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189 隣に立って

 彼女が望んでいたのはただ共に歩む未来。
 ティルスの傍で彼女の役に立っているという自分の姿。

 現実は無慈悲にあるがままを突き付けてくる。
 本来、自分は生徒会にいられるような力は持っていない。

 分かっていた。それでもどうにかできると、努力で埋められると本気で信じていた。

 でもここが限界だと気付いた。気付いてしまった。
 周りの生徒会の仲間たちはどんどん成長していくのに自分だけが変わらない成長しない。
 そんな成長の無さを表したかのようにまるで伸びない背、成長期なのに膨らまない胸、そして、幼い頃と変わらない容姿。

 リヴォニアの全身を薄紫色の光が包み込んでいく。

「アハ、アハハハハ、これまでは本当のオレじゃなかったんだァ!!」
「!?」

 ウェルジア、プルーナとの戦いの最中に突然叫ぶんだかと思うとその姿は大きく蠢いて収束していく。

「なんだあれは」

 目の前にはティルスよりも身長が高くなり、絶世の美女と言えるほどに見目麗しくなっていくリヴォニアの姿があった。
 彼女が望んだ理想の姿だとでもいうのだろうか。

 だが、今のウェルジアはその隙を見逃すような男ではなかった。
 普通の男子生徒であればその美しさに視線を奪われてしまったかもしれない。
 過去にリオルグの異形への変貌を知っていた事もこうした状況への耐性が既にあった。

「させん!」
「待って!!」

 後ろから走り迫っていたティルスの叫びは届かない。もしも婚約の儀のための衣装でなく、いつもの動きやすい制服であればきっと間に合っただろう。
 
 ティルスの目の前でウェルジアの剣閃が即座にリヴォニアの身体を斬って捨てた。
 
 この場の誰もがそのウェルジアの一糸乱れぬその斬撃に心を奪われた。

 それは斬られたリヴォニア自身でさえも例外ではなく、ウェルジアの剣に積み重ねられた何かを受け取った。彼の血の滲むような努力を魂で感じ取るには十分すぎる一撃だった。

「そ、ん、、、な。これでも、足り、な、かっ、た、の」

 ゆっくりと膝をついたリヴォニアは口から血を吐き出して倒れた。その姿はすぐに元のリヴォニアの姿へと変わっていく。

「これ、から、まだ、ごれがら、なの、に」
「リヴォニア!!」

 駆け寄ったティルスの姿を見ようとはするが既に焦点は合わず、ただ、その声にのするほうへ耳を傾けることしかできなかった。

「ティ、ル、スさ、ま、オレ、は、あなた、の役にたちた、か、た」
「リヴォニア! 喋らないで! すぐに傷の手当てを!」

 婚約の儀に使うために拵えていたその服のスカートの裾を躊躇なく破り切って止血のために使おうとするがウェルジアの剣のあまりの鋭さに血が止まることはなく、とめどなく溢れ続ける。

 ウェルジアは黙ってその様子を見つめていた。
 その肩をプルーナがそっと触れるとその身体は小刻みに震えていた。

「ウェルジア」

 覚悟を持ってやるべきをやっただけだ。あの日と同じ後悔をただしないそのためだけに。いつかこんな日が来ることは分かっていた。分かってはいた事だった。
 
 ただ、これまでの学園生活の中で結果的には人の命を殺めることは起きなかった。

 しかし、こうして覚悟した未来、それがまもなく現実のものとなりそうになった途端に自分の行いがかつて自分の両親の命を奪った行為と同じであることに気づいてしまった。

 目の前の人物にも誰か大切な人がいるという当たり前の事実。縋るティルスの涙がどうしてかあの頃の自分の涙と重なり胸が痛む。
 
 だが、それでもウェルジアはそれを享受していた、しようとしていた。あの日、この国を滅ぼしてやると決めた日から強くなりたいという意志は今日まで変わりはない。
 だがその目的に関してだけは疑問を感じ始めていた矢先の出来事。
 
 強くなるために自分が誰かにとっての悪になる必要があるというなら躊躇はしない。ウェルジアは既にそう決めていた。

 全ては自分の手の届く者たちを理不尽から守り抜くため、彼の小さくも大きな変化。

 それほどの決意をした先でもやはり抱えきれないものはある。

 抜き去った剣を鞘に納め、ウェルジアは背中にティルスの嗚咽を受け止めながらその場を後にする。プルーナもその後ろを付いていく。

 瞬時に全てのことが終わったことは誰の目にも明らかだった。ウェルジアがいなければ再びリオルグ事変のような惨事が起きていた可能性があると、この場の出来事を目にした誰もが理解し、この瞬間からウェルジアの名は西部学園都市の中で更にその存在感を増していくことになるのだった。

「あれはウェルジアか? この短期間で何かあったか」
「……そのようだ」

 混乱が起きた際に飛び出そうとしたプーラートンとマキシマムの二人は遠目に見えたウェルジアの電光石火の行動にあっけにとられ、呆然と立ち尽くしていた。

 

「やっぱりダメ、どうしたらいいの、教えて、ベル様」

 一方のショコリーはウェルジア達のほうを見る余裕などなかった。このままではこの国にとてつもない混乱が起きてしまう。
 力を込めるもゼルフィーの傷が治る気配はなく、必死に力を込める。手のひらはただ淡い光を発し続けるのみだった。

「ねぇ、これ治せばいいの?」
「ああ、ギリギリセーフだったようだな、肝が冷えたぜ」

 突然背後から聞こえた声に思わず振り返る。今の今まで二人の存在にショコリーは全く気づかなかった。
 
「誰!?」
「どうでもいいだろそんなことは、それより集中しろ。お前のその力、利用させてもらうぞ、やれ、トリオン」

 そういうと大柄な男の肩に乗っていた子供が飛び降りてゼルフィーの傷口に手を当てた。するとショコリーの発していた淡い光の流れが彼女の身体に流れ込んでそのままゼルフィーの身体へと流れ込んでいく。

 たちまち傷は癒え、まるで何もなかったかのようなゼルフィーの綺麗な肌が見えた。

「これは、癒しの魔法、どうしてこんな子供が」

 当の本人は首を傾げて不思議そうに大柄な男と話している。

「トリオンね。この二人、懐かしい感じがするのなんでだろ?」
「さぁな……まぁ、似た波長を持っているのかもしれん」
「似た波長ぉ~なにそれおいしい?」
「知るか」

 何かを知っているのは間違いないが、それを誤魔化そうとしているのが分かった。この男は噓をつくのは苦手そうで相手がこの子供でなければ踏み込まれて知る情報を吐いていた事だろう。
 

 よく見るとこの小さな子供もゼルフィーやショコリーと同じように金色の髪色をしている。
 彼女の言うようにショコリーもまた微かに妙な親近感を覚えていると大柄な男がショコリーを哀れに同情するような眼で呟く。

「お前が欠陥持ち、か。なるほど、な」

 ショコリーはハッとする。リオルグにも言われたその言葉。もしかしたら目の前の男は自分のことも何かを知っているのかもしれないと思った。

「貴方は、私のことを何か知っているの?」
「いいや、聞いているだけだ。知っているわけじゃない」
「聞いている? 誰に?」
「……長居しすぎたな、トリオン。用事は済んだ。帰るぞ」
「ええー、今来たばっかり!!もう少し遊ぼうよぉ」
「ちょっと! 待ちなさい!」

 ショコリーの呼ぶ声も無視して大柄な男は子供の首根っこを掴んで瞬く間に去っていった。この一瞬の出来事を他の誰も見ていなかった。

 大柄な男が誰なのかはわからないままだが、この近距離で感じ取った子供の香りがショコリーの記憶と結びつこうとしていた。
 
 それは魔女モルガーナの香り。ベルティーンの死後に自分を助け、育ててくれたシュガールという人物と同じ香り。
 魔女モルガーナの魔力の残滓から生み出されたシュガール。彼と共に過ごした時間の中で知っているその独特な魔力の波長。
 

「……どうして、あの子からシュガールと同じ、魔女モルガーナの香りが?」

 忘れもしないその強い香り。
 危険な魔女として国が騎士たちへと最も優先的に排除させようと命じたといわれるモルガーナ。

 しかし、今はそれよりも気になる事がショコリーにはあった。

「それに……ベル様の残してくれた予言書と、出来事が大きく違ってきてる。なんで」

 みるみる青ざめた表情になったショコリーはゼルフィーの傍で目を瞑って奥歯を噛み締める。

 

「リヴォニア、リヴォニア……」
 
 その奥では瞳を閉じ事切れたリヴォニアの傍に座り込んで手を握り名前を呼び続けるティルスの姿、そして初めて見るであろうそんな弱々しい彼女を悲痛な表情で見下ろすサブリナ、レイン、そしてヘランドの姿があったのだった。



つづく



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