Eighth memory 07 (Conis)
オービーが槍を元のキラキラした何かに戻すと、突き刺さっていた人の身体がドサリという音と共に地に落ちたのが見えました。
その様子を横目に既に体の大半が変化し全身がトゲトゲしていてキラキラする塊となった暴走した彼は、特に明確な意思もなく本能を剥き出しのままオービーの方へと突進して行きました。
既に先ほどまでの状態から逸脱し、迫りくるその異形の存在となった彼はどこか苦しむような奇声を上げています。
オービーはさっきまで彼らが使用してたキラキラ光る何かを転がりながら拾い、先ほどと同じように不格好ながら槍の形状に変え、その突進を受け止めようとしました。
けれど予想外の相手の力強い衝撃にピキピキとヒビが入り、そのままパリンという音と共に砕けてしまいました。
多少勢いを弱めることは出来たとは思いますが、やはりその力は強く目の前のオービーはそのまま数メートル程度吹き飛ばされてしまいました。
「っ、なん、だと、くっ」
その暴走した彼はゆっくりと赤い光を放ちながら、ワタシの方を向きました。恐らく、新たな獲物を見つけた、というところでしょうか……。
「ち、そこから逃げろ!! エスシー!! 暴走状態の相手にエルムのないお前が挑むのは危険だ!!」
ワタシを心配するオービーの声はしっかりと耳に聞こえてはいました……でも、それよりも、ワタシの中に眠る何かがワイワイと喜んでいるように感じました。
目の前に迫る未知なる恐怖にワタシはビクビクすることなく、逆にワクワクに近いものを感じて一歩前に踏み出します。
「エスシィィィィィィ!!!! 逃げろォォォォォォ!!!」
「グぎ、キ゚ィイイイヤアアアア」
「クラ・イ……オ・フェン……」
急にワタシは頭の中に浮かんできた言葉を呟く。
口にした途端、ワタシの胸が急にあつあつになり、暴走した彼の拳がワタシに触れようと迫ったその瞬間。
それは起こりました。
相手の拳はワタシには届くことはなくだらりと垂れ下がる。ワタシの腕から伸びた白くつららのような切先の短剣が暴走した彼の体を貫いていました。
ワタシはその自分の腕から伸びているつんつんしたものを初めて見たはずなのに、どこかすやすやねむねむしてしまうような不思議な温かさを感じていました。
「バかナ……おマエハ……エルムを所持してなどいなかったハ、ズ……」
「……さようなら……おやすみなさい」
「やめ……止めろ!!! エスシー!!」
……オービーのそのしくしくした大きな声はワタシにも聞こえていました。
でもワタシの体はそれに反して、徐々に石となり動かなくなっていくその暴走した彼の体を何度も何度もワタシの腕から伸びた短剣で貫き砕きました。
その時、ワタシは自分でも驚くほどににこにこの気持ちを感じていました。
ワタシたちに必ずあるというこの【せんとうほんのう】をワタシは初めて自覚したのです。
この【せんとうほんのう】が自分で抑えきれなくなる……それをワタシたちは暴走……と呼びます。
そしてその暴走を引き起こす【せんとうほんのう】こそがワタシたちの本来の生きる役割であり、始まりを自覚する瞬間です。
でも、その始まりを意識した瞬間から、同時にワタシたちの終わりを告げることと同じでもあります。
「やめろ、って! 言ってんだろ!! このバカ野郎っ!!!」
オービーのむかむかいらいらした大きな声がワタシにだんだんと近づいてきます。その声すらワタシは気にはなりませんでした。
そう声だけであったなら、きっと気にもしなかったはずなのです……。
オービーは声だけでなく、ワタシを背中からギュっと抱きしめたのです。
ドクンドクンというオービーの生きている音を聞くと、ワタシの胸のあつあつは少しずつひえひえになっていき、ワタシも段々と目の前の光景がなんだかいやいやになっていったのです。
「もう、いいだろ!! そいつはもう何もできない!! それ以上痛めつける必要はねぇ!!」
でも、そんなワタシの気持ちとは真逆に右手が剣先をオービーの方へと向けます。
そんな中、頭の中で声がするのです。それはとてもイヤイヤな声でした。動かなくなり面白みのなくなった目の前の暴走した彼でなく、オービーと戦え戦えと……。
「エスシー!! 自分を見失うな!! 今、聞こえているかも知れない内側からの声を聞くな!! 内なる意思を打ち破れ!!!」
そう言いながら、彼も自分の内なる声に苦しんでいるようでした。
オービーの体がすごい勢いであのキラキラした何かに変わっていく。
暴走の兆候……なのかも知れません……。でも、オービーはその【せんとうほんのう】を無理矢理に抑えつけているようでした。
オービーのいう、内なる意思。頭に響くこの声はーー?
ワタシの……ワタシ自身でしか……打ち破れない……ワタシの気持ち。
「あっああああああああ!!!!!」
自分でも出した事のない、魂から猛るような叫びを上げ、ワタシは自分の右手を左手で掴みました。
頭の中で反発する声がいっそう強くなります。でも、その声に負けないようにワタシは必死に叫び続け、オービーを突き飛ばしました。
同じく、オービーも抵抗するように声を張り上げています。
ワタシに突き飛ばされたオービーとの距離が一歩、また一歩と近づいていきます。ワタシの体は既に内なるこの【せんとうほんのう】による気持ちに支配されつつあるのかも知れません。
でも、ワタシはイヤです。オービーとは楽しいわくわくにこにこした時間を過ごしたいのです。
だから……ワタシはーー。
ワタシとオービーが声を張り続けた結果。後、一歩でお互いの武器が触れ合うほんとうにギリギリのところでワタシの頭にうるさいくらい響いていた【せんとうほんのう】の声が消えたのです。
ワタシの腕から伸びていた短剣はすっかり消えてしまい。オービーもその場に持っていたキラキラした何かを捨て去りました。
「オービー。ワタシはーー」
「せんとうほんのうへの抵抗……本当に出来ちまうとはな……これも……そうか……お前の」
そう言って、オービーがその場に寝転がりました。
彼の表情には疲労感が滲んでいました。
そして……彼の体の侵攻は明らかに進んでいました。
右手だけだったはずのオービーの綺麗な石のような部分が左足から腰の辺りまで変わっていたのです。
「オービー? 大丈夫ですか……?」
「あぁ? 足のことか? 動かしずらくはあるが、右手のように完全に動かせないわけじゃない……ただ、これ以上侵攻が進めば……どうなるかは俺にもわからねぇ」
「そう……ですか……」
「それより、お前はどうだ? エスシーお前もーーどうやら平気……そうだな……」
「はい。ワタシにも右手への侵攻の症状が先ほどまではありました……しかし、今はそのような症状は全く現れてはいません」
一度侵攻した症状が退行するなんてことは今まで起こり得ないことでした。
ワタシ自身にも自分に何が起きたのかわからないなぜなぜな状態でした。
でも、オービーはそんなワタシとは違ってどこかふむふむと納得したお顔をしています。
「そう……か……」
オービーは侵攻した足を引きずるように歩き出しました。
「オー……ビー?」
「……行くぞ。揺り籠へ……マザーのところへ行くぞ、エスシー……」
「えっ!?」
「聞きたいことが出来た」
「聞きたいこと? ですか?」
「あぁ、そうだ」
「わかりました。オービー。揺り籠へ向かいましょう」
オービーの何かを確信しているような目を見て、ワタシは彼の意見に同意しました。揺り籠へ向かう途中、お互いに何も話さずとても静かな時間が流れていました。
つづく
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