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114 無数の傷跡

「生徒の諸君!!! 遂にこの日がやってきたァアアアア!!!!!」

 司会の生徒の大きな声がこだますると地鳴りのような生徒達の声が屋外ににこだました。
 カレッツがこのイベントの為だけに独自に組織した企画運営メンバー達が見事なまでの連携を見せている。

 双校祭の初日。この学園祭は5日間、開催される。

 この自由公園区画に特設されたこの会場には男女問わず多くの生徒が集まる。
 更に、この双校祭の時期だけ特別な許可を得て訪れ、商業・娯楽区画に露店を開くような商人、職人達なども姿を見せる。通常よりも更に多くの人間で場が入り乱れており、異様な雰囲気に包まれていた。

 これまでの双校祭には存在しなかった企画が今年はあるということをここへ来て知った者達は初めて知ったようで浮足立つ。
 イベントを進行する生徒達の様子を興味深げに遠巻きながら眺めている。

 学園の人間以外は通常この双校祭の時期にしか関所を通り学園のある地域に来ることが出来ない。
 更には学園祭は開催時期が東西全く同じ日程であるため、距離的にもルール的にもどちらかにしか向かうことは出来ない。

 騎士の卵たちとの今後の縁を作るべく、遠いこの地へと東西のどちらへ向かうかを事前に決めてこうして足を運ぶのである。

 
 特設されたこの場所。
 出場する生徒達の控室の中でシュレイドは大きな溜息を吐いて呟く。

「なんでだよ」

 シュレイドは控室で目の前の鏡を見つめて頭を抱えていた。誰に推薦されたのかは不明だが、このイベントに出場する事になってしまった為、控室で待機している所だった。

「どうしてこうなった? っていう分かりやすい顔してるなぁシュレイド」

 フェレーロはニヤニヤしながら隣に座って鏡に映るシュレイドに視線を向けて話しかける。ジト目でシュレイドは視線を交わして再び溜息を吐いた。

「はぁ、いや、そりゃそうだろ」

「まぁまぁ、いいじゃん。どうせもう逃げられないんだし」

 心底楽しそうにフェレーロは笑っている。それを見て肩の力を抜いて半ば諦めたように天井を仰いでいると背後に誰かがポヨンポヨンと現れ床が軽く揺れる。

 登場した男は現時点で自らに出来る最高の状態になれていると思っているのか、お洒落? な服に身に纏い、バチ凝りに決めたカレッツだった。

 サングラスをかけ、ボタンはピチピチで張り詰めており、肩はよくわからないふわふわ仕様である。どうしてこんなにも動きにくそうな服を着ているのか謎であり、ボタンが今にも勢いよくはじけ飛びそうなほどにギュムムと腹部を圧迫しているのが見える。

 おそらくサイズも合っていない。

 パッと見、貴族がまるで社交場にでも着ていくような煌びやかなその服はシュレイドの目に眩しすぎる。
 その服のせいか、その人物をカレッツだと認識するのにも時差が生じる。

「ふふふ、シュレイド君、ワクワクしているようだね」

「えーと、どちら様ですか?」

 シュレイドはつい慣れない姿にそう口走ってしまう。普段こういった冗談を言わないタイプなはずだが、この周りがそわそわとしている場の雰囲気がそうさせるのだろう。

「嘘でしょシュレイド君!! 僕だよ!! カレッツだよ!? ほうら見てごらん!!」

 そう言って似合わないサングラスをキラキラしたキメ顔でスッと外してニッと微笑む。

「……」

「え、なにこの間、ねぇシュレイド君」

「え、いや、なんでもないです」

 隣のフェレーロはプルプルと震えて何かに耐えている。

「それにシュレイド君の隣の彼、笑いを堪えてないかい?」

「ぶ、ぷ、ぷぷ、俺、そのはじめ、まし、て、シュレイドの友人のフェレーロと言い、、ます、ブフッ」

 カレッツと初めて対峙したフェレーロは思わず吹き出しそうにいや、既に吹き出していた。

「そんなにおかしいかなこの服、やっぱり変えようかな」

「……いえ、そんなことは…………ないです」

「だから、その間はなんなの?」

 隣のフェレーロにも感化されたシュレイドは耐えていたが突如何か支えを失った。

「それよりもカレッツさん、俺はワクワクとかは特にしてないで……ぷっ、はは」

 珍しくシュレイドが腹を抱えて笑い声をあげた。

「ふふふ、その笑い声は僕への宣戦布告とみていいのかなシュレイド君」

 フェレーロは二人のやりとりに耐え切れず吹き出した。

「あっはは、やっべぇ、この人がシュレイドが良く話していた生徒会の人だよな!? やっべー、聞いてた以上だぜ」

「ほほう、そうか、君も僕の敵と認定されたいようだね、ふむ」

 フェレーロの顔をまじまじと見つめてフッとほくそ笑んだカレッツは前髪をふぁさりとかきあげた。

「へぇ、君もシュレイド君に負けじとなかなかのビジュアルだ。まぁ僕の足元にも及ばないだろうが、これはいい戦いが出来そうだね」

 いつもとは見た目も話し方も様子の違うカレッツからどうにも胡散臭さが漂う。敢えてシュレイドはそこまで言及しなかった。というよりも面白すぎてそれどころではなかった。
 フェレーロは笑いながらもカレッツに向かって親指をビッと差し出した。

「カレッツ先輩さんよ、あんたに会ったら言わないといけないと思っていたことがあるんだ」

「ん? なにかね?」

「最高だぜ、ミスコン開催、なんてよ」

「……(ニヤリ)」

 二人は視線をぶつけ合うとリンクするように一度瞼を閉じて開き口元を緩める。

「フェレーロ君。訂正しよう。君とはとても仲良くなれそうだ。だが、今このイベントではライバル同士、フェアにいこう」

「ああ、正々堂々だなカレッツ先輩」

「では、ステージで会おう」

 カレッツはそのまま手をひらひらとさせながら去っていく、背を向けて颯爽と歩き出した後、二人にカレッツの独り言が聞こえてきた。

「まだ時間あるしやっぱ違う服にしよ」

 フェレーロはまたも大爆笑し、シュレイドは笑いを堪える。

「あー腹いてぇ。カレッツ先輩はやりすぎだけど、お前ももうちょいどうにかしないとかもな」

 周りを見渡すと誰もがいつもとは違う服に袖を通しており、平常時の学園とはまるで違う。それぞれが自分の好みの服を着ているであろうこの光景そのものが新鮮であった。

 そんな中にいて一人制服でいるシュレイドは逆に目立つようでチラチラと視線が飛んでくる。その視線にあの時の周囲の視線が重なり、少しだけ身体
が強張る感覚がある。

 どうにもシュレイドの居心地が悪くなりつつある場を和ませるようにフェレーロが話しかけてくる。

「カレッツ先輩とは男同士の趣味が合いそうだなぁ」
「趣味って?」
「ああ、俺達、男子生徒の後は、女生徒達がその美しさを競い合う訳だろ?」
「で?」
「はぁあああ、わかってねぇなシュレイドは」
「何をだよ」

「勿論、学園の制服もいい、だが、最高におめかしした普段見れない女生徒の皆の姿を見れるんだぜ。その子が好みだろうとなかろうと高まるもんだろ? つまりは最高だろ」

 フェレーロが自分を気遣ってくれていることに気付いてか肩の力を抜き言葉を交わす。

「フェレーロ、お前そんな性格だったっけ?」

「ほら、最初に会った時はこんなだったろぉうよ?」

 この学園へ来てからもう随分と時間が経っている。色々な事がありすぎて忘れていたが言われてみれば確かにと最初のフェレーロの姿を思い出して納得する。

「あー、そういやそうだったかもな」

「ま、どっちも俺である事には変わらねぇけどよ」

 そう言いながらニカッと笑みを浮かべた。シュレイドも釣られて思わず軽く笑う。

「そか」

 フェレーロは今日は珍しく見るシュレイドの再びの笑みに一瞬我を忘れそうになるがハッとして肩を掴んだ。

「おお、そういえばカレッツ先輩のせいでそれどころじゃなかったんだけどよ。お前がこんな笑うの俺は初めて見た気がすんぞ!! なんだかんだお前も双校祭、いやミスコンを楽しみにしてんじゃねぇの?」

「え、そんなことは……」

 と言おうとして脳裏に浮かんだメルティナやミレディア、そしてサリィを思い浮かべる。
 その他、交流の多い女生徒の知り合いも出来た。
 確かにこれまでの学園生活で彼女たちが制服以外でいるのを見た記憶はない。

 幼馴染である二人も昔から動きやすい質素な服でいる所しか記憶にはなく、想像してもまるで浮かばない。そもそもシュレイドは服の事もほとんど知らなかった。

 この未知への興味が楽しいということであるなら、案外そうなのかもしれないとシュレイドは素直に受け止めることが出来た。

「少しは、あるかもしれない」

「ははは、そりゃそうだよな……って。あっ、そうだ良い事思いついたぜ」

 ポンと両手を打ち鳴らしてフェレ―ロがおもむろに自分の鞄を漁り出した。

「ん?」

「まだ出番まで時間はあるだろ。俺に任せろ」

「何を?」

「ミレディア達を驚かせてやろうぜ」

「驚かせる?」

「ああ、その為には制服のまんまじゃちょっとな、シュレイドは俺より少し背は高いけどあんまサイズ自体は変わらないはずだし、なんとか」

 自分の持ってきた荷物の中をゴソゴソしながらあーでもないこーでもないと唸りながら荷物を漁り服を投げ散らかしていく。

「よっし、俺の見立てだと」

 取り出した幾つかの服を並べて腕を組み、唸り出した。

「ちょっと立ってくれるか? シュレイド」

「え、ああ」

 立ち上がったシュレイドの肩に合わせて自分の持ってきた服を見定めていく。意外にもフェレーロの持っている衣服は洗練された物が多そうなのが目に入る。

「フェレーロお前って」

「ん?」

「すっげぇお洒落なんだな」

「意外か?」

「ああ」

「昔から身嗜みには人一倍気を付けないといけなかったからな」

 微かに影を帯びた表情に気付いたシュレイドはそこにはこれ以上踏み込むまいとフェレーロが今からしようとしている事を察して笑いかけた。

「そうか、うん、気分転換にもなりそうだ。頼むよフェレーロ。確かにあいつらの驚く顔は俺も見てみたい気がするからな」

「……へへっ、だろぉ?」

 フェレーロは満面の笑みで笑い返す。

「ちょっと上着脱いでくれるか?」

「ああ」

「これに着替えてみてくれ」

「わかった」

 受け取った服を椅子の背もたれにかけて、制服を脱ぎ上半身が露わになった瞬間、フェレーロの背中をゾクリとした悪寒が走る。

「シュ、シュレイドその傷」

「え?」

 シュレイドの身体に走る無数の切り傷に目を見開き驚いてしまう。どうやったら、何があったら、こんな身体になるというのだろうか。
 その中でもひと際大きな胸元にある大きな傷が特にフェレーロの視線を奪う。
 彼の目からみても異常な傷だった。
 
 フェレーロ自身も昔から厳しい訓練というものは受けてきていた記憶がある。その記憶の中にある訓練も相当なものであったが、だからこそシュレイドのそれは明らかに普通ではないと知り鳥肌が立っていた。

「ああ、これ? 昔からだな。いつの傷かはいちいち覚えてないけど、じいちゃんとの訓練で全部ついたんじゃないかな」

「マジか」

「これくらいは日常茶飯事だった気がする」

「……そか、んじゃ、まぁ、時間もあまりないみたいだし、渡した服着てみてくれ」

「ああ」

 そう言ってこちらを向いて服を着るシュレイドの背中が目に映り、再度フェレーロは驚き、頬には冷汗が流れる。

 自分もそうだったが、誰にでも踏み込まれたくない事はあるだろうと思い至り、それ以上、フェレーロは傷のことに触れることはなかった。

 ただただ鮮明にフェレーロの脳裏へとその傷は焼き付いていくのだった。


つづき

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