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Sixth memory (Sophie) 12

「フィリアさん!? どうしてここに!?」
「食堂が騒がしかったからね、なんだか嫌な予感がして……」

 そう言いながらフィリアさんの視線がゆっくりとヒナタさんへと向けられる。
 ヒナタさんはフィリアさんへ舌をぺろりと出しながらウインクをしてその視線に応える。
 それを見て一つため息をついて右手で頭を軽く抱えたフィリアさんが呟く。

「ヒナタ……今日は、僕だけでなくソフィまで君のお遊びに巻き込んだのか?」
「そんな怖い顔しないでよフィリア、何事も経験する事が大事だってあなたいつも言っているじゃない」
「それはーー」
「ソフィには一つでも多く、沢山の経験させたいって、あなた言ってたわよね? だーから、私もソフィに未知の経験をさせてあげようかと思ったのよ」

 今度は、ヒナタさんがボクに向けてウインクをする。
 胸がドクンと、一つ高鳴る。
 
 ウインクされるって……なんなんだ!? 
 ただ、片目をつぶった状態の顔にどうしてこんなにドギマギしてしまうんだ!?
 これも未知の経験でうまくその力に対して形容できないものがある気がした。

「あら? ソフィには刺激が強すぎたかしら?」
「はぁ……ヒナタ、あまりソフィをからかいすぎないでくれ……彼は、純粋なんだ」
「知ってるわよ。フィリア、あなたと同じで、ねっ」
「まったく……君は、いつからそんな風になってしまったんだか……」

 また一つため息をついて、フィリアさんがボクの正面へと座る。
 彼が座ってくれたおかげで、少しは落ちつーー。

 なんで!? 
 こんなにいい香りが漂うんだ!! 
 この人は!! 

 ボクと同じ訓練をして、同じく汗まみれのはずなのに、なんで、こんなに……爽やかな香りが……。

「でも、ここに来るまで随分と遅かったわねフィリア。先に食べちゃう所だったわよ」
「……ホッチョムーテルのオーダーが連続で入ることになり調理場の人員が激減していたからね……急遽、持ち運び用のパンやおにぎりのみの販売になって、食堂全体が混乱していたぞ」
「さっ、ソフィ。冷めちゃわない内に召し上がれ」
「こらっ、ヒナタ僕の話は終わってーー」
「さっ、遠慮せずに」

 完全にヒナタさんにペースを握られ、フィリアさんは終始珍しく困っている表情を変えることはなかった。
 そんなフィリアさんとは対照的に、ヒナタさんは楽しそうに、ニコニコしながら、自分のホッチョムーテルをスプーンでかき混ぜ始めた。
 フィリアさんの助言通り、食材の全ては埋まって見えなかった。
 覚悟を決めて、ゆっくりと底の方へとスプーンを入れる。
 見た目だけで言うなら、スプーンが溶けてしまいそうなイメージが先行するが、これは兵器などではない、あくまでも料理なのだ。

 でも、目の前で銃を突きつけられるよりも恐怖感を感じ、背中に思わず冷や汗をかく。
 ゆっくりとスプーンをすくいあげると、スプーンは謎の赤い液体で満たされていた。
 目に痛いほどのチリチリとした感覚が走る。
 口にしなくてもわかる……これは、とんでもない量の香辛料によって作られた激辛スープだ。
 
 しかし、ヒナタさんはそんな激辛スープを美味しそうに、食べている。
 もしかして、見た目だけが恐ろしいだけで食べてみればそこまで辛くないのかもしれない。
 そうだ! そうに違いない!! 
 そうでなければ、あんなに美味しそうな顔でこの料理を食べれるはずがない!!
 
 わずかな希望を胸に抱きつつ、ゆっくりとスプーンを口に近づけ、大きく口を開けてそのまま中に入れる。

「ソフィ!! そのまま食べては!!!!」
 
 ……辛い!辛い辛い辛い!!!

「あ、カハ、カカカ、カァ~~~~」

 脳内でそう思っても言葉に出来ない。
 
 なんだっ! 感じたことのないこの辛さは!!! 
 舌を、数万の針で一度に突き刺されたような痛みのような、舌を熱い鉄板でジュウッと焼かれたような、舌を取り外せるなら取り外したい衝動に駆られる激痛。

 そして、舌だけじゃない。舌を通して口だけじゃない鼻も、目も……痛みで涙と、鼻水まで出てきた。

 とっ、とにかく何かで中和しなければ……ボクは、ボクは死んでしまうかもしれない!!

 地獄のような辛さを少しでも緩和しようと水の入ったコップへと手を伸ばす。
 しかし、そんなボクの手を強くフィリアさんが掴んだ。

「待てソフィ! 今、その状態で水を飲んでは駄目だっ! 口の中が地獄の辛さなのはわかるが、水よりもその上に乗っている食材を……その緑色の葉のようなものをどけた下にある具を!! はやくっ!!」

 そう言ったフィリアさんの目は、本気だった。
 その目から伝わってくる必死さに思わず体が縮こまる。
 ヒナタさんは小さく「大袈裟ね」なんて小さく呟いてボク達を見ていた。
 言われた通りに、ゆっくりと水の入ったコップから手を離し、この辛さから逃れられるのならと、藁をも掴む想いで、理由を聞くよりも先に、葉っぱに隠れていた上の果実を口へ運ぶ。
 
 すると、先ほどまで口を、全身を、襲っていたあの辛さが嘘のように消え、口にはほのかな甘みとほんの少しの塩みだけが残った。

「……あの、これは………」
「それが、その果実の性質だ。辛いものと一緒に食べるとその味を変化させる。それがホッチョムーテルの美味さの全てと言っても過言ではないよ」
「でもね、逆にその果実だけを食べるとぉーー」
「ヒナタっ! それはいけなっ―――」
 
 フィリアさんの制止も空しく、ボクの口には再び、先ほどのほのかな甘みを求めてスプーンに乗せられた果実が運ばれていった。
 
 しかし、口に入れた途端、今度は味覚を通して、鼻を、目を、全身をとんでもない苦味が襲ってきた。
 それは、感じたことのない、子供の頃に飲んだ薬を何倍、何十倍、何万倍にもした思わず吐き出しそうなほどに体の全身が拒絶反応を示す。
 でも、それすら体は許してはくれない。

 拒絶反応を起こしているのに口を誰かに押さえつけられているようにそれを吐き出すことができない。
 それは、今まで経験したことのないすさまじいもので……せめて、水をと、さっきまで食べていたソースを口に入れれば良いはずなのに、反射的に近くにあった水を飲み干す。

「待って! ソフィ、今、水はダメだっ、、、く、遅かった。クッソっ! もう既に手遅れか……クソっ! クッソォォォォ!!!」

 フィリアさんがボクへと伸ばした手が震えながらその指がゆっくりと握り込まれ、大声と共に、悔しそうな表情を浮かべる。
 その声に食堂の何人かがこちらを見てーー。

 「ぐっウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 たまらず出したことのないほど大きな声を上げる!!
 正確には、口をあけることはできないから、唸っているように聞こえているのかもしれない。
 しかし、そんなことは些細なことだ。
 にっがい!!! 
 なんだ、さっきよりも苦味が苦味が苦しみが増している!!! 
 
 もう、信じられないくらい苦い、もし地獄という場所が本当にあるのなら、今、この瞬間の食堂かもしれない。
 周りなど気にしている余裕もなく、椅子から転げ落ち、毒物を飲んだように激しく暴れ、やがて、意識を失った。

 気を失うその瞬間、目の前からフィリアさんがボクを呼ぶ声が聞こえた気がした。
 そして、ボクの身体を支えるヒナタさんの姿も……。

 ボクはここで死ぬんだと思った。

 次に目覚めた場所は……知らない天井だった。

 わけでもなく、見慣れた医務室の天井だった。

「ようやく起きたみたいね。気分はどう?」
 
 シャーっとカーテンを開ける音とともに、白衣姿のヒナタさんが現れる。
 ニコリと少女のような笑顔をボクへと向ける。
 一部の団員からヒナタエルと呼ばれているのも納得できる。その姿と笑顔に思わず見惚れてしまうが、意識を失う直前のことを思い出し、その笑顔が天使ではなく、悪魔のように思えて震え上がる。

「あの……ボクは?」
「ごめんなさい。ソフィ、少しやりすぎたわ。危険はないとはいえ、本当に大丈夫? 気持ち悪かったりはしない? 頭、打ったりとかはしてない?」

 そう言って、ヒナタさんはボクに軽く頭を下げ謝罪をする。
 本当に、反省しているようだ。
 そんな姿を見てしまったら、ボクにはそれ以上何かを言うことはできないと、一つため息をついた。
 
「あの……ヒナタさん……一つ聞いて良いですか? さっきの料理は?」
「さっきの? あーあれは、ホッチョムーテルという料理に私が考案したディバソースを添えたものよ、ムーテルは変化という意味で、ディバソースはとある果実をその実とソースの一部に含ませた、ホッチョムーテルの新しい姿を開発するための試作品よ」
「試作品? 毒じゃなくて?」
「心配しないで、毒じゃないわ。ちゃんとした、料理よ。成分含めて試作品とは言っても料理の専門家に許可ももらっているし、身体への安全性も立証されているわ……ただ、味は、そうね……まだまだ改良の余地はありそうだということは痛感したけれども」
 
 ヒナタさんの言う、安全性とはなんだろう? 
 というか普通の料理じゃダメなんだろうか?
 どうしてそこまでホッチョムーテルに固執しているのだろう?

 もし、彼女の言う安全性が生死には関わらないという事を指して言っているなら、是非ともその考えをこの経験を通じて改めて欲しい。

 そう思った。


つづく

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