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EP07 表と裏の対舞曲(コントルダンス)07

「……ここからどうやって……」

 翌日、五人はしっかりと休息を取り。改めて天蓋跡地へとやってきていた。

 天蓋という場所に関していい思い出はあまりない。
 しかし、自分たちが赴かなければならない場所。
 サロスを助ける。それは、皆の共通した想い。
 
 謎の女性……【イアード】と名乗ったあの謎の女性の言葉を完全に信用することはできない。
 しかし、否定しきることもできない。

 そもそも、サロスに関しての手がかりが何もない今の状況から考えればわずかでもあるその可能性にかけるしかなかった。

 ただ、天蓋が崩壊してからというもの、ここで何かが見つかった試しはない。
 本当にここからコニスの居た世界へと向かう事は出来るかという不安ばかりが募る。

「なっ……これは!!」

 ソフィが驚きの声を上げる。
 今までそこにはなかったはずの大きな門が、開いたり閉じたりしていた。
 こんなものがあったなら、見逃すはずはない。

 しかし、今、目の前にその門は存在している。
 その緩くなった扉が前後に動く音はまるで怪物の声のようにも聞こえてくる。

「僕等がこちらの世界に戻ってきて来たときも一度この門は見た……でも」

 フィリアがその門を改めて見上げる。
 自分たちが戻って来たときはその門は完全に閉め切られていたはずだった。
 目の前の扉はゴーッという音を響かせ続けながら脆くなった扉が前後に揺れている。

「扉はもうその役目を果たせなくなっているのかも知れません」
「コニス……?」

 何かが乗り移ったようにコニスの雰囲気が変わる。そしてそっと扉に触れる。
 その些細な力を加えるだけで門は容易くその先を五人へと見せつけた。

 今まで見た事もないその空間の奥にはすべてを飲み込もうと大きな口を開いたような巨大な穴が待ち構えており、コニス以外の全員が少しだけ怯みかけてしまう。

 そこには以前には確かにあったあの守護神の像が安置されていた空間やコニスが訪れたあの不思議な部屋の痕跡すらない。
 今そこに広がるのは闇。果てしない闇だった。
 人間であれば、誰もが竦み、怯え、萎縮してしまうその闇へとコニスが踏み出す。

「先に行きます」

 そう言って、コニスが何の躊躇もなく扉の中へと飛び込む。

「こっ、コニス!!」

 ソフィの静止の声もだんだんと姿が遠くなっていくコニスには届いているのかすらわからない。

「……」
「ヤチヨ!!」
「あたしも……行く……この先にサロスがいるかも知れないんだもん!!」

 そう言うと、ヤチヨもそのまま穴の中へと飛び込む。
 先の見えない暗闇の中に飲み込まれていくようにヤチヨの姿もすぐに見えなくなってしまう。

「フィリア」
「うん。わかってる。ソフィ、覚悟はいいね」
「はっ、はい!!」
 
 しっかりと手を繋ぎ。フィリアとヒナタが扉の中へと飛び込む。
 それに続くようにソフィも穴の中へと飛び込んでいく。

 扉をひたすら進む中で、全員がゴーッという凄まじい音を聞いた。
 まるで怪物が最後の断末魔の叫びをあげるような音。
 そして、その音を聞いていると徐々に意識がゆっくりと消えて行く。
 闇に飲み込まれ、自身もその一部となりかけた時、全員を暖かな光が包み込んでいく。

『サロスをよろしくね』

 ヤチヨだけに聞こえた言葉。
 昔、どこかで聞いた気がする懐かしい声。けれど、思い出せないその声。
 ヤチヨは、ぐっとこぶしを握り、その声の願いも自身の中に受け入れる。

 目覚めた時、そこはとても荒廃している場所だった。

「なっ!? こっ、ここは……」
「なんで……」
「星の……見える……丘……?」

 その姿は、全員の知るその場所とは程遠い景色ではあったが。
 誰もがそう直感した。

 その場所は、かつて四人が誓いを立てた場所。
 そして、コニスとソフィが出会った場所。
 
 すべての物語の始まりの場所だったあの丘にとても良く似ている。
 どういうことなのか脳内で状況を整理しているとコニスが呟いた。

「酷い……からからです」
 
 草木一本も生えずただ一面の殺伐とした世界が広がっている。
 その光景を見て、コニスがぽつりと呟く。
 あの扉を前にして雰囲気の変わったコニスを心配していたが目の前のコニスから漂う空気はいつものコニスのものだ。

 ソフィはほっと胸を撫でおろし辺りを見回すと、ふと何かを見つける。
 まるでここへ辿り着いた五人を導くかのように、点々と何かが輝き道を作り出していた。

「これ……緑色の結晶のかけら……フィリアさん!!」
 
 砕かれたかのように散らばるその破片はまるで自分達に懇願するように煌めいている。
 空には星はなくとも自分たちがいるその場所が星空の代わりになってくれようとしているのかもしれない。

「わからないことだらけではあるけれど、進むしかないみたいだね……行こう。みんな」

 フィリアの言葉に全員が頷く。
 何故、星の見える丘に酷似したこの場所に自分たちがいるのか。
 天蓋周辺で見かけた緑色の結晶が何故この場に無造作に散乱しているのか……?
 そもそも天蓋はどうなってしまったのか……?

 そのどれもがまだ五人にはわからない。

 石の輝きに導かれるように歩く中で、ふとコニスが立ち止まる。

「コニス……?」
「ワタシが知っている頃よりも、ずんずん……です。ひどくなっている……そんな気がします」
「この世界に何かが起きている……と、いうこと?」
「はい……」

 五人の前には見渡す限り広がる、草木も生えない、かといって砂地でもない。ただ、だだっぴろい大地に何かの時間が経ち、その形を失いつつある亡骸があちらこちらに転がっているそんな景色だった。

「……」

 その光景に思わず、ヒナタが息をのむ。

「以前、訪れた時より確かに状況はかなり悪いみたいだ……」

 フィリアがサロスと以前訪れた時も確かに似たような光景ではあった。
 しかし、今のように見渡す限り亡骸が広がっているそんな状況ではなかった。
 道を作るようにその場にあり続ける亡骸の山。

 本で見た、地獄への道のように思えた。
 この地で会った彼らは果たして無事なのだろうか。
 フィリアは頭を振って今すべきことに集中を切り替えているとヤチヨの声が届く。

「進もう……サロスがここにいるんだから」

 そう言って誰よりも早く、ヤチヨが駆け出していた。
 その亡骸が広がる不安定な道は走るには危なかった。その不安定な足場に足を取られ、ヤチヨがその場でこけてしまう。

 「っつ……」
 
 膝から、じんわりと血が流れる。何かにぶつかり切ったのかもしれない。
 ヒナタは、駆け足で駆け寄り持参していたポーチのようなものから消毒液と包帯を取り出し適切に処置を行う。

「これで良し。痛む? ヤチヨ」
「ううん……ごめん。ヒナタ……」
「焦る気持ちはわかる……でもね、気持ちばかり焦ってもきっと上手くいかないわ」
「ヒナタの言う通りだ。ヤチヨ」
「フィリア……」

 ヤチヨの手をそれぞれ左右から二人で取って、フィリアとヒナタがゆっくりと支え、起き上がらせる。

「ヤチヨだけじゃない。僕もヒナタもサロスを早く迎えに行きたいと思っている。だからみんなで行こう」
「また、皆で過ごす。そんな日常を過ごせるように、ね」
「うん……」

 長い間。それは叶わなかった当たり前であったはずの日常。
 失いたくないかけがえのない日々。
 三人の気持ちが改めて気持ちが揃った瞬間でもあった。
 

 その間にコニスがゆっくりと踏みしめるように、その場を歩きつつ見回す。
 それはあまりにも変わり果てた自分の知るはずの景色であった。
 
 OB-13やCH-69と過ごした自分の元いた世界。
 そこはソフィのいたあの世界より確かに色はなかった。
 ただ、今のようなモノクロの世界といえるほど色が失われていたわけでもない。

 空を見上げるとその空は真っ黒だった。
 今が朝なのか、昼なのかすらわからない漆黒の空。
 
 そこに、コニスの好きな星は一つも存在しない。代わりにあるのは足元に輝く緑色の石。

 今、この世界で何が起きているのか記憶を思い出しつつあるコニスにすらもまるでわからなかった。

「コニス……」
「ソフィ……この世界は死んでしまったのでしょうか……?」
「えっ!?」

 コニスがそっと手を上に掲げ、目を閉じる。

「命を……ぽかぽかを感じないんです……」
「命……?」

 時折、突拍子のない言葉をコニスは発することがある。
 しかし、それは何らかの意味を伴っている感覚を言葉にする時だ。
 コニスのいう命を感じない……ぽかぽかのない世界。

 その真意はソフィにはわからないが、この場所に来てから何とも言えない息苦しさを感じていた。

 戦場……。

 昔……ソフィが生まれるずっとずっと昔。それこそ世界が生まれる前に。
 世界には大きな戦いがあった。
 それは、書物から得た知識しかないが、それにより亡くなった人々も大勢いたと記されている。

 しかし、あくまでも読んだから知っている知識だけであってこのような経験をすることは初めてだった。
 いや、似たような経験だけならある。レムナントによる襲撃。自警団がほぼ壊滅という状態にまでなったあの時に感じた気持ち。
 絶望感、無力感、焦燥感。
 ただただ心がひんやりとして背筋がヒリついてしまう空気。

「ソフィ……手を握っても良いですか……?」
「えっ!? うっ、うん」

 コニスはソフィの手をそっと握る。

「ぽかぽかです。ソフィを感じます」
 
 そうコニスが嬉しそうな表情で言う。

 それは、ソフィも同様である。
 手の温もりを通して感じるコニスの温もり。

『エルムにはまだ神すらも知らない可能性が眠っている。ぼくはそのエルムの可能性を信じた。だから、初代調律者(コンダクター)と初代の選人をモデルにサロスとコニスという人型のエルムを生み出したんだ』

 イアードの言葉がソフィの中で小さな疑問を生んでいた。
 改めて目の前のコニスを見て思う。
 例え、コニスが人間でなかったとしても自分がコニスを思う気持ちに変わりはない。

 自分は、コニスが同じ人間だから好きになったわけではない。
 コニスがコニスという存在だから好きになれた。
 心がぽかぽかになれた。

 誰かを想う気持ち。 
 それは、サロスにも同じことが言える。 
 過ごした時間はフィリアたちよりは確かに短い。
 
 しかし、その短い時間の中でソフィはサロスを知り、そして同時にもっと知りたいと思えた人物だ。

 そう、今の自分にとっては二人ともかけがえのない存在。
 紛れもなく心がある自分と同じ人なのだ。 
 
 だからこそ取り戻さなければならない。サロスもこの輪の中に共にいる日常を。
 まだ生まれたばかりの、あのかけがえのない日常を。

 足元に光る緑色の石たちが導いてくれる先に必ずサロスはいる。

 遠くを見つめる全員の瞳が強い意志によって、真っすぐに見据えられるのだった。



つづく

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