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173 他者への興味
「ここから先はどうだ?」
周囲を調べに行ったフェリシアが戻って来る。まだ少し緊張感が残っている。おそらくはあの女がまだ戻って来る可能性を拭えずにいるのだろう。
俺とてそれは同じだ。先ほどから変わらず周囲に意識を張り巡らせ続けている。
「まだ奥にも道は続いてるみたい。けど、探索はここまでにしたほうがいいね。逃げ戻った他の奴らも無事だといいけど」
「そうだな」
流石にこれほどの異常な事態が続いていてこれ以上の情報集めは無駄だろう。入り口付近への帰路につこうと俺はリリアを抱えて立ち上がる。
「まだ、リリアは起きないのか」
「ああ」
「とりあえず戻るとしよう。あーしらもヒボン達に合流しねぇとな」
「そうだな」
ふと視線をやると先ほど光の中へと消えた二人の九剣騎士の姿が未だに脳裏に焼き付いて離れないままの場所が目につく。
あれは一体なんだったのか。決して白昼夢などではない。俺は彼らの事を全く知らないというのに。
だが、その姿が残り続けている。あれが今代の九剣騎士たる人物の最後の姿だというのか。
起きた事態に未だに思考が付いてこない。
目を凝らすと彼らが消えた足元には二つの指輪だけが残されていた。俺はその指輪を拾い上げて回収し懐へとしまいこむ。
「この事は報告すべきことだろうね。その指輪があれば証明できる、とはいえどうなってんだ」
「ヒボンの元へ戻るぞ」
「そうだね、少し急ぐよ」
「問題ない」
心が落ち着かず気が張っているのが自分でもわかる。どうしてここまでざわつくのだろうか。これも先ほどまでいた見知らぬあの女のせいだろう。
入口まで戻る途中にグリベアにやられた生徒をフェリシアが見つけて無言で運び始める。その横顔は鬱蒼としている。
どうしようもなかったとはいえ探索班のリーダーであるフェリシアはこの事に責任を感じているのだろう。
結局のところ今回の探索での収穫は水源だけだ。
洞窟の中を戻りつつ先ほどの戦いを思い返してしまう。九剣騎士ゼナワルド。俺の剣がまるで歯が立たなかった。それでも何か運命的な救いがあったことは確かな事だ。
もしも、俺がこの出来事の直前にあのシュレイドと、あいつの剣と出会っていなければ、見ていなければ、そしてこの身で受けていなければ。
きっと先ほどの場所で妹を残して俺も屍となっていた。そして誰にも気付かれずに俺の国への復讐は終わっていた事だろう。それを断言できる何かがあった。
復讐か。
誰に。
何のために。
奴隷という身分であった両親を死に至らしめた国の騎士達への復讐。
のはずだった。
だが、その先はどうする。
俺は、復讐をしてどうするつもりだったんだ。
リニアを一人残していくわけにはいかないというのに。
結局、また俺は命拾いをしたということだけは分かる。
生かされた。
何かに。
俺はまた救われてしまった。
まだまだ弱い俺がまた何かの巡りに救われた。
学園に来て知る世界は広かった。これまでの思い上がった自分の言葉の数々に今更ながら恥ずかしさが込み上げる。その事実に唇をかむ事しか出来なかった。
どうしてこんなにも焦りを感じるのか。
わからない。
俺は何のために強くなろうとしたんだ。
『俺はいつか必ず、必ず君の元へと戻って来る』
脳裏に微かに、朧げに誰かの声が響いて消えた。
これまで生きてきた歩みを根底から否定されるような心持で洞窟に響く自分の足音と背中にいるコイツの呼吸の音を聞き続ける。
洞窟の中を入り口まで戻ると逃げた生徒達は怪我などがある者もいたが、ほぼ全員無事なようだった。
探索の途中でグリベアに襲われ命を落とした一人の生徒を全員で弔った。
弔うと言ってもこんなところで出来る事は限られている。
寝袋の中に亡骸をしまい込み、その姿が見えないように閉じただけだ。
名を知らないこいつも俺が知らない何かを背負って生きてきたのだろうか。
他人に興味のなかった自分がこんなことを考えるようになったのはいつからか。
気が付けば俺は目を瞑り、知りもしない一人の生徒へと祈りを捧げていた。
そこへヒボンがそっと肩を叩いてきた。
「ウェルジアくん」
神妙な顔のヒボンへと俺は強く進言した。これは直感だ。それ以外の何物でもない。
「ヒボン。全員ですぐにここを出立するべきだ」
「え、いきなりどうしたんだ?」
「体力があるうちに動いた方がいい。このままではジリ貧。水源は見つけた。補給をしたら即座に動くべきと思う。でなければ俺達は待つという判断を後悔する事になると、思う」
自分でもどうしてこのような提案をしたのか分からない。ただ、このままここで待つという選択肢の先にある未来がどうしても俺達が生き残る道を見せてくれない事に気付いてしまったのだ。
ここに留まれば100%の終わり。
だが、ここを動けば1%以上は雪原突破の可能性が生まれる。
全体の体力が落ちれば落ちるほどにその確率は下がる。
天候が変化しないのであれば多少強引にでも動き出すより他ない。
「……」
目の覚めないコイツの様子も気がかりだ。出来れば早く適切な処置をせねばと思う。
まだあの姿も脳裏に焼き付いている。戦う術がないはずにも関わらず、激昂しあの女に向けた瞳が焼き付いて消えない。
一体何がコイツの逆鱗に触れたのか。
いや、分からなくはない。
昔の自分を重ね合わせれば自ずと分かる事がある。
あの時に現れたのがもしも、もしも自分の両親であったならば俺とて自分の心を制御する事など出来なかっただろう。
それをコイツは見ず知らずの人間に対して行ったというだけの事だ。知らない誰かのためにあれほどまでに怒る事が出来る人間だというだけだ。
コイツはきっと俺と同じなんだ。
きっとこれまで特定の誰かに悪意を向ける事などなかったのだろう。
ただ漠然とした悪意への憎悪はあって、それが今回は特定の人物になった、なってしまった。
その感情を向けるべき対象があれば俺だって自ずとそれを向けてしまう。
昇華する先を探し続けている者同士ということだ。
普段の姿からは想像もできない程にアイツは、苦しみを抱えていたのだろう。その根底にある何かは分からない。
だが、コイツが歌とやらを行う時に生まれる空気がそれを伝えてきていた。
理不尽なこの国へ、この国に住まう人々へ何かを訴えかけているような声。
それでいて癒しを与えてくれるような温かさも同時にあって、俺はそんな歌声に聞き入っていたのだろう。
「……??」
「起きたのか」
見慣れない長いピンク色の髪のコイツが起き上がって俺の瞳を見つめる。
「大丈夫か?」
「ウェルジア、くん」
ぼんやりとした瞳でそれでも何かを訴えかけるようにして視線をそらさない。
「あれは、夢などでは、ない」
「そっか、そ、っか、うん」
小さくそう呟いたコイツはそのまま俯いたままピクリとも動かずそれきり黙り込んだ。
俺に何かが出来るはずもない。
気の利いた言葉など当然言えるはずもなく。
ただ、何かに下唇を噛んで耐えているようなその姿をじっと見つ続ける事しか出来なかった。
「どうしたら、よかったのかな」
その言葉は俺に向けられている言葉だ。
いつもなら、知らん。
そう一蹴していただろう。
「……理不尽から大切なものを守れるのは、強さだけだ」
「強さ」
「ああ」
「私、強く、なれるかな」
「……」
どう答えたらいいのか分からない。こんな時に相手にかける言葉を俺は持ち合わせていない。
「なれるわけ、ないよね」
だから、昔、妹にしたようにそっと頭に手のひらを置いた。
「えっ」
無言でやさしく撫でる。いつも妹が泣いていた時にしていた。こうすればいつも妹は泣き止んでいたからだ。
だが、コイツは違った。
「ふ、う、うう、ふええええええんん」
「なんでだ」
泣きそうな顔だったコイツは大粒の涙を零しながら泣き喚いていた。
この方法しか知らない俺はただひたすらにわしゃわしゃと冷えたコイツの頭を撫でまわすことしか出来なかった。
「チッ」
俺の舌打ちが洞窟の中に小さく響くのを自ら耳にして、俺はもう一度舌打ちをしてしまったのだった。
つづく
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