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EP07 表と裏の対舞曲(コントルダンス)02

「ねぇ、フィリア……お願い。もう私、あなたから離れたくないの……」
「……なんダ? 何故、オマエがまだ存在してイル!?」
「ようやく……会えたんだもの。また、四人で会えたんだもの!」
「……ヒナ……タ……」

 人狼の瞳が一瞬光を取り戻し、目の前の人物の名前を呼ぶ。
 ヒナタは肩から流れ出る血など気に止める様子もなく、そのままフィリアであった人狼を強く抱きしめる。

 人狼からすれば、今の状況は理解ができなかった。
 完全に自分が乗っ取り、自由に動かせるはずだったその肉体。
 そして、今や一度は完全に掌握したはずの心すらも自分のものではなくなっている。

 そもそも最初から自分は何ひとつとして手に入れられていなかったのではないだろうか?
 自分の今の居場所であるフィリアという存在を自分は手に入れることなど出来ていなかったのではないか。
 人狼にとって【守人】の肉体を奪うという行為は上手くいかないのではないかという考え自体はそもそもあった。
 元々【守人】の血筋は、自分たちのような形のない想い人に対して抗体のようなものが存在している。
 
 しかし、人狼の計算を狂わせたのはその【守人】の力ではなかった。
 ヒナタの純粋なフィリアを想う愛である。
 そしてそれは彼女だけではない。
 
 フィリアが、一時的とはいえ【守人】としての力を発揮し。
 それにより精神的な攻撃を防ぐこと。それはフィリアがヒナタを想っているからこその力の発現である。
 しかし、その他人を思いやる人間の考えは人狼そして、人狐には理解ができないものであった。
 故に、人外の獣たちは混乱していた。
 
 神に近づきつつある自分たちの存在が遥かに格下であると考えていた人の【想い】に打ち負けようとしている……。
 それは今まで自分たちが信じてきたエルムの侵食による【戦闘本能】を凌駕する可能性のあるものであると認めざるをえなかった。

 だからこそその未確定の脅威を排除すべく、殺意を込めた一撃を放ったはずであった。
 しかし、そんなことに何の意味も成さなかった。
 目の前の存在は、深く突き刺した爪の痛みよりも純粋にこの体の所有者へと想いを伝え続けている。

 そしてその想いを聞くたびに、自分の中で消し去ったはずのその存在が少しずつその力を増していく。

「ねぇフィリア、負けないで。あなたはこんなところで私やみんなを置いていくなんてことしないはずよ」
『ヒナタ……ヒナタ……』
「グガァァァ!!! ダマレダマレダマレダマレ!!!!!」

 それはもう先ほどまでの知性を持った存在ではない。ただの獣であった。

「フィリア、私、あなたにまた会えて改めて思ったの……あなたのことが大切だって……」
「ダマレッ! コムスメ!!」
 
 ヒナタに向けて、人狼が逆の手の凍り付いた爪を振り上げる。
 だが、ヒナタは自身の肩に突き刺さっている、その手を両手で掴む。
 その行動によって、人狼の動きが完全に止まった。
  
 人狼は動かない体への怒りを冷気に変え、ヒナタへと吹き付ける。
 その巻き起こした冷気に震え、凍り付きそうになりながらもヒナタは人狼へと笑顔を向ける。
 
「大丈夫、大丈夫よ……だって……」
「ウガァァァァァ!!! ハナセ!!! ハナセ! オンナァァァァァ!!!!」
「フィリア……愛しているわ」
 
その言葉をきっかけにヒナタの首元が凄まじい青白い光を放つ。
人狼が巻き起こした冷気を吹き飛ばし、代わりに青白い光が二人を包み込むように氷のドームを作り上げる。
 
「あの……光は……何……?」

 目の前で見ていたヤチヨは目を細めながら、突然出来上がったドームを見つめていた。
 
 そして、ヒナタの肩にそっと誰かの手が置かれた。ほのかに暖かい感覚を感じる。
 言葉はない。さらにヒナタ自身にその人物にも心当たりはない。
 しかし、その温もりに対してヒナタは嫌な感覚はなかった。

 わずかにほほ笑むその人物は触れたヒナタにを含め誰にも気づかれることなく、親友の姿を確認するとそのまま光となって消えていった。

「ひとつ聞かせロ。人間」
「なんだ?」

 ヒナタを守るように、前に歩み出たフィリアが人狼を睨む。
 あの青白い光が放たれたその瞬間。ヒナタの魂はそのままフィリアの心へと一時的に移動していた。
 そこでヒナタの目に映ったのは、氷の狼……。

 これまで見た何よりも美しいと感じさせるその氷狼をヒナタは見つめていた。

「オマエたちのようナ、弱小な存在が何故、ワレに打ち勝ったのダ? ワレよりもオマエの方が強かった、と、いうことカ……?」
「いや……それは違う。僕はきっと君よりも遥かに弱い……」
「でハ……何故?」
「君は一人だが、僕は一人じゃない……ヒナタがいて、ヤチヨがいて、サロスがいて……それだけじゃない……今はソフィも……コニスちゃんも……みんながいる。だからだ」

 その答えを聞き、氷狼は目を閉じる。

「ワレにハ……やはりわからない。しかし……守人の血筋の人間ヨ。キサマらの終わり、少し興味が湧いた……キサマが求める限り、ワレの力の一端をキサマに貸してヤル……」

 そう氷狼が呟くと、少しずつ視界が開けていく。
 やがて、青白い光が晴れていき。
 ドームが壊れると同時にヤチヨの目の前には互いに抱き合っているフィリアとヒナタの姿が目に映った。 
 。 
「……ヒナタの声……聞こえたよ」
「フィリア……」
「ゴメン……僕は……またヒナタを置いていくところだった……」
「ううん、ちゃんと戻ってきてくれたから許してあげる」

 フィリアはその人の手で、ヒナタを抱きしめ。ヒナタもそのフィリアの体へと手を伸ばした。

その様子を少し離れた場所で見つめていた人狐が驚きの声を上げる。

「バカなッ! 氷狼≪やつ≫の力に呑まれ。消滅寸前だったその存在が再びその姿を取り戻すなど!!」
「フィリアさん……やったんですね……であれば……次はーー」

 ソフィは、何かを決めたようにその人狐へと手を伸ばした。

「なっ、なんだ……アタイに触れるな!! このガキ!!」
「ねぇコニス……聞こえるかな……?」
「あのコはもうーー」
「君が、今の彼女のことで何か悩んでいるのなら気にしないで……君と彼女は別人だけど、ボクにとって彼女を含めてコニスが大切なんだ」
「……」

 そのソフィの一言で、人狐の動きが完全に止まる。
 ソフィはゆっくりとその手を人狐の頬へと伸ばす。

「ボクにはコニスが必要なんだ……だからコニス……戻って、きて……」

 その言葉と同時に激しい光がソフィと人狐を包み込んだ。


つづく

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