Sixth memory (Sophie) 13
「だとしても、説明なしに食べさせていいものではないと僕は思うんだが?」
ヒナタさんの影に隠れ、奥の席に座っていたフィリアさんが、右手を額に当てながらやれやれといった表情を浮かべていた。
「あら、自信作を一人でも多くの人に食べて欲しいって気持ちはそんなに悪いものかしら?」
「……ディバソースの特徴である味覚の組み合わせによる変化。それを間違えた時の苦しみをソフィにも与える必要はなかったように思えるけど?」
フィリアさんがゆっくりと立ち上がり、ヒナタさんの方へと詰め寄っていく。
彼にしては珍しく少し怒っているように感じた。
僕にとっては初めてだったけど、きっと彼はこんな風にヒナタさんのいたずらの犠牲になることが日頃から少なくはないのだろう。
ふと、たまに訓練に出てはいるものの体調が優れなさそうな彼を見たことがあったのを思い出す。
理由を尋ねると、小さく苦笑いを浮かべて、気にしないでくれとそれしか言ってくれなかった。
なるほど、きっとこんな風にヒナタさんにやられた後だったのだろうと今思えば腑に落ちる。
自分がやられるのは良いけれど、他の人を巻き込んでしまう事が彼の中でのボーダーラインを越えてしまったのだろう。
「それも含めてよ! あの果実による味の変化は、個人差があるのか、それとも誰でも等しくそうなるのか! その答えは貴方だけじゃ分からないもの……でも、おかげであの果実は食材の組み合わせによってその味を変える事は確実になったわ」
しかし、ヒナタさんも立ち上がりフィリアさんの方へと徐々に詰め寄っていく。
その表情は真剣そのものだった。なんなら、少し怖さすら感じるほどの。
そして、右手を顎の方へと持っていき、何やら考えているようだった。
「ヒナタ、僕が言いたいのはそういうことでなくてーー」
「もちろん! あなたも知っている通り。私自身もまず最初にあの果実とホッチョムーテルの組み合わせによる、あの苦しみは体験済みよ」
「そうだね。何も知らなかった僕は駆けつけた時、本気で焦ったんだから」
容易にその様子は想像できた。何も知らずに呼ばれたフィリアさんが床で倒れているヒナタさんを見て必死に慌てている姿を。
ヒナタさんは、団で一番と言っても良いぐらい熱心な研究熱心な人だ。
まず自分が率先して、色んなことを試している。
もちろんそれは、確かなデーターがあってのことではあるけれど、探究することと無謀に事を行うことは似て非なることというのが自論らしい。
でも、今回は無謀に行われたのでは? と思ったけど口に出すことは控えた。
「もちろん。私がその場にいた上での立証よ。それにその変化による人体の生死には問題ないというのは、何年も前に公に発表されているし、あの果実はさまざまな検証の結果、食べ物として市販に流通する認可も降りているわ」
「そっ、それはそうだけど、僕が言いたいのはーー」
あっ、あの、フィリアさんが言い負かされている!?
いつも自信に満ちている、自惚れではなく確かな実績の上で常に振舞うフィリアさんが、そんな彼の表情が徐々に崩されている。
僕にはその光景があまりにも衝撃的だった。
「あの………」
ボクは、そんな二人に恐る恐る割り込んでみる。
意外なことに、言い争いに近い口論をしていたヒナタさんがボクの方へ柔らかい笑みを浮かべながら向いた。
「あら、ごめんなさい。ソフィ、落ち着いたら、そこにあるフルーツを一切れでいいから食べてね」
「……」
置いてあるフルーツを凝視する。
今度は、いったい何を企んでーー。
「ソフィ、疑う気持ちはわかるけど、今の言葉は信じても大丈夫だ」
そう言って、フィリアさんが小さな笑みを浮かべる。
ボクはその言葉を信じ、おそるおそる一口ゆっくりとそのフルーツのかけらを口へと運ぶ。
すると、何とも言えない美味みが、口いっぱいに広がった。
甘くて、深くて、そしてほんのり甘酸っぱい。
今まで食べたどのフルーツとも違う、その美味さに全身が喜んでいるようだった。
その感覚が忘れられず、もう一度、そのフルーツを今度は多めにスプーンで救って口へと運ぶ。
確かに美味しくはある。
が、先ほどのような衝撃的な美味さはボクの口へは訪れなかった。
「あの感覚は、一回だけなのよ。後はただの美味しいフルーツ」
そう言って、ヒナタさんがお皿を下げる。
「それも、ホッチョムーテルの味の特性だ」
「また……ホッチョムーテル……」
今日、初めて聞いた名前のはずなのに、色んな意味で忘れらない料理の名前になりそうだと思った。
「……いいかい、ヒナタ、からかうんなら、今後は、僕だけにしてくれると―――」
言い終わる前にヒナタさんが、フィリアさんの唇に人差し指を当てて、その言葉を遮る。
「責任は最後まで、私が取るわ」
「まったく……君は……わかったよ」
その一言に、完全にフィリアさんは折れたようだった。
彼が敗北した姿を初めて見た気がする。
そんな様子をボクはただ、呆然と見ていることしか出来なかった。
一見すると喧嘩しているように見えたけど、二人に悪意などは介在しておらず、本当に心の底から信頼しているからこそ物事をはっきりと言えているような気がした。
こんな風に自分のありのままの姿を曝け出せるような存在。
いつかボクにも現れたりするのだろうか……。
うーん、全く想像できない。
「ソフィ……大丈夫かい? ソフィ」
フィリアさんが、ボクの顔を心配そうに覗きこんでいた。
ほんの数秒、ぼーっとしていただけかと思ったが、どうやら彼の様子を見るとしばらくボクは呆けていたらしい。
「あの……ボク……?」
「すまない……ヒナタの悪戯のせいかな?」
「大丈夫? どこか体調が悪いのなら診察するわよ」
「いえ、本当に、大丈夫です」
「なら、良いけど……改めて、君には迷惑をかけてしまった。すまないソフィ」
フィリアさんが、本当に申し訳ないといった表情を浮かべる。
「いえ、大丈夫です……あの……前々から聞いてみたかったんですがヒナタさんとフィリアさんって……?」
「えっ!? あー……ヒナタはーー」
「未来のお嫁さん……かなぁ」
「えっ!? およめー!」
フィリアさんの背後からヒナタさんがぼそりとつぶやく。
その衝撃的な発言に思わず、ベッドから転げ落ちそうになる。
フィリアさんが慌てた様子でひどく取り乱す。
「ヒナタ、からかうにしてもそれは度を超えてーー」
「でも、私を、一生守ってくれるんでしょ?」
「あっ、いや、だから……それは…」
「あの時、言ってくれたことは嘘、だったの?」
「いや、嘘じゃない! 嘘ではないけれど……いや、その、だから、あれは……」
フィリアさんが、あのフィリアさんが頭を抱え、座り込んでしまった。
こんなにあたふたと慌てるフィリアさんは初めて見た。
まだ、彼と出会って短いし、あくまでボクの印象でしかないが、フィリアさんはいつもどこかスマートに物事をこなし、表情を崩さず、何事にも動じない。
正に完璧な人だった。
しかし、こうして、ヒナタさんといるときのフィリアさんは、いつもどこか彼女に振り回されて、子供のような表情を見せる。
いつもの彼はどこにもいないようにも見える。
そうか、これがきっと本当の彼の姿なのだとボクは強く思った。
自警団としての彼ではない、ありのままの彼の、フィリアさんの姿なのだと。
つづく
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