67 いつか、きっとの呪縛
「どうして、どうしてっ、どうしてなの、なんで使えないの!? 今が『その時』じゃないの!?」
大きな青いリボンを揺らし、少女が取り乱す。制服のスカートの裾を握り締めて俯く。目の前に広がる地面の模様は彼女か描いたものなのであろう。直径5 M(メーム)ほどの円の中に文字のようなものが羅列されている。
大きく叫ぶ彼女を脱力感が襲う。くらりと身体から力が抜けるような感覚が身体中を走り抜け、眩暈を伴いその場にしゃがみ崩れ落ちた。
手のひらに土の感触を感じながら再び握り込む。地面に突き刺さる杖剣はピクリとも反応してない。
目の前にはこの杖剣で地面に描かれた円とその中に羅列される模様。それらはわずかに光を放ちつつも静かにそこに描かれている。それだけだった。何かが起きる気配はなかった。
「方法は何一つ間違ってない。陣だって正確。魔力もちゃんと流し込んでいるはずだし、詠唱だって1文字も間違えてない。なのにどうして、どうして発動してくれないの!」
口をキュッと結ぶ彼女の頬には流れる涙がつたっていく。
「早くしないとみんな『あいつら』にやられてしまう。私がやるべきことなの。託された使命を果たさなきゃならないの」
今回のような事態が起きる事を以前から予見して準備していた存在であった者達。彼女らは今はもうどこにもいない。ショコリーは自分の命に刻まれた声を思い出す。
『ショコリー、信じて、信じて、信じ続ければ、貴女もいつかきっと、魔法が使えるようになるわ』
大好きだったあの人の笑顔。その声がショコリーの頭に響いてくる。涙が溢れてくる。
「ずっと信じてきた、ずっとずっと。だから残された書物でいっぱい学んできた。何度も練習してきた。『身体の中の魔脈を操る事』はもうずっと昔から出来ている。なのに、、、どうして使えないの。いつかって使えるって、一体いつ、なの。もう『始まってしまってる』のに」
自らが生かされた意味、理由を知った時から自分を追い込んで、追い詰めて。ショコリーは自分に託された想いに答えようとしてきた。
実際にその脅威が訪れた時には必ずや自分の力は役に立つのだと、きっとその時にさえなれば『魔法』や『魔術』が使えるようになるものだと思っていた。
しかし、こうして予見されていたはずの脅威が現れ、この瞬間になっても尚、未だ彼女は力を行使できない。
「この程度の魔法……すら、私には……」
ショコリーは地についた手を握り締めて土ごと握り締めた。その手の甲、と地面に涙がぽたぽたと落ちて染みを作っていく。
泣いてもどうしようもない事も分かっている。ショコリーは自分に魔法の才能がないんじゃないかという事を少し前から考え始めていた。
あの人が死んだ後、隠されていた禁書庫の中にある本をひたすらに読み漁った。その中の一部だった魔女にまつわる本の数々。その本には魔法や魔術、魔導に関しての事も書かれていた。
かつてはこの世界の人々は誰しもが例外なく生まれたその時から魔法を扱う事が出来た時代があった。と
ショコリーの心は躍った。自分にもいつかきっと使えるのだと。そう言っていたあの人は、間違ってなかったのだと。
自分に託された役目の事を知った時、最初は嬉しかった。
けど、何年経っても。
魔法は使えないまま。
今の時代には忘れられたその技術、ショコリーの中に知識だけが蓄積していく。
『あいつら』に対抗しうる力。その力をどうにかして使えるようになる必要があった。タイムリミットはこうして突然に訪れてしまった。
「……ベル様、、、私には、やっぱり、むり、なのかなぁ、、、ねぇ、出来るって、ショコリーなら出来るって、言ってよ。ベル様」
地べたに座り込んだ自分の頭の上のリボンの端をぎゅっと握り締め、空に呟いた声に返ってくる言葉はなかった。
更に別の区域では戦いの中で流れる汗が地に染みを作っていく。
この場所の地面は砂地となっており深く足場を取られる。下半身の筋力に優れているものでなければ、まともな動きを取る事も出来ないような区域。
照りつける太陽は砂に蓄えられて体感の温度は上がり続ける。どんどん体力も奪われ、思考も朧げになってくる。
この場所での戦いも想像を絶する過酷さで生徒達を待ち構えていた。
怪物達の動きは変わらず砂に影響することなく俊敏。なのに生徒達はまともに動けない者が続出し、次々とやられて負傷していく。
動けるものが必死に防衛にあたり、動けないものを助け出していくことで戦線を維持していた。ここでは黒い染みの法則性に気付いた教師が出来る限り生徒達を1か所に集めて指示を出しギリギリの状況をなんとか保っていた。
黒い染みは生徒達を囲むようにして現れる。
出来る限り密集して戦えばやつらは集団の外側からしか現れない。
内側で怪物が発生しさえしなければ挟まれたり囲まれることはない。
そうした予測が見事に的中したとはいえ、終わりの見えないほどに次から次へと現れ続けるその物量にその戦線は徐々に瓦解させられていく。
もうこれ以上は持たない、そう誰もが思った時だった。
「あ、やっぱりここだ」
紫の髪を持つ少女が大きく振りかぶり斧を透明な壁に向けて振り下ろすと打ち付けた場所から不思議な文様が拡がり、ガラスの砕けるような音と共に崩れ落ちていき光を反射する破片が飛び散った。
「なんとか、なった」
割れた壁と共に黒い染みも消え、現れなくなっていく。怪物達は霧のように消えてまるで何事もなかったかのように辺りが静まり返る。
激しく肩で息をするセシリーが紫の髪の少女に駆け寄ってきた。
「プルーナさん、一体何をしたの?」
「あやしいところを叩いた」
「あやしいところ?」
「そう、流れが集まっていた所」
「流れ?」
「それより貴方は大丈夫? ずっと戦い続けてた」
「うん、なんとか。えへへ、日頃鍛えておいてよかったよ~」
そう言って腕に力こぶを作って笑みを浮かべた。
この区域では模擬戦闘の管理者である教師、マライア・ラーカルがその手腕を発揮して生徒達を統率していた。彼女自身は戦闘力が高いわけではないが、黒い染みの発生の法則性にいち早く気づき生徒達に陣形を指示して場を守った。
自分たちを囲っている透明な壁を背にすることで、背後からの怪物達の発生を防ぎ一方から向かってくる怪物との正面防衛で済むようにした。
更には時間ごとに前線を張るメンバーを一斉に交代させることで疲労を最小限に食いとめ、出来る限り長時間戦い続けられる状態を維持。
がそれだけでは到底この場は持たなかっただろう。要となったのはセシリーの存在だった。
彼女が切って落とした怪物達が弱体化したり、倒れて消える事にいち早く気付いたマライアはセシリーを中心に組み立てる防衛線を張り、耐え凌ぐ判断を下した。
代わりにセシリーは前衛に居続ける事になったのだが、彼女がそれを志願し承諾した為、マライアとしても他に手がなく任せるしかなかった。
しかし、その危機的状況で彼女は大きな活躍を果たし、この区域の生徒達はセシリーに対して命の恩人だと誰もが感謝し、新たな英雄だと口にする者すらいた。
「なんとか、誰も死ななかったのが、幸いかな」
「凄い活躍だった」
「そ、そんなことないよ! この子達のおかげだから! よく頑張ったね~、あとで刃こぼれ直してあげるからね!」
そう言ってセシリーは手に持つ剣を掲げて刀身を撫でた。するとプルーナは小さく口元を緩めた。
「ふふ、役に立てて喜んでるのね」
その言葉にセシリーは目を見開いて驚く。自分の作った剣が確かにそう言っていたからだ。
「え、プルーナさんもしかしてボクの剣の気持ちが分かるの!?」
驚くセシリーの視界に入る剣の残骸に彼女は途端に悲しい顔を浮かべる。そう、これだけの激しい戦い。これまでに折れた剣も足元に転がっていた。
彼女の剣も何本も折れ飛び、その度に剣を持ち換えて戦ったのだ。今持っているのは最後の一本。これが折れてしまっていたら、とセシリーはぞっとする。
「……みんな、ごめんね。ボクが未熟だったばかりに」
そんな二人の元へマライアが歩み寄る。
「セシリー、よくやりましたね。貴女のおかげで助かりました」
「あ、マライア先生、いえ、そんな」
「獅子奮迅の活躍だったわ。戻ったら上にも報告しておきますからね」
「ありがとうございます。いい剣を作る為には使い方も知ってなきゃと思って訓練していただけなんで……こんな風に役に立つなんて全然思いませんでしたけど」
「この場所に貴女がいなかったらみんなやられていたと思うわ」
「そんな、それにプルーナさんも壁を壊してくれましたし」
その言葉にピクリと眉を動かしたマライアはプルーナを一瞥した。明らかにセシリーへのそれとは異なる侮蔑の含まれる視線だった。
「……紫髪……悪魔の生まれ変わり。これはあなたが仕組んだ事ではないの? 毒を盛る者はその解毒方法も知っているとはよく言うものです」
「しらない」
セシリーが二人の視線の間に割って入る。
「えっ、先生? そんな……壁を壊してくれたのはプルーナなのに」
「まぁ、セシリーに免じてとりあえず今回の礼は言っておくわ。ありがとう」
マライアはそういうと二人から離れていった。
「プルーナさん、大丈夫?」
「慣れてる」
離れていくマライアの遠くなった背中を見つめてセシリーは呟く。
「大人たちは珍しい紫の髪色ってだけでなんであんなに……」
プルーナは遠くを見つめて返答する。
「この髪の色は、この国に災いをもたらす象徴だから」
「でもそれは言い伝えっていうか、ただの迷信でしょ?」
「学園に居なければ私はすぐにでも国に殺される存在なのは確かだから」
「ええ、なんで!? そんなのおかしい!」
「ん、セシリーは、優しい。でも大丈夫。強い騎士にさえなれば誰にも殺されないみたいだから」
プルーナは無表情のまま自分より背の高いセシリーの頭を手を伸ばして撫でた。セシリーは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いていた。
パチパチパチ。
その拍手の音は乾いた小さな音であるにも関わらずその場の全員を硬直させた。ティルスも例外ではなかった。足が震え上がる。自らの意思とは無関係にカタカタと揺れるティルスの身体。
「なに? これは」
「実に見事な剣だ。エニュラウス流かな、新興の流派のはずなのに熟練された素晴らしい技だ」
「誰ッ!?」
ティルスは大声を張り上げて自らを鼓舞し身体の硬直を解く。
カサカサ、ジャリジャリッと奥の茂みから一つの影が現れる。その人物は深く黒いフードを被っており、その表情は伺い知れない。だがそんな風貌と合致する情報をティルスは知っていた。
「貴方は……? まさか……」
常に黒いフードを被り顔を見せないという死神と呼ばれる生徒がこの学園には居るのだと。いつからか生徒達の個人ランキングにも名を連ねなくなった人物。その強さゆえにランクの適用外となった特別な待遇を受けた生徒。
「戦力が必要なんだろう?」
フードの男はゆっくりと腰に拵えた鞘から剣を抜き去っていく。生徒達の中で大きなざわめきが起こる。
彼がこうして人前に現れるのは非常に珍しい事だった。なにせこの学園での最高学年である九年生であるという情報以外の事はほとんど誰も知らなかったからだ。その名前すらも開示されていない。
ただ、黒いフードの死神
とだけ呼ばれている。
そもそも九年生という学年は存在はしているものの在籍の生徒は多くはいないと言われている。
生徒達は一般的には三年~長くても五年で学園を去る。六年生以上の生徒は普段はほとんど大きな学園内行事以外では目にすることがない。
その噂される風貌の人物との合致、目の前の存在感にこの場の全員の身体が震え身動きが出来ない。気を張っていないと呼吸すらままならない。
「で、殿堂者、、、死神」
周りの生徒の一人がぽつりと呟く。殿堂者とは、学内の個人ランキングで一位の座があまりにも長期に渡り不動であった生徒へ適応されるランキングの管理外に認定される生徒の事を差していう呼び方だ。
勿論、生半可な事で認定されることはない。
死神を目の前にしてティルスは口を開く。
「……戦力が必要という事を理解されている、と? つまり剣を扱える。ということで間違いないでしょうか?」
威圧感は尋常ではないが、そこに敵意が含まれない事に安堵して話しかける。ティルスがプーラートンに教えを乞い対峙する時でさえこれほどまでのプレッシャーを感じたことはない。
あのプーラートンもティルスに対して本気の殺気を向けてきたことはないが、目の前の人物は信じられない事に彼女以上の力があるとでもいうような佇まいだ。
「勿論、剣は騎士の魂だ。そして多分、今の君よりはずっと上手く使えると思うよ」
「ええ、そう、なのでしょうね」
「本当なら今はあまり力を奮いたくはないのだけど、そうもいっていられない状況だと思ってね。だから、手を貸すよ」
フードの男は周りを睥睨して、怪物達の場所を確認していく。
「学園の内部にまでやつらを送り込める方法が生み出されているなんて、一体誰がこんな魔法陣を、、、時間はもう多くはない、か……そちらは任せたぞ……ハルベルト」
小さくフードの人物が空へと呟いた声はティルスの耳には入っていなかった。
作 新野創
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