しての戦闘意思はまだ君にはないみたいだからね」
「そう、ですね……」
「それで……けっきょくあなたは誰なんですか……? 何故、ここにーー」
「ボクがここに来た理由。それは、君たちにサロスの居場所を伝えるためさ」

 その一言に全員の目が大きく見開かれる。

 待つというヤチヨの言葉を尊重はしたが……見回りの最中など、それとなくサロスの行方について、フィリアとソフィは探っていた。
 
 待つ、とは言ってもどこで、今、何をしているのかそのおおよそのことがわかるかわからないかという差は大きい。
 
 しかし、聞き込みを中心に探ってはみたもののその痕跡すら見つけることができなかった。
 そのサロスがどこにいるのかを知っている人物が目の前にいるのだ。情報が本当かどうかまでは分からない。だが、話してくれるというなら何かの手掛かりにはなる。

「サロスが今いるところ……それは天蓋を抜けた先の世界……この世界の裏側さ」
「なんだって!?」
「しかも、今のサロス一人じゃ絶対にこっちには戻ってはこれない……だから、君たちで迎えに言ってくれない?」

 そんな軽いノリで伝える謎の女にどう返せば良いかわからず、皆が戸惑っているとヤチヨが声を上げた。

「いいえ。あたしたちは迎えにはいかないわ。だってサロスは……帰ってくるもの」

 そう言ってヤチヨが一歩前へと進む。
 その様子を見て、少しだけ女の笑顔が崩れる。

「あの子の気持ちを汲んでくれたことは嬉しい事だ。でもヤチヨ……そしてコニスあなたたちに、もう幾つか伝えておかなければこともあるんだ」
「えっ……?」
「ワタシたちに……ですか?」
「それはとても大切な事で、もしかしたら長く共に過ごした思い出のある君たちにとっては残酷な真実かもしれない。それでも知らなければならない。これからの為に」
「……一体何を言って……」
「あの子の……サロスの正体……そして……この世界で今、何が起きているのか……をね。十分な時間がもう、残されていないから」

 先ほどまでのおちゃらけた雰囲気とは一変。女の表情が絶望に染まったように変わりゆく。その空気の変わりようにヤチヨの身体が小刻みに震えていた。

 まるで、そこから先の話を聞いてはいけない事なのだと、知っているかのように。

「サロスの、正体?」

 天蓋から戻った後、ようやくサロスと再会したあの時から少しずつ感じていた微かな違和感、その答えを自分以外の誰かに出されてしまうということにまるで心の準備が出来ていない。

 目の前の女の表情よりも尚、奈落へと落ちていくように血の巡りがその顔を青白く染め下げていった。


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