180 凋落の予兆
マキシマムに名を呼ばれた男もまた入室時に鋭かった目線を緩め同じように見つめ返して首を傾げる。
「どうして私の事を? いや、待て、その声どこかで」
「ああ、そうか余りにも昔の事じゃからのう。あの頃は髭なども生えておらんかったし。ワシじゃ、マキシマム・ライトを覚えておるか?」
「マキシマム・ライトですって!?」
カムランも心底驚いたようだが、記憶にある人物と照合するのに時間がかかっているようだった。
「あの、お二人はお知り合いなのですか?」
ティルスがおずおずと切り出す。この場に当初の予想とは異なる場の空気が生まれ戸惑っている。ゼルフィーやキリヤ側もそれは同じようだった。
「ああ、こやつとは共にかつてアダマイト流を学んでおったのだ。まだワシが学園へと入学する前の事でおよそ40年以上は軽く前になるだろうか」
「はは、兄弟子であった貴方と違い、才能の無かった私は剣の道を遠い昔にもうとっくに捨ててしまいましたがね」
カムランが懐かしそうに目を細め、遠いあの日を想うようにマキシマムへと微笑む。
「どうりで容姿をなかなか思い出せないわけです。まさかこんな所で再会を果たせるなんて」
「何を言うか。こちらの台詞じゃカムラン」
「騎士としての貴方の活躍が耳に入るたびに自分の事のように誇らしかったものです」
頭をボリボリと掻きながら照れくさそうにマキシマムは目を逸らした。
「よせ、もう昔の事だ。生徒の手前こっぱずかしくてかなわん。しかし、どうしてお主がユーフォルビア家に、いや、今は先に本題を片付けねばならんか」
カムランへと再度向き直り、視線を再び鋭くした。
「詰まる話はありますが。そう、ですね」
二人は旧知の仲としての間柄ではなく、今ここにいるそれぞれの立場を持って話を切り替え戻した。
「カムラン。ティルスをここに緊急遠征と称して招く事を考えたのはお前なのか?」
「はい、その通りです」
「何のために?」
「ユーフォルビア家の築く新しい国の未来の為にです」
「未来?」
「この国は、いや、正確には王家でしょうか。彼らはもう限界です。遠くこの地からここ数十年の政の結果を眺めていてもそれは明白です」
「だから国の主導を取って代わる為の大義名分が必要だと? それは国家への反逆とも言えるのではないか?」
「もはやシュバルトメイオンの王家として機能していない事はあなた方も感じているのではありませんか? 我々を断罪できるほどの力は彼らに、そしてその意志の執行者である九剣騎士達にも既にないものと判断しています」
後ろに視線をやるティルスと一瞬目が合うがマキシマムは首を横に振る。今の国の現状をここで伝えてしまえばそれこそ彼らが国を責める理由と機会を与えてしまいかねない。九剣騎士が欠けている事、その事態を彼らがどこまで把握しているのかは分からない。
「もしそうだとしても、このようなやり方では後々で遺恨を残してしまうぞ」
「国の腐敗は紛れもなく真実。それに皆様は御存じないかもしれませんが、双爵家はそれぞれ武力的にユーフォルビア家が国と同等以上の軍事力、ラティリア家が財力的に国と同等以上の経済力を担っており、国の有事の為に特別な地位としてそもそも存在しております。そうですよね。ティルス様」
これらの話はマキシマムとて初めて聞いた話だった。そこまで重要な双爵家にしかないであろう情報を開示するということが果たしてこの場で正しいのかという点はさておき、その情報を聴けばカムランが行おうとしている事には道理はある。
そうであればマキシマムが得ている情報。その真偽はともかく開示すべきであるかもしれないという葛藤が生まれていた。
王が病に伏せている王都での噂。王の力を削ぐように立ち回っていると推測される人物。
開示すればもしかしたら共有の敵として力を貸してくれるのではないだろうか。
しかし現在のユーフォルビア私設騎士団シードブロッサムの持つ力はどの程度なのかマキシマムは知らない。それが把握できない限りは国内に混乱を招くだけになるかもしれない。
「はい、王家が没落、またはそれに相応して国を治めるに機能していない場合において代行者もしくは継承者となる役割というのが確かに双爵家にはございます」
「そして、ユーフォルビア家の現当主は自らが持つ双爵家としての役割の執行に反対したがために私が幽閉しております。武力の象徴たるシードブロッサムの各部隊長にはそうした権限も古来より付与されている。ラティリア家の当主ティベリウス様もまた融通の利かなない方だという噂もあり、ユーフォルビア家とラティリア家の次の世代が手を取り、今の王家に変わり国を御する事がタイミング的にも最も合理的であると判断したまでです」
ショコリーがそこで話に割って入る。カムランのここまでの話自体は道理の適っている部分もあるが、どこまで本心での話なのかは判断の方法はなく、安易に判断すれば自分達も国からすれば敵となってしまいかねない。その怖さをショコリーはよく知っている。
そうして国の敵と認定され、追い詰められていった者、魔女の末路をこの知っているからだ。
「では、遺棄されたというユーフォルビア家の血筋を持つ者達を今になって探しているというのは、一体どういうことなのかしら?」
「あなたは?」
カムランはそこで初めてゼルフィ―と同じ髪色をしている少女に意識を奪われる。
「ショコリー・スウニャ」
「ゼルフィ―様はそこまで話してしまっているのですか」
カムランはゼルフィーへと顔を向けた。
「はい」
小さく溜息を吐いたカムランは意を決したように語り出す。
「はぁ、ここまでくれば全て話すしかないようですね」
カムランの話はここまでの話とこれからの話だった。シュバルトメイオンはもう既に凋落の道半ばであり、没落へと至る事も時間の問題であろうという事の根拠の数々。
新しい国として興した際に今の双爵家に該当する地位へとユーフォルビア家の血筋の者を探し出してあてがう事を計画している。それらを早急に行わなければ、この国の秩序の維持には今の貴族では求心力が足りず間に合わないという事などが告げられた。
間に合わないとはつまり国内がバラバラに分裂してしまう恐れがあるという事だ。それはすなわち昔のように大小さまざまな国が再び乱立し、国内が戦禍に包まれる可能性があるということに他ならない。
ここまでの国の状況をどのような形で知ったのかは不明だが、マキシマムが得ている九剣騎士サンダール・テンペスタの不可解な行動も何かの関与があるような気がしてならない。
やはり今の段階でそれを開示するというのはリスクの方が大きく、カムランに様々な情報を共有する事はどうしても憚られる。
「……バカバカしい」
話を一通り聞いていたショコリーは鼻で笑いつつカムランを指差した。
「貴方の話は全てもう今の時点で後手に回っている」
「後手、ですか?」
微かに視線を鋭くしたカムランがショコリーを睨むように見つめている。
「今国内はそれどころではないかもしれないというのに。かつての魔女達の封印なき今、国内で見た事もない怪物達が出現した事件をあなた方は知らないのかしら? だとしたら大変おめでたい頭で生きていると言えるわ」
ユーフォルビア家の面々が顔を見合わせている。
「やはり知らなかったようね。いえ、正確には国から知らされていない、か」
カムランの眉が微かに動いた。聞き逃せない情報であると彼も判断したのだろう。ショコリーがどこまでの話をしてしまうのかは分からないがティルスはそれを制止する事はしなかった。
同じ国に住まう者同士、力を合わせて乗り越えなければならない事態が起きつつあることは彼らも知らないならばここで知っておく必要がある。
ここに来るまでに見た領民たちの生活を守る事に繋がる事であればなおさらそれを制止する理由はない。
「どういうことかね」
「国内で起きたこんなに大きな事件を双爵家であるにも関わらず国から知らされていないということは、貴方達のやろうとしていることはもう既に国は知っていて静観をされている可能性がある。この場合に考えられる事は二つ」
「ふたつ?」
「自分達に何かあった時に国がユーフォルビア家にその後を託すということを決めて今起きている不都合な問題を自分たちで解決、もしくは責任を取り、その後に王座を渡すつもりが既にある。かもしくは、その逆、完全にこの地へ重要な情報を封じて、あの怪物達が現れた時に貴方達が全く対処出来ないようにしようにしているか」
要領を得ない話にカムランは怪訝な表情を浮かべる。脳内で話の内容を精査しているのだろう。
「先ほどから君が話した怪物とは一体」
「神話の物語にも出てくるモンスターという呼称を学園で怪物達に付けたわ。アレはとても危険な存在であることは遭遇した誰もが知る所よ」
「モンスター」
ゼルフィ―は初めて聞く事態についてこれていないようでショコリーの話をどうにか嚙み砕いていこうとしているがあまりにも現実離れしている話に戸惑いの方が大きい。
隣に立つキリヤは目を瞑り静かにその話に耳を澄ませているようだった。
「あれがまたいつ国内のどこに現れるか分からない。本来であればこんなつまらない事を人々がしている暇などないはずなのよ」
「つまらないことだと」
「国だなんだの前に全員が滅びればそこで終わりだということにまだ気付かないだなんて、愚かね」
「……」
「地位も名誉も、財産も、その歴史も全てが意味を成さなくなる」
ショコリーの真剣な眼差しをしばし見返したカムランは確認するように問う。
「マキシマムさん。話が全てこの少女の虚言という事は?」
意を決して口を開いた。ここが何かの分水嶺であるとマキシマムも腹をくくる。
「……全て事実だ。ここにいる者含めワシらはみな学園内でモンスターに強襲され、生き延びた者達だ。勿論、その裏で多くの生徒が行方不明になったという現実もある」
「はぁ、そうですか。ならば前提が全て覆るではありませんか。確かに国がどうこうという話はその問題の先のようですね」
「理解する頭があるだけあなたはとてもマシな人間だと思うわカムラン」
ショコリーの物言いは許されたものでないはずだが不思議とそのように言われる事に彼も違和感や嫌悪感が不思議とないようだった。
「……ふぅ、一度、状況を整理させてもらっても? その間の皆様のもてなしはこの私、カムランが保証しましょう。ゼルフィ―様、よろしいですか? 当主様ともう一度改めて話す必要がありそうです。ティルス様、マキシマムさん、ご同行を願えますでしょうか?」
「ええ、私は構いません」
「ゼルフィ―様もお願いします。キリヤ、学園の皆様へ部屋を用意するようヴェネスとペルマムに頼んでおいてくれ」
知らない名をキリヤに告げてカムランは背を向けた。
「了解した」
「他の皆様も長旅で疲れたでしょう。必要な方以外は部屋を用意しますのでまずはお休みください」
緊急遠征というだけだった話が大きく膨らみ始める。ティルスは多すぎる情報に視線を床へと落とす。
学園の生徒として騎士を目指しているティルス・ラティリア
王家の継承すらも可能な地位である双爵家ティルス・ラティリア
選び取れる中にある二つの道の狭間。自分の為に生きるのか、国の為に生きるのか。その間で彼女の心が大きく揺らぎ始めていることをこの場にいるショコリー以外は誰も気づくことはなかった。
つづく
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